第六話 シークレットメモリーズ 1

 一瞬、開始の合図が鳴った瞬間、フランスのMWは羽のように宙を舞った。そして地面に着地するころには大破していた。

「は、はは、そんなことが、ハハ……」

 呆気に取られているフランスのメカニックやボスに向けて、志藤君は見たことのない目でねめつける。

 志藤君は大破したMWの上に乗っていた。手には黒い円柱状の『物』を持って。

「……おい」

 志藤君はフランス側のスタッフに声を掛けたけれど、彼らは腰を抜かして志藤君の声が聞こえていないようだった。


ガシャン!


「ひぃぃぃっ!」

 志藤君は『元』人間のパーツをその足元に投げつけた。中身が散らばるのにフランス側の技術者は余計恐怖している。普段から扱っていたものだろうに、何を怯えているんだろう。私は冷めた目で彼らを見やる。中に何が入ってるのかなんて、知ってて使っていたのだろうに。そう――人間の脳が入っていることぐらい、知っていて。

「お前、研究所を襲った中にいたか?」

 フランススタッフは飛び散った脳に涙目で何もしゃべれない。

「いたのかと聞いている!」

 強い口調でさらに訊ねられ、男はブンブン首を振った。

「し、知らないッ、研究所の事は後のデータで知ったんだ! その機体だって『ファントム』って男に貰って……」

 ファントム、と言う名前を聞いて志藤君は何かを思い出したようだった。だけどそれは思い出したくない苦渋の記憶でもあるようだった。



「じゃね、しんちゃん」

「またね、のんちゃん」

 二人の子供のどこか素朴な別れに対し、親の方はいくらか湿っぽい様子だった。当り前だろう。子供達が仲の良い幼馴染になるほどの年月を、お隣さんとして過ごしてきたのだから。

「今まで本当に、ありがとうございました」

「いえいえ、いつでも遊びに来て下さいね」

 『しんちゃん』一家は引っ越しのあいさつに来ていた。『冴村』の表札を最後に取った父親は、一家と一緒に車に乗る。そして手を振る『のんちゃん』一家に見送られ、新しい家に向かっていった。

「あなた、明日から仕事?」

 母親の問いに父親が肩を竦めて頷く。

「ああ、新しいシステムの発表があるんだ」

「引っ越しの次の日ぐらい休めばいいのに」

「いやいや、このシステムを使うことで現存のAMWなどの能力がアップする。私が忙しいだけ、世界が楽になるんだよ」

 良くある話だ。働き者の父にそれを不満に思う母。だが『しんちゃん』はそんな父が格好良くて大好きだった。勿論、優しい母も。

 車が坂道を下っていた時だった。突然後ろに白いワゴン車が張り付き、その上には何かが付いていた――ガトリングガンだった。


ダダダタダダダダ


 パンクさせられた車は一気に坂を駆け落ち――

 カーブを曲がり切れず、坂の下の丘陵地帯に転げ落ちて行った。次の日の新聞の一面のネタになったことは言うまでもない。

『新システム開発者 家族を乗せ謎の事故』

 一般的には家族は全員死亡、と記載された。


ピ……ピ……ピ……

「博士、目覚めます」

 少年が目を覚ましたのはベッドの上だった。周りには病院のような設備があり、これと言って大きい病気をしたことのない少年には少し驚きと興味を与えていた。

「ようやく目が覚めたな……三週間で四回死に掛けたんだぞ、お前さんは」

 かなり長く寝ていたようだった。顔に何かが貼り付いている違和感に手を動かそうとするがうまくいない。ガーゼテープの類だろうか。喋ることも同様だった。

「おいおい、まだ無理をするな……寝ていなさい……」

 博士と呼ばれた白い髭の壮年の男性に導かれるように、少年はまた眼を閉じた。その間に博士は周りに研究者を集め指示を出す。少年の身体は包帯だらけで一目で重傷と分かるほどだった。そう、四肢を切断するほどの。

 次に少年が目を覚ました時は、ごく普通の病室にいた。白いベッドが一つあるきりの、ありふれた病室。あっちの方が格好良かったのにな、などと思う少年は、顔に触れる。もう違和感はなかった。

「どうだね、身体に変な所はないかな?」

 博士と呼ばれていた男性が部屋に入ってきて、そう訊ねる。少年はふるふる、と頭を振った。

「そうか、それは良かった」

 優しい微笑はおじいちゃんみたいだった。とそこで部屋のドアがぱしゅっと音を出して開き女医のような風貌の、無造作に髪をポニーテールにした眼鏡の女性が入って来る。

「おお、礼子か」

「ああ。眠り姫はお目覚めかい?」

 どうやら自分の事らしいと、少年は頭を掻いた。そこに違和感があるのに気付く。手が今までと違った。しわ、形、色まで、似ているけれど違った。

「君ら家族の乗った車はカーブを曲がり切れずに丘陵地帯を転げ落ちていった……」

 博士が顔を曇らせて言う。そこまでは少年にも記憶があった。

「君は……君の身体は多大なダメージを受けてしまった」

「あえて言えば……頭蓋骨陥没骨折五か所、肋骨八本骨折、両手足粉砕骨折、背骨圧迫骨折なんかかね」

 女医が言う。六歳の少年にもそれが大怪我なのはわかった。

「君の身体はボロボロになって使えなくなってしまった。それで新しく機械の身体を使ったのだが……」

 博士は顔をしかめる。

「すまん。君を助けるにはこれしかなったのだ。わしを恨んでもかまわん……だが助けたかったことだけは、信じてくれ」

「恨んでなんて……ないよ」

 久しぶりでガラガラする喉から、少年は声を出す。

 博士の本当にすまなそうな気持ちが伝わって来た。それにこの人は自分の命の恩人なのだ。恨むなんてあるはずもない。

「ありがとう。ありがとう……」

 鼻声になりながら少年の手を両手でぎゅっと握った博士は、泣いているようだった。

「自分の名前は、分かるかい?」

「さえむら、しん」

「そうか、しんか」

 少し悲しそうな顔をされて、少年はカラ陽気を出した。

「ねぇ、お父さんとお母さんは?」

 再びその顔が曇ったことに、あ、と何となく少年は『それ』を悟った。だが博士は、

「今はまだ怪我がひどくて会うことが出来ないんだ。それよりこれからのお前さんの方が大変だぞ」

 はぐらかされた。自分がこうなんだから、もっと身体の大きな二人がこの程度で済んでいるわけがない。なんとなく分かったが、今は聞かないことにした。

「うん……」

 ショックなはずなのに、悲しいはずなのに、涙は出なかった。

 それから二週間は、新しい身体の『ならし』――試運転めいた計量やその他のテストをした。


「坊主、身体には慣れたみたいだな」

「うん……坊主はやめろ!」

 博士は少年に優しかった。まるで本当の父親のように接してくれていた。だから少年は、博士の事が大好きだった。メンテ係の女医――礼子と言う女性も、嫌いではなかった。二人が親子だと知ったのはさらに三週間後だったけれど。

「なあ、しん」

 礼子のテストをサボって二人は研究所の屋上でオロナミンCを飲んでいた。自販機にある。あるものはある。

「お前の父さんと母さん……」

「うん……解ってる」

 言うと博士はちょっと驚いたようだったが、また目を伏せて、

「そうか……すまん。手を尽くしたが間に合わなかった」

 そう言った。博士はタイミングを選んでいたようだったが、少年にはもう予想がついていたことなので、思ったほどのショックは受けなかった。しばらく二人は黙って、オロCの炭酸を味わっていた。

「わしには礼子と仁という子供がいるがな。本当はもう一人いたんだ」

「仁ってこの前の写真の?」

 礼子と親子の証拠を見せろ、と言った時に見せられた家族写真があった。そこには少年と同じぐらいの年かさの男の子が写っていたのを、覚えていた。

「三人目は?」

「事故でな……礼子や仁の母親、わしのかみさんと一緒に死んでしまった」

「そうなんだ……なんて名前だったの?」

「しんじ……みかさしんじ。お前さんと少し似とるな」

 それであの時少し悲しそうだったのか、と少年は納得した。少年はそのあと両親に会いに、別れに行った。冷凍カプセルで保存された肉体は腐っていなかったが、生きているとは言えなかった。包帯やばんそうこうで綺麗に直されていたが、……それでも。

「父さん……」

 カプセルに手を置くと、当り前のように冷たかった。

 覚悟はしていた。分かってはいたがこう現実を目にすると――胸が苦しく、重くなっていった。目からは涙が出たが、声は出さなかった。

「声を出した方が……楽じゃぞ」

 博士の言葉に、振り返って少年はその脚にしがみついて泣いた。わんわん声が出た。研究所内に聞こえるぐらいに泣いた。外は雨が降って、それをかき消すようだった。


「しん、お前のお父さんがロボットの開発をしていたのは知っているか?」

「うん。新しい情報処理装置とか演算装置とかを作ってたんだよね」

「うむ、わしも冴村博士とは友人でな。いろいろ話をしたこともあった」

「へー、お父さんの友達だったんだ」

「仕事が終わって飲みに出ると、お前さんのことを自慢しとったぞ。わしも負けずに娘・息子自慢をしたがな」

「大人げないね」

「うっ。今度発表するはずだったネタは知っとるか?」

 子供に大人げないと言われてちょっとショックを受けつつも、博士は話の軌道を本来のものに変えていく。きょとんとしたのは少年の方だった。『みんなが楽になる研究』としか聞かされていなかったからだ。

「限りなく人間に近い……ロボットに意思を持たせるプログラムじゃった」

「意思? 今までのロボットにもあったんじゃないの? ほら、自律何とか……」

「しんは頭が良いのう。確かにそれも意思の形じゃが、もっとこう……心を持たせる、と言うのか」

 少年には分からなかった。どうしてロボットに心を持たせる必要があるのか、さっぱり分からなかった。

「しん、ターミネーターやマトリックスを見たことはあるか?」

「うん、大昔の映画だよね。父さんが好きでよく見せられた」

「うむ……どちらもロボット技術が発達しすぎてやがて意思を持ったロボットたちが人間に反抗する話じゃ」

「もし技術が進んだらそうなるの?」

 だとしたら父さんは世紀の大悪人にされてしまう。思った少年が眉を顰めると、博士は空を見上げていた。屋上の風は涼しい。サボっているのを忘れるほどに爽やかだった。

「そうかもなあ……確かに意思を持ったロボットにとって人間は邪魔者になるかもなあ」

 意思を持てば自己修復も出来るし、生産補給も自分たちで出来る。人間に頼ることは何もなくなるのだ。

「だが映画のロボットたちには圧倒的に足りないものがあった。どんなに高性能だろうが、他人を愛する気持ち、生命を大切に思う気持ち、そう、心が足らんかったのじゃ」

「ブレードランナーみたいな?」

「ふふ、しんは本当に頭が良いのう」

 もしも人を愛し慈しむ気持ちがあったらあんな残虐なことには――未来には、ならなかったのかも。少年が考え込むと父親はその『ストッパー』を作っていたのが分かって来た。生産者から見れば『ストッパー』だけど、少年にはそれが世界で一番輝くもの、心と認識し、記憶された。


「ほいじゃあ坊主、そのチェーンを引っ張ってみて」

 どうやらパワー計量実験らしい。博士が少年に謝っていたのは、少年に使えるパーツが軍事機密レベルで、後になったらそのパワーを駆使して国家に仕えなければならないことだったのだ。勿論少年がそんな難しいことを知らされるのはもう少し後だったが、身体の『ならし』の後の訓練で何となく少年は悟っていた。もうきっと友達とも親戚とも自由に会えないことを。思い出すのは隣に住んでいた『のんちゃん』の事だが、彼女とも二度と会えないだろう。しんちゃん、と呼ぶ声が懐かしい。

「二五〇キログラム……ちょっと、まじめにやってる?」

「……うん」

 思考とパワーは別問題だ。別室から覗き込んでいた礼子の元に、博士が寄っていく。

「おっかしいなあ……」

「どうした礼子、何か問題か?」

「確かに人間をしのぐ身体能力なんだけど、この程度じゃないはずなんだよなあ……計算では」

 少年のバイオフレームや人工筋肉の量を考えればもっと圧倒的な力が出る計算であるらしい。が。

「うーむ、おそらくその理由はしんの脳じゃな」

「?」

「本来人間の脳はその数パーセントしか使っていない、と言われておる」

「本来は出せるはずの力がまだ引き出せてないってこと? 脳がストッパーを掛けて」

「? なんで?」

 少年の素朴な疑問に博士は苦笑う。

「全力を出すとな、身体の方が付いていけなくて壊れてしまうんじゃよ」

「そっか、それで自動的にストッパーを掛けてるんだ」

「それにしても坊主の身体はそれに耐えられるように作ってるはずなんだけどねぇ……」

「じゃあ何で出ないの? あと、坊主はやめろ」

「心理的制御、つまりリミッターを解除するには過度の集中力を必要とすることが一番効率的なんじゃ……一度限界値を超えれば、それを記憶して普段から出せるようになるんじゃが」

「世に言う火事場の馬鹿力って奴ね。つまり一度坊主をギリギリまで追い詰めればいいわけか……」

 不穏な礼子の言葉に少年が思わず後ずさる、と、そこに誰かの身体があるのに気付いた。

 真っ青なアロハシャツを着て、無精髭を生やした男だった。

「その役、俺が引き受けた」

「あん? あんた……誰だっけ」

「ぶふぁっ!? ひでえ、勝手にアメリカ支部に出張させといて……」

「だれ?」

 きょとんっとした少年に、くっくっくと喉の笑いを押さえながら礼子が答える。

「あんたの出来の悪い『兄』よ」

 今どき珍しい紙巻タバコを咥えた男は言われて、肩を竦めてから少年――しんを、見下ろした。

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