第1話 さっそく恐喝しちゃうもんね

 期待を袖にされた時、

人はどのような行動を起こすだろうか。

怒り散らすか、呆れかえるか、僅かでもいいから利を得ようとごねるだろうか。

己が髪色と同じ漆黒の自動小銃アサルトライフルを構える若者は、そのどれでも無かった。

いや、そのいずれをも少しずつ持ち寄って混ぜ合わせた感情。

その塊である所の銃口を眼前に立つ壮年の男へと向けていた。

 辺りには、若者が撃ち壊したであろう陶器が散乱している。

壁に銃痕から差し込む夕日が、薄暗い木屋の中で怯え竦む母子の姿をうっすらと映しだしていた。


「話が違うじゃねぇか。村長さんよ」

「いやだから……話を盛った事は悪いと思っているが……」

 弁明する壮年の男。

村長が背にする壁に、若者は新たに二つの採光部を穿つ。


「そうじゃねぇ、これ以上俺らを落胆させてみろ。

殺すぞ。一族郎党だけじゃねぇ、この村の全員だ」


 腹から吐き出されるその低い声は、

ギラギラとした殺意を受け手に感じさせる。

 だが本心を言えば、若者は殺す気など更々無かった。

そもそもこの男、人を撃ったことがない。

殺しなど意にも解さぬ若き荒くれを演じている素人冒険者である。


 まぁ、俺の事なんだが。



「わかった……これ以上悪あがきはしない。報酬に加えて、二割」

「五割だ」

「それは勘弁してくれ……三割がウチの村の限界だ」

 なんだ、もう一割分絞り出せるんじゃねぇか。

「よしよし、外の『黒い荷駄車』前に居るから、さっさと用意してくるんだな」

 背後に控えていた仲間達に合図し、村長宅を後にする。


時は遡って本日は、上歴じょうれき2020年4月6日。


 やぁやぁ君、また会ったな。


 嘆きの男です。プロローグの。


事の顛末てんまつだがな、さかのぼり過ぎるとややこしくて面倒なんだ。

このあたりから振り返るとするよ―――


 『黒い荷駄車』の方へ引き返す途中、

仲間の女一人がハスキーな声調で笑いながら俺に問いかける。


「しかしまぁ、アンタの芝居にゃ毎度感嘆するね。

ホントに元は堅気だったのかい?」

「ひでぇな戦士ちゃん。

俺ぁ、人を殺したこともなければ殴ったこともない。

誠実な市井の若者だぜ?」


 俺が『戦士ちゃん』と呼んだその女。

銀髪の褐色エルフは、失笑するように短く鼻息を吹く。


 信じてやがらねぇな、このアマ。


戦士に合わせるかのように、今度は俺の傍に仕えていた金髪にシンプルな白いトゥニカを纏った小柄な女もかぶりを振った。


「勇者様のそのお言葉。

信じたいのは山々ですが……

ちょっと板に付き過ぎというか」


お前も言うか。

あ、俺の紹介が未だだったな。



 俺の名は勇者だ。



名はというか役職であるが、実名より明快でいいだろう。

因みに、先ほどの金髪女は『僧侶』


 俺たち三人は旅の道すがら、情報と路銀稼ぎに

妖魔や害獣退治に精を出していた。

今回もその一件というわけだが。

「オオトカゲの駆除の筈が、まさかサイクロップスを退治させられるとは」

「目からビーム出ないとかガッカリだぜ」

「はぁ?」


 いや、何でもない。


 ゴーグルのように目に当てがったスマートフォンを、

グレーのパーカーのポケットへしまい込む。


 『麓の山に群れ出したオオトカゲを退治してくれ』


 今回訪れた村の依頼内容だ。

オオトカゲといっても体長3mはあり、火を吐く種もいる。

まごう事無きモンスターである。

それが三匹程度という話で合った。


 まぁ、ここまでの道中で受けた依頼と大差は無い。

そのはずがあんな大討伐になるとは思っていなかった。


「冒険者殿」

「おお、村長――の爺様だったか」

「はい。報酬の方をお持ちしましたが……

ははぁ、これは『荷駄車』というか貴族様の馬車のような」

老人と報酬分の荷を運んできた若者は、興味深げに俺たちが乗り込もうとしていた。

『黒い荷駄車』――黒い自動車SUVをマジマジと見つめている。


「ああ、自動車ってんだけど……わかるわけねぇか。ほら、ここに積んでくれ」

 俺は車のバックドアを開くと、そこへ荷を積むように促した。

老人は依頼内容について改めて謝罪したが、報酬がもらえればそれでいい。


 もう俺たちに含む所は無く、各自そそくさと車内に乗り込む。

大した別れの挨拶もせず村を後にし、近場の宿場へと車を向ける。


「まさかサイクロップスの家畜だったとはなぁ」

 山に現れ、山菜取りの民にケガを負わせたオオトガゲ共。

奴らはただの群れでは無く、単眼の妖魔サイクロップスという主人がいた。

 家畜のトカゲを殺され、怒り狂う奴の大棍棒から命からがら逃げ回り。

戦士ちゃんの機転で何とか召し取った。


「あの種で家畜を飼えるほど知恵のある個体は滅多に見ないよ、勇者。

目標の境界まで近づいてきてるし『はぐれ』と見たほうがいいだろうね」


 旅を始めてそろそろ二カ月、人や悪路を避け西へのろのろと五十里。


「そろそろぶつかるか。魔族と」


 そう、先ほど名乗ったように、俺はこの『中つ国』で勇者と呼ばれる存在だ。

勇者は、自身を称える連中の敵と戦う。



 魔王だ。



 ありきたりだろ?

だが神々の意思だとか、紆余曲折あって、仕方なくこの役目に従事している。

そのファンタジックな土地の勇者が、なんでアサルトライフルや自動車を?

まぁそこは置いとこうぜ。

マジで面倒なんだよ、最初から話すとな。


 で、我ら勇者一行は今、西方五十里先へ進行中。

人間勢力『同盟軍』と魔族勢力『魔王軍』の衝突する

最前線へと進む道の途中である。

勇者ならもっと仲間が居てもいいって思うだろ?

現実的な話をするなら、俺を大将とする大遠征軍を組んでもいいはずだ。



 ――居ないんだなぁ。



出立前、同盟軍大本営である『北セントレア王国』で厳かな式典があった。

そこで従者に選ばれた――というか名乗りを上げた者達。

髪と同じ銀色の、刺激的すぎるビキニアーマーが目立つダークエルフ。

斧を振るって六世紀という規格外の強者、戦士ちゃん。


中つ国危急存亡の時に現れる勇者。

その伝承を奉ずる『伝承派』神殿の女神官。

従軍経験もある自称ベテラン、僧侶。


この僅か二名である。

この同盟軍とやらにおける、俺の立ち位置をハッキリさせておこう。



 歓迎されてない。



 既存の為政者にとり、俺こと勇者の存在は、自らの威光を鈍らせかねぬ存在だ。

当然と言えば当然の対応と言えよう。

故に、俺を支持する組織は、勇者と神々の神託を司る『伝承派』神殿ぐらいだ。


 個人の支持は、隣の助手席に座る戦士ちゃん。

あと後部座席で俺のスマホを弄る僧侶。

誰も名乗りを上げないあの『従者叙任の儀』で唯一名乗りを上げてくれた

この両人だけ。

それについては感謝している。


 まあ、最初その姿を見たときは冗談だろうと思ったが。


 だって戦士ちゃん、ビキニアーマーだぜ?

どこのRPG世界だよってツッコミたくなるよな。

そんで、従者の叙任をそそくさ済ませた同盟中枢の王共が畏まって俺にこう傅く訳だ。


「神々の祝福を受けし勇者様。

どうかこの勇猛なる従者達を指揮し、戦線に光を!」



 従者二人だけなんだが。



 まあつまりですよ、あれです。

特殊部隊、みたいなもんなのかな。

同盟軍は戦線の維持に努める。

俺たち特殊部隊――もとい勇者チームは、敵防衛線を浸透し拠点を攻略。

軍が戦線を押し上げる機会を作りつつ、敵本営へのルートを独自に開拓。

魔王を倒せと。


それをこのメンツでやれと。


アホかと。


 はっきり囮をやれと言われたほうがしっくり来る。

王達や要人共の話しぶりからは、

 『アンタが居なくても持久戦できっと勝てる』的なニュアンスが垣間見えたしな。


「勇者の国ではこんな奴ら、いるのかぁい?」

「こんなヤツって?」

 戦士ちゃんは、ダッシュボードを叩きながら続ける。

「こーいう、仕事を、請け負う連中さ」

「もちろん、いるよ」

「やっぱり傭兵とか賊の類?」

「いや、正規軍だよ。金と知識をジャブジャブつぎ込んだ精鋭部隊だ。

優劣はあれ、大抵の国に存在する」

「大抵の国に……そいつぁ、恐ろしいねえ」

 歴戦の強者たる彼女が、驚嘆したと肩を竦めつつ身震いしてみせた。

まあ実際、覆面に暗視スコープを身に着けた特殊部隊が、脳裏にいくつも浮かんでくる。


その一員が俺の代わりならば、事はもっと簡単に済むのではないかっつう

空想は無くもない。

 例えば現地人の戦力化に長ずるグリーンベレーとか。


個人で言えばコ○ンドーの元隊長とか、沈黙のコックさんなら尚更だろう。

ああ、〇ョン・ウィックや○ャック・ノリスもいいな。


 だが現実として勇者は俺である。


火器に多少通じている程度の、ただの若造がだ。

とは言え、中つ国において火薬兵器は普及していない。

故にそれを扱えるだけ、十分アドバンテージはある……と思いたい。

傾きつつある夕日が眩しく、サンバイザーを下す。

薄く照らされた田園風景の先に、いくつもの石造建築の集群が見え始めた。


「そろそろ街につくぞぉ。僧侶、衛兵さんらの対応、頼んだぜ」


「了解しました」と、さっきから弄っていた俺のスマホを投げ出した僧侶は、ゴソゴソと対応の準備を始めた。


スマホさぁ、大切に扱ってほしいな。

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