第7話 「(従者を)チェンジで」
一通りの対魔族のデータ取りを終えた後、俺たちはそそくさと砦を後にした。
公爵や従者たちの態度の豹変ぶりに面食らったからである。
皆口々に、俺の用いた兵器の威力に驚嘆し、畏敬の念を抱いたと傅いたのだ。
更には公爵邸への滞在を勧められたがそれは断った。
公爵が俺に心服したという、あの見事な手のひら返しは演技では無いだろう。
単純な奴とは思わない。火薬も知らぬ文明レベルの人間にとって
オーパーツクラスの兵器を用いる俺は、まさに神の御使い
――戦女神の使徒に見えたのだろう。
だが、俺たちは未だ、彼の『弱み』を握っている。
その点をリスクと考慮して今日中に出立する事に決めた。
今は、腹ごしらえに料理店を物色する最中であった。
衣類と身体への守護法儀代にかなりの対価を払った。
一等級宿の一件に登場した金のインゴットも換金済みである。
手ごろな値段で、十分な量が食べられるお店は無いものか。
「あ、ここだ。この店で飯にしよう」
戦士ちゃんが指したのは、外観から見るに高級そうな店だった。
「戦士さん。ここ、少しお高くないですか?」
確かに、そして武具を身に着けた者共が入れる店ではない。
「いーのいーの、アタシに任せときな」
店の前で怪訝な表情を浮かべる受付の男に、戦士ちゃんは歩み寄る。
そして腰の布袋から何か取り出して見せた。
それを見た男は一瞬ギョッとした表情を浮かべた後、どうぞと言わんばかりに
彼女を中に案内しようとする。
「勇者、入るよ~」
ニコニコと手招きする戦士ちゃん。
「どうなってんだ?」
「私に聞かれましても」
僧侶も何が何だかと肩を竦める。
当然と言えば当然だが、流石に俺達の身なりは他の客と違い過ぎた。
金を持て余していそうな連中が次々に奇異の目をこちらへ向けてくる。
その為か、俺たちがついたテーブルの周りには次々と間仕切りが設置された。
それはいい。俺の疑問は、どうやって入店が許可されたのかって事だ。
問うてみても戦士ちゃんは、ニコニコしてはぐらかすばかりだ。
ただその疑問も、運ばれてきたクリームスープに舌鼓を打つ間に、俺の頭から吹き飛んだ。
その後も供される小料理を片っ端から食らっていると、
香しい匂いと共にメインディッシュがやってきた。
この世界に来て一つ救われた事。
それは、米が食えることだ。
どうせインディカ米みたいなパサパサした米だろって?
この形、この粘り、まごうこと無きジャポニカ米ですわ。
うめえ。うめえ。
飯を掬うスプーンがすすむ。
ただ、この飯、オリーブオイルで炒め、塩を振った状態で出てくる。
これが中つ国の米の食い方。
行く先々で供された米は、すべてこのスタイルだ。
調理場のシェフに頼めば炊き立ての白飯も確保できるんだろうが
場所が場所だ。それを食う理由を説明するのも面倒だしな。
これはこれで、美味なので満足している。
異国暮らしで母国の米が食えるって、マジ最高なんだぜ。
伝えたい、この気持ち。
ヴィヴァ、ジャポニカライス。
食休みにひとしきり歓談し終わった所で戦士ちゃんがウェイターを呼ぶ。
そろそろお勘定。
あ、金……。
「ああ心配しなさんな。今日はアタシが払うから」
ウェイターはすべて了解したという顔でうなずく。
そして領収書にサラサラと何か書き終えると、それを戦士ちゃんに見せて確認をとった。
よいよいと彼女が返すと、一礼してそそくさと間仕切りの外へ消えていった。
「あの、戦士さん。一体このお店とはどういう――」
僧侶の問いを遮るように戦士ちゃんは声を発する。
「ああ!そうだ勇者よ。神殿行かないと!」
そうだよ。神殿に衣服預けたまんまだ。体への法儀もまだだし。
窓の外を見ればもう、日没前である。
俺たちは急いで店を出ると神殿の方へ駆けた。
神殿につくと、大広間には幾人もの神官たちが集まっていた。
最奥に鎮座するブロンズ像の傍、粗末な木椅子から女神官さんが立ち上がる。
衣服を受け取ってくれたあの方だった。
なんともありがたいことに、衣服は気持ちのいいほど清潔に整えられていた。
綺麗に洗い乾かし、更には破けた部分を綺麗に縫い直してくれたのである。
女神官殿、貴方が天使か。
感動する俺に「まあ対価は払ったしねぇ」と無粋な一言が水を差す。
「ババァエルフは黙ってろや」
ボソリと、極めて小声でつぶやいたつもりだが
我がエルフ従者の額に青筋が立ったような気が――いや聴こえてないよね、うん。
衣服には、見た目ではわからないが法儀をかけてあるとの事。
そして、いよいよ身体にも守護法をかける時が来た。
この護法連術には僧侶も参加した。
始める前に、下着一枚になって石造りの寝台に寝そべる。
冷たい石の上に直接肌が触れては寒かろうと、毛皮のマットが敷いてくださった。
その心地よさに身を委ねていると、金創の上を這う指の感触にゾクリとした。
触れていたのはあの女神官さんだった。
「つらい思いをされましたね」と気の毒そうに俺を慰める。
ウッ、優しい。涙が出てくる。
「女神官殿、お名前を?」
「グネヴィアでございます」
「美しい名ですね、グネヴィア殿。ウチの僧侶と従者代わってくれませんか」
彼女は少し困ったような笑みで、この傷の処置、素晴らしい手際ですと
やんわり話を逸らす。
嗚呼ッ、僧侶よ。この慈しみ深き女性をとくと見よ!
そして学んでくれッ。
……なんで俺の方見てんだよ。
なんで睨み付けてんだよ。
俺なんも言ってねぇよ?
え、心の声よ、これ!?
グネヴィア殿が他の神官達と、寝台に横たわる俺を中心とした法儀の円に加わると、讃美歌のように一同が合唱を始める。
各々が手で印を切り始めると
横たわる寝台から暖かな温もりが全身を包みこんだ。
隠者の神殿で見たマナの泉。
あの優しい緑色の光が再び、目の前を覆いつくした。
法儀式後、神殿を後にして。
「うぉぉすげぇ!体が軽い!」
もはや金創の痛みは無く。肉体には活力が満ちていた。
「守護式の前に行った、治癒式の効能でしょうね。
二十人越えの中規模連術を、勇者様お一人に施しましたから」
じゃあ百人越えの大規模連術だったらどうなるんだろう。
やっぱべ○マやケ○ルガ級の回復力があるんだろうか。
だが僧侶曰く、それほどの規模は
会戦での神官隊か、王侯貴族の負傷を癒す一大事でしかありえないそうだ。
なんだ。俺は王や貴族より下ってか⁉
こちとら神の御使いたる勇者様だぞ!
そうプリプリ怒る俺の頭を、背後からむんずと何者かが掴む。
「法儀の前さぁ。アンタ、ボソッとアタシに毒吐いたよねぇ」
なんの事でしょう、戦士ちゃん。痛いっ、頭がいたいですぅぅぅ。
「なんつったっけねぇ。
バで始まってアで終わる単語。ねぇ⁉」
糞、聴こえてやがったか。どんだけ地獄耳だ……ッて僧侶も⁉
なぜ俺に蹴りを入れる⁉
「だって勇者様。あの綺麗な女神官と私。
ずっと見比べていらっしゃったじゃないですかぁ」
曰く、グネヴィア殿を見るとき、俺は鼻を伸ばしていた。
そして僧侶を見るときは残念そうな目だったという。
「いやっ、そんなことはない!
おれは純粋に、彼女の慈愛の深さに感動していただけッだだだだ
お前らマジ痛いってぇぇぇ!」
「治癒式かけてもらったんだろうがぁ。
大層な連術をさぁ。大丈夫、すぐ治るって!」
「そうですよ。オラッ。まだッ効いてるんですからぁ~ねっと!
これぐらいの痛みすぐ治まりますって!」
「てめえ、クソ僧侶ッ。アダダッ、脛蹴りはやめろぉ‼」
全快した肉体的充実感を女二人に削り取られる。
悪女二人の気が済んだ頃には、俺の体は法儀前よりも
ボロボロに痛めつけられていた。
嗚呼、グネヴィア殿。
我が救いの女神よ。
本当に、従者代わってください……
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