第18話 客分と焔の刀

「娘をよろしくって、何?」

「娘の助っ人をお願い出来ねぇか? ってことだ」

「…………助っ人?」

「ん? 何だ、鳳仙から何も聞いてねぇのか?」

「あぁ、オヤジ悪い。な~んにも説明せずに連れて来ちゃった」

「…………どういうことだよ」


 長治郎は最初に座っていた場所に戻り、煙管に火を入れる。


「今、この焔一家は戦争状態にある。そして恥ずかしながら、かなりの劣勢だ」

「戦争? この街は他に比べて平和なんじゃないのか?」

「確かに平和だった。俺で23代目、代々他所の神人を入れずに、焔一家の義理を通して街を守って来たからな」


 煙管を噴かし、長治郎は続ける。


「だが、何事も長いことやってりゃ例外ってのは出てくるもんだ」

「例外?」

「あぁ、『景隆』って奴が他所の神人とつるんで、この街を乗っ取ろうとしてやがる」

「景隆はオヤジの実の息子で、本当は焔一家の跡目になるはずだったんだ」


 煙管をカンっと鳴らし、長治郎の表情は一層険しいものになった。


「その通り。だが、あの馬鹿野郎は代々のやり方が気に入らねぇ、義理なんて捨てりゃ、もっと楽して儲けられるじゃねーかって楯突いて来やがった」

「そっからオヤジと景隆は大喧嘩になって、出て行ったんだ」

「元々、野郎の性根にゃ問題があった。勝ちゃぁ何でも良い、儲かりゃ何でも良い。義理人情なんざクソの役にも立ちゃしねーって奴だったからな」


 煙管を置き、お茶を飲んで一息つく長治郎。


「確かに剣術の才能はあった。だが、下手に才能があったばかりに傲慢になっちまったのかも知れねぇ。何にしても野郎に跡目は任せられねぇからな、俺は鳳仙を跡目に指名した」

「それが決め手になったみたいでさ、景隆は一家を潰すために戦争を始めたんだよ」

「なるほど。で、その戦争が劣勢状態にあると」

「あぁ、そういうことだ。あの野郎とチンピラだけなら負けるはずもねぇが、他所の神人が俺たちとは相性が悪すぎる」

「どんな奴なんだ?」

「狙撃手だ。しかも、超遠距離から確実に弾を当ててきやがる。俺や鳳仙、一家でも力が上の奴なら銃声を聞いてから避けたり、弾を斬ることも出来る。でもな、そんな奴らばっかりじゃねーんだ」

「実際、一家の多くはそいつに殺されちまったよ」

「単純に数が足りねー。野郎は外から使徒を、街の中ではある事ない事吹き込んでチンピラや欲にくらんだ若い奴を取り込んでやがる」

「…………本当の問題はそこじゃないだろ? アンタ、後どれぐらいの命なんだ?」


 突然のカミナの発言に驚く二人。


「なんだ、俺の病のこと鳳仙から聞いてたのか」

「いや、ウチはなにも」

「踏み込みが浅かったし、斬撃の後の踏ん張りも若干弱かった。そもそも殺す気が無かったってのあるが。なにより、今でも息が元に戻ってないだろ、隠してるけど」

(……さっきの一太刀で見抜いたのか)


 感心する長治郎。


「確かに、旦那の言う通りだ。正確には分からねぇが、そう長くはないらしい」

「それもあって、オヤジは跡目選びを急いだんだ。もっと時間をかけて探せば、ウチよりふさわしい奴が居たはず。そしたら景隆もこんな手段には」

「いや、それは関係ねーだろう。誰を選んだって、あの野郎はこうしてたさ」


 カミナの前に進み、再び手を付いて頭を下げる長治郎。


「事の次第は分かってもらえたかい? 旦那の腕があれば、この戦況をひっくり返せるかもしれねー。袖すり合うも他生の縁だ。どうか景隆の馬鹿を討つ手助けをしちゃくれないだろうか」

「…………断る」


 予想外。しばしではあるが一緒に過ごした鳳仙はカミナが引き受けてくれると高をくくっていた。


「ちょ、カミナ。なんで?」

「聞いた限りじゃ、ただのお家騒動だ。そういう問題に部外者が首を突っ込むべきじゃない。なにより、それで勝ったとしても意味がないだろ?」

「いや、でも」

「やめねーか。旦那の言うこたぁ、もっともだ」


 頭を上げる長治郎。


「旦那の強さと逼迫してる状況に、俺はどうかしてた。悪かったな、忘れてくれ」

「…………ん? なんか勘違いしてないか」

「勘違い?」

「俺が手伝わないのは景隆って奴を討つことだ。取り巻きの神人たちは任せとけ」

「え、でも意味ないって」

「景隆のことはな。だが、周りは違うだろ。向こうも外から助っ人呼んでんだから、こっちも当然アリだ」

「な、紛らわしい言い方するなよ」


 ほっと胸をなでおろす鳳仙。長治郎も嬉しそうな表情をしている。


「ありがてぇ。地獄に仏たぁ、このことだ。鳳仙、酒だ酒」

「オヤジ、嬉しいのは分かるけど酒はダメなんじゃ」

「うるせぇよ。こんな嬉しい時にも呑めねぇてんなら、死んだ方がマシだ」

「も~、しょうがないね。言い出したら聞きゃしないんだから」


 縁側に座り、くっきりと浮かんだ満月を見ながらの一献。居酒屋でのどんちゃん騒ぎとは違い、静かな月見酒である。夜も更け、鳳仙は先に床に就いた。


「しかし、旦那は本当に強いね」

「長治郎もな。病気じゃなければあの抜刀を無傷で受けられたかどうか分からん」

「あれにはビビったよ。まさか脚で俺の斬撃を受ける奴が居るとは思いもしなかった。旦那も神人かい?」

「どうだろうな」


 カミナはぐいっと盃を傾ける。


「なんで鳳仙を跡目に?」

「ん? そうさな。…………あの子は誰よりも一生懸命に、真剣に剣術と向き合ってるからってのが一番の理由だ」


 今度は長治郎が盃を傾ける。


「元は懇意にしてた使徒の子でな、両親が流行り病で死んじまったんで俺が引き取った。」

「そうなのか」

「養子だからってのを理由に、周りから馬鹿にされたり白い目で見られるのが我慢出来なかったんだろうな。俺の稽古に死に物狂いで付いて来てたよ」

「その成果はしっかり出てるな。まだ発展途上だけど」

「旦那がそう言ってくれると嬉しいね。器量も良いし、焔一家の義理ってのもしっかり受け継いでる。俺は鳳仙以外に跡目を継がせる気は毛頭ねぇ」

「景隆って奴には勝てるのか?」

「…………正直、五分だと俺は見てる。認めたくはねぇが、あの野郎の刀もしっかり育ってる雰囲気だったからな」

「刀が育つ?」

「あぁ、一家の人間が持ってる刀は全て『血晶鋼(けっしょうこう)』って玉鋼で出来てんだ」

「それで?」

「血晶鋼はこの街の近くの極一部でしか採れねぇ特殊な物でな、持ち主の血を吸い取って成長していく」

「血を吸い取るって、なんか気味悪いな」


 長治郎は空になった盃になみなみと酒を注ぐ。


「当然、一気にじゃねーよ。長い年月を掛けて、少しづつを育てるんだ。そうして出来た結晶鋼を熟練の刀鍛冶が打つと、世界に一本の特殊な刀が完成する」


 脇に置いていた刀を鞘から抜き出す長治郎。


「ある段階を超えた結晶鋼を使って打った刀は、血を吸わせることで真の姿を現す」


 長治郎が柄を強く握ると、刀身が真っ赤な炎に包まれた。


「おお!」

「己の血で育てた結晶鋼は、持ち主の心を反映し、千差万別の色と温度の炎をその刀身に宿す。この炎の刀が焔一家の由来だ」

「心を映す炎か。確かに長治郎らしい、真っ赤な炎だな」

「俺の家系は神人だが、代々その能力は変わってねー。相当な高温に耐えられる体、それが能力」

「じゃぁ、剣術に関しては」

「あぁ、能力は一切関係ねぇよ。まぁ、普通の人に比べりゃ元々の体が頑丈だから無理が効くってのはあるがな」

「あれ? 鳳仙は実の子じゃないんだよな」

「なんの因果か、アイツの使徒としての能力も温度耐性だ。体温自体がかなり高い所は違うが」

「あぁ、だから鳳仙は薄着を好むのか」

「アイツのだらしねぇ着こなしは性格の影響の方が大きいぞ」


 注いでいた酒を一気に流し込む長治郎。


「鳳仙はしっかりと稽古して、刀も育ててる。あの領域まで育てるのは並みじゃ出来ねぇ。どうあれ、俺はアイツを信じてるからよ」

「実の親子より親子だな。アンタ達はよく似てる」

「そ、そうかい? さて、ちょいと飲み過ぎた。悪いが俺は先に寝かせてもらうぜ」

「あぁ」


 すくっと立ち上がり、自分の部屋へと向かう長治郎の背中に、確かな父親の姿を見るカミナだった。

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