天下無双の神殺し

@eiji777

第1話 終わりの始まり

 骨まで焼けるような日差しが降り注ぐ荒野。そんな環境にありながら防暑対策もせず、一滴の汗もかかず、顔色一つ変えずに歩いている男が一人。


「入ってくる位置間違えたか? もう三日も歩き回ってんのに街一つ見つからんとは」


 男は近くの10メートルはあろう高台を一瞬で駆け上がり、目を凝らす。


「う~ん……。ん!? なんだありゃ」


 荒野を走る車とそれを追いかける数メートルを超える巨大なトカゲのような生物。


「追われてんのか? まぁ、行ってみるか」


 言うが早いか男は走り出し、あっと言う間に車に追いつくと並走しながら運転手に話しかける。


「なんか大変そうだな。助けてやろうか?」

「うわ!!? 誰だよアンタ。なんで普通に並走してんの?」

「まぁ、細かい事は気にしなさんな。で、どうする?」

「助けてくれるならなんでも良い、お願いします」

「分かった、アンタはそのまま走り続けな」

「分かりました」


 並走していた男は車と怪物の間に割って入り、怪物の方に向き直して足を止めた。


(これぐらいなら20%ってところか)

「オイオイ! なにやってんのあの人。あんな化け物に体当たりされたらペチャンコだぞ」


 車を走らせながらもルームミラーで様子を見ていた男は、次の瞬間驚嘆する。突進してきた怪物の進行を、男が片手で止めたのだ。


「お前じゃ俺には勝てない。トカゲでも死の恐怖は感じるだろ」


 怪物の進行を止めたまま男は続ける。


「義の無い殺しはしたくない。さっさと失せな」


 男の醸し出す雰囲気に生物としての恐怖を感じた怪物は、その巨体を翻してそそくさと逃げて行った。


 車を降りて男が駆け寄ってくる。


「いや~、驚いた。アナタ一体なにものですか? 普通の人より体つきは良いですけど」

「俺はカミナだ。よろしくな」

「カミナさん。私はテラムです、よろしく」

 テラムは謝辞の意を込めてカミナの手を強く握った。


「ところでテラム、この辺にどっか泊まれる所とか無いかな?」

「泊まるところ? それだったらもう少し先に小さいけど町があります。私もそこに行く途中でしたから、よければ乗っていきませんか?」

「おぉ、それは助かる」

「じゃ、車に乗ってください。」


 カミナを助手席に乗せ、テラムは車を走らせる。


「なんでトカゲに追われてたんだ?」

「あぁ、ハジントカゲですか。近道しようと思っていつもと違う道を通ったらアイツの縄張りだったみたいで」

「それで追いかけられたのか。じゃ、どっちかと言えば悪いのはアンタの方だな」

「え!? えぇ、まぁそう捉えることも出来ますけど。珍しいですね化け物の肩を持つなんて」


 外を眺めながら小声でカミナは言う。


「化け物だろうと俺は俺の義に背く殺しはしたくないんでね。殺さなくてよかったぜ」

「え、なにか言いましたか?」

「いや、別に」

「そういえばなんでカミナさんはあんな所に居たんです? 旅でもしてるんですか?」

「旅か、まぁそんなところかな」

「自由に旅が出来るってことはカミナさんは神人? それとも上位の使徒? あれだけの強さだから神人ですかね?」

「残念ながらどっちでもないよ」

「えぇ! でもあんなに強くてならずってことはないでしょ? アナタは一体」


 そう聞かれて少し考えるカミナ。


「そうだな……。まだ分からないが、場合によっては神を殺す者かな」


 カミナがそう言うと同時に、車が急ブレーキで止まる。


「ちょ、ちょっとカミナさん。ダメですよ冗談でも神を殺すなんて言っちゃ」


 テラムは血相を変えてカミナに言う。


「どこで神人や使徒が聞いてるかも分からない。もし聞かれたらどんなヒドイ目に遭うか」


 そのあまりの慌てように驚くカミナ。


「おぉ、悪い悪い。気を付けるよ」

「ホントですよ。聞いてるのが私だけだから良かったものの」


 ブツブツと言いながら再び車を走らせるテラム。

(……どうやら本当に滅する必要がありそうだな)


 一連の様子を見て神人や使徒の普段の振る舞いを想像し、カミナは思う。


 パン!! っという音と共に、車が一気によろけ止まる。


「おいおい、どうした?」

「すみません、カミナさん。パンクしたみたいです」


 車を降り、タイヤのチェックに向かったテラムが血相を変えて戻って来た。


「…………まずいですよ。使徒の集団だ」

「使徒の集団?」

「えぇ、使徒が徒党を組んで野盗の様なことをしているんです。パンクも奴らのせい…………殺される」


 青ざめた顔でガクガクと震え、必死な形相でハンドルを強く握るテラム。

 その様子を見て、話を聞いているにも関わらず、カミナは平然とした顔で車を降りて行く。


「ちょっ! カミナさん、戻って!!」

「まぁ、心配すんな。テラムはちゃんと車の中で身を守ってな」


 車を降りたカミナを使徒の集団が取り囲む。各々が刃物をちらつかせ、少し離れた所にはリボルバーを構えている者も居る。


「おい、テメー。死にたくなけりゃ車ごと荷物を置いて消えな」


 取り囲んでいる内の一人がカミナにククリナイフの様な刃物を突き付けながら言う。それを見て周囲はただ下卑た笑いをニタニタと浮かべている。


「ほれ、どうした? 怖すぎて声も出ないか? おしっこチビっちゃうか」


 執拗に挑発を続ける男。その様子を車から見ているテラムの震えは止まらない。


「なんとか言えやー! 殺しちまうぞ!!」

「…………面白い。殺せるもんなら殺してみな。ただし、死ぬ覚悟はあるんだろうな?」

「あん? テメー、あんまり調子に乗ってるとホントに殺すぞ!!」


 その言葉と同時に持っている刃物をカミナの肩に振り下ろす男。得意げな表情を浮かべていた男は、その瞬間に違和感で満たされる。


「あ、あれ? なんだ、これ。全然、刃が通らねー! しかも、クソッどうなってんだ、ピクリとも動かねーぞ」


 肩に振り下ろされた刃は、ほんの少しだけカミナの体を傷付けただけ。筋肉で止められ、動かすことも出来ない。


「ク、クソ。おい、お前らも見てないで手伝べぇ」


 男の首から上が一瞬で胴体から離れた。


「先にケンカを売ったのはお前たちだぜ」


 周囲の者の下卑た笑いは、足元に転がる生首とカミナの言葉、その迫力によって戦慄に変わる。


 圧倒的有利。自分達はただ安全にネズミを狩ろうとしていただけ。しかし、そのネズミ、一皮むけば虎、いや、もっと強烈。死神と言う表現が一番しっくりくる存在だったのだ。


「どうした? 掛かって来ないなら、俺から行くぜ」

「ク、クソが! やっちまえー!!」


 取り囲んでいた十数人と少し離れた場所の数人。それぞれが自分の武器を構え、一斉にカミナに襲い掛かる。


 結果は火を見るよりも明らか。襲ってくる人波の間を、カミナはただ歩いただけ。しかし、次の瞬間そこかしこで真っ赤な花火が噴きあがっていた。

 車に戻り、運転席のガラス越しに話しかけるカミナ。


「テラム。もう大丈夫だ。パンク、直せるか?」

「え、えぇ。は、はい。な、直せます」

「…………怖いか? 俺が」


 未だに震えが治まらないテラムを見て、それも仕方のない事だと感じるカミナ。


「た、確かに怖いです。でも、それよりも、嬉しさというか。この震えは武者震いのようなものかと」

「武者震い?」

「えぇ。アナタなら、カミナさんならこの世界を変えられるかも知れない。少なくとも今の一件で、私はそう感じたんです」


 車を降り、パンクの修理を始めるテラム。修理が終わるまで、二人は無言だった。


「よし、修理完了です。行きましょう、カミナさん」

「あぁ」


 その後、しばらく車を走らせると眼前に町が見えて来た。町の中にある建物の前で車を停めるテラム。


「着きましたよカミナさん」


 そう言い残してテラムは建物の中に消えていった。カミナも車を降りると、なんとも言えない美味そうな香りが彼の鼻を刺激した。匂いに釣られる様に建物に入ると、そこは多くの人で賑わっている。


「あぁ、カミナさん。こっちこっち」


 奥の方に居たテラムに呼ばれ向かった先には、白く透き通る肌と美しい金髪、サファイアの様な青い目が特徴的な可愛らしい少女が一人。


「ここは?」

「見ての通り、食堂ですよ」

「ここがアンタの目的地?」

「そうです。この店に神都からの食材を届けるのが私の仕事ですから」

「なるほどね。それにしても繁盛してるな、客で一杯だ」


 改めて店内を見渡すカミナ。みんな幸せそうに食事をしている。


「ウチの父ちゃんの料理は世界一だからね」


 側に居た少女が嬉しそうに、そして少し自慢気に言う。


「そうだよね、クレアちゃん。神都の鉄人と呼ばれたダムさんの店だもんね」

「神都の鉄人?」

「そうですよ。神都でも随一と呼ばれた凄腕シェフにして、中央使徒軍の中将でもあった立派な方です」

「ふ~ん。なんでアンタが誇らしそうに言うのか分からんが」


 そんな話をしていると店の裏口から男が入って来た。天井に着くほどの身長、半袖から覗く丸太のような腕。並みの人間なら一喝するだけで尻餅をついてしまう様な鋭い眼光と迫力を持った大男だ。


「テラム、今回もご苦労だったな。荷物は全部受け取った」

「いえいえ、お役に立てて光栄です」

「あの方にもよろしく伝えておいてくれ」

「はい、分かりました」


 ダムに労いの言葉をかけられたテラムの表情は満面の笑みに満ちている。


(へ~、本当にこの人のことを尊敬してるんだな。確かに、なかなかだ)

「ところでテラム、この人がさっき言ってた?」

「あ、そうです。危ない所を助けてくれたカミナさんです」

「そうか、ワシからも礼を言う。テラムと食材を守ってくれて助かった、ありがとう」

「いや、たまたま通り掛かっただけだし、気まぐれだから」

「そうか、しかしこのまま何の礼も無しに帰すのもな」

「……あ! カミナさん、宿とか決まってないんじゃないですか?」

「ん? まぁ、そうだな」

「そうか、ならウチに泊まっていかないか?」

「それが良い。ここならダムさんの料理も食べられて一石二鳥ですよ」

「……じゃ、お言葉に甘えるとするか」

「おぉ、そうか。ぜひそうしてくれ。クレア、この人を上に案内して」

「は~い、了解」


 クレアに連れられ、カミナは食堂の二階にある部屋に通される。決して豪華な部屋ではないが、しっかりと掃除の行き届いた綺麗な部屋だ。


「あんまり広くないけど、くつろいでね。夕飯の準備ができたら呼びにくるから」


 そう言い残してクレアはいそいそと階段を下りて行った。


「やれやれ、さすがに少し疲れたな。」


 真っ白なシーツが敷かれたベッドにカミナは勢いよく飛び込み、大の字で横になる。疲労からか、あっという間に眠りに落ちていくのだった。

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