第5話 俺の知ってるファンタジーじゃねえぇぇ!!
上歴2020年5月7日
ロードウェル公爵領西部
目標の前線まであと三十里。
夕暮れの光の木漏れ日が、生い茂った木々の間から無数に光の柱を立てる。
丘を下る斜面、三人の男が鋼鉄の両手斧でズタズタに身を裂かれつつあった。
「勇者ァ! 二人抜けた!」
「あい~よ」
三人の男の無残な姿を横目で振り返える、革鎧を着こんだ男が二人。
斧刃の壁を潜り抜けて、丘を登ってこようとしていた。
目標は、俺と僧侶が陣取る古びた監視塔。
今日の野営ポイントにするつもりであった。
「ん~、あの刃の壁をよく掻い潜れたもんだ。見事見事、頑張りまちたねぇ~」
血走った眼で坂を登りくる男の一人に照準を合わせる。
「かしらぁ! 殺れぇ!」
――――⁉
その男が声を上げるのが、早いか遅いか。
ふいに右側方から突き飛ばされ、俺は上体を崩す。
仰向けに吹き飛んだ俺の視野に
振り下ろされる鉄剣を短刀で受け流す僧侶の姿があった。
渾身の力だったのだろう。
男の振り下ろした長剣は運動ベクトルを乱され、奴の上体を大きく崩した。
僧侶は受け流した勢いで一回転すると、
男の顔面に、しなやかな回し蹴りを叩き込む。
かしらと呼ばれた男は思わず顔を抑えて俯く。
次の間には、両手で掲げた短刀が奴の延髄に突き刺さっていた。
見事な
不意撃ちを華麗な小太刀の捌きで返し討ち取る。
表情一つ変えずにこの女は、僧侶はそれをやってのける。
「ハァッハァッ、このアマ!」
坂の下から男共の声、足音が近い。
戦士ちゃんの斧から抜け出た連中を忘れていた。
「死ねぇァ!」
「いやテメエが死ねッ」
斜面を登り切り、僧侶に飛びかかろうとする男に
ライフルの三連射を撃ち込む。
撃ち込まれた男は態勢が大きく乱れ、着地点へ不格好に倒れ込んだ。
未だ仰向けの俺は、すぐさま膝立ちになり斜面を見下ろす。
先ほど飛びかかった男の突然の死に驚愕する、もう一人の賊を捉える。
連射から単射モードへライフルを切り替えると、引き金を小刻みに二回引く。
耳がキィンとすると同時に、目の前に紅色の花が咲く。
心地よい5.56mm弾のリコイル。
「慈悲をッ、お慈悲をぉぉぉ!」
血花の先から、別の賊の声。
戦士ちゃんが二人の男めがけて今にも斧を薙ごうとしていた。
「慈悲が欲しけりゃぁ、ねぐらの場所を吐くんだね」
四つん這いで許しを請う賊二名は、あっけなく自分たちが根城とする
場所をベラベラと口にし始めた。
「ここから近いねぇ。勇者ぁ、やっちまおう!」
「了解ぃ!」
「よし」
「よしじゃないよ!」
捕虜ぶっ殺してどうすんだと。
根城まで先導させる事ができたろうと。
イラついた声で、戦士ちゃんは俺を非難する。
「俺と僧侶を背後から狙ってた奴、こいつらの頭らしいぜ。
頭目まで出ずっぱるって事はねぐらは空じゃねえの?」
殺して問題ねぇじゃん。
「万一の後詰めを残してるかも知れません。
それに、ねぐらに仕掛け罠を張っていたらどうするんですか」
こいつらが生きていれば、それも避けられたと僧侶。
「もし備えが居るとしたら、そいつらを捕らえればいいじゃないか。
俺ら、頭目が率いる連中を片付けたんだぜ」
余裕だろう。根拠はないが、俺には勝てるという自信がある。
俺がライフルで奇襲し、残った連中を戦士ちゃんと僧侶で片付ければいい。
「いけるいける。さぁ進もう」
俺は勇者なんだ。
なお言い縋る二人を強引に引っ張るかの如く、
ズイズイと俺は歩みを進めていった。
宿の窃盗犯を射殺して半月が立つ。
あれから周りの状況も俺自身も変わった。
まず現在のシチュエーション。
同盟軍、旗色悪し。
一部で戦線が後退しているようである。
これに起因してか、同盟領内で略奪を行う集団。
いわゆる賊が動きを活発化させていた。
話によれば、タチの悪い傭兵や冒険者集団が軍の務めを嫌気し離脱。
かつての仕事で仕入れた軍の補給路を狙っているそうだ。
ここロードウェル公爵領は、その補給線の一つである。
また、戦線後退に伴って、公爵自身も領地へと撤退していた。
今回の連中は、恐らくそこに付け込もうとしたのだろう。
だが、俺たちにとっても良いタイミングであった。
ここで賊の討伐の一つこなせば、
領主からの好感やコネを得られるかもしれないからだ。
期待を胸に歩みを進め、捕虜が吐いた根城であろう石窟に辿り付く。
石窟といっても奥深くへ続く穴があるわけではない。
崖の一部がへこみ、えぐれているだけだ。
そこを屋根にしたキャンプであった。
人の気配は無く、鳴子を用いた警戒線も張っていない。
俺たちの存在を知り、慌ただしく出てきた痕跡は残っていた。
「ほら、やっぱり。連中、総出で来たんだって」
「でも気は抜いちゃダメだよ」
分かってますって。
そう手をヒラヒラ振って、俺は遺物あさりを始める。
森で仕留めたモンスターや小動物の干し肉。
鈍そうな鉄剣や斧がチラホラある以外は
連中のくっせぇ衣服以外見当たらない。
ふと、粗末な
テーブル上にミルク色の粉が羊皮紙の上に盛られていた。
麻薬か……いや。
そんなモン、机に盛ったまま放置するかね。
テーブル角に、
「ほほぅ――」
ほほぅほほぅ。
文書を読むうちに口角が自然と吊り上がる。
これはいいものを見つけた。
『やったぜ』と、嬉しさに軽く足をけり上げると、
つま先が硬い何かにぶつかった。
テーブルの下をのぞくと、こんもりと盛り上がった獣の毛皮。
めくりあげるとその下にはチェストが隠されていた。
これはこれは。
これはこれは。
早速調べてやろうと、チェストの両端を持って引きずり出した。
ベィンという弦がしなる音。
チェストの下から勢いよく弦が抜け出すのを見送ると。
右の横っ腹に不意の衝撃を食らい倒れた。
「……アァ?」
何が起こったかわからず腕を振る。
右手前腕に硬い棒がぶち当たった。
衝撃を受けた横っ腹に鈍痛が走る。
『仕掛け罠が張っていたらどうするんですか』
僧侶の懸念は当たっていた。
まんまと俺は仕込み矢に引っかかったのだ。
勇者として。いや、今生初めての負傷であった。
「ウッ、ブハッ」
直感であるが、内臓には被害は無い。そう願いたい。
だが、矢を受け吐瀉した事実に代わりは無い。
痛い!滅茶苦茶痛い!!
体をゾクリと寒気が包むと、目の前が立ちくらみのように
ブラックアウトしそうになる。
吐き気がし、体中の力という力が抜ける。
「あああああう。はぁぁ、ああああああんぅ」
二十余年の我が人生で、最も情けない、
女には絶対聞かれたくない悲鳴を上げた。
「この馬鹿勇者ァッ! 僧侶ぉ、早く!矢ァ抜くよっ。
さあ、気をしっかり持ちなあッ!!」
駆け寄った戦士ちゃんは俺にそう檄を入れる。
そして、俺の体に刺さった矢を侵入口辺りで掴み一気にブッコ抜いた。
「ッふぁああああああああああああッ!」
「情けない声出してんじゃないよォ! 天下の勇者様だろ、アンタはァ⁉
鏃は……返しが付いて無いねッ。ありがたく思いな!」
傷口からは噴水のように血液が噴出する。
「ぉい、オイッ僧侶ッ。バカ僧侶!早く俺を助けろぉ!
ッひぃぃぃぃ、じぬぅ~! うぅぅ~!」
泣きじゃくり、醜くもがきながら、小物染みた悲鳴を上げる。
自然に漏れだした小便で、股間辺りが生暖かくなるのを感じた。
「アンタそれでも男かい! この根性無しが!」
頬をぶたれる俺の元にやっと、やっとだ!
「安心してください勇者様。今、治癒の術式を唱えます!」
「早く! 早くしろォ! ウゥッ。ゃった。ゃった。助かる!
ヒゥ~ッ助かるゥゥ~!」
口元で交じり合う唾液と吐瀉物が、プクプクと泡立っていた。
「まだ、まずは血が止まらないと……。」
「ぇ?」
お前、僧侶だろ?回復の魔法だろ⁉
○イミとか○アルじゃないの?若しくは○ィオスとか。
「勇者様の言うそれらがどんなモノかは知りません!
我々の治癒魔法は、まず血液の粘性を高めて出血を鈍らせるモノです!」
そういいつつ僧侶は厳かに右手で術印を切り始める。
血液凝固? なんだ、なんだよそれ。
結果から言うと、出血は術式によってみるみる鈍化。
パニック状態の俺が数えた三十秒で、傷口にプックリとドーム上に
血液が膨らむぐらいで止血された。
「止血成功です! 戦士さん! 開いた傷口を両側から押さえてッ」
矢で貫かれた傷口の両端を、閉じるようにグイッと押さえつけられる。
「ヅア゛ァァァぁ! ィ゛ッデエエエエエエ‼」
「この状態で皮膚同士をッ魔法で癒着させます!
後は、傷の修復を促進する術式を数日かけて唱えて完了です」
「ベ、ベ○マ。ベ○マ無いのぉ?」
「これが、今出来うる最善の療法ですッ」
私、一生懸命です! って顔で訴える僧侶。
「や、やっば使えねええええッ~! くっそおあああああああああああああ!」
「ッ、私この道のベテランなんですけど⁉」
しらねええええええ!!
俺の知ってる魔法ってのは!
もっとシュッと! パパッと!
傷を治してくれるもんなんだよおおおおおおお!
○カナン!ル○ナン!あ、違ぇ。これなんだっけ防御力下げる奴?
なんにしろ納得いかねえええ!
こんなの、俺の知ってるファンタジーと違ええええ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます