第三話 志藤くんち
「馬鹿なっ……三角関数が出ているだとっ!?」
「桂橋うるさいぞ。何言ってんの」
四月三日水曜日 某高校二年一組
「どーした悌子。せっかくテスト終わったのに」
「ええ、終わりましたとも……」
「……出来なかったの?」
「だって三角関数ノーマークだったのに半分も出やがって……」
私の勘は当たるときは当たるけれど外れるときは盛大に外れる。実際数学だって調子が良ければ四十点ぐらいとれるのだ。四十点ぐらい。ええ、赤点だけは取らないできたけれど、頼むぜ三角関数さんよ……!
腐りながら掃除を終え、帰る段になったところで私はまだ志藤君が教室にいるのに気付く。今日は部活もないし家に帰っても暇だから、ちょっと声をかけてみよう。
「志藤君も今帰り?」
「ああ、どうした?」
「どこに住んでるのかなって、そう言えば」
「今は仕事仲間の家に厄介になってる」
「へーぇ……行っても良い?」
一瞬ビクッとしたようだったけれど、逃げる言葉はないらしい。『構わない』と言われて私はガッツポーズをする。男女交際の基本その一、互いの家を知り合う。私の家には来られているから、これでお相子だろう。でも私は気付かなかった。この時志藤君の顔に一瞬嫌な引き攣りが走ったことに。
そう、問題があったのだ。実は。『一人』。
ぱしゅんとロックが外れた自動ドアが開くと、そこはタバコくさい空間だった。今どき紙巻タバコなんて吸ってるのが珍しくて志藤君の肩越しに部屋の中を覗くと、『今起きてきました』と言った風情の女の人が一人、下着姿でソファーにどっかり腰かけている。女の人。ピンク色の髪を無造作に梳かしっぱなしにしている。そしてこの格好。まさか志藤君私以外とも? 見損ないそうになったところで、くはっと女の人は笑った。
「シドーちゃん駄目だよぉ、女の子連れ込む時は誰もいない時間帯にしなきゃ。シフトのインプットした甲斐がない」
「やはりいたか……そう言えば夜勤明けだったな」
「うん、これから行くからごゆっくりねー」
「何をだ?」
「某をだ」
そう言うとお姉さんは部屋を出て、おそらくは自室に入る。数分すると警察の制服を着て出て来た。ネームプレートには『御笠』と書いている。
「仕事……仲間?」
「ああ、俺のメンテをやっている」
「あ……そう……」
別の部屋に案内された。そこには歯科医院にあるような椅子があり、周囲には怪しい機械がある。これは。
「ここでメンテするんだよね、新しい改造を受けたり故障個所を修理したり! テレビで見たことある!」
「あ……ああ」
さすがは漫画オタクと呼んでくれて良いのよ。ふふん。
某工場
「この間のアンドロイドのチップによるとこの辺だよな」
「ああ、気を付けろよ」
警官隊は慎重に重い扉を開ける。工場のようだった。だが途中で手ごたえがなくなり、扉は勝手に開いていく。
「え? あ?」
工場はずっと奥まで長く暗く、果ては見えなかった。
「こらぁ! 証拠は出てるんだ、出て来いドクター・シュタイン!」
警官の一人が叫ぶが、返事はない。ドクター・シュタインと言うのが一連のアンドロイド犯罪の首謀者だと言うことは志藤君が抜き取ったメモリーチップで分かっていたらしい。
「突入するぞ」
そうして警官隊が足を踏み入れた瞬間。
きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん、とジェット機のような音がした。
「うっ……嫌な予感」
警官の予感は当たることになる。やはり予想通りに小型のジェット機が発進してきた。慌てて避ける警官隊。
とりあえず吹っ飛ばされた警官三人は無事だった。
御笠家
「!」
「どしたの志藤君」
「仕事だ……」
「ってことはアンドロイド系犯罪ね」
「見に来ようなんて思うなよ。事件は事件なんだからな」
そう言ってすごい速さで走っていく志藤君。
「そう言われると……見に行かないわけにはいかないな……」
私は普段飼い猫のトラッXーに付けているGPSを取り出した。今は志藤君の背中についているものだ。携帯端末で行方を追える。
ジェット機は町から離れた海岸の廃工場に着陸していた。
「ちっ、まさか工場まで見つかるとは……警察のポンコツロボットも中々やりよる」
出て来た老人は白衣を翻し、黒い眼帯のずれを直す。いかにも『悪の科学者』と言った風情だった。
「それはすまなかったなあ、そのポンコツに『自信作』を壊された博士さん」
ジェット機に志藤君は追いついた。
ばっと振り向いた博士は、だけどその顔をニヤリとさせる。
「ほぉ……お前さんが……だが本当の『自信作』の前ではどうかのぉ……」
博士の後ろから三メートル近くある巨大なアンドロイドが出て来た。
「こいつは今までの機体と違うぞ。お前さんとの戦闘データをベースに作った、お前さん専用の機体じゃからのう」
「……相変わらずセンス悪いな」
ぼこぼことあちこちに排気用の穴が付いているそれに、志藤君はそう言った。どうやらそれが癇に障ったらしく、博士は顔を赤くして叫んだ。
「やれ、フランクェン!」
その声にフランクェンと呼ばれたロボットは無数の鉛玉を志藤君に発射した。
その瞬間、やっとの思い(主にタクシーに払ったお金)で辿り着いた私が見たのは、土埃だった。そしてアンドロイド、志藤君、悪者っぽい眼帯のお爺さん。
「中々だ。二発見逃した」
志藤君の指には鉛玉がいくつもはさまれていた。そして後ろの壁には穴が二つ。
「ば、ばかな、あれだけの銃弾を……くっ、行け、フランクェン!」
使い切ったらしいガトリングガンを捨てて、アンドロイドは志藤君に襲い掛かる。
「次は俺から行くぞ……」
瞬間、志藤君の姿が消えた。同時にフランクェンの頭が吹っ飛ぶ。消えたんじゃない、見えなかったんだ、早すぎて。志藤君がぶん殴った頭が床に転がると、カン、と金属製の音が鳴る。そうして首がなくなったフランクェンはなお志藤君に襲い掛かろうとする。センサーは大きい胴体の方にあるらしかった。たかがメインカメラをやられただけで、って奴だろう。
「悪いがとどめを刺す」
言って志藤君はアンドロイドの胸に腕を突っ込み、放電した。そうしてやっと身体が止まる。
「そ、そんな」
老人はその場にへたり込んでしまった。
「すごい志藤君……ケンシロウみたい」
「やはり来てたのか」
とてとて走り寄ると、ほぼ無傷の彼氏がいた。何だか私はそれが誇らしかった。でも。
バキン! と硬質系の音がする。見れば吹っ飛ばされて転がってた頭がこちらを向いていた。そして口を開け、砲門が出る。ビーム? マシンガン? 私たちを狙うそれに、博士が叫んだ。
「よせフランクェン!」
博士の停止コールは間に合わず、ぱららっとマシンガンの弾が散った。
「いっ」
「チッ」
志藤君は私を庇い倒れながら銃弾を受けた。博士は急いでジェット機に乗り、ハリアーのような垂直飛行で逃げようとする。
「なんとも……ない?」
「大丈夫か?」
「志藤君こそだよ――うわっ」
私はその顔を見て思わず声を上げてしまった。
「どうした、当たったのか?」
「志藤君、顔が剥げてるよ!」
左目のあたりが剥げてメカむき出しになっているのは、ちょっと彼女三日目には刺激が強い。ああ、と何ともなさそうにしている志藤君は、志藤君にとっては、無傷なんだろうけれど。
「後で修理しないとな……だがその前に」
志藤君は電線が地中主流になって今や町のお荷物となっている電柱を引っこ抜き、
――ジェット機に投げつけた。
「えええええええええええええええ」
ジェットのカナードに当たったらしい、バランスを失った機体はそのままゆっくり海に落ちていった。逃げ出す余裕があるのかないのか分からない程度の墜落。
「ひどい……何もあんな……」
私は志藤君があの博士を殺してしまったと言うことにちょっとショックを受けてしまっていた。って言うかさっきからショック続きだけど、ここ一番のショックだ。人の生き死にに関することは。
「安心しろ、無事に脱出した。あとは海上警察に捕まる」
「へ?」
よく見ると白いパラシュートが落ちて来るのが見えた。
「良かった……」
しばらく捕り物を眺めていた志藤君は、おもむろに口を開いた。
「あいつは確かに悪党だ。宝石強盗八回、銀行強盗十三回、現金輸送車ジャック六回……だがけっして人は殺さなかった」
そう言えばフランクェンの首が暴発した時も……。
私はちらっと志藤君を見る。剥がれてない右側の頬を。
逃げ出しやすいようにかカナードを狙ったのが不思議だったけど、それで納得はいった。それから、何だか嬉しくなった。人間とは言い難い志藤君が人間の命を大切に、何より大切に思ってくれていることが。その心が、あるのが嬉しかった。仏頂面で付き合いの良い方じゃなさそうだけど、だけど私の彼氏は、こんなにも格好いい。
「あちゃー、男前が台無し……」
廃工場に『機動課』と書かれたトレーラーが入り込んでくる。そうすると御笠博士も一緒だった。羽織った白衣はあの博士より断然似合っている。
「悪い、油断した。朝までに治りそうか?」
せっせと作業する職員達の脇で、志藤君が訊ねる。御笠博士はんーっと首を傾げてから、ニカッと笑った。
「まあ、ラバー取り換えるだけだから全治三十分ってところだね」
「そうか」
「でも正義のメカヒーローの顔が剥げるって言うのは……」
思わず口出ししてしまう。だって彼女だもん。
御笠博士はうーんと目を閉じ、それもそうだなあ、と言った。
「なんか考えとくよ、それは」
そこでやっと突っ込みが入る。
「いやお前何普通に会話に参加している」
「まあまあ」
「お前も突っ込め」
「例の子でしょ? いいじゃない別にさあ、なんか話も合いそうだし」
私たちの会話が盛り上がるのと志藤君のテンションが盛り下がるのは同時だった。良いよねサイボーグ。私は002が好きだな。あたしは004かな。あの武器の数萌えますよね。映画で毎回何出してくるか楽しみだよね。でもジェットの鼻は長くてよかった。その辺はソルダートJが引き継いでくれたから。あらそっちも行けます? etc etc……。
「そう言えばお前、なぜここにいる」
「てへっ」
今度は笑いじゃ誤魔化せませんでした。
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