第2話 火種
「ごめんね、ソール。私はここまでみたい」
真っ黒な世界の中で、一人の女性が傍らの少年に向かい話している。女性は血にまみれ、息も絶え絶えの状況にあるようだ。
「守ってあげるって約束したのにね。……これを」
胸元からペンダントを取り出し、少年に手渡す寸前のところで女性は事切れた。少年は言葉を話すことが出来ないのか、無言でそれを手に握る。言葉こそないが、頬を伝う涙が少年の心中を全て表していた。
「アイルーーー!!!」
そう叫びカミナは飛び起きた。体中に寝汗をびっしょりとかき、息も切れている。
「またか。どうも最近同じ夢ばかり見るな。上に来たからか?」
額の汗を拭い、深くため息をつく。ふと、下から争っている様な喧騒がカミナの耳に届く。
「なんだ? なんか揉め事か」
階段を下りると、一階にある店でダムと数人の男たちが揉めている。揉めていると言うよりは、男たちが一方的にいちゃもんを付けているようだ。
「だからよ、なんでこの店は非が相手なのにこんな料理を、こんな値段で出せるんだって聞いてんだよ」
「何度も言わせるな、営業努力だ」
「そんなもんで誤魔化せるか! 正直に言えよ、食材を神都から密輸してるんだろ」
男たちのリーダー格がテーブルを蹴り上げ、ダムに詰め寄る。
「密輸をして、俺たち使徒や神人さまに収めるべき金を納めてない。そうだろ」
「何か証拠でもあるのか? 使徒の仕事は強請じゃないだろ」
「ゆすりだ? テメー誰に向かって口聞いてんだ! オイ、お前ら」
リーダー格の男の声を受けて、周りの男たちが店内で暴れ始めた。その様子を見て動こうとしたカミナに、ダムは静止するように目配せをする。
(この状況で動くなって、なんで)
理由は分からないが、動くなと言うダムの意向を汲んでカミナは動かなかった。
「どっかに証拠があるかも知れねー! 店ぶっ壊しても探し出せ」
リーダー格の男に言われ、さらに激しく暴れ出す男たち。どんなに店を壊され、仕込んであった料理を無下に扱われても、ダムは黙って耐えている。
「もうやめて!」
どんどん酷くなる暴挙に遂にクレアが耐えかね、一人の男の腕に飛びついた。
「なんだ、このガキ。 邪魔すんじゃねーよ!」
男は勢いよく腕を払い、クレアを引き離す。弾き飛ばされたクレアはリーダー格の男の脚にぶつかってしまった。
「おいおい、これは使徒に対する反逆だな。ちょっと痛い目見とくか」
クレアの頭を踏みつけようとした瞬間、男の顔面に巨大な拳がめり込み、店外まで吹っ飛んだ。
「と・・・父ちゃん」
クレアが見上げた先に、鬼の形相で拳を握りしめているダムが立っていた。その様子を見ていた周りの男たちは暴れるのを止め、外で倒れているリーダー格の男を担いで一目散に逃げて行く。
「さすがだな。死なない程度の絶妙な力加減だ」
少し爽快な表情でそう言うカミナとは裏腹に、ダムとクレアの表情は冴えない。
「ごめんね、父ちゃん。私のせいで」
「いや、お前はよく我慢した。悪いのは我慢出来なかったワシだ」
ゴロツキ共を追い払ったにも関わらず、むしろ後悔している様な二人に疑問を覚えるカミナ。
「なんだ二人とも。もっと喜べよ」
カウンターの椅子に座るカミナをよそに、二人は荒らされた店内の片づけを始める。
「そんな簡単な話じゃないんだよ」
「なんだよ、簡単じゃないって」
「今の奴らは使徒。あれぐらいの奴らなら何人来ようがワシがぶっ飛ばせる。だが神人は別だ」
「神人ってのはそんなに強いのか?」
「あぁ、強い。ワシなんかじゃ全く歯が立たん」
「ふ~ん。そうなのか」
テーブルの上に残っていた料理を食べながら、カミナは素っ気なく相槌を打つ。
「でもよ、そもそもアイツらが無茶苦茶で理不尽なわけだろ?」
「そうだ。でもな、そんな当たり前の考えが通用する世の中じゃないんだ。特に非に対してはな」
ダムは片づけの手を止め、カミナと向かい合って座り話を続ける。
「力の無い非は、使徒や神人に何をされても黙って我慢するしかない。反抗してその時は上手く勝てたとしても、すぐにその事が神都に伝わり更に強力な使徒や神人が送られてくる」
ダムは拳を握りガタガタと震え始めた。
「おい、どうした。大丈夫か?」
ダムに水を渡し、震える手を優しく、しかし力強くクレアの小さな手が包んだ。渡された水を一気に飲み干し、一息ついてからダムは続ける。
「そうして壊滅した非の集落は数知れん。ワシも昔は使徒として殲滅命令に従い、いくつもの集落を……」
「そうか、アンタも色々大変だったんだな。左腕をケガしたのもその時か?」
「……ワシ、左腕の話したか?」
「いや、でもアンタの体の動かし方見てればそれぐらい分かるさ」
(……やはり只者ではないな)
驚きと感心が入り混じった表情でダムはカミナを見つめた。
「ん? どうした」
「いや、なんでも。お前さんの言う通り、左腕を怪我したのは使徒として生きていた時だ」
ダムは昔話を始めるのだった。
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