第9話 豪快女将

神都に向け、シンと出会った山の森を進む一行。


「ふと思ったんだが、環境が劇的に変わるよな」

「うん。父ちゃんに聞いたんだけど、神都に近づくほど住みやすい環境になっていくんだって。なんでかは知らないけどね」

「ふ~ん、そうなのか」


 他愛ない会話をしながら森を抜け山を下りると、少し先に街が見えて来た。


「あ、見えてきたね。あれがデイルっていう街だよ」

「結構大きな街みたいだな。日も暮れ始める頃だし、今日はあそこで休むとするか」

「そうしよう、そうしよう。私もうクタクタ」


 デイルに入り、泊まれる所を探す。街を周る二人は、外から見た感じとは違う雰囲気を感じていた。


「なんか……暗い感じがしない?」

「そうだな。人は結構居るし、街の環境もキレイで悪くない。でも、クレアの言う通りだな」


 何件かの宿屋を訪ねるが、どこも断られてしまう。


「む~、なんなの。私たちなにか悪いことした?」


 素っ気なく断り続けられたクレアはむくれている。


「まぁまぁ、落ち着け。どうも何か事情があるみたいだぜ、この街には」

「何年か前に父ちゃんと来た時はもっと明るい感じの街だったんだけどな」

「ここで文句言っても仕方ない。もう少し探してみよう」


 しばらく宿を探して街を歩き回ると、大通りから外れた場所に辿り着く。いわゆるスラム街、日も暮れて一段と怪しい雰囲気が漂っている。


「うわ~、なんかキケンな香りがするね」

「そうか? 別に誰からも殺気は感じないが」

「……そういうことじゃないんだけど」


 少し呆れた顔のクレアを尻目に、目線の先に宿の看板を見つけたカミナは上機嫌でそこに向かう。


「お~い、クレア。泊めてくれるってよ。ここにしようぜ」

「うん。わかった」


 軽くため息をついてクレアは宿に小走りで向かった。外観のボロボロ加減に顔を引きつらせるクレアだったが、中に入ると表情は一変する。

古いながらもしっかりとメンテナンスされており、むしろレトロな雰囲気がオシャレさを演出している素敵な空間だったからだ。


「お~、外と全然違う」

「中も外と一緒でボロボロだと思ったかい、お嬢ちゃん」

「え~っと……。ごめんなさい」

「はっはっは! 謝ることはないよ。私だって同じこと思うだろうからね」


 豪快に笑う恰幅の良い女性。


「カミナ、この人は?」

「あぁ、この人はここの女将さんだ」

「ラナだよ。ようこそお嬢ちゃん」

「あ、私はクレアです。お世話になります」

「おやおや、しっかりしてるね。じゃぁ、私は早速晩御飯の支度をするから二階の部屋で休んでおきな。出来たら呼ぶからね」


 二階の部屋で二人はベッドに腰掛けて一息つく。


「ふぅ~、疲れた~」


 その一言だけ発し、クレアはボーっとしている。


「……大丈夫か?」

「ん? あぁ、うん。ダイジョブ」


 笑顔で答えるクレアだが、やはり最初に見た時のそれとは違っているとカミナは感じた。しばらく無言の時間が過ぎる。


「おーい、支度出来たから下りておいで」


 部屋の静寂とは正反対、威勢の良い女将の声が下から届く。一階に下り、匂いのする方へ向かうと、派手さはないが美味そうな料理が並んでいる。


「さぁ、アツい内に食べとくれ」


 用意された料理を頬張る二人。


「おぉ、美味いな」

「ホント、おいしい! 父ちゃんに負けてないよ」

「はっはっは! 良かった良かった。おかわりもあるから、たんと食べな。あっと、あんたにはコレ」


 ラナはシンの食事も用意していた。野菜のうま味がしっかりと出ているスープで煮込まれた肉はシンにとっても絶品だった。


「いや~、なに食べるか分かんなかったから適当に作ったけど。そんだけガッツいて食べてくれるってことは気に入ったてことだね」

「おかわり」

「あ、私も」

「ワン!」

「いいね~、これだけしっかりと食べてくれると、作った甲斐があるってもんだよ」


 一同は用意された料理を全てたいらげる。


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様」


 部屋に戻る一同。


「ふぅ~、食った食った。大満足だ」

「おいしくて、ちょっと食べすぎちゃった」

「……ワン」

「シンはさすがに食べすぎだよ。お腹パンパンじゃない」

「お前、本当に森の王の子供かよ? ただの無邪気な子犬じゃねーか」

「……ワフ」


 腹を向けて寝転んでいるシンの腹をさするクレア。


(まぁ、心を開いてくれてるってことか。特にクレアには)

「良し、もう寝ようぜ。明かり消すぞ」

「うん。おやすみ」


 眠りにつく一同。しばらくするとクレアが鼻をすする音が聞こえた。必死に声を押し殺して泣いているようだ。


「クレ……」


 カミナは声を掛けることを止めた。と言うより、掛ける言葉が見つからなかった。今ここで、どんなに自分が言葉を尽くしたとしても、それは意味のない事だと分かっていたから。


(ごめんな、クレア。死ぬほど辛いだろう。でも、自分の力で乗り越えるしかないんだ)

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