第十三話 大空を舞う者
四月十五日月曜日 某高校放課後
――の屋上
「うわっすごい風だね!?」
「ああ、しばらく吹きそうだ」
「こんだけ強いなら飛んでっちゃいそう……桜の残りも全滅かな、流石に」
英国 『スウィンドン』
「相変わらずいい仕事っぷりだな、カリス」
父であるブレス博士に褒められ、カリス君は少し嬉しそうに頬を掻いた。
「うん、こういう仕事……悪くないね」
闇メカリンピックから一週間。追っ手もなく異国で平和に暮らす二人は、機動課英国支部としてなんとかやって行けそうな兆しを見せているところだった。志藤君と御笠博士の取り計らいでヨーロッパ圏内のサイバークライムに対応することになったのだ。ヨーロッパは広いけれど、サイバークライムの密度は意外と低い。日本のような機動課があちこちにある所為もあるけど、ロボインターポールの存在も大きいだろう。通称をR・ICPO、サイバークライムに特化したペグ・アンドロイド・サイボーグを統括する組織があるのだ。もっともペグ使用者は一緒にされたくないとしょっちゅう会合をサボっているが。確かに彼らとサイボーグ類は違う。失われたものは二度と戻らない。それはもっとも、他のAWDにも共通することだが――
「ここも設備が整ってきたね」
「うむ。だからと言って無茶はするでないぞ?」
「分かってるって、父さん」
警報機が鳴る。出動だ。
「どうやら軍の試作MWが奪われて街中で暴れているようだ」
「了解……目標MW1」
「ハイド! しっかり運転しろ!」
「無茶言うなよ兄貴、バランサーも設定されてねえんだ!」
言いながらも自分でプログラミングをしていくハイド。その姿にいら立つのは兄のジキルだ。
「最近日本のカラクリ警察がイギリスにも出来たって言うじゃねえか。早くしねえととっ捕まるぜ?」
「急がせんなよ……」
「そうそう、そう言うのは落ち着いてなきゃ」
「おうその通……」
「う、うわっ!? こいつどうやって!?」
MWの頭部カメラにカリス君は映り込んでいた。どアップだ。へばりついている。
「こいつか!? 振り落とせ!」
「落ちろ、落ちろ!」
首を振りカリスを落とそうとするジキルとハイド兄弟。
「う、うわぁっと……こんなんじゃ僕は落とせない」
「っきしょ! まだ作業は終わらねえのか!?」
「終わった!」
「よっし、あとはこいつをどうにかすりゃ……」
「えーと……『これ』だ! 兄貴、シートベルトを!」
「お、おう……何する気だ?」
人型のMWの背中からエンジン音が響く。そして羽のようなものが展開され、ブースターに火が入った。
「まさか……」
「飛ぶ!」
そうしてハイドはレバーを一気に押した。すごい勢いで飛翔するMWに、さすがのカリス君も振り落とされる。
「飛んだ!?」
耳に着いた極小のトランシーバーからブレス博士の声がする。
『うむ、その試作機には飛行能力があるらしい……』
「それなら……」
カリス君は右手と両脚の竜巻を出し、飛ぼうとした――が。
見当違いの方向に飛んで行ってビルに激突してしまった。
幸いサイバー犯罪向け警報で誰もいなかったが、修理費の請求は市警に来るだろう。イギリスと言う国は金銭面にはしっかりしている。それで国を建てているんだから当然と言えば当然だろう。
「あー、逃げられちゃった……」
「気にするな。おそらくまた現れる」
ベッドでチェックを受けるカリス君に、ブレス博士は苦笑い交じりにそう言った。実際コソ泥がMWを手に入れたところで持て余すのがオチだから、他に何か目的があってそのツールとしての盗難だろうとは思われる。
「よし、異常なしだ」
「うん……でもなんでこんなことに」
「うむ、そのことじゃがな。おそらくはエアロブラスト、竜巻を一機失った所為じゃな」
「失った……左手の事?」
「そうだ、シドーに切り取られた左手は使えなくなってしまった」
「うん、あのビームサーベルみたいなやつの熱で切断されたからね。左腕としては使えないし、エアロブラストを発生させる機能も壊れたね」
「香港の工場に行けば在庫もあるじゃろうが、日本の機動課が制圧していると聞くし、わしらは迂闊に香港に戻れぬ身だ。日本の警察がすんなりとパーツやデータをよこしてくれれば良いんじゃが……」
「回してくれなかったんだね?」
「うむ、上はまだこっちを信用していないようでな。よってあの場にあった左手をお前に付けた」
「あの場に……って、シドー君の腕!?」
「うむ」
「パクって来たんだね?」
じとりとブレス博士を見るカリス君。あの出血の中よくも回収していたもんだ。
「ま、まあそれはそれとしてだな。今までエアロブラスト四つで飛行していたお前は一つ失ったことでバランスを失ったのだ」
「そうか……だからまっすぐ飛べなくなったのか」
とりあえず話の本筋に戻ることにしたカリス君。お父さんに甘い。
「僕はもう……飛べない」
「否、そういうことではない。お前を浮かせるなら足の二つだけで十分だ。手の方はリミッターや方向転換、つまりブレーキだ」
つまるところ、足の方のエアロブラストが強すぎて手で抵抗力を作っていたのが、なくなったしまったと言うことらしい。
「今の僕はアクセルだけ付いたF-1ってことか……」
スウィンドン東の森
「むしろ出力としては上がっている。どうにか僕が使いこなすしかない」
「そうじゃな。この森ならひと気もない、練習にはうってつけじゃろうて」
「この森の木を避けて飛ぶことが出来れば……」
カリス君は両脚のエアロブラストを展開した。するといつもより早くなっているのが分かってしまって、思わず手の方にも竜巻を発生させてしまう。するとまたとんちんかんな方向に飛んで行ってしまって、木が倒れた。どうやっても高速に慣れなくて、何度も何度も木を倒してしまう。流石のブレス博士もこれは早計過ぎたと思ったらしく、目を回しているカリス君に声を掛けた。
「……今日はこのぐらいにしておこう」
「そうだね、これじゃただの森林伐採だ」
くらくらした頭でカリス君は苦笑いをした。
それから市警のビルの屋上で風に当たるカリス君。
「参ったね……」
風が強めに吹いて、発電用の風車が回った。
「シドー君、どうしてるかな……」
言ってカリス君は左腕を眺めた。よく見ると両手の色が違うので、明日からは手袋も申請しないとな、などと思いながら。
「おい、あんまり高く飛ぶなよっ」
「まったく、兄貴の高所恐怖症は治んねえなあ」
「よし、んじゃ本命行くか」
銀行の前に降り立つMW。金融立国イギリスの心臓部だ。
「これなら分厚い壁も一発だな」
星の輝く夜、一本の険しげな光の筋。ビームで金庫の壁に挑む兄弟に、まだ街は夜も深く気付いていない。
「この前はコンクリートの壁まで掘って諦めたんだよな」
「今回はこのMWだ、コンクリなんて屁でもねーぜ」
「おまけに逃げるには空飛んで一気だしな」
「でも現場は見付かるよ。目立つし」
「そうなんだよなあ、こいつ大きすぎ……ってまたお前か!?」
ジキルの言葉にカリス君は手を振り振り応えていた。あらかたの目標を巨大な袋に詰め込んでいた兄弟はまた飛び上がる。
「おい、しっかり運転しろ!」
「前が……見えねえ!」
そして流星のように落ちていくMW。持ち出した金品は一つも逃さないのがある意味プロ根性である。
「いってぇ……」
「落ちたけど大丈夫みたいだな」
「あいつは?」
「あっいた!」
不時着していたカリス君。
「この前は逃がしたけれど、今回はそうは行かないよ」
「うっせぇこのガラクタが! ハイド、やっちまえ!」
MWの巨大な腕が振り下ろされる。
「やったか!?」
「このぐらいならエアロブラストを使うまでもないな……」
MWの背後に移動していたカリスの声に、モニターを後ろに回したハイドが口を開ける。
「なっ、は、速っ!?」
カリス君はジャンプしてMWの頭を蹴った。頭部から倒れ込むMW。
「んな!? こんな質量を!? くそっこれならどうだ!」
MWの背中からブーメランのようなものが飛び出してきた。カリス君に襲い掛かる無数の鉄刃。追尾もするようで、さすがにちょっと特殊コートにも傷がつく。
「どうだ、新兵器『サウザンドスラッシャー』は! こいつに狙われたら切り刻まれるしかねーぞ!」
「うーん、これは使うしかないな」
カリス君は右腕を上げた。
「ウィンドブレイド!」
カリス君の腕に竜巻が発生した。それは一気に拡大し、竜巻になった。竜巻の中で互いにぶつかり合うブーメラン。いつのまにかそれらはすべて、『ポンコツ』になってしまっていた。
「はっ!? なんでそんなことが出来るんだ!?」
「この竜巻は鉄をも切り裂くんだ。勿論密集させれば――」
軽い強風です。
「くそ、飛べハイド!」
「そ、そうだな! あいつはしっこいが空までは飛べない様子だったし……」
「下は見ない下は見ない下は見ない」
「兄貴……」
MWは再び飛び上がり高度を増した。
「くっ」
せめて左手が、と思ったところで、カリス君は壊れたブーメランを見下ろす。
「やってみるか……」
カリス君はしゃがみ込んでも三つのエアロブラストを起動させた。
「へんっ悔しかったらここまで来てみやがれ」
「やめとけって。それより早く逃げよう」
「何ビビってんだよ、あいつは飛べねえんだぜ?」
「ビビってるのは兄貴の方だろ……」
「なんにせよここまでは……あっ!?」
突然窓を何かが覆った。
「まさか……」
「やあ!」
カリス君だった。そのままカリス君はMWの飛行装置を見つけ。鎌鼬で八つ裂きにした。
「あああっ!」
当然急降下するカリス君とMWは、やはり流れ星のようだったと言う。うまく軌道を変えて湖に落ちたジキルとハイドは警察に連れていかれた。木に隠れて連行される二人を確認してから、ふっと振り向く。そこにはブレス博士が呆れた顔をして立っていた。
「無茶をしおって……」
「でも、飛べたよ」
そうしてカリス君は夜の空を舞った。
「うわっ」
突然の強風に志藤君はふっと私の方を見た。
「み、見たわね」
すぐにスカートを押さえたつもりだけど、志藤君の動体視力は並みじゃない。
「いや……」
「嘘つき! 絶対見た!」
「見てないって……」
そうして『桜色』の一日が過ぎた。
「絶対に見たああああ!」
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