第3話 左腕と宝

「今から7年ぐらい前の話だ」


 ある町で反乱の兆しあり。そんな報告がその町に常駐している使徒から神都に届けられた。


 報告を受けた一人の神人と、ダムの率いる使徒軍が粛清のために町へ向かう。多少の抵抗はあったが、殲滅作戦は滞りなく進行した。


 引き上げようとした時、常駐の使徒たちの会話がダムの耳に入る。


「いや~、スッキリしたぜ。あいつら全然言う事聞かね~し、金払いも悪かったからな」

「ホントホント。非は俺たちのために黙って奴隷をやってりゃ良かったんだ」

「バカだよな。言う通りにしてりゃ、こんな風に皆殺しにされることもなかったのによ」


 三人の使徒が高笑いしながら話を続ける。


「でも神都の使徒軍もバカだよな。簡単に騙されてさ」

「使徒軍は知らんけど、今回の神人は俺らのこと薄々気づいてたみたいだぜ」

「ホントかよ! ならなんで」

「今回来た神人、弱い相手を嬲り殺すのが大好きな方で、特に非を殺すのが大好きなんだよ」

「なるほど、自分の趣味のために俺らの事に気付いてんのに黙ってたのか」

「そゆこと。なんにしろ俺らにしてはラッキーだったのさ」

「あ、でも特別ってわけでもないらしいぜ。神人とか上位の使徒の中には弱い者イジメが大好きな人が結構居るらしいからな」

「そうなの? じゃ、似たような感じで皆殺しにされてる奴らがたっぷり居るってことか」

「かもな~。まぁ、気持ちは分かるよ。弱い者イジメって気持ち良いからな~」


 ゲラゲラと笑いながら歩いて行く三人。次の瞬間、三人の首から上は原型をとどめていなかった。

血の滴る拳をそのままに、全ての力が抜けたような足取りで瓦礫の山となった町をダムは歩く。


「ワシは今まで何を。……神の裁きと称してやってきたことは一体」


 様々な考え、想い、思考が頭を延々にぐるぐる回る。時間としては長くないが、一生分それ以上に頭を働かせて考えたが、一切答えは出てこなかった。出口のない悪夢の迷路に吐き気、めまい、今まで感じたことのない嫌悪感と恐怖を感じ、ダムはその場に膝から崩れ落ちる。


「……駄目だ」


 自我の崩壊を迎えたダムは、そこに落ちていたガラスの破片を首に当てていた。自らの手で命を絶とうとした瞬間、ダムの耳にどこからともなく子供の泣き声が届く。


「……子供? 生き残っている人が居るのか」


 無意識に、しかし確実にダムは声のする方に歩を進める。声の元に辿り着くと、そこでは小さな女の子が瓦礫に埋もれて泣いていた。


「待ってろ、すぐに助ける」


 怪力の持ち主であるダムにとって、瓦礫を取り払うことは簡単だった。泣き叫ぶ少女を強く抱きしめる。


「ありがとう。本当にありがとう」


 少女の温もりを感じ、豪腕の将と呼ばれた豪傑の男は涙を止めることが出来なかった。


「ガキの声が聞こえたから来たけど、やっぱり生き残りがいるじゃん」


 声の主は今回派遣された神人、鉄球のバロルだった。バロルはダムを指さして続ける。


「お前さ、なにやってんの? ここのゴミどもは皆殺しって命令したよね? ケンカ売ってんの」

「バロル様、どうかこの子だけは」

「なに? お前のガキなの?」

「いえ、そうではありません。ですが、どうか」

「ん~。まぁ、どっちにしてもダメだよね。そこどけ、殺すぞ」

(くそ、何を言っても無駄か。かと言ってワシではあいつに勝てん)


 ダムは少女を抱え走り出す。


「あん? なにアイツ、命令無視して逃げんのかよ。メンドクセーから一緒に殺しちゃお」


 バロルの投げる鉄球は小さいながらもスピードがあり、常人が受ければ一撃で致命傷になり兼ねない威力を誇っている。


(満遍なくアレを喰らえば動けなくなる。)


 ダムは左腕を盾にして鉄球を受け続けながらも懸命に逃げる。


「ハッハッハ、ほ~れ逃げろ逃げろ」


 バロルは鉄球を2個しか使っていない。狩りを楽しみ、遊んでいるようだ。


(アイツが本気になる前になんとか逃げなくては)


 少女を庇いながら必死に逃げるダム。限界が近づいた時、目の前に河が現れる。


(く、流れが速い。……仕方ない)

「ちょっと苦しいかも知れんが、我慢してくれ。ワシが絶対に守るからな」


 少女を強く抱きしめ、ダムは河に飛び込む道を選ぶのだった。



「そこで助けられたのが私」

「なんとか逃げ延びたワシとクレアは、ある人の援助を受けてここに食堂を作った。すると色々な所から少しづつ人が集まり、いつのまにか町になっていた」

「そうか、そんな事が」

「今の話で分かるように、使徒や神人に理屈は通じない。どんな理不尽であっても最悪の事態を避けるためには我慢するしかないんだ」

「なるほどね。それで俺に我慢するように合図したのか」

「今までなんとか我慢して来たんだ。だが今回は、クレアが傷つけられたのだけは我慢できなかった」


 ダムは悔しそうに唇を噛みしめている。


「ごめんね、父ちゃん。私がガマンできなくて」


 涙を浮かべながら謝るクレアの頭をポンポンッと優しく叩くダム。


「大丈夫。まだ殲滅されると決まったわけじゃない」


 少し考えた後、ダムの表情に覚悟の色が浮かぶ。


「やってしまったからには仕方ない。覚悟を決めるしかないな」

「戦う気か?」

「いや、それではみすみす殺されに行くようなもんだ。ここを捨てて逃げるしかないだろう」

「逃げるって……どこに?」

「それも含めて神都のロキ様に知らせる必要がある」

「ロキ?」

「ワシらを助けてくれているお方だ。……クレア、危ないが行ってくれるか?」

「うん、任せて」

「おいおい、クレア一人に行かせるのか? 危ないだろ」

「仕方ないだろ。ロキ様に会うには許可が必要で、それはこの町ではワシかクレアしか得ていない。ワシはここに残って町の皆に説明して、逃げる準備を手伝わなきゃならん」

「なるほどな」


 ダムは少し考え、カミナに対して真っ直ぐに向き直す。


「カミナ、アンタにクレアの護衛を頼みたい。身勝手な願いということは重々承知だ。だが、やはりクレア一人を危険に晒すわけには……」

「あぁ、いいぜ」


 ダムが話し終わると同時、むしろ少し食い気味にカミナは了承した。


「い、良いのか? ワシが言うのもなんだがアンタにそんな義理は無いだろ」

「ついでだよ、ついで。俺も神都ってのに行ってみたかったからな、気にすんな」


 カミナはダムの満面の笑みでダムの肩を叩く。


「ま、俺に任せとけ。善は急げだな」


 カミナは周囲を見渡す。


「あれ、クレアは?」


 さっきまで居たクレアの姿が見えない。二階からなにやら音がした後に、クレアが階段を駆け下りて来た。


「準備できたよ。行こう!」

「良し、じゃ行こうか」

「あ、ちょっと待て」


 店を出ようとした二人をダムが呼び止めた。


「クレア、これを持って行け」


 ダムは首元からペンダントを一つ取り出し、クレアの首に掛けた。


「父ちゃん。これは?」

「お守りだ。どれ……」


 クレアのペンダントトップと自分のペンダントトップを合わせるダム。二つはピタリとくっ付き、そこには何とも言えない独特で美しい模様が浮かんでいる。


「これは特殊な石を加工して作ったものだ。ピッタリ合うものは世界にこの一組しかない」


 ダムはクレアを優しく抱きしめた。


「ワシらも同じだ。何があっても、ワシはこの先ずっとお前を見守っているからな」

「ちょ、どうしたの父ちゃん。私はダイジョブだよ、カミナも一緒だし」

「おお、すまんすまん」


 ダムから離れたクレア。


「じゃ、行ってくるね」

「あぁ、頼んだぞ。」


 店を出ていく瞬間、ふと目に入ったダムの表情。憂いと覚悟、悲しみも感じるがどこか嬉しそうでもある。なんとも形容しがたいその表情が気になりながらも、カミナはクレアと神都へ向かう。

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