第七話 シークレットメモリーズ 2
「お、今のはバイクも吹っ飛ぶなあ」
「っく、なんだってパンチが当たらないんだ?」
「こらぁ! 孝一、遊んでないで手ぇ出せ!」
別室から響く礼子の声に、孝一と呼ばれたアロハシャツの男は肩を竦めた。しんと同じく改造を受けた人間らしいが正直性能は解らない。
「どうだ坊主、髭がなくなったら男前になったろ?」
ニカッと笑う孝一は確かに無精髭よりはましになっていた。言ってしまえば格好は良かった。性格は飄々として掴めないが、悪くもない。
「服も変えたら、なっ」
パンチを繰り出すがやはり届かない。単純な身長差ではなく、何かが邪魔をして届かないのだ。もどかしく思いながらもしんは苛立つ。
「ATW、アトミックワーカーの性能は良いようだな」
博士の声がする。
「アトミック、ワーカー?」
さすがに疲れたしんが膝に両手を付けると、博士は続けてくれた。
「うむ、孝一君に搭載された原子型の試作ワーカーじゃよ」
「原子型……」
「原子サイズなので試作型でもH2O……水にしか反応せんのだがな」
「そっか、それで水がバリアみたく……」
「当たり。俺にとっては無敵の鎧ってわけだ」
「それがないとからっきしだけどな」
「うばふ!」
孝一が礼子の声に吹いた。
「まあ実験体一号だから仕方ないけどさ」
「ぐふっ」
「耐久力も筋力も一般人並みだし」
「ひでぶっ」
「まったくメンテに手のかかるだけだな、金食い虫」
しんの攻撃は無効だったが、礼子の『口』撃はクリティカルヒットだったらしい。膝から崩れ落ちる姿に博士が苦笑いする様子があった。
「続行……は不可能なようなので、今日はこれくらいにしようか」
消費の後は補給だ。スパゲッティハンバーグセットを食堂でがつがつと食べているしんを目を細めて見ながら、孝一はスタミナ定食を食べている。
「どうだ坊主、ここのメシはうめぇだろ」
「うん。おっさんはずっと昔からここにいるのか?」
「昔ぃ? ここは二年ぐらい前に建ったばかりでな……まあ最初からいるっちゃいるが。おっさんはやめろ」
「じゃあ坊主もやめろ」
ぷはっと完食したしんの口元を苦笑いでナプキンで拭く孝一。存外に仲は良いようだった。そう、『兄』を名乗る程度には。
「まだ二年かあ……ここでは改造人間を作ってんの?」
「改造……元々は義体の実験場だったんだがなあ。義足とか義手とか。まあより高性能な義体を作るためだな。ほら、一般人に出来ないことが出来るような」
「車持ち上げて何の役に立つんだ?」
「……パンクしたら歩いて持って帰ったり」
「いやスペアタイヤを使えよ」
「ん? おっさん? おいおいそもそも俺はまだ二十二だぜ」
「坊主呼び止めたらな」
食べ終わって次の試験のために廊下を歩く二人が博士の部屋の前を通る。と、話し声がした。どうやら誰かが来ているようだ。
「いや、この研究は軍に売る気はない」
軍、と言う不穏な言葉に立ち止まる二人。
「そうですか? ではなぜ人間の限界値を超える力を持たせる必要があるので?」
「それは社会復帰した時にあらゆる仕事に就けるためだ」
「ふぅ……博士、釘を打つハンマーで人は殺せるんですよ?」
「……」
「やれやれ、分かりました。でも今度は必ず説得して見せますよ」
自動ドアが開きそうになって慌てて二人は隠れる。脚力もしんの方が上手だから、しんが孝一を引っ張る形になった。
「ああ、そうそう」
ドアが開くと男は部屋を振り向いた。
「この前に重傷の子供を改造したそうですが、まさか『ソウルイーター』のコアに?」
「まさか……バイオフレームと人工筋肉で元の姿に戻しただけじゃ」
「そうですか。せっかくの『ソウルイーター』の材料だったのに、もったいない」
「あれは作ってはいかんものじゃったよ。脳のみを使う『真の機械の身体』など……」
「ふむ。しかしよくバイオフレームなどを」
「ああ、誰が作ったのかもしれんし特性も未知数じゃが、人体への有害性は皆無だったからな」
「この後もそうだと良いですねぇ……」
そう言って意味ありげに男は出て行った。襟を立ててコートを着ていたので顔は見えなかったが、嫌な感じのする奴なのは解って、ぎゅっとしんは自分の力を手を込めた。
「坊主、俺の手握るのやめて……耐久性は人間程度だって礼子も言ってたろ、折れる、折れちゃう」
「あ、ごめん。半分わざと」
「おぃい!」
「ソウルイーターって工場にあった玉ねぎみたいな形したロボットだよな?」
「ん? ああ……」
手をプラプラさせる孝一にしんは訊ねる。そんなに痛かったのだろうか。もう少し加減をしなければ。主に孝一で。
「MWじゃなかったんだな……何で脳だけを使うんだ?」
「激しい行動をするのに人間の身体は付いていけない。だから機械の身体、機体を制御する部分、脳だけを使うって話だ」
「でもなんで人間の脳を使うんだ? コンピューターでも良さそうなのに」
「訊き癖のある子供は育つって言うねえ……まあ、『人の心』を持たせるには『人の心』を使えばいい、ってことだな……」
いつかの博士の話を思い出した所で、壁の陰からひょこんと博士が顔を出す。やべっ、と言う顔をした孝一と逆に、しんは少し安心した。軍に売るつもりはない。その言葉を無邪気に信じていたからだ。
「しかし……あれは使ってはならんよ」
盗み聞きを怒られなかったことに少しホッとする孝一。
「サブコンピューター、つまり脳では制御できない部分を制御するサポートシステムが、脳を食うんじゃ」
「食う?」
「つまりは乗っ取る、と言うことじゃな」
「それじゃ、やっぱりただの機械……」
「うむ。だからあの失敗作は使ってはならんのじゃ……」
後に詳しく聞いた話では、最初は人間と機械の心は釣り合っている。しかしその桁外れの性能を使うたび、人間の心がその力の虜になり、暴走し、機械に脳を乗っ取られるのだそうだ。
その夜、しんは中々寝付けないでいた。昼間の会話が気になっていた。実験体の事? そうじゃない。当然自分はこの研究所で作られたわけだし、自分や孝一はモルモットかもしれないけれど、この研究所の人々は自分たちに人間として接してくれる。
不明物質バイオフレーム? それも違う。確かにその性能は未知数だがその身体の大半を失ったしんには適切な処置に思えた。
ハンマーの事を思い出す。あの男の言いたいことは解っていた。そしてその能力が自分にあることも……。
しんはふと屋上に行ってみた。暑苦しかったのだ、寝苦しかったのだ、窓の風では収まらないほど。
そこには先客がいたので、思わず身を隠してしまう。
「昼のおっさん……『ジオブランド』とか言う軍需兵器作ってる会社の奴だろ」
「ああ、まあ近年は義体能力も格段に上がってるしねぇ……それを使わない手はないってことっしょ」
孝一と礼子だった。ジオブランド。軍需兵器の開発。その言葉にしんはまた、ぎゅっと手を握る。
「データ、渡したのか?」
「まさか。親父にそんな事できるわけないだろ」
「そりゃそうか」
「しかしあのコートの奴、妙にソウルイーターにご執心だったねえ」
「まあ、地球上で一、二を争うスペックだからな、あれは」
「今は、な。その内もっとすごいの作って……んっ」
孝一が礼子の口唇を口唇で塞ぐ。
涼みに来ただけなのにえらいものを見てしまった、と七歳になったばかりのしんは紅潮する頬を押さえる。これなら部屋で冷房をガンガンにした方が良さそうだ、思いながらしんはそろそろと階段を下りて行った。あの容赦のなさも、愛情表現の一つなのか。愛って難しいな、などと思いなら。
「うーんやっぱり孝一なんかじゃ無理か……」
「うはっ」
それから何度も実践訓練をしたがやはりしんの限界値が突破することはなかった。
「おや、あれがバイオフレームを搭載した実験体たちですか」
防弾ガラスの向こうの声はマイクを通さなければ通らない。博士は自動ドアが開いた瞬間それを切っていた。しんはこちらに背を向けているし、孝一は気付いているのかいないのか、ポーカーフェイスで分からない。
コートの男、その立てた襟の奥の顔には仮面があった。P、と装飾的な文字で書いてある。
「……」
博士は返事をしない。
「01の方は以前にも拝見しましたが、02もたいして能力は高くなさそうですねえ」
「……ファントム、君のいう能力とは何かね」
「圧倒的、究極的パワー。耐久力。そして何より戦闘力ですね」
「……」
「おやまた戦争屋と非難ですか? あなたにはいわれたくないですね、元特殊兵器開発所主任、御笠八男さん」
「……調べたのかね」
「ええ、ジオブランドのネットワークも馬鹿に出来ないでしょう?」
「そうしてゆすり、『ソウルイーター』を手に入れるつもりかね」
「いえいえまさか」
「『アレ』は明後日廃棄するのでここからは運び出される。諦めたまえ」
「そうですか。あなたはあのポンコツ二体と研究をしていてください。それでは」
笑って出ていくのを肩の様子で見ながら、孝一はなおもポーカーフェイスだった。
「……おっさん?」
その機微に気付いたしんが声をかけると、途端にその顔はいつもの笑顔に戻った。
「どうした、もうばてたのか?」
「違うけど……」
なんとなくしんは博士の方を振り返る。コンソールを眺めるその顔は、さっきの孝一と同じポーカーフェイスだった。
「あームカつく、なんなんだよアイツ」
「そうカッカするな礼子。皴が増えて母さんに似とる」
「嬉しくねーよこちとら永遠の二十二歳だよ。親父も何か言ってやれば良かったんだ」
なぜか礼子が切れているのだけは解って、しんは首を傾げた。
その日の午後、博士は警察のお偉方と話をしていた。なんでも最近多発するペグやMWを使った犯罪に対抗組織を作りたいとのことだった。そして博士は――
「博士、なんでOKしたんだ?」
またも盗み聞きしていたしんにそう問われ、そうだなあ、と博士は屋上で伸びをしていた。中肉中背の身体が伸びて見えるのが面白く、しんはぴとっと引っ付いてその顔を見上げる。
サボりオロCの時間だ。孝一が来てもそれは変わらない。むしろあの二人は二人で仲が良いんだから二人っきりでいればいい、しんは思う。
「だってこの前は断固反対だったじゃないか」
「うむ……あれは人の命を奪うことを研究にしていたからなあ。じゃが警察に手を貸せば人の命を救うことが出来る。警察でなくても、人の命を救うためならなんだってするさ」
「博士なんだってそんな……」
「命について、か?」
博士がやたらと命や心に固執する理由が、しんには分からなった。だから素直に、こくん、と頷いた。
「実はわしも昔は戦争屋じゃった」
「兵器の開発設計をしてたの?」
「しんは難しい言葉を知っとるのう。うむ、研究室で黙っていれば良かったんじゃ……」
博士が下を向く。しんと目が合う。いつもの優しい目と。
「わしはある時、殺傷力百パーセントの兵器を開発した」
「へぇ……」
「特殊な毒ガスでな、皮膚呼吸で少しでも体内に入れば死に至るものじゃった」
「……」
「ある日資料室を見ていてな、見つけてしまったんじゃよ。効果に至るレポート、ビデオグラム――それからすぐに、息子とかみさんの訃報が入った。罰が当たったんだと思ったよ。だからわしはすぐにそこを退職し、今の研究所を立ち上げた」
おそらくそれが、二年前。
「こんなわしが命を大切にするなど、偽善じゃな」
「そうか? でも博士は俺の事助けてくれたじゃないか」
そう言うしんの言葉に、博士は黙ってその頭を少し強めに撫でた。
「じゃ、ちょっくら行ってくら」
「おう、精々その無能ぶりを見せつけてこい」
翌日、例の警察の件の事で、孝一は警察に出向き性能テストをするようだった。凹みながら孝一は警察の人間と研究所を出る。その時彼はしんにぼそりと告げた。
「今日は、ちょっと覚悟しとけ」
「……? うん……」
「さて、ではこちらも始末するか」
ソウルイーターの入ったコンテナが運ばれ――ようとした時、だった。
「おや、それは困りますねえ……」
コート仮面の男が立っていた。後ろに大男たちを侍らせて。
「……何の用かね。これなら君たちに渡さんと言ったはずだが?」
「ええ――だから、奪いに来ました」
大男たちの手にはガトリングガンが付いていた。
「さようなら、博士」
しんは、近くにいた博士と礼子を持ち上げ研究所の奥へと走った。振り返ることは出来なかったが、悲鳴や血の匂いは嫌でも伝わって来た。ドア越しに敵の動きをうかがう。そして見えたのは――血の海、切り離された手足、そして顔なじみの……頭……。
「01の耐久性は馬鹿に出来ませんからね、留守のところを狙わせていただきました」
「くっそ……孝一の奴がいれば……ううっ」
「どうした? 撃たれたのか、礼子!?」
「足をやられた……」
「くっ……ソウルイーターはくれてやる! だからさっさとここから消えろ!」
初めて聞く博士の強い声に、しんは震える脚を叱咤した。彼はどこもやられてない。やられてても解らない。だから――
「そうはいきませんよ。目撃者を残しては――」
「博士! 俺がアイツらを引き付けておくから、博士は礼子を連れて逃げろ!」
そう言ってしんは博士たちを下ろし、大男の顔面を吹っ飛ばした。案の定アンドロイドだった。
「待てしん! くっ……礼子、逃げるぞ」
時間を稼げればいい、それだけだった。蹴り飛ばした男はまだばらばらとガトリングガンの弾をばらまく。しんはそれを掴んで大男たちに投げ返していた。何体かは倒れるけれど、ガトリングガンの駆動は別系統なのか、弾が切れるまで撃ち続ける。まだ生きている研究員や作業員の人たちにもそれは当たっていった。しんは泣きながら、戦っていた。
「どうやらスクラップにされたいようですね……やれっ!」
しんに攻撃が集中する。あっという間に身体のラバーは所々禿げて、袋叩きにされた。
「おや、結構丈夫でしたね……ではこれを」
何やらライフルのようなものを出したコート仮面。
「試作ですが、貫通率の高い弾を使用しています。五センチのチタンでも打ち抜けますよ。もちろんバイオフレームだろうとね」
たぁ ん
銃声の響く音。
「大丈夫か?」
しんをいたわるその声は、聞き慣れたその声は。
博士だった。しんを突き飛ばし、ライフルにその身を晒したのだ。貫通したのか腹からは大量の血がドバっと出ている。
「……なんで、戻って」
「ふふ、お前さんが心配でな」
「礼子は?」
「外に……ぐふっ」
白い髭が喀血で赤く染まる。
「死ぬな! 死んじゃだめだ!」
「ふふ……無理を言う」
今にも死にそうなのに笑っている博士に、しんは一縷の希望を思いつく。
「俺みたいに手術すれば生きられるんだろ? 助かるんだろ!?」
「駄目じゃな……もう間に合わん。血が出すぎたし、肝臓もやられとる」
「そんな……」
「お前には、迷惑をかけたな」
目からぼろぼろ溢れる涙に、博士の顔が見えなくなっていくしんを、それでも博士はいたわった。気遣った。それがどんなに悲しくて逆転していても、止まらなかった。
「また……寂しい思いをさせてしまうな……これからは、礼子を頼ると良い……あれで技術力は確かじゃ、うっ」
「解った、解ったから」
「うぐ……」
声が喉の奥で詰まった。研究室で初めて目覚めた時のように、声が出なかった。色んなことを言いたいはずなのに、言わなきゃいけないはずなのに、出なかった。
「情けない顔をするな……」
「無理……だ、そんなのっ」
「目も見えなくなって来たな……しん、一つだけ頼んでいいか?」
「うん」
即答だった。頼みなんていくらでも聞いても良かった。一つだけなんて言わないで。何でも聞くから、お願いだから。しかしそんな願いは叶わないとも、頭の中で理解はしていた。博士はきっと、だから頼みごとをするのだ。今までしてこなかったことを。
「『しんじ』と呼ばせてもらって……良いかの?」
事故で死んだという博士の三人目の子供。自分も子供扱いしてもらっていると思って良いだろうか? 無心にこくこく頷くしんに、博士はふっと笑った。
「すまんな、しんじ」
そしてしんは、
「父さん……」
博士は最期ににっこり笑った。
そして。
「ファン……トム……」
遺言のようにそう残した。
それがあの仮面の男だと、しんは瞬時に理解した。
ドクンッ
両親との楽しい思い出
ドクンッ
博士との楽しい一年
ドクンッ
突然の両親の死
ドクンッ
そして……博士の死
隣のあの子はどうしているだろう。もう声も思い出せない『のんちゃん』。
急に胸が苦しくなる――心音が高まる。
ビキンッ
何か胸の奥で切れたような気がした。
「わああああああああああああああああ!」
しんの両腕から放電が始まり、それが全身の人工筋肉に行き渡って行く。その変化に驚いたマント仮面は、慌ててアンドロイドたちに指示を出した。リンチの徹底を。だが、ガトリングガンの一斉放射は一発たりとも当たることがなかった。
バキャン
突然アンドロイドが膝から崩れる。
「なっ……チタンの人工脊髄を蹴り壊した!?」
テストでは出なかった性能だった。向かって来るアンドロイドを千切っては投げ千切っては投げする様子は、化け物のようだった。機械に食われた人間。だがしんは涙を流していた。それこそが、人間の証明だった。
衝撃で破壊されていく研究所。
「うわああああああああああああ!」
「そんな……高性能の新型だぞ? それを十八体、こんな簡単にッ」
「わあ、ああ、ああああああ……!」
鎖を外された獣のようにもう動かないアンドロイドを攻撃するしんは、それでも涙を流し続けていた。
礼子が異変に気付いたのは研究所が爆発した後だった。
「な……なんだってんだい」
どうやら漏れたガスに引火したらしい。あの仮面と『ソウルイーター』のトレーラーも消えていた。瓦礫の中に人影があった。……しんだった。まだ動かないアンドロイドを攻撃し続けていた。
「坊主! やめろ!」
手はフレームが出てしまっていたが、しんには聞こえていなかった。
「もう……良いから……」
後ろから礼子に抱き留められ、やっとしんは、攻撃をやめた。
※
「志藤信二です……よろしく」
※
志藤君が目を覚ましたのは、簡易ベッドの上だった。良かったあ、と彼女である私より先に安堵の息を吐いたのは御笠博士だった。前試合での修理を終えて、メカマンたちもほっとしている。
「良かった……過剰感情制御装置が無事で本当に良かった……」
「なんです、それ?」
「そうだねえ……堪忍袋の緒って奴だね。これがなくなると暴走状態になって暴れ馬になるんだ」
「ちょう危険な暴れ馬ですね?」
志藤君が一撃で相手を壊さなかったのをあまり見たことのない私は思わずぞっとした。それでも勝っているし今は爆着なんて素敵な要素も備えているんだ、危ないったらない。
「明日の決勝には間に合ったか……」
「ったりめーよ、誰だと思ってんの」
「御笠礼子、三十二歳……げふっ」
スパナで殴られた。
「二十二だ! 永遠の……」
「ってああ! 志藤君の頭からオイルが!」
「ってぇ、せっかく修理したのにぃ……」
「おい……」
※
「どうしたカリス?」
「父さん……」
「明日の相手の事か?」
「うん……」
「心配するな、お前は負けたりせんよ」
「……うん……」
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