第11話 四悪勇、揃う


 その日の深夜。

ふと野暮用を思い出した俺は、体に絡みつく豊満なエルフの体から抜け出す。

服を着て、拳銃を携帯すると、うつ伏せで寝息を立てる女の尻にキスして

部屋を出た。

一階のカウンターでうつろうつろする宿の主に、部屋の扉の鍵穴が固いと文句を言って街へ、車の方へ歩き出す。

 スマホを車中に置いたままだった。

明日、合流した魔弓士ちゃんと合流記念撮影しようと思っていたのだ。

ついでに爆睡中の戦士ちゃんのお尻も動画で撮っておこうと。

巡回する衛兵とすれ違いざまに挨拶を交わし、ひっそりと静まり返った

大通りをテクテクと一人歩く。


今夜は満月。

中つ国の空は美しいな。


 頬を綻ばし、そう感嘆の息を漏らした時だった。

ズンと背後から衝撃が走り、地面に突っ伏すように吹き飛ばされる。

夜盗か。油断した。

「ンなろ!」

 振り返ると、そこに居たのは数人の小柄な男たち――いや子供達だった。

みな身なりが貧相で上半身裸のガキまでいる。

そして、俺の腰から抜き取った小銭入れ、停泊証書などを含めた

証書入れを剥ぎ取り四方八方へと散り散りに逃げ出す。


ヤバい。

これじゃ追いようが無い。


だがここで一人でも捕まえなくては、盗られたそれは却ってこないだろう。

俺は大腿部のホルスターから銃を引き抜く。

これは運よく盗られなかった。

ホルスターのロックを解除しないと銃は引き抜けないからな。


「畜生、どこ行きやがった」


 ガキの一人が逃げ入った路地裏へと入る。

胸の前で折り曲げた腕、逆手に保持したフラッシュライトを照らす。

路地裏の壁という壁にへたり込んだ子供の群れ。

突然の光に驚きの声を上げると、口々に逃げろ逃げろと叫ぶ。

俺が入った側とは正反対の出口へと逃げ去ろうとした。


その様は、まるでネズミの大群。


「逃がしてたまるか!」

 歩みの遅いやせ細った童にその銃口を向けた。


引き金を引こうとした瞬間。


ガキどもが逃げ去ろうとした向こうの出口から、一瞬猛火の壁が立ち上った。


「だめだ!挟み撃ちだよぅ!」

 炎の壁にひるんだ連中は、今度は此方側へ走り寄ろうとする。


「おい、コイツさっきのヤツだ。弱いぞ! 殺せ殺――!」


俺に向かってそう言い放った十二―三の童の額から、鏃がズドンと突き出た。

バタンと、よろけるでも無く勢いよく床に突っ伏したそのガキの後頭部。

白い矢羽が突き立っていた。


「あら、勇者さんじゃないの」


 童を撃ち抜いたのは、紫髪金眼のハンター。


「魔弓士ちゃん⁉」


「ダメよぉ。こんな時間に出歩いては。『ネズミ』の格好の餌じゃない」

「君こそ、こんな時間に。つか、『ネズミ』って」

 こいつらの事かと、怯え竦む童達を指すと、彼女はそうよと頷き返す。

「この時間帯、この子たちが活発に動くことは殆ど無いのだけどね。

普段は日中、商店や往来の人を狙って盗みを働くから」

 そう語りつつ、弓矢をつがえた彼女は、道の隅に固まる

ストリート・チルドレン達に矢を放った。

逃げる間もなく、その一人に突き刺さった矢から再び炎が上がる。

火だるまになった数人が悲鳴を上げその場で悶え苦しむ。

それを意にも介さず、再び矢を番えた彼女は炎から逃げ果せた『一匹』を

魔弓で仕留めた。


 今や人を殺すのに躊躇が無くなった俺であったが、子供を手にかけた事は無い。

あっけに取られる俺に涼しい顔で、この路地は掃除できたと告げる彼女。

するとツカツカという足音と共に、暗闇から数人の男女がやってくる。

皆、軽具足に長剣やクロスボウなどを手にしている。

「隊長殿、他の路地裏も清掃しました。半数近く逃げられましたが」

「半数もぉ?だめねぇ、貴方たち。全部掃除しなきゃぁ」

 不満げな『隊長殿』、魔弓士ちゃんに取り繕うように彼らは言葉を続ける。

盗品らしき物は取り戻した。

そこの御仁おれの物だろうと。

彼らが差し出したそれは、俺の小銭袋と証書入れだった。

「うん、俺のだ。ありがとう」

 礼を言うと、彼らは再び夜の闇へと散っていく。

「隊長って呼ばれてたよね」

「この街にうろつく『ネズミ』、彼らを始末する掃除班ってところかしら」

 今夜がその最後の任務だったと。

根こそぎ綺麗にできなかったのが残念だと、悔しそうに舌打ちする。


「魔弓士ってこういう仕事もするんだ?」

 軍への招集が無い時期だけと彼女は頭を振って言う。


 そして、自分の場合は特殊だと。


「私もかつては『ネズミ』だったもの」


 ネズミが翻ってネズミ捕りになる。

 この街の理だと彼女は言葉を続ける。


「さっきの部下たちも全員、元ネズミよ。

ある程度の年まで生き延びられた連中は、街の清掃班として雇われるの」


 ケツ持ちは守衛所。金を出すのは街の商店組合。

雇われた者たちは、つい今しがたまでこの街の裏街道を生き抜いてきた。

だからこそ同族だった元仲間の習性が分かる。


「そうして定期的に狩る者と狩られる者のいたちごっこが続く。

逃げのびる内に、狩られる者が狩る側へと変わってゆく」


「ひでぇ話だ」


「そうかしら。でも、今日で最後よ。私にとってはね。

全く、最後までこき使われたわ」

 ため息をつく彼女をねぎらい、宿へと送ってもらう。

宿の入口前で手を振ると、ニコリとして彼女は再び夜の街へと消えていった。

今夜の仕事は、まだ終わってないと。

部屋へもどるとベッド脇の燭台に火が燈っていた。


「起きてたの、戦士ちゃん」


「外から殺気を感じたんでね」


 流石、歴戦の強者というべきか。

俺は、先ほど街中で起きた事を淡々と彼女に語る。

「物取りの子供が、今度は仲間を狩る側にねぇ」

「なぁ、魔弓士ってのは選ばれた人間にしかなれないエリートじゃないのか?」

「その通りだよ。でも優秀すぎる人材ってのは寧ろ不遇を受けやすい。

魔弓士はその最たる例だね。あの娘、言ってたろ。戦では狙撃や残兵狩りが主任務だって」

「ああ、おかしな話だ。魔力を込めた矢を放てるのなら、

戦場で主力と成り得るだろうに」


 そこなんだよ。と戦士ちゃんは指摘する。


「何百何千と魔法の矢を敵陣に放てれば、勝敗の決定打と成り得る。

だが、魔弓士は選ばれた人間にしか成れない。運用する絶対数が足りないんだ。

そんな貴重な人材を、会戦なんていう正面切った削り合いの場で消費してみろ。

後々、責任を問われる材料になりかねない。

だから大抵の将にとってみれば、用兵上扱いづらい面倒な存在なんだろうさ」

「故に与えられる任務は、リスクが低い物ばかりって?」

 宝の持ち腐れじゃないか。

「おまけに騎兵隊や魔術師の連術大隊、他の花形部隊からの偏見もある。

力こそ自分達と同等だが、卑しい仕事ばかりする連中だってね」

 ハイクラスな職でありながら、邪見に嫉妬、偏見の目に晒される魔弓士か。


「ピッタリじゃねぇか」


「あん?」


 我々勇者一行は、同盟軍の爪はじき者だ。

そんな俺たちに、魔弓士ちゃんは最適なメンバーだ。

こんなところで燻っていた日々は今夜で終わり。

ウチのパーティで一つ活躍してもらおうじゃないか。


翌日、合流した魔弓士ちゃんを助手席に乗せ、我々は西へ進路を取る。


前線までは、あと僅か。


「すごいすごーい! この馬車。馬が曳いていないのに!」

 車内には、戦場へ赴く緊張感は無い。

初めて乗る車に大はしゃぎの魔弓士ちゃん。

昨日の殺気は何処へやら。

いつもこんな感じでいてくれると嬉しいけど。


「勇者様~! 集合写真なるものは取らないので?」

 後ろからスマホを持った僧侶が顔を覗かせる。


 ああそうだった。


RPGの世界では、パーティの人数は大体4人~6人だろう。

俺たちの規模も、ようやくその域に達した。


もっとも、この旅はゲームでは無い。間違いなく現実だが。


車を一旦停車し、スマホのカメラを起動する。


「よーし撮るぞぉ。みんなこの画面見て~、はーい」


我ら勇者一行、ようやくフルメンバーといった所だろうか。

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