第10話 Scar face

翌朝、しっかりと朝ごはんを食べて出発の時。


「メシも美味かったし、最高の宿だった」

「ホント、助かりました」

「はっはっは! そんなに褒められると照れるね。アンタ達はサービスで30ジールにしとくよ」


 ラナの言葉から一瞬の沈黙が生まれた後、二人は顔を見合わせて衝撃的な表情を浮かべ小声で話す。


「俺、こっちの金持ってないぜ」

「こっちってなに? 私もお金持ってないよ」

「……アンタ達、まさかお金持ってないのかい? 最初っからそのつもりで?」

「いやいやいや、全然。もう、本当に偶然たまたま」

「わざとじゃないです。ちょっと色々あって」


 慌てふためく二人を見て、豪快に笑うラナ。


「そんなに慌てなくても、アンタ達がそんな人間じゃないことぐらい分かってるよ。何年客商売してると思ってるんだい」


 ホッとする二人。


「とは言え、払うものは払ってもらわないとね。……しばらくここで働いてくかい?」

「それで良いのか?」

「あぁ、人手も欲しかったからね。一泊分だから、三日も働いてくれれば十分さ」

「よろしくお願いします」


 ラナの元で働くことになった一同。


「じゃ、早速働いてもらおうかね。兄さんは食材を獲りに行ってくれるかい?」

「おう、任せてくれ。で、何を獲ってくれば良いんだ?」

「『グラス・ボー』っていう猪が近くの森に居るから、それを獲って来てくれるかい」

「任せとけ、猪だな。シンも行くぞ」

「ワン!」


 あっと言う間にカミナとシンの姿は消えていた。


「あ! まだ注意があるのに」

「注意って?」

「グラス・ボーは基本的には大人でも小さいんだけどね、たまにデカいのも居るんだよ」

「デカいの?」

「そう、この辺りだと5メートルぐらいのもたまに出るのよ。デカい方が美味しいんだけど、その分凶暴でね。下手すると死んじゃうことも」

「う~ん、そういうことならダイジョブだと思う。カミナだから」

「まぁ、そうそう出会うこともないからね。さて、お嬢ちゃんは仕込みの手伝いをしてくれるかい」

「了解です」


 調理場に行き、仕込みを始める二人。


「お嬢ちゃん、手際が良いね」

「クレアで良いですよ。父ちゃんと食堂をしてたから、料理は得意なんだ」

「父ちゃんって、あの兄さんかい?」

「うぅん、違う。カミナは私を助けてくれた人。父ちゃんは二日前に神人に……」


 作業はしながらも押し黙るクレアを見て、ラナは全てを察知する。神人によって大切な人を奪われること、それは珍しくないことだからだ。


「ゴメンね」

「ダイジョブだよ。カミナもシンもいるから」


 気丈に振舞う健気な姿に、ラナの目には涙が浮かんでいた。


「ところでラナさん。これってなんの仕込み?」

「あぁ、これかい。昼間は大通りで屋台をやるから、それの仕込みだよ」

「そっか、屋台だからこういう食べやすいやつなのか」


 しっかりと仕込みを手伝うクレア。


「ねぇ、ラナさん。この余りそうな食材使っていいかな?」

「うん? 構わないけど、どうするんだい」

「ちょっと作ってみたいのがあって」


 昼時になり大通りに屋台を繰り出す。もともと人気のある屋台だったが、クレアが売り子をする事、更にはクレアが有り合わせで作った料理が絶品であった事で、瞬く間に行列が出来たのだった。


「いや~、嬉しい悲鳴だね」


 用意した料理を早々に完売し、宿に戻る二人。


「クレア、凄いね! アンタの料理がダントツで評判高かったよ」

「えへへ、父ちゃんから教えてもらった中の一つなんだ」

「へぇ~、お父ちゃんは相当に腕の立つ人だったんだね」


 自分だけでなく、ダムの事も褒められたクレアはとても嬉しそうにしている。


「お~い、獲って来たぜ」


 外からカミナの声がする。


「お、兄さんも無事に帰って来たかい。外から呼ばなくても入ってくれば良いだろうに」


 そう言いながら外に出たラナは驚愕する。そこには3メートルを超す程のグラス・ボーの姿があった。


「えぇ~!!! 兄さん、こんなデカいの仕留めて来たのかい?」

「うん? なんだ、デカいと駄目なのか? 小さいより良いと思って、とりあえず目に付いた中で一番デカいのにしたんだが」

「いやいや、デカいならそれに越したことはないよ。にしても、このままじゃ入らないね」


 ラナは慣れた手つきでグラス・ボーを捌いていく。ある程度のサイズにして、宿の中に運び込んだ。


「いや~、ビックリだよアンタ達。とんでもない働きっぷりだね。今日の分だけで宿代払ってもたっぷりお釣りが出るよ」

「喜んでもらえたなら何よりだ」

「楽しかったし、まだ働きたいぐらいだよ」

「本当かい? ならしばらくここで働いてちょうだいよ。旅するなら路銀があった方が良いだろう?」


 顔を見合わせう、しばらく考える二人。


「そうだな、そうさせてもらうか」

「うん」

「そうかい、そうかい。アタシも大助かりだよ。じゃ、改めてよろしくね」


 こうして、二人はしばらくこの街で働く事にした。二日、三日と日が経つにつれて屋台はどんどん繁盛していき、カミナの持ち帰る獲物も質、量ともに上がっていった。


 四日目。いつもの様に大繁盛している屋台には長い行列が出来ている。忙しなく、嬉しそうに客の対応をしていく二人。


「失礼する」


 並んでいる客をかき分け、数人の取り巻きを連れた男が現れる。ピシッとした着こなし、短髪でキッチリと整えられた髪、鋭い眼光。そして何より目を引くのは顔の右側にある長く深い傷。


「えっと……お客さんって感じじゃなさそうかな」

「あ、アンタ」

「アナタの店でしたか。商売繁盛は結構ですが、往来にこんな列を作られては通行の邪魔です。しっかり管理出来ないなら、強制的に排除する事になりますが」

「あぁ、そうかい。悪かったね。今日の分はもうすぐ終わるから、明日から気を付けるよ」

「……そうですか、まぁ良いでしょう。では、これで」


 踵を返した男と、狩りから帰って来たカミナが鉢合わせる。


「素晴らしい成果ですね。それだけあれば大層なご馳走が作れそうだ」

「こりゃ、どうも。一つ持ってくかい?」

「いえいえ、結構です。それでは」


 取り巻きを引き連れ、男は去って行く。それを見ている周囲の視線は相当に冷たく、侮蔑を含んでもいた。


「なんだ、アイツは?」

「詳しい話は後でするよ。クレア、とりあえず残りを全部売っちまうよ」

「了解」


 当日分の料理を全て売り切り、一同は宿へと戻る。


「はい、みんなお疲れさん」

「早速だが、さっきの奴は?」

「なんか全体的にキッチリしてたよね。迫力もあったし」

「あの子は『ケルノス』っていうんだ。使徒軍の総帥としてこの街を管理してたんだよ」

「してた?」

「そう、新しく神人が派遣されてくるまでね。もともとケルノスが取り仕切ってた時はこの街も活気あふれる良い街だったんだ。ルールに厳しかったけど、理不尽なことはなかったからね」

「ふ~ん。で、その神人が派遣されてから街が変わったと?」

「そうなんだよ。『ムーラ』っていう奴なんだけど、こいつがとんでもない奴でさ。ちょっと気に入らないことがあるとすぐに捕まえて次の日には殺しちまうのよ」

「なんだそりゃ、何で誰も文句の一つも言わねーの?」

「言えるわけないよ、カミナ」

「あ? あぁ、そうか」

「クレアの言う通り、私らが神人に文句なんて言えるわけないよ。ムーラは見せしめに広場で公開処刑するのが大好きだしね」

「なるほどな。そんなもん見せつけられたら仕方ないか」

「しかも、それを執行するのがケルノスなんだよ。今まで私たちが信じてたリーダーが簡単に手の平返したのさ」


(アイツが…………。気のせいだったか)

「でもよ、もともとアイツは使徒で神人側だろ? 元の立ち位置に戻っただけとも取れるが」

「まぁ、確かにそうだよ。あの子も刃向かえば殺されるだろうし、仕方ないとは思うけどね」

「周囲はそう思ってなかったな。出来ることなら殺してやりたいぐらいの視線だった」

「そうなんだよ。みんな毛嫌いしちゃって。さっきみたいに少しでもトラブルの種を無くして、ムーラの犠牲になる人を減らそうとしてる様に私は思うんだけど、みんなはそう思ってないみたいでね」

「まぁ、処刑の執行役なんてやってりゃ仕方ないわな」

「なんか気の毒でさ。私はあんまりあの子に辛く当たれないのよ」


 しばらく沈黙が場を包む。


「さ、この話はこの辺にして、ちょっと遅めのお昼にしようかね」

「うん、そうしよう。私お腹ペコペコだよ」


 調理場へと姿を消すラナとクレア。


(どうも気になるな。後で広場に行ってみるか)


 昼食を食べ終え、広場へとやって来たカミナ。中央には見物をしやすくするためであろう台があり、そこから一番見やすい位置に鉄で作られたハードルの様な形の物が三つある。


(なるほど、絞首刑が公開処刑のやり方か。それにしても、コレは…………)

「やはり来ましたか」


 振り返った先にはケルノスが立っていた。


「恐らく来ると思っていましたよ。ラナさんから話を聞いてね、神殺しさん」

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