第八話 マリオネット
残るは香港……。
「志藤君、最後だね」
ぶるっとなぜか自分が武者震いしてしまうと、御笠博士も頷いた。
「手強いぞ、多分」
「ああ、今までのゲテモノと違ってしっかりしたデザインですもんね」
「うーん、それはそうね……」
リングに向かうともう香港代表がいた。識別名称はカリス。カリス・フォード。人間みたいな名前だな、と思う。志藤君もそうだけど、何か理由があるのだろうか。薄い色の髪に目。おっとりとた表情には戦意は全く感じられない。メカリンピックなら表の方にも出られそうな、そんな静かなたたずまいだった。あと、ちょっと格好いい。
日本側のゲートが開くと、志藤君が入場してきた。会場はもう、賭け事に興じていた連中も八割がた捕まり、静かだった。
「キャノン……お前は何とも思わんのか?」
香港大会の総元締めであるキャノン・フォードに、ブレス・フォード博士は問いかける。
「何がですか?」
「この戦いで死ぬかもしれんのだぞ? カリスが!」
「死ぬ? アレはロボットですよ」
「だがお前の弟の完全なコピー、否そのものだぞ」
「私の弟は死にました……あなたが殺したんですよ? 父上」
静かになった会場でも英語の会話は聞き取れない。だけど博士はどうやら戦いを渋っているようなのが分かった。
「もしかして彼も志藤君と同じ……」
「いや、あれは完全にAWD。シドーちゃんみたいに義体化手術をしたわけじゃなく、もともとからのロボットだ。アンドロイド」
「今までのアンドロイドと違って人間っぽいのは何故ですか?」
「ん~まあデザインセンスは製作者にかかるからなあ……」
「センス……ですか?」
「きっと製作者の思いが何かあるんだろうさ?」
思い。願い。カリス・フォード。カリス。聖杯。キリストの血を受けたもの。奇跡の血を受けたもの。奇跡。よみがえり。思考はひゅんひゅん飛んでいくけれど、間違ってもいない気がした。私の勘は当たるのだ。結構な確率で。
試合開始のゴングと一緒に、志藤君は爆着した。
「……そう言えば爆発する意味あるのかこれ」
「その方がエフェクト的に格好いいじゃん」
「…………」
「あっそうだ! この前のレーザーカッターの説明読みましたよ」
「なぜなにシドー君?」
「でもあれじゃレーザーじゃなくてビームですよね? あとプラズマとか」
「うーんプラズマカッターの方が格好いいかな……」
「ビームセイバーとかも良いかも……志藤君は?」
戦意のかけらもない後ろの会話にうんざりするような志藤君。カリス君の方もくすくす笑っている。
「無駄無駄、そいつノリの悪さに掛けては天下一品……」
「クサナギ……とか」
「……」
珍しいと言うか、意外なことに驚いた。
「よし、クサナギでいこー。ボイスコード変換。レーザーカッターよりクサナギへ!」
「そうですね、なんか響き良いですし」
ニヨニヨ笑って私と御笠博士が意気投合すると、バイザーの奥で志藤君が顔を赤くし、『言わなきゃ良かった』という表情になっているのが分かった。作り出す、って意味だろう。多分志藤君的には。レーザーは光を収束したものだからね、やっぱりちょっと違う。
――かつて香港マフィアの首領でありながら、ロボット、戦闘用アンドロイド制作に天才的頭脳を発揮した男がいた。彼は最高の出来の機体を見せるため、二人の息子の前で機動テストをした。しかし突如機体が暴走し、長男は重傷、博士は足を負傷し次男を亡くした。ショックを受けた博士は長男の回復後首領の地位を譲り、次男に似せたアンドロイドを制作した――
「しかしアレの戦闘力も大したものですねぇ」
「お前がそうさせたんだろう。本来は戦闘用ではなかったものを」
「……そうでしたね」
二人は隙を狙い合っていた。志藤君はクサナギで、カリス君は――
「そう言えばカリス君の方は手ぶらに見えますよね」
「君ってあんた。うん、前回のデータ、フランス対香港の奴ね、それを見ると鋭利な刃物のようなものでズタズタにされてるのよね……」
「でもそんなもの見えないですよ? っとあ!」
先に手を出したのはカリス君だった。本当に手を、突きを出した。
「くっ」
思わず避ける志藤君。だけど地面がえぐれていた。捻じれるようにえぐれている。まるでドリルを使ったように。
ビキッ! と音がする。
「何っ」
突然そのバイザーに罅が入った。
「完全に避けました、よね!?」
傍らの御笠博士に尋ねると、彼女は眼鏡に手を当てて何か考え込んでいるようだった。仁君を見ると、彼は口元に手を当てて考え込んでいる。他の機動課メンバーはただ試合を見守っているだけだ。私は一人だけパニックになってしまう。だって、避けても避けられてないなんて、どうしたら良いか分からないからだ。どうして。どうやって。
次々とカリス君の突きが志藤君に襲い掛かる。かわしてもダメージを受ける所為か装甲は無数の切り傷が、地面にはえぐられるような穴が、いくつもいくつも出来ている。
「そうか」
「解った!」
志藤君の呟きと御笠博士の叫びはほぼ同時だった。
「超収束の竜巻。手に高密度竜巻を発生させて相手を切断、もしくは粉砕してるんだ」
「はぁ……?」
いまいちわけが分からなかった。風なんかであのスーツが?
「おそらく目に見えない、スーツのつなぎ目から引き千切ってるんだ。風っつっても馬鹿に出来ねーぞ?」
「あまりに高密度の竜巻……避けても鎌鼬が襲って来る」
「そんな……どうにか防げないの!?」
「無茶言うな。かすってスーツに罅だぞ。防御なんかしたら木っ端みじんだ、身体ごとバラバラになる」
身体ごとバラバラに。その想像がリアルに想像できてしまう漫研の妄想力が憎かった。志藤君。志藤君!
一瞬私たちに気を取られていた志藤君の動きが止まったのを、カリス君は逃がさなかった。志藤君に突きが襲い掛かる。
「志藤君!」
「ちっ」
避けられないことはなかったと思う。だけどその直線上には――私たち日本チームのスタッフがいた。
その竜巻は志藤君を粉砕することはなかった。バイザーは弾いたけれど、その手は志藤君の目の前で止まった。
「……何のつもりだ?」
私達も同じ気分だった。
「このコースはまずかったね。ごめん」
そして手を引っ込め、開始位置に戻っていく。
「さあ、リターンマッチ……」
わざわざ敵スタッフに気を掛けたことが、私達にも志藤君にも不思議だった。
それは少し心地良かった。
まるで『心』のようで。
「ふっ……変な奴だ」
「そうかなあ?」
二人はくすくす笑い合う。
「ふぅ……あのまま敵スタッフごと一緒にとどめを刺せばいいものを」
「お前は弟に人殺しをさせるのか?」
「ですから、あれはただの機械ですよ」
「すごいね、日本の科学力も。僕の動きを見ている」
「そっちもな。中々だ」
リングの真ん中に戻って、二人は話している。あちこちがぼこぼこになった、リングの中で。
「SID0って言ったっけ。それでシドー君って呼ばれてるんだ」
ほぼ同じスペックだった二人。戦闘力は互角だった。今のところは。
「僕もシドー君って呼ばせてもらうね。僕はカリス。カリス・フォード」
「ああ、一応調べてある。お前が香港マフィアの元頭領、ブレス・フォードの次男のコピーだって所もな」
「うん……」
志藤君は気になっていることがあるらしかった。
「どうしてお前のような奴が悪党に手を貸す?」
さっきのスタッフを気に掛けたこと、思いやり、人間らしさ……。
それは確かにマフィアなんて言葉は似合わない行動だった。私もそう思う。
「……僕の胸には爆弾がセットされているんだ。起動すれば僕のエネルギータンクも暴走して半径五十キロが広島になる」
表のメカリンピックのおかげでこの地には何万人もの客や選手、スタッフが集まっている。そんなところで核並みの爆発をしたらどうなるか。考えたくなかったから考えないようにしたけれど、誰かの思念波が流れてきて電波にピリピリする。中沢啓二の漫画のイメージより、もっとグロテスクな。そして凄惨な。
「チッ、脅されているのか?」
「違うよ……」
カリス君は笑った。透明だった。
「そう、もし逆らったらボン! ですねえ……私には『それ』を耐えるだけのバリアがありますが」
「……」
「おおっと失礼、あなたにはないんでしたね。助かるのは私だけですか、はっはっは」
もしもカリス君が爆発したら、博士――お父さんも犠牲になる。
「お前……父親を助けるために?」
カリス君に言うことを聞かせるために、向こうの首領はお父さんを連れてきている。だとしたら卑劣な奴だ。電波でそれを感じ取った私は、せめてキッと向こうの首領をねめつけた。見えてなんてないだろうけれど。
「それも違う……」
カリス君はまた笑った。
「僕が戦うのは……僕の意思さ……」
クサナギのエネルギーが切れ、刃がなくなる。
「チッ、再使用までの冷却時間が……!」
「これで……決まりだよっ!」
その突きに志藤君は自分も突きを繰り出して放電する。
「そう言えばあの放電って何なんですか?」
「シドーちゃんの動力源、電気。その電力はサンシャイン級ビル五十三個を一か月間賄える」
「うーん、すごいって言うかわけが分かりません」
新しいタバコに火をつけた御笠博士は苦笑いする。
「ようは容量ありすぎて余ってる電気を武器に利用しただけ」
「偶然に出来た武器じゃないですか!」
「でも効果はすごいよぉ?」
激突する二人、その反発力は二人を吹っ飛ばした。
――僕は別に兄さんや父さんに命令されて戦っているんじゃない。
え?
頭に響いてきたのはカリス君の声だ。私だけに聞こえたらしく、ほかの機動課のみんなや御笠博士、仁君には聞こえていないようでリングを注視している。電波? これは。毒じゃない方の。でもこんな風に入って来るのは初めてだ。
「自分の意思だと……?」
電波は志藤君にも飛んでいたらしい。マシン的な某かなのだろうか。だったら私は新たにマシンテレパスの称号も与えられなきゃならない。電波の一種だと思えば、今までとそう変わらないけれど。
――そう、僕が、僕自身で決めた戦いなんだ。
カリス君の両手、両脚にも竜巻が巻き起こった。
「うわ、竜巻が四肢に……!」
そして構えた。志藤君も構えようとしたけれど、
「ッ!」
「ぐはッ」
カリス君は一瞬消え、次の瞬間に志藤君は殴り飛ばされていた。
「消えた!? どういうことですか!?」
「おそらく両脚の竜巻を利用した超スピード、シドーちゃんでも反応できないような……」
「そんな、どうしようもないじゃないですか!」
「センサー類は働いてるんだ。身体がそれに対応できないだけ……」
「人の壁……人であるための壁ですね……」
私は昨日の玉ねぎ型のフランスのロボットを思い出していた。
志藤君の胸の装甲が割れ、弾き飛んでしまっている。
――じゃあ僕はどうしてシドー君に爆弾の事なんか話したんだろう?
「カリス! 何故頭を狙わなかった!?」
「キャノン!」
向こうの首領、キャノンがブレス博士の肩を拳銃で撃ちぬいた。
「兄さん!?」
「お前に兄呼ばわりされたくはないな! 虫唾が走る!」
ブレス博士の肩からは血がどんどん湧き出していた。
「うぐっ……カリス、気にするな。お前の思った通りに行動しろ……」
ブレス博士は笑って見せる。
「爆弾で脅しても効果が無いんでね……あれはアンドロイドなのに、機械の癖に、他人が傷つくのを嫌う。おもしろいですねえ……」
カリス君は戸惑いながらももう一度構えた。
「ごめん……次で、決める……」
カリス君が会場内を飛び回った。次々に志藤君に攻撃が当たる。まだ紙一重でかわすことは出来た――けれど――
「かわしたところで鎌鼬……ヤバいぞ……」
志藤君のスーツが破壊されていく。そして加速していくカリス君。もう音だけになってしまっていた。
「これが……自分の意思だと言うのか……答えろカリス!」
一瞬音が止まった。姿はない。
「次にカリスが現れた時が最後ですよ」
不気味に静まり返る会場。
志藤君は聞こえていた。ブレス博士とキャノンの会話。そしてその、まるで操り人形のように使われるカリス君に、静かに怒りを燃やしていた。
カリス君は空にいた。一気に急降下し決着をつける気だった。上空を吹き抜ける風。そんなはずはないのに冷たいと感じた。寒かった。
志藤君のセンサーが上空のカリス君を感知した。
「……行くよ」
志藤君も構えた。
「受けるつもり!? そんな、スーツもぼろぼろなのに!?」
志藤君の身体が赤く光り出した。
――僕の戦う理由。
急降下して志藤君に向かっていくカリス君。
――それは……僕を殺してくれる相手を見つけること……そう、
もう見えない身体。悲痛な電波。
「死ぬためだあああああ!」
「馬鹿野郎!」
吹っ飛ばされたのはカリス君だった。
「な……殴り飛ばした?」
「Vチャージを使ったのか……無理をする」
いつの間にか立ち上がってた御笠博士が、ぺたんっとビニールの椅子にへたり込む。
「え……何、赤い? V-MAX発動? それともトランザム?」
「理性のストッパー、堪忍袋の緒、過剰感情制御装置――Fリミッターを任意的に一定時間解除した状態……」
「それであの瞬速に対応できたのか……でもそれって確か長く使うと身体に負担が掛かるんじゃ」
「ああ、少しだけなら休めば回復するが、長時間だと内臓が逝っちまう」
志藤君……そんなにカリス君の事を……。
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