第4話 大義の士

 昨夜の受付番二人について問い詰めた結果。

ジョイナスという若い男の単独犯行と判明した。


 そして今、その男がたむろしているという町はずれの賭場へ、

俺は向かう準備をしている。

弾倉を奪われ無かったのは幸いだった。

これが無ければ、銃はただの筒。そして俺は木偶の棒になり果てる。


「車見てきたよっ!無事だった」

 俺が準備をする間、戦士ちゃんは馬厩舎までひとっ走り。

車の無事を確認していた。

鍵の使い方がわからなかったのか。衛兵の警備がしっかりしていたのか。


「衛兵もグルだと思ったんだがねぇ。

結構長く問答やってたから、その男も聞いてたのかもしれないね」

「いずれにせよ、場所は割れてんだ。銃で脅せば返してくれるでしょ」

「荒事になったら?」

「そんときゃ戦士ちゃん頼むよぉ~」

 まあ、その辺の物を銃で撃ち壊しゃぁ脅すには十分だと思う。

「厄介な事になったみたいですね」

 別の女の高い声が耳に入る。

「僧侶か。お前――」

「薬飲んだんで。効きますね、ヘパ〇ーゼ」



 何飲んでんだよお前。



あ~でも一回、某ユン○ルと一緒に届いたな。

気が利くねぇ、神様方は。


「うし、じゃあ三人で行くか」

「はい!」

 僧侶も準備をしていたらしく、腰に差した短剣を引き抜いて見せた。


 朝市で賑わう町の大通りから外れ、町角の守衛塔を抜けると

一本の街道に出る。


 人の往来が少ないのだろうか。

馬車がギリギリ二両、行き来できる道の端からは、

しな垂れかかるように雑草が生い茂っていた。


 我ら一行は得物を構え、警戒態勢で歩みを進める。

前列に両手斧を構えた戦士ちゃん、後列に俺と僧侶。


「――草むらから不意打ち。あると思ったがどうも気配がないね」

「そうですね。案外、まだその賭場で油を売っていたりして」


 それは無いんじゃないかな。

 そうであって欲しいが。


 だが、僧侶の言葉は案外的外れでは無かったようだ。

草の生い茂る街道をゆっくり抜けると、一気に視野が広がる。


「ふわぁ」


 街道を横切る河が真っ青に染まり、河川敷の緑と

晴れやかなコントラストをなしていた。

それに見とれていると、傍らの僧侶に肩を叩かれる。

氷の様なその瞳の先。


 河を渡す石橋そばの坂から、そこそこ身なりの整った男が一人。

いや背後にチンピラを五人程引き連れて現れた。


「ジョイナスか!」

「そうでございます。勇者御一行様」

 仰々しく、ワザとらしい態度のジョイナスの背後で

チンピラ共が各々、得物をチラつかせる。


「おい。あの女、エルフだぞ」


「確かに女共は上玉だなぁ。だけどあの優男が伝承の勇者だぁ?」

 ホントかよという嘲笑にニタリと笑ってジョイナスが答える。


「確かに俺は聞いたんだ。あの金髪の女が守衛にそう宣うのをな」

 やっぱりソレが発端か。


「う、済みません」

「いや、もう済んだ話だから」

 ここで気落ちされても困るぜ。

「それに盗ってきた品々、お前らも触って試したろ?

この鍵も吊り下げるリング以外、触れやしない」

チャリッと金属の輪を摘みながら、ジョイナスは車の鍵をチラつかせる。

わざわざ持ってきたとは、よほど扱いに困っていたのか?


 好都合だ。


「確かになぁ、あの『金の棒飾り』も触れたら生気を吸われそうになったぜ」

「その棒飾りとはこれの事か、ごろつき?」

 俺は左手に5.56mm小銃弾を掲げて見せる。

「おお、そうそれだぁ!すげぇ、あいつ触れてるぜジョイナス」

「きっと何か保護魔法でもかけてあるんでしょう。

寸分違いなく趣向を凝らした金装飾ですから」

「金装飾?そりゃガワが真鍮や銅でできた弾丸つう矢の一種だ。

先端は鋼だし、気づかなかったか?」

 いやはや、金と真鍮の違いすら分からんのかと、ついでに煽ってみる。

「何ッ⁉舐めやがってクソがッ」

「落ち着け!相手は男一人だ」

 男一人?

眼前のダークエルフは見事な広背筋で斧を振りかぶり、地に叩き付ける。


「アタシが勘定に入ってないみたいだがねぇ。」

 両手斧の衝撃と戦士ちゃんの覇気にチンピラ共はたじろぐ。

「おいっ、こっちは六人だぞ!倍の数がいるんだ。

いずれにせよ、これらは珍品として売れるだろう。

これから力ずくで魔法を解いてもらいますよ。

ご婦人方の股ぐらと一緒にね。」

 ジョイナスが焚き付けると、チンピラ共の顔が一転する。

各々、下劣な笑みを浮かべ、チラつかせる金物が殺気を帯び始めた。



まだだ。まだ、引き金に指を掛けるな。



構えた銃のグリップ、それを握る右手に、理性的な指令を伝え続ける。

安易にトリガーに触れるな。

撃つと決めたその時まで、引き金には手を掛けるな。

昔、祖父に教えられた通りに。


「うし、俺ぁ色っぺぇエルフもーらい」

「俺も俺も、ここらじゃエルフは見ねえからなぁ」

 チンピラ共が戦士ちゃんを囲むようににじり寄る。

呆れたように舌打ちした彼女は、斧を薙ぐように振り払いながら後方へステップバックする。


「丁度いい、勇者。譲ってやるからアンタが殺りな」


「はっ⁉ えっ、は⁉」


 そう動揺しながらも、俺はチンピラ一人の頭に光学オプティカルサイトの照準を合わせていた。

俺が向ける銃口に気づいた男は、サイト越しに奇妙そうな相を浮かべる。


 連中にとって、銃は未知の武器だ。


銃口を向けただけでは、不思議がる程度でなんの威嚇にもならない。

だがひとたびその轟音を聞けば皆、こぞって尻餅をつくほど仰天する。

いつもの威嚇射撃で事は済む。


そう思っていた。


だから、ダメだ――ダメだろ。


だって人だぜ?


人を撃っちゃ……


「あぁ~もう待てねぇ!女エルフ抱きてぇ!」

 欲情の咆哮をゴロツキ共が上げた。


「あっ」


 パパパァンという、耳を劈く発砲音と共に男の頭部が弾ける。


頭が弾け飛んだその体は、まるで支柱を失ったマネキン人形のように

その場に仰け反って崩れ落ちた。

「ヒェッ!」

 噴き散らかった肉片と体液、奇妙に捩れる死体。

ジョイナス達チンピラだけでなく、俺自身も情けない声を上げる。

次の瞬間、連中は俺らに背を向けて逃げ出そうとしていた。

「勇者ぁ!」

 戦士ちゃんのその声が気付けとなったのか。

俺は再び銃爪トリガーを引いていた。

小奇麗なジョイナスの服から血煙が昇る。


「ハァ、ハァ……やった」


 やっちゃった。

 殺っちゃった。


 俺は、人を殺したことはなかった。散々ライフルを発砲して脅したことはあれど、

人を撃ったことは、なかった。


「うっへ、やっぱりエグいねぇアンタの得物は。まぁでも、お見事」

 そう戦士ちゃんが俺に賛辞を送る。

「あっ、どうしよう。えっ」

 残念ながら、俺にはその賛辞を受け取る余裕が無い。

その場しのぎの笑いを浮かべながら、焦燥感に包まれて辺りを、

というか戦士ちゃんと僧侶の顔を何度も伺う。


「どうなされたんですか? 勇者様」


「いや、俺、人殺しちゃった」

 精一杯捻りだした俺の言葉に、戦士ちゃんが答える。


「おう、お手柄だよ。アンタに牙を剥いた賊を殺ったんだ」


 それは俺に、この世界の条理を諭すかのように。


「俺、大丈夫、なの?」


「なにが?」


「だから、俺」

 まだ頭の整理が追いつかない。


「あぁ……ッチ。あのねえ」

 今、舌打ちしやがったなクソアマ。

頭をポリポリと掻きながら、戦士ちゃんは俺の背中をバシンと一叩きした。

その衝撃で混乱していた頭の中が一瞬ブランクになる。


「あんたはなんだい?」


「え?」


「何モンなんだい」


「勇者様ですよ~」

 これは僧侶の声だ。



「そう、アンタは世界の命運をかけて戦う勇者様だ。

大義の士だろ。そのアンタに、そのようなお方に、刃を向けた賊を殺した。

それと害獣の駆除に、どう違いがあるってんだい」



ああ、ああ。

そういう事なのか。



「やっていいんだ。俺」

「誰でもって訳じゃないよ。まあ、アンタに必要なのは場慣れだね。場慣れ」

 そういうと「へぇ~えッ」っと一仕事終えたように息をつき、

彼女はジョイナスの死体をあさり始めた。



――戦士ちゃんの言った通り、俺のチンピラ殺しは全くの不問とされた。

むしろ衛兵から感謝され、礼を述べられた程だ。

盗難品もすべてその日中に返却され、俺たちは再び旅路に着いた。


「すげぇな。俺、殺っていいんだ。マジか」

思えばこれがきっかけで、俺の理性のたがが一つ外れたような気がした。

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