第13話 俺を誰だと思ってやがる


 戦闘開始からしばらくが立つ。

賊の残りは、戦士ちゃんが相手する一塊を残すのみ。

俺は僧侶の位置する階段近くまで移動すると、彼女に後方に下がるよう告げる。


「戦士ちゃんも上がってこい! 早く!」


「おうよ!」

 脱兎のごとく駆けだしたダークエルフは、あっという間に階段を駆け上がる。


「仕上げ、頼んだよッ。」


 まかせろ。


素早く弾倉を交換し、ボルトレバーを引く。

戦士ちゃんを追って階段を上りくる山賊たち。

広場で戦士ちゃんを相手にばらけていた連中が、階段上り口で一気に固まる。


「フィナーレだぜ!」


 銃による射撃は、点による攻撃である。


故に、敵が横一面に広がると、撃つたび一人一人に狙いを付け直す必要がある。

それをいちいち射撃している間に、残りの敵に接近される。

いくら機関銃が強力でも、1対多でこの状況に陥ると負ける。

左右に銃口を振って連射を行っても、狙いが不正確かつ弾がバラける為、制圧力は低い。

故に、奴らが階段で列を成した段階で、初めてフルオート射撃が活きる。


要は、一点か縦一列に敵を纏めればいいのだ。


私たちにもやらせろと、僧侶が、魔弓士ちゃんが射撃に加わる。

かくして階段には人肉のマットが敷き詰められた。


戦闘終了。


 掃討した居住区内を、俺たちは手早く漁り始める。

遺留物を回収した俺は、先に広場に集う戦士ちゃんの元へ歩み寄る。

魔弓士ちゃんと僧侶は、遅れて戻ってきた残兵を見張り台から迎撃している。

戦士ちゃんが参加していない事を見るに、すぐ片が付きそうなのだろう。

「いやぁ、面白い日記を見つけたよ――」

俺が、そう手にした山賊の日記を彼女へひけらかした時だった。

目の前の戦士ちゃんが目を見開き、得物を構えようとする。


「あン?」


「やァーッ!」


 聞きなれない甲高い声。


声のする方を見ると、茶色いバンダナを撒いた少年が

俺に向かって突っ込んできた。

ズプッという浅く不快な鉄の感触。


【速報】俺、今生2回目の戦傷。左大腿部。


「いってえええええええええええええ!!」

 痛みを絶叫で堪え、バンダナのガキの頭を銃床で殴り払う。

刺さった短剣と痛みが怒りに転化されているのか、前回ほどの痛みは感じない。


 何処に隠れていやがった⁉


溢れる怒りのエネルギーは、倒れた彼奴を殴打する力に込められた。


「テメッ、クソガキャァ!殺すぞボケゴルァ!死ねやクズがァ!」


某南斗の聖帝サ○ザーならスルーどころか説法できるんだろうがな。


俺は違う。世界を救う伝説の勇者様だぞ。


「このゴミが!」


 頭を庇い体を丸めて蹲る少年を、上から横から負傷してない右足で蹴りまくる。


「殺す! もう殺す! あ~でもその前になァ! お前の家族殺してやるよ!

オイ! なァ! お前の母ちゃん姉妹、目の前で犯してから順番にブッ殺ス!」


その挑発とも取れる言葉に反応したのか。

少年はキッと俺をにらみつけると、飛びつくように俺に掴みかかろうとした。

だが次の瞬間、その凶暴な顔は体から切り離され空高く舞い上がっていた。


「勇者ぁ、またやられたねぇ」


「ああ、けど……前ほど痛くは……あぁ、あるな」


 その痛みはジワジワと、そして忽ちひどくなり。

体中の力が、いわば生命力が、刺さった短剣に一気に吸い込まれるようで。


「あぉぉぉぅひぃぃい、視界が……ぁぁぁ」


 きたよ立ちくらみ。


戦士ちゃんの体に、俺はしな垂れかかる様に倒れる。

「敵はあとちょっとさ、二人がやってくれてる。

僧侶なんてほら、聴こえるだろ?お前に貰った銃で戦ってんだ」

ああ、聴こえる。

低下していく聴力が、ライフルより軽い乾いた発砲音を僅かにキャッチし――


 俺はそこで気絶した。


あんぐりと開いた口からゲロを垂れ流し、情けない生気の抜けた顔で。

顔の肉が垂れ下がり、白目を剥いていたのが滑稽だったと

以後、その醜態は仲間たちが俺を弄るネタになった。


 負傷から数刻後。

俺は傷口の痛みにイライラ全開で、とある村へと車を飛ばした。

村の前に着くとクラクションを盛大に鳴らし、下車。

村の中心、井戸の近くに陣取る。

ぞろぞろと家から出てきた村人達が、訝しげな視線を俺たちに向ける。

しかし、僧侶が広げた小さな同盟旗を見るや、驚嘆狼狽して次々と跪く。


 悪くない、いい気分だ。


やがて村長らしき壮年の男が俺たちの前にやってくる。


「よう、アンタが長か。俺ァ天からの使い。

――笑うなよ、伝承に謳われし勇者だ。

今日は、この村の罪を裁きにやってきた」


「罪、罪ですと? 同盟に散々税を絞られた我が村に、

一体どんな罪があると?」


「村長よ。近頃、この村から出て行った若い衆がいるな?」


「はァ、彼らは虐げられ続ける我等を救おうと――」


「悲しい知らせだ村長。連中は山賊に加担していた。故に、俺達が残らず成敗した」

 女共の悲哀の混じったどよめき。


「そして、その中の一人! この村出身のガキはこの俺に、

勇者たるこの俺に卑しくも短剣を突きたてた!ほれ、それがこの首だ!」


 持っていた麻袋からあのガキの首を取り出し高々と掲げる。


「あ、ああ!」

 村長の斜め後ろにいた中年の男女と娘が目を見開き口を覆う。


「そうか、お前らのガキか」

 俺は掲げた首を奴らに放り投げ――拾おうとした父親の頭を拳銃でブチ抜いた。

ズドンという発砲音と共に辺りに悲鳴が木霊する。

ウン。久々の拳銃のリコイル、この悲鳴、いいね。

愛銃を恍惚として愛でながら、俺はガキの母親と姉らしき娘の下へ歩み寄る。

腰が抜け娘に寄りかかる母親のアゴをクイと持ち上げ、顔を品定めする。


ダメだ。シワだらけでゴツゴツした顔、こんなババア抱けねえ。


そのまま額に銃口を当て、引き金を引いた。


 ズドン


そして一層甲高い悲鳴を上げる娘の頬をグイと掴み引き寄せる。

フン、コイツはいい。若いというのもあるが、母親と違い俺の好みの顔立ちだ。

「お前の家はここか。ん?」


 ズドン


「は、はひ」


「ようし、良い子だ。お前の家族を殺した俺は残酷に見えるか。

だがな、お前の家族がしでかした罪は、この村の郎党皆殺しにしても足りない。

が、俺はなぁ女よ……優しいんだよ。ん? ほら、優しいだろ?」


わざとらしい邪気の篭った笑みで女の顔を撫でる。


 ズドン


「ひ、ひ。助け――」


 ズドン


「優しいよなあ俺は?」


 ズドン


「神様、ああ神様!」


神様、ね。哀れな娘っ子よ。


 ズドンズドンズドン


近くの陶器を数個撃ち砕き、更に脅し付ける。


「俺は優しいよなあ! アァン!?」


ズドン


「優しい! 優しいです!」


 その顔は絶望と恐怖でもはや泣きじゃくる事も出来ず。

ただボロボロと涙を流し、怯えた声で優しい、優しいと発するのみだ。

「そうだ。俺は優しい。だから、これからお前が、この家の中で。

俺をよく『もてなせば』。それ次第では、この村の罪を帳消しにしてやろう」

「ホント、ですか」

「本当だ。うん、理解の早い娘は好きだ。

さあ、じゃあ中に入ろうか。戦士ちゃんたち、後は――」


何者かにグイと肩を掴まれる。


「あン⁉」

 我ながら、ここまでチンピラが板につくとは。

そう思いながら振り返ると、戦士ちゃんが渋い顔をしていた。

やれやれと息を付きながら人差し指を立ててクルクル。


 周リヲ見ロ、と。


――ああ、はい。

ああはい、そういう事ね。

俺は娘から手を離すと、彼女の涙で濡れた手を払った。


 数分後、村民から食料を『徴発』したメンバーと共に

そそくさと村を去る。


「あのぅ~、戦士ちゃんさぁ」


「やりすぎ」


「んん。やっぱりそういう批判飛んでくる?」


「やりすぎ。あのまま家ン中へ娘と更けこんだ後、アタシ等はどうなる?

村民全員を相手に殺し合いになってたろうねぇ。

アンタもご機嫌で出てきた途端にグサリ、だったかもよ」


「恐れながら、貴方様は本当に勇者様なのでしょうか。

今更そう疑いたくなるほどの下衆っぷりでしたよ」


 下衆と言うな、下衆と。


ああそのジト目もやめろ、僧侶よ。


「いや、ホントそれな。

誰だい、コイツを勇者に選んだ奴は。魔弓士もなんか言ってやりな」


「私ああいうの嫌いじゃないんですぅ~。強引~♥」


 バックミラーにうつる興奮した面持ちの魔弓士ちゃん。

そうだね。君、Mだもんね!


 うぇい。


 まあ、しかし。俺があそこまでの乱暴狼藉を振るったのには、理由がある。

あの村の出だろう賊が残した手記を見るに、この辺りは近く

人魔両陣の交戦地帯となる。

村落の焼き討ちは免れぬので、早めに打開策を――。

合戦場から外れた街、地元の弱兵しか残っていないフィンツを襲い、移住地とせねばと。

だが、その目論みも俺たちによって潰えた。

そして賊を輩出する村に残った『勇者を自称するチンピラ』の話は、

戦によって焼き払われるだろう。

怨恨は残らない。


 さ、気を取り直して旅を続けよう。

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