第11話 強面の仮面
取り巻きも連れず、一人で佇むケルノス。
「なんだ、もうそんなに有名人になってんのか、俺は」
「いえいえ、その事を知っているのは、この街では私だけですよ」
「そうか。で、俺に何か用か?」
お互い構えることも無く、淡々と話を進めていく。
「あまり深入りをしない方が身のため。と忠告しておこうと思いましてね。あなたが殺した神人は最低ランク。相性の問題もありますが、私でもその気になれば殺せるレベルです」
「ザコ一匹殺したからって調子に乗んなよってことかい?」
「まぁ、そんな所です」
「ご忠告どうも、優しいケルノスさん」
「優しい? 私はただ要らぬ面倒を起こして欲しくないだけですよ」
「まぁ、確証はねーから深くは突っ込まないけど、その内バレるぜ。気を付けな」
そう言い残し、カミナは広場を去って行く。
(気付いたのか? まさかな…………)
カミナと反対方向、神人や使徒が暮らす建物に向けてケルノスも引き上げて行った。
翌日、昨日までと同様にそれぞれの仕事を始める一同。ただ、行列に関してはしっかりと整理されている。整然としながらも盛り上がりのある空間だったが、突如その空気が冷める。
全身を真っ黒なローブで包み、顔も一切見えず、ふわふわと浮いている様に進んでくる不気味な存在。神人ムーラが屋台に現れたのだ。周囲の人々は自然と距離を取り押し黙る。
「噂通り、行列が出来ているな。どれ、この私が食してやろう」
「あ、スミマセンけど、ちゃんと列にムガ!」
列に並ぶことを促そうとしたクレアの口を、ラナが慌てて塞ぐ。
「これはこれはムーラ様。ウチの様な些末な屋台へようこそ。お口に合うか分かりませんが、どうぞどうぞ」
ラナの笑顔は引きつっている。
「ふむ…………。おぉ、確かに美味い。非には勿体ないレベルだ」
上機嫌にその場を離れようとした時、ちょうど商品を受け取った子供が列の流れに押され、よろけた。
「…………おい。貴様なにをしてるんだ」
間の悪い事に、よろけた先にはムーラが居た。ローブに商品がべったりと付いたことで憤慨。その光景を見て、子供は当然ながら周囲の人間も青ざめた顔をしている。
「これは間違いなく死刑。今スグ、ここで、今から死刑だ! さらに、こんな事態を引き起こした原因である貴様らもだ」
「な! なに、それ」
「ちょいと理不尽じゃないかい。その子だってわざとじゃないだろう」
「…………なんだ、口答えするのか」
さっきまでとは場の雰囲気が一変する。
「お待ちください、ムーラ様」
「なんだ、ケルノス。貴様も私に反抗するのか?」
「いえ、滅相もございません。ただ、この場ですぐに処刑してしまうのは勿体ないかと」
「……どういうことだ?」
「せっかくですから三人とも捕縛し、一晩たっぷりと恐怖を味わわせてから処刑した方が良いと思いまして」
「なるほど、恐怖はスパイス。より良い顔になるか。…………良いだろう、貴様に任せる」
「ありがとうございます」
話し終わると同時に、三人の体は動かなくなる。
「え!? ちょっと、なにこれ」
「お前たちは私が捕縛した。大人しくしておいた方が身のためだ。下手に動くと体がバラバラになるぞ」
ケルノスが右腕を引くと、三人がまとめて彼の方に引き寄せられる。
「このまま牢に連れて行く。付いて来い」
三人はケルノスに引き連れられ、神人の居城へと連行された。
しばらくして、狩りからカミナとシンが帰ってくる。
(あれ? 屋台がもぬけの殻だな。もう完売して宿に戻ったのか?)
不思議そうにしている所に、一人の街人が話しかけてくる。
「あんた、この屋台の人達の仲間だよね?」
「ん? あぁ、そうだが。なんかあったのか?」
「ムーラに連れてかれちまったよ。明日には公開処刑だ」
「は!? なんだってそんな事になってんだ」
カミナは街人から事の顛末を聞く。
「聞いてた通りだな、ムーラってクソ野郎。神人が居るのは広場を抜けた先なんだよな?」
「あぁ、そうだけど。あんた、まさか助けに行く気か? 止めときなよ、あんたも無駄死にするだけだ」
「心配無用だ。教えてくれてありがとな」
そう言い残し、カミナは一瞬で街人の前から消えていた。
地下牢に閉じ込められている三人。子供は泣き疲れて寝ている。
「いまさら驚きもしないけど、神人ってやっぱサイテー」
「ごめんね、巻き込んじまって」
「え、全然。ラナさんのせいじゃないよ」
「でも、このままじゃクレアもこの子も明日には処刑されちまう」
「ん~…………。それは多分ダイジョブだと思うよ」
「大丈夫? そう言えばクレアは何でそんなに落ち着いてるんだい?」
「もうちょっと待ってれば分かるよ」
そんな話をしていると、「うっ」という声と共にドサドサと何かが床に落ちるような音がする。
「よう、お二人さん。元気してたか」
「カミナ! アンタなんでここに?」
「帰って来たら姿がなくてビビったぜ。街の人が一部始終を話してくれたんでね」
「いや、それより見張りが居ただろう?」
「あん? 見張りならみんな寝てるよ」
そう言いながら、牢の鍵を力づくで壊すカミナ。
「クレアが言ってた大丈夫ってのは」
「そ、カミナが助けに来てくれるって分かってたから」
「…………アンタ達は一体」
「さて、こんな所に長居は無用だ。さっさと行こうぜ」
寝ている子供を担ぎ、二人を連れて地下牢の階段を上ろうとした時、上からケルノスが現れる。
「待ってましたよ、神殺し」
ケルノスの姿を見て、身構えるクレアとラナ。しかし、カミナは一切の構えを取らない。
「やっぱりアンタ優しいな」
「またですか。一体私の何が優しいと言うのです?」
「アンタが三人を捕まえて、明日まとめて処刑しようって提案したんだろ。それが無ければ三人は今頃死んでたわけだ」
「あ! そう言われてみるとそうだね」
「俺が居ないこと、自分じゃムーラに勝てないことを考えて咄嗟に言ったんだろ?」
「…………流石ですね。お見通しでしたか」
「で、目的はなんだ?」
「特に目的はありませんよ。理不尽に命が奪われるのは好きではないのでね。ムーラに気付かれる前にこの街から出て行きなさい」
そう言い残して去って行こうとするケルノス。
「ねぇ、なにかお礼できないかな? 私たち助けてもらったみたいだし」
「そうですね…………。では、一つお願いしても良いですか?」
「うん。出来ることならなんでも言って」
「では。この街から出て真っ直ぐ東に進むと廃墟になった街があります。そこの地下に暮らしている人達にアナタの美味しい料理を振舞ってくれますか?」
「それだけでいいの?」
「はい、それで十分です。では、よろしくお願いします」
ケルノスは階段を上り去って行った。
「やっぱりラナさんのいう通り、悪い人じゃなかったみたいだね」
「あの子は子供の頃から不器用だったからね」
「さて、約束したからには守らないとな。行こうぜ」
宿に戻り、料理の準備をする二人。カミナは捕まっていた子供を家まで送り届ける。
「準備OK! 行こう、カミナ」
「あ、私も行くよ。あの子が何をしてたのか気になるからね」
「よし、それじゃ行こうか」
ケルノスに指定された所に、確かに廃墟が在った。
「地下っていってたけど、どこから行けばいいんだろ?」
シンがしきりに辺りを嗅ぎまわっている。
「どうだ? 何か見つかりそうか」
しばらく探すシン。
「…………! ワン!」
「お! 何か見つけたか」
シンが吠えた所を調べてみると、巧妙に隠してあるが鉄で出来た扉が見つかった。
「おお! スゴイねシン」
「どれどれ」
取っ手を掴み引っ張ってみるが、扉はビクともしない。
「ん? なんだこの扉。全然動かん」
「カミナ、マジメにやってる?」
「やってるよ。クレアもやってみろよ」
カミナの力でも無理なのだ。クレアの力でどうにかなるはずもない。
「え~。これどうやって開ければいいの?」
「…………仕方ない。ぶっ壊すか」
扉を壊すため、拳に力を込めるカミナ。その時、シンが扉に手を掛け穴を掘るような動きを見せると扉は簡単に開いた。
「…………え~。引き戸」
「みたいだな。…………しょーもな。引き戸にノブ付けるなよ。ムカつくからぶっ壊してやろうか」
「まぁまぁ、開いたんだから良いじゃないか。ほら、行くよ」
地下を下りた先に、大勢の人が暮らしている。
「思ってたよりも多いね」
「さぁ、私達はあの子との約束を果たそうじゃないか」
最初は警戒していた地下暮らしの人々だったが、二人が作った料理が放つあまりに芳醇で甘美な香りに釣られ、一人また一人と集まってくる。
「心配しなくて良いよ。私らはケルノスの頼みで来たんだ。神人の手先じゃないから安心しとくれ」
こんな所で怯えながら暮らしていた彼らの危険に対する感覚は、並みの人よりも研ぎ澄まされている。そんな感覚を刺激する様な気配が一切ないこと、更に久しく食べていない美味しい料理が相まって、彼らも次第に心を開いてくれた。
「こんなに美味い料理を食べたのはどれぐらいぶりだろう。ごちそうさま」
「あ、ねぇねぇお兄さん。なんでお兄さんたちはこんな所で暮らしてるの?」
「あぁ、ケルノスさんから聞いてないのかい? 僕たちは全員、ムーラの気まぐれで殺されたはずの死刑囚だよ」
「……どういうこと?」
「やっぱりそうだったか」
「なに、カミナは分かってるの? もったいぶらないで教えてよ」
「簡単な話だ。ケルノスはこの人達を殺すフリをして助けてたのさ。絞首刑ってのは、かなり絶妙に絞めることで一時的な仮死状態を作ることも出来るんだ。まぁ、相当な技術が必要だけどな」
「その通りです。ケルノスさんは私たちを一時的に殺し、死体としてあの街から脱出させて、ここにかくまってくれているんです」
「そういうことだったのかい。昔のまんま、優しくて頭の良い子だったんだね」
ラナは目に涙を浮かべている。
「自分の力じゃムーラには勝てない、だからと言って指をくわえて見てることも出来ない。絞り出した答えだったんだろうな」
「顔は怖かったけど、ものスゴク優しい人なんだね」
「あぁ、そして孤独な奴だ。一人でこれだけの、いや街全体の人の生死を抱え込んでいたんだからな」
「た、大変だ~!!」
男が血相を変えて地下街に飛び込んできた。
「なんだ? ここがバレたのか?」
「いや、違う。ケ……ケルノスさんがムーラに」
「なんだと!? でもなんで? ケルノスさんがそんなヘマするとは」
「詳しくは分からんが、処刑されそうになった子供を助けようとして」
「何にしろ時間が無さそうだな。二人は危ないからここに居ろ」
そう言い残し、カミナは街へと向かい走り出す。
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