第3話 とら〇る?

 翌四月七日早朝。


「オエ゛ェェアッ‼ ……プッ」

 ブリキの痰壺から反響する女の吐瀉音。

部屋の入口には、それを渋い顔で眺める男女が一組。

俺と戦士ちゃんね。


つーことで……


「なぁ、アイツ僧侶あれからまた飲んだの?」

「飯の後に、ワインを二本失敬してたね。

アタシがアンタとシッポリした後、部屋に戻ったら両方とも空だった。

気分良さそうにイビキかいて寝てたよ」


待て、失敬してたって――パクったのか?

コイツ、神職だろうに。


「まぁ神事に酒はつきものだろう?」

「そういう問題じゃねぇよ。体裁と自己管理がだな」

 僧侶め、普段は真面目気取って俺を素行不良とチクチク責めやがるのに。

自分の事になると都合の良い言い訳振りかざし、ちゃっかり利を得ようとする。


この糞女、ファッション生真面目め。

傾けた痰壺をガランと元に戻し、二日酔い女がヨロヨロ立ち上がる。


「ご心配……お掛けしましたね。でも、もう大丈夫です」


 全然、大丈夫そうじゃないんだがぁ。


 ボクサーのように、両手でファイティングポーズをとって見せる僧侶。

致命的なダウンを取られた選手の如く、目の焦点が合っていない。


「あと半日は休まないと動けそうに無いねぇ」


 時刻は午後十時前。今から半日……。


「もう一泊するか」


「あぁ、いいねぇ」


 欠伸しながら戦士ちゃんは賛同する。


「いやいやいや、大丈夫です。私、大丈夫ですから」

「ンなヒデェ顔して言われてもだな」

「戦場では……戦場ではこんなもんじゃありませんでした。

祝杯を挙げた明朝に敵の反撃を受けてですね……」


 あーはい。武勇伝だろ。

 盛ってるだろ?


「こんな事言ってるけど、戦士ちゃんどう思う?」


どう思うって…。

そう言いたげな苦笑いを彼女は返す。


「うし――金、払ってくるわ。介抱よろしく」

「あいよ」

 もう一泊する事に決めた。

昨夜、彼女らとは相部屋では無かったが

今日は三人で泊まれる大部屋でも取るか。

そして僧侶に詫びを入れさせ、今日こそ奴と決めてやるぜ。


 下劣な妄想に股間を膨らませ、財布を取りに自室に戻った。

鍵を捻りドアノブを捻ると、開かない。

「あれ?」っともう一度鍵を捻り開ける。

そして目の前の光景に驚愕した。


 ――部屋を荒らされるとは、こういう事を言うのか。


 その様を見て、一瞬目を疑った。

女と激しく愛し合った後のようにベッドは乱れ、

調度品の引き出しが空き散らされている。

ベッド傍に置いたバックパックの蓋がベロリと口を開け、中身が持ち去られていた。

彼女たちの部屋と自室は同階にあり、角を曲がる事を除けば大した距離はない。

故に油断した? いや、鍵は締めていたぞ。


「まずい、まずい!」


 急いで俺はバックパックの中身をチェックする。

貨幣が入った財布袋は無事であった。

愛読していた戦闘マニュアルやスマートフォンも無事。

無くなっていたのは、小銃弾の入った弾薬ケースだ。


「まさか⁉」


 俺は振り返ってベッドの向こう側、窓際のテーブルを見やる。

そこには昨晩から立てかけたままの愛銃LWRC M6A2があった。

というか、あれは大丈夫なはずだ。


 『神器』は、それを有する勇者と祝福を受けた従者しか触れる事が出来ない。


 であればこそ、弾薬も触れないはずでは?

箱に入っている分には持ち運びできるという事だろうか。


 神様方よ、ちと神器の所有権、曖昧じゃないか。


 フゥと一つ息をついて、気持ちを落ち着かせる。

バックパックに入る量の小銃弾ならまぁ……

車中に予備は潤沢にあるし。

幸い銃から外しておいた弾倉も無事だ。

弾倉側面の縦穴から鈍い金色の光が反射する。弾薬は充填されている。


「勇者ぁ?」

 ドア口から投げかけられる低いハスキーボイス。

「あ、戦士ちゃん」

「――あ~、荒らされた?」

 ご名答と頷く。

「財布取られた?」

「いや、取られてない。銃の弾薬持ってかれたよ」

 何を思って持って行ったのかしらんが。

「そぅかい。アレは一見、いい色と形してるしねぇ」



 でも、都合の良い言い訳ができたじゃないか。



そう彼女は宣う。言い訳とは?


「ここ、この町じゃ一等級の宿だろ。高い金払って泊まったのに、このザマ」


 あー、はいはい。


そうだよねぇ、これは対価には見合わん有様だ。

「よしよし、じゃあついてきて。二人で詰めたほうが早く片が付く」


 数分後、一階ロビー フロントにて。


「そのような事は考えられませんな」

 低く、ひどく呆れたような老人の返答。

顔面が引き攣る俺と戦士ちゃん。

「どういう意味だ。え、支配人さんよ?」

俺と彼女二人は一階のカウンターに着くや否や

この高級宿の『場に恥じぬ』よう、フロントマンに詰め寄った。

そして問答を続けた挙句、この白髪の老紳士を。宿の支配人を引きずり出した。


「一等級と言いながら、コソ泥が簡単に出入りする宿なのかココは。

えぇ?往来でそれを喧伝してやってもいいんだぞ」

 チンピラまがいの俺らの振る舞いに、支配人はピクリと顔を顰めたが、再び疑いの目で俺たちに返す。


「ですからその、盗人の類が入るというのがあり得ぬ話なのです。

見るからに怪しい者は入口で追い払います。

その上、各階ごとに警備員が巡回しているのをご存知でしょう」

 このジジイ、頑なに盗人が入った事を認めようとしない。

それどころか俺らを訝しげな眼で見やがる。


 まあ、パーカーにミリタリーパンツと、見慣れぬの装いの俺。

そしてキワどいビキニアーマーのダークエルフ。


宿泊費をチャラにしようという

怪しい冒険者の自作自演を疑われても致し方あるまい。


 だがな。


「昨日、貴重品として金のインゴットを預けた。

ここに数日滞在するのに十分な換金額だぞ?」

 連泊代をケチる三文芝居では無い旨を伝える。

「それにここまで俺らは自前の馬車で来たんだ。

魔法で自走するそれは豪奢な――」


 そこまで俺が朗々と語った所で、褐色の柔手に口を塞がれる。


「ちょっと待った勇者。

なあ支配人殿よ、この宿の従業員は朝と夜、いつ交代している?」


「はあ、夜番でしたら午後八時から

先ほど午前の九時ですが」


「貴重品入れを調べな!十七番だ!早くッ」


 戦士ちゃんの鋭い怒声に支配人と俺はハッとする。


「君!十七番の貴重品入れを!」

 フロントマンにそう命じる支配人の顔に、徐々に狼狽の相が浮かんでいた。

カウンター奥のフロアにフロントマンは引っ込む。

そして少し間をおいて焦り顔で駆け戻った。


「空になってます」


「なッ⁉」


やられた。窃盗は内部の犯行だろう。

「そんなはずは⁉」

 あり得ない。そもそも本当に預かったのかと、朝番の従業員に支配人は詰め寄る。


 分かるわけねぇだろ。

交代したばかりの人間がよ。


「いやいや、ちょっと待ちな」

 怒りに我を失ったような老人を、戦士ちゃんが諫める。

「支配人さんよ。確かにアンタの宿はいい処さね。

荷物を預けた時、ちゃぁんと預け品の記録をつけてたからね。

そこの坊や。帳簿を?」

「はいっ、金のインゴットに馬車のカギ……確かに帳面に」

 驚愕と怒りに震えながら、支配人はフロントの男に問う。

「昨夜の、昨夜の受付番は」

「ジョイナスとギータです」

「しゅ、守衛舎に通報するんだ」

「いや、それには及ばない」

 衛兵を呼ぼうとする支配人を更に戦士ちゃんが制する。

「あたし等は冒険者だ。

犯人が分かった以上、ケツは自分たちで拭くよ。

そいつらの詳細を教えてもらおうか――」

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