第十五話 竜の思ひ

四月二十一日土曜日


「おっはよー……ってまだ誰も来てないみたいね」

 いつものように機動課の部屋に出勤(?)するのが常になっていた私は、携帯端末で時間を確認する。まだ七時を少し過ぎたぐらいだ。さすがに誰も――

 ふと奥の方に目をやると、ドラゴンさんがいた。あまりの気配の消しっぷりにうおっとなっていると、小さくしていた身体をゆっくりと伸ばす。どうやら起こしてしまったらしい。

「お、おはようございます」

 とりあえずは基本としてあいさつをする。ドラゴンさんは軽く頭を下げて出て行ってしまった。二度寝かな、それにしてもなんで宿直室でもないところで眠ってたんだろう。ドラゴンさんと入れ替わりに入ってきたラビットさんに、訊ねてみることにする。

「あら、今日は随分早いネ。おはようネ!」

「おはようございますラビットさん。まだ七時ですもんね。ラビットさんも泊ったんですか?」

 とりあえず機動課棟には宿泊できる部屋がいくつかある。夜勤や宿直に使うのだろうと勝手に納得していたけれど、住んでるのかもしれない。もしかしたら。カウさんやラットさんは自宅通勤、ドッグさんやシープさんは寮からの通勤しているから、あまりここの個室を使っている人はいないし。

「私はここの個室使ってるネ」

「あ、そうなんですか? でも普通警察署に個人の部屋なんて付いてないですよね? この課の場所も変だし」

 機動課棟は本館と長い渡り廊下でつながっている。隔離されていると言っても良い。

 ラビットさんは苦笑いをして、

「機動課自体突発的に作られた部署だからネ、急遽別館を立てたアルよ」

「へえ、じゃあこっちの棟は全部機動課のものなんですね」

「ただそれで放し飼いにされてるのよネ……」

「へ?」

「それに一般社会で暮らせない人もいるネ」

「え?」

「一見ラットやドッグは普通の人と変わらないから外でも暮らしていけるネ」

「……」

「ドラゴンみたいなのもいるってことネ」

 ドラゴンさんは四肢がペグ化されていて、ドラゴンと言うよりはゴリラみたいな身体つきになっている。顔や体幹は人並みなので、確かに見る人に違和感を覚えさせる体型だった。不気味の谷、と言うか。ドッグさんは鼻、ラットさんは脳のペグ化だから確かに目立たない。だけどドラゴンさんはそうじゃないってことなんだろう。悪いことを聞いてしまったかもしれない。

「ま、ここも慣れれば住みやすいネ。トイレも風呂もキッチンもあるし、全室エアコン設置、しかも料金は全部税金……」

「ラビットさん、悪い顔になってます」

「そうネ?」

「あれ、でもラビットさんも見た目は普通の人ですよね。なんで個室を? まさか……家賃払うのが嫌だとか?」

「まあそれもあるネ……」

「他にも何か理由が?」

「まあ、良いじゃないネ」

「他には誰が?」

「六部屋の内二部屋が私とドラゴン、二つはロッカールームで一つが当直用ネ」

「……残りの一つは?」

「……未使用」

「え? 何でですか、勿体ない」

「出るんだよぉ……」

 のっそりとした声が肩に掛けられてぴゃっとなっていると、そこにいたのはラットさんだった。危なかった、もうちょっとで電波が漏れる所だった。頻尿のお婆ちゃんみたく。

「いつ来たんですか、もー驚かさないでくださいよ……」

「いやーついつい。今今。残りの部屋、四号室は曰く付なんだよぉ……」

「出るって……何が」

「夜の二時を過ぎると誰もいない部屋から女のすすり泣く声が……」

 電波じゃないのか。いやこれもある意味電波話か? ごくりと喉を鳴らして私は自分よりいくらか背の小さいラットさんを見下ろす。

「そして部屋の中を覗き込むと誰もいない……でも入って見渡してみると突然ドアが閉まって開かなくなり、肩に手がポンっと。そして『返して……返して』。その手首の主を見ようと振り向くと、うつむいた女の人が立っているの」

「…………」

「『返して……返して……』すると突然顔が上がって、そこには崩れた女の人の顔が! 『私の顔を返して!』」

「ひいいっ!」

「何でも昔この土地があった場所が病院で、顔の手術に失敗して自殺した女の幽霊が今も……」

 ゴン、と音がして私はラットさんを見下ろしっぱなしだった顔を上げる。そこにいたのはカウさんだった。しかし良い音したな。ペグの左手で殴ったのか。これは痛かったのか、ラットさんがぢゅ~~っと頭を押さえる。

「与太話で桂橋さんを怖がらせるのは止めなさい!」

「あった~……左手で叩くなよぅ」

「っつうか与太話っすか……」

「本当はただの物置ね」

「でもなんか出るのは本当」

「うぇっ!?」

「そうネ、夜勤の時に怪奇現象が起きたって話は一人一個はあるネ」

「……」

 カウさんが黙ったってことは本当なんだろう。しかし。

「そんなところによく住んでられますね……怖くないんですか?」

「まあ……慣れネ」

 私は一生慣れないな、なんて思いながらふうっと溜息を吐いた。


 ドラゴンさんは屋上で愛刀の素振りをしていた。毎日の日課である。滅多に抜かれることのないその刀の名前は『月光』。師に貰った、兄弟刀のうちの一本だった。

「……! ……! ……!」

 挙動は剣道ではなく剣術。足の動きが大きいのが特徴だ。それをサポートする脚のペグは少し音を立てて軋んでいる。それだけ激しい動きをしているから、定期メンテナンスではよく御笠博士に怒られる。いざと言う時役に立たなかったら意味がないと。分かっているが、人間だった頃の感覚のままでいるには激しい練習の方が良いのだとか。

 その後ろに忍び寄る影。

 突然苦無がドラゴンさんに襲い掛かる。彼はそれを鉄拵えの鞘で弾き飛ばす。だけど一本抜けた。相手はニィっと笑う。柄の先で受け止める、すかさず苦無の主が出て来て蹴りを繰り出してくる。軽いが早い。寸での所で避けるが、相手は柔軟に返す脚で刀を持った手を狙った。が、少しずらしてそれも避ける。

 ふんっ、と満足げな息が吐かれた。

「良し、今日も絶好調ネ!」

 ラビットだった。

「お前もな……」

 どうやらここまでが日課のようだった。

「ドラゴン今日は非番ネ、もっとゆっくりしてても良かったネ。相変わらずネ」

「……」

「と言っても無理……ネ」

「身体動かしてないと……な」


「あれ、ラビットさんは?」

「ん? この時間だと屋上かな?」

「? どーしてまた」

「ドラゴンと社内デート?」

「ええっ!? そういう仲ですか!?」

「そうそ、無口で不愛想だけどやることはやってんの……キシシッ」

「キシシじゃない。今日の掃除当番なんだから手を動かせ手を」

「解ってるよお、チューしてくれたら……」

 はーっと左手に息を吹きかけるカウさん。

「わわっと、ジョーダンだよぉ! やるってば!」

 機動課内カップル恐るべし。思いながらふと、私は気付く。

「あれ? 志藤君まだ来ない……」

「シドー君今日は来ないわよ?」

 出勤してきたバードさんに言われ、狼狽える私。

「うぇっ!?」

「今日弘前の方まで護送があるから……って聞いてない?」

「あ、そんなことを言っていたような……」

 よく見るとロッテちゃんが隅っこで拗ねている。どうやら連れて行ってもらえなかったらしい。まああの女も一緒に行ってないってのは良い事だ。

「ちぇっ……つまんないのぉ」

「遊びに来てるんじゃないんだから……」

 いつの間にか来てた仁君が呆れた顔を見せる。

「護送と言えばこっちでも今日あるのよね」

 バードさんの言葉に、私はくきっと首を傾げる。

「何を護るんですか?」

「さあ? 詳しくは知らないけれど何か宝石みたいよ?」

「そんなのをわざわざ、警察が?」

「何でも二つあるうちの一つが、昨日盗まれたらしいの」

「あ、それで……」

「確かラビットとタイガーが当たってたわね……暇なら見てきたらどう?」

「こら、勧めるんじゃないバード」

「カウも愛しの彼女の仕事っぷり見てきたらいいのに」

 くすくす笑うバードさんは、極楽鳥か火の鳥みたいだった。

 と言うわけで、見学しに行く事にした。


「わーい、護送護送!」

「はしゃぐんじゃない」

 結局ついてきたカウさんだったりする。

「なんとか無事に現地入り出来ましたね」

「それにしても宝石に随分な人数……変じゃないか?」

 警察のほかの自社のガードマンと見られる人々がトラックには乗り込んでいた。お陰で肝心の宝石が見えないのはちょっと不満だったけれど、まあいっかと私はトラックの助手席から後ろを見てみる。後部座席に座るラットさんとタイガーさん(眠りこけている)、運転席にはカウさん。私が一番死んでも良い位置だな、なんて思いながら、ラットさんがひっそりと教えてくれる。

「ウェンディーカンパニーって言ってエネルギー開発の会社だけど、裏では相当あくどいことしてるらしいよぉ……」

 すっかり外は暗くなっていた。だからラットさんの脅かすような声が余計に響く。

「八時……そろそろ帰りましょうか」

「そうだな、ラビット拾って……」

 ラビットさんは後続車だ。思うけど皆短距離先行型だから、バランスは悪いと思う。

 その時、警笛が鳴った。

 護送車を急ブレーキで止めると、後ろに詰めていたはずの警護はすべて倒れていた。慌てて外に出ると、トラックの上にはマントの男の人が立っている。背中に剣を差している姿が一瞬ドラゴンさんと重なって見えた。体格なんかは全然似てないけれど、なんか、なんとなく。

「てめえか中の奴らを殺ったのは!」

「まだ死んでないネ……」

 タイガーさんの吠える声に、突っ込む余裕のあるラビットさんだった。

「どこから?」

「わからないネ、気付いたらトラックの上にいて警備員を気絶させたみたいネ」

「ぶっ倒して口割らしゃあ良いさ!」

 言ってタイガーさんは両手からクローを出し、マント男に向かってとびかかる。腕組とは言え、跳躍力は高かった。虎だもんね。

 私はその一発で決まるだろうと思っていた。だけど――

「なかなかの身のこなしだ」

 男は透き通った低い声でそう言い、タイガーさんの爪を交わした。返す刀で裏拳に転じても、まだ焦っていない。まるで猫と遊ぶように避けてしまう。

「応用も良い……悪いが強めに行くぞ」

 男の左手がタイガーさんの腹にめり込んだ。

「がっ……!」

 巨体が宙に浮いて、そのまま沈み込んでしまう。

「なっ」

「タイガー!?」

「てぇりゃああああ!」

 次に向かったのはラットさんだった。度胸はある。無謀と背中合わせの。

「馬鹿、迂闊に近付くな!」

 そう迂闊に――足を引っかけられて前から派手に転んでいった。

「あっと言う間に二人……こんな時に志藤君はどーしていないのよっ!」

 この場にいない彼氏に愚痴っても仕方ない。とりあえずこの場から生きて帰ることを願う。

「いないやつに期待しても無駄だ。ラビット、行くぞ!」

「そのつもりネ!」

 カウさんの左手がマント男の覆面に掛かる。はずれたそれの下には、左頬には、恐竜めいた入れ墨がされてあった。

「イレズミ?」

 続いてラビットさんの苦無が男を囲むように舞った。だけどそれは、鞘に入ったままの剣にすべて弾かれる。

「全部!? ばかな!」

「さっきの二人よりは出来るな……」

「それは、どうも!」

 言ったカウさんの左手が男の右腹部に当たった。

「肝臓打ち! これで決まったネ!」

「ぐっ……」

 だけど呻いたのはカウさんの方で。

 金属音、そして不確かな手ごたえ……。

 男の右腕は銀色に輝き、カウさんの左手を止めていた。

「な……ペグ!?」

「お前たち……このトラックの中身は知っているか?」

 カウさんは動かなかった。多分動いた瞬間にカウンターが来ると予見していたんだろう。実際多分それは正しい行動だったと思う。素人の私でも、動いたら負けるのが本能と直感で分かったぐらいだったから。

「多分、お前らには知らされていないな……機動課」

「な、なんで知ってるネ!?」

「……どうでも良い……それよりこの中身の事を教えてやる」

「な……に」

「ウェンディカンパニーはある場所でエネルギーを発する石を発見した。それは海水を甘くしたり川を逆流させたりと不思議な力を持っていた……」

「そんな石……」

「ここに実物がある」

 そう言ってカウさんを抑えたまま、男はトラックからスイカほどの石を取り出した。

「カンパニーの連中はエネルギー開発の為とか言いながら、これを悪用しようとしている」

「くっ……たとえそうだとしても、俺達はそれを守らなければならないッ!」

「ここで俺を倒し、石を守ることでお前たちに危機が迫ってもか?」

「それを止めるために作られたのが機動課だ!」

 身動きの出来ないカウさんに変わって、ラビットさんが兎のように跳ね上がってトラックに飛び掛かる。同時に出したのは武器だった。

「節根棒!」

 何節かに分かれている長いヌンチャクのようなそれに、男はカウさんを離して避ける。

「悪いが石は頂いていく。少しカンパニーを調べてみると良い……」

「このまま逃がすか!」

 男はその銀色に輝く右手をトラックに付けた。

「少し離れろ、爆発するぞ」

「!?」

「……ヘスティア」

 瞬間、炎が立ち上がり爆発が起こった。そこにはもう、あのマント男の姿はなかった゜

「逃げられた……ネ」


 署に戻って報告をする四人、プラスイレギュラーな私。報告を聞いたドラゴンさんは一瞬驚いたような顔をしたけれど、そのまま部屋を出て行った。

 左の頬に入れ墨、覆面のようなスカーフにマント……。

「…………」

 ドラゴンさんは満月の光る屋上で愛刀を見つめていた。

「マント男も似たようなの持ってたネ……」

「……」

「何か知ってるネ?」

「……俺の師に似ている」

「ドラゴン魔法使いの弟子ネ?」

「爆発の事か?」

「特に爆発物、可燃物のない場所でのあの爆発……魔法ネ」

「ふっ……魔法か」

「ドラゴン!」

「俺がドラゴンならあの人は竜騎兵ドラグーンだったんだ」

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