第19話 戦いの号砲
「そう言えば、なんでこの街は入る時にあんな高い金を取ってるんだ?」
朝の食卓で長治郎にカミナは聞いた。
「あれはこの街に住む人を守るためにやってることだ」
「どういうことだ?」
「この街が他に比べて住みやすいこたぁ確かだ。そんな所で出入りの制限がなけりゃどうなる?」
「まぁ、みんなここに来ようとするだろうな」
「そいうこった。有象無象が好き放題に街を出入りするようになっちゃ、管理が行き届かねぇ。そうなりゃ、昔からこの土地で暮らして来た人たちが割を食うことになっちまう」
「それで高い金を取ってんのか」
「他所の人にゃ悪いと思ってるけどな、俺が守れる範囲には限界がある。ならせめて、その中に居る人にゃ義理を通さなきゃ格好がつかねぇだろ」
「なるほどね」
「まぁ、あの金がこの街の資金源の一つってのも確かだけどな。少なくとも可能な限り街に対して還元してるつもりだ」
話し終えると同時に、襖の外から一家の若い衆の声がする。
「オヤジ! 『虎徹』さんが帰って来ました」
「おぉ、帰って来たか。通せ」
襖を開け入って来た男の脇にはケルノスとクレアが居た。
「あれ? なんでお前らが」
「あ! カミナ。も~、なんで戻ってこなかったの?」
「悪い悪い。この長治郎と気が合ってな」
「まぁ、アナタのことだから心配はしていませんでしたが」
「…………旦那。こちらの方は?」
「あぁ、俺の仲間だ」
軽く自己紹介をする二人。
「俺は焔一家の長治郎ってもんです。で、なんであなた方が虎徹と一緒に?」
「私が狙撃手に襲われていた所を助けていただいたんです。怪我の手当てまでしてくれました」
「おぉ、そりゃ世話になりました。つくづく旦那たちとは縁があるようだ」
虎徹の方をじっと見つめる長治郎。
「…………お前だけか?」
「すみません。私の技量じゃ若い者を助ける所まで手が回らず」
「そうか。お前のせいじゃねーよ。それにしても、奴らどんどん派手に仕掛け始めたな」
長治郎は立ち上がり虎徹の方へと向かう。
「死んだもんの弔いはちゃんとしねーとな。…………無事で良かった。しっかり休んどけ」
長治郎は虎徹の肩を叩き、部屋を出て行く。
「やれやれ。大変なことになっている様ですね」
「お前らも話は聞いたのか?」
「えぇ、虎徹さんから一通り」
「そうか。で、どうする?」
「もちろん、焔一家側の助っ人として手伝わせてもらいます」
「私も。戦えないけど、ご飯を作ってサポートするよ」
「みなさん…………。ありがとうございます」
虎徹は床に手を付き頭を下げる。
「おいおい、やめてくれ。俺たちはあくまでも助っ人だ。景隆って奴のことはアンタらの手でケリを付けなきゃな」
「はい」
「こーてーつー!!」
大声と共に鳳仙が勢いよく襖を開けて部屋に入って来た。
「いやー良かった、生きてた。クソ真面目なお前が夜中になっても帰って来ないから心配してたんだぜ」
鳳仙は無邪気に虎徹に抱きつく。
「お、お嬢。ご心配をおかけしました。…………それにしても、またそんな恰好で」
稽古着の襟元からは、たわわな胸の谷間が大胆に見て取れる。そこを伝う汗、稽古によって上がった体温により薄桃色になった肌、弾む息。
「…………これは」
ニヤケ顔で振り向くカミナの目には、予想通りの光景が広がっていた。
「カミナ、またケルノスさんが倒れたよ」
「こいつ、本当に良いオモチャだな」
「ケルノスさん! どうされたのですか?」
「あぁ、心配ないよ虎徹さん。これがお約束だから」
「お約束?」
「鳳仙。悪いけど、ケルノスも虎徹さんと一緒に休ませてやってくれ」
「分かった。準備してくるよ」
二人を休ませた後、長治郎の部屋に呼ばれた鳳仙。
「…………自覚はあるのか?」
「うん。虎徹にも、若い衆にも悪いことしたと思ってる」
「そうか。なら皆まで言わん」
二人の看病をしながら鳳仙の事を気に掛けるクレア。
「ホウセンさん、怒られてるのかな?」
「そんな所だろうな。鳳仙が一人で勝手に動き回らなきゃ、虎徹さんたちが襲われなかったかも知れねー。戦争状態だからな、どのみち襲われてた可能性は高い。だが、鳳仙が一緒に居れば守ってやることも出来たかも知れん」
「それは違いますよ、カミナさん。私たちは命捨ててお嬢やオヤジの盾になるのが仕事です。それにお嬢が一人で動いてたのは私たちを出来るだけ巻き込まないため。勝手に探し回ってたのは私たちです」
「まぁ、それぞれの考えがあるだろう。でもな、互いを思うばっかりに共倒れってんじゃ話にならねー。長治郎はそれを鳳仙に自覚して欲しいんだろ」
「…………なるほど」
「戦争に勝ちたいなら、それぞれの役割ってのをしっかりと自覚しないとな。時には非情になることも必要ってことだ」
「役割…………」
長治郎の部屋から鳳仙が戻って来た。
「ねぇ、カミナ。一緒に街の見回りしてくれないかな?」
「大人しくしとかなくて良いのか?」
「一人で勝手に動いたのは悪かったと思ってる。だから頼んでるんだよ」
「別にお前が行かなくても良いんじゃないの?」
「いや、見回りはウチがちゃんとやらないと。焔一家がちゃんと目を光らせてるってことが街の人の安心に少しは繋がるからさ」
「私からもお願いします。本来ならお嬢の護衛は私の役目ですが、これでは足手まといにしかなりませんから」
「行こうよカミナ。私も料理の材料を買いたいし、この街をもっと見てみたい」
「…………分かったよ。じゃ、そこで寝てる奴のお守りは頼むぜ、虎徹さん」
「はい。よろしくお願いします。」
街へと繰り出す三人。昨夜の騒ぎはどこ吹く風。今日も街は活気に包まれている。通りを歩けば多くの人から気さくに挨拶される鳳仙。
「人気者だな」
「ウチの人気ってわけじゃないよ。長い間かけて信頼を積み上げて来た一家に対する気持ちの表れさ」
「そうか。ところで、あの虎徹さんってのは?」
「虎徹はオヤジの実の子で、ウチの弟」
「実の子ってことは、景隆の実の弟ってことか」
「そうだよ」
「あれ? でもそれなら跡目は虎徹さんが継ぐのが筋じゃねーのか?」
「ウチもオヤジにそう言ったよ。でも、オヤジは考えを変えなかったし、虎徹はウチを全力で支えるって納得してくれた」
「納得しなかったのは景隆だけか」
「うん。ウチとしては景隆じゃなければ跡目は誰でも良いし、虎徹なら文句ないんだけどね。まだちょっと弱いけど頭はウチより切れるし、一家をしっかりと運営するなら虎徹の方がよっぽど適任だよ」
「まぁ、確かに鳳仙はちょっとアホっぽいもんな」
「な! ひどいな~カミナは。思ってても普通は言わないでしょ」
硬くなっていた鳳仙の表情が少しばかり朗らかになる。
「いや~、見たことない食材がいっぱい。思わず買いすぎちゃった」
気になる店を片っ端から駆け回っていたクレアの両手とシンの背中と口には、大量の食材が抱えられている。
「買い過ぎじゃないか?」
「だって気になるんだもん。昨日のバクチでお金も返ってきたしさ」
「まぁ、良いけど」
そう言うとカミナはクレアが持っている荷物を代わりに持つ。
「あ、やっぱりカミナは優しいな~。レディーファーストができてるよね」
「褒めてもこれ以上は買わねーぞ」
「えぇ! まだ気になるものが」
「ダメだ」
「む~、ザンネン」
「さて、荷物抱えて見回りも面倒だ。大通りは問題なさそうだし、一旦戻って裏街や外れの方を回ろうぜ」
長治郎の屋敷に戻ろうとした瞬間、三発の銃声が響く。
「なんだ!?」
その銃声を合図にあちこちで騒ぎが起こり始めた。所によっては火の手も上がり、街人達はパニックを起こして街の入り口に大挙して押し寄せる。
「お嬢! 大変です。そこかしこで景隆の手の者が暴れて対応しきれません」
「しばらく耐えてくれ! こんな騒ぎだ。すぐに屋敷から応援が来る」
「分かりました。お嬢も気を付けて」
「あぁ、お前たちも」
「鳳仙、お前は屋敷に戻って長治郎と一緒に指揮を執れ」
「カミナたちは?」
「俺はクレアとシンを街の外に逃がしてから合流する」
「分かった。気を付けて」
「あぁ、お前もな。クレア、シン。行くぞ」
「うん」
突如として響いた号砲により戦いの火蓋が切られた。数で圧倒的に劣る焔一家とカミナ達はこの窮地を打破出来るのだろうか。
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