第二話 転校生
「あんたえらい恰好だねえ……どっか行くならその前に顔拭いていきな」
真っ白なトレーラーが校舎裏に入って来た。中からは作業着の男女が出て来る。一様にそのつなぎの背中には『機動課』と書かれていた。誰も見たことのない課名だったがそれほど気にする者もいない。自動運転が発達した道路事情では前や後、隣を走る車に気を配らす人間は少ないのだ。
「それは昨日の奴らの仲間だ」
そう伝えて、一人白衣の女性に志藤君はメモリーチップを手渡した。名札のあるべきところには、『
そして志藤君を見てあきれたように息を吐く。
「シドーちゃん汚れまくりだねえ……」
「ああ、抵抗したからな。オイルが飛び散ってこのざまだ。それよりいつもの通り隠蔽工作を頼む」
「解ってるって。って、その鞄は何?」
「『それ』を停止させるのを見られた」
「ええ!? まずいってそれえ……!」
「どうしたのー悌子。今日はシチューよー?」
一階から入って来る、お母さんの呑気な声でも震えは止まらない。
「きっと親には見せられない何かが出来たのさ。トラッ
「うふふ、そうね。お腹がすいたら下りてらっしゃい」
やたらとマイペースで楽天的な両親が羨ましくさえ感じる。私は布団をかぶって震えていた。ばれた。顔見られた。名前も知られてた。そりゃ同級生だからそうなんだろうけれど話してもいないのに。やっぱりアンドロイドの記憶力? サイボーグ? どっちでも変わらず、一律に今の私には恐怖対象だった。きっとあいつは軍事機密のアンドロイドなんだ。でなきゃ腕一本であんな大男のアンドロイドを吊り上げたりできるはずもない。
軍事機密を見た私はきっと――殺される。
殺される。
殺される……!
その時マナーモードにしていた携帯端末が胸ポケットで震えた。慌てて制服をまさぐって取り出すけれど、ディスプレイに名前表示はない。こんな時に誰だよもう、誰か新学期に合わせてケータイ変えた友達かな。だったら学校で言えよ、思いながら私はタッチパネルを操作して応答する。
「はい……」
沈んだ声が出たのは仕方ないだろう。下手すると寿命が一時間もないんだから。
「桂橋さん?」
聞いたことのある男声だった。
「志藤です」
聞いた瞬間、私は急いで携帯端末の電源を切った。
なんで番号知って。クラス名簿には家の電話とケータイの電話番号を書く場所があるから不思議じゃないか。
とその時、私は窓から風が吹いているのに気付いた。夏でもないからこんな時間に開けているはずもない窓。開けた記憶もない窓。お母さんが空気の入れ替えで閉め忘れたのだろうかと無理やり楽天的な方向に考えて、私は被っていた布団を脱ぎ窓の方に近付いた。だけどそこには『何か』がいた。
悲鳴がまた喉に貼り付く。
アイツだった。
窓枠に足を掛けて、アイツは半ば私の部屋に入っていた。私は腰を抜かす。
志藤君だったことにもだけれど、二階の窓を人知れず開けて入ってきている隠密性。これは人を殺す技術じゃないなんて言われたって信じられなかった。今度こそ大声を出そうと息を吸って、
「――――ッ」
それは出なかった。
瞬時に口をふさがれたからだ。
人間みたいな手は暖かくて柔らかかった。石鹸の匂いがする。顔に飛んだ油もなかったけれど、制服からはちょっとニオイが漂っていた。
「すまない、驚かせてしまった……」
志藤君はこれ以上私を驚かせないためか、静かな声で言った。『不思議』と落ち着いた気分になる声だった。
「手を放しても平気か?」
尋ねられて私はこくんと頷く。遠ざかる石鹸の匂いに、私は声を上げなかった。なんとなく、殺されることはないんだと思ったからだ。私の勘は良く当たる。今回もそうだったらしく、志藤君はほっと息を吐くだけだった。
「君に危害を加えるつもりはない。だからおとなしく聞いてくれ……」
こくん、と私はまた頷く。やっぱりその言葉には『不思議』な説得力があった。
「二〇五〇年、大手の企業が共同でロボットを作る会社を作り上げた」
「……日田ソニック社?」
「そうだ。おかげで自律思考型ロボットが世界中に広がり、製造されるようになった」
私は百年ちょっと前の写真を思い浮かべる。震えはいつの間にか止まっていた。
「ロボットは人が作業できないところでの作業を引き受け、工業プラントでも活動し、人間はその作業範囲を広げた」
確かにロボットは見慣れた存在だ。高層ビルの窓掃除、海中での船底修理、宇宙コロニー建設。メイドタイプの家事用まで。
「……だがやはりそう言った技術を悪事に使い始める輩が出て来た」
その通りだ。ロボットは人間以上の速さで走り、人間以上の力を持っている。それを使わない手はない。今朝の新聞の宝石泥棒のように。
「多発するロボットがらみの事件、サイバークライムに対抗すべく、日本政府は警視庁に極秘に『機動課』を作らせた」
私はちょっと考え込む。どっかで聞いた話だ。と思って、今朝の自分を思い出す。私だ、それを言ったのは。
「俺はそこで作られた対アンドロイド用の戦闘員だ」
「作られた? 志藤君アンドロイドなの?」
「正確にはサイボーグだ。十五パーセント、頭を中心に人間だった頃の部分が残っている。幼い時の事故で運良く残った部分だ」
事故で改造かー、ありふれた設定で私はちょっと安心した。
「俺はある作戦遂行のためここに来た。だから出来れば他の人には――」
「解ってるって、秘密にしてほしいんでしょ?」
漫研舐めんな、こういうシチュエーションは昔から想定していたことだ。慣れさえある。ずっとこんな日が来るんじゃないかって、待ってた節すらある。
志藤君はきょとんとしていた。先読みされたことに対してもだけど、私の態度の変わりようにも驚いたんだろう。ま、漫研の次期部長を舐めないで頂きたいってところかな。火傷するぜ。舌が。
「あ、ああ、その方がいろいろと都合が……」
言う志藤君の前に、私はVサインを出して見せた。また志藤君はきょとん、とする。
「? なんだ?」
「条件が二つ。一つは私の事は『桂橋』さんではなく『悌子』と呼ぶこと」
「……ああ。もう一つは?」
一瞬考えてから志藤君は了承した。そしてもう一つを聞いてくる。むふっと私はちょっと笑ってから、
「私と付き合って」
志藤君はまた数秒止まった。それから、
「いやそれは無理だと……」
私は崩れ落ちて布団にくるまりしくしくとウソ泣きをして見せる。ちなみにこの技術も漫画で身に着けたものだ。切ないシーンを思い浮かべると自然に涙が出るようになる。さようならムーミン谷……うっ。ムーミンたちは冬眠するだけ、けっして番組が終わってもそこで終わりじゃないのに、涙が出ちゃう。女の子だもん。
「やっぱりこんなブスじゃ駄目なのね……きっと私は一生この傷を抱えて生きていくんだわ……」
「わ、解った。解ったから」
志藤君はしどろもどろになって了承する。多分十五パーセントだという脳の部分が、『泣き落とし』に『落とされ』てしまったんだろう。
「ほんと!?」
「あ、ああ」
またしてもがらりと変わった私の様子に、志藤君は付いていけてないみたいだった。その隙がチャンス。
「解った、じゃあ志藤君のこと秘密ね」
「ああ……」
とんでもないやつに見付けられた、なんて様子の志藤君に、にししししっと私は笑いかける。そーなのだ、私はただ者ではないのだ。黒魔術と毒電波攻撃に関しては一家言あると言っても良い。どっちも得意分野だ。サイボーグに毒電波や黒魔術が効くかは知らないけれど。試したことないし。あ、と志藤君が気付いたように見覚えのある鞄を取り出す。
「これ。落としていっただろう?」
「あ、私の鞄。ありがと」
手にした途端思い出すのは大男の腕が引き千切られる映像だ。たまにこういうことがある。サイコメトリめいた、記憶の反芻と言うか。
こんな普通の高校生にしか見えない人があんなことを。サイボーグだとは信じられないことだけれど、でもあの光景を見てしまったからには信じざるを得ないんだろう。ちょっと考え込むと、志藤君はこっちに背中を向けていた。
「夜遅くに悪かった」
「う、うん。それじゃまた明日……」
「ああ」
入って来た時と同じように、今度は飛び降りていく。その窓から下を見ると、志藤君がすごい速さで走っていくのが見えた。
「機動……彼士?」
ぼそっと呟く。本棚にはトリコロールカラーの白いロボットのホロプラモデルが飾られてあった。
校舎の裏に戻ってくる志藤君。
「おーお帰り。守備はどうだった?」
「ああ、問題ない……」
「そ? もしかして犯っちゃった? 鞄からして女の子でしょ、相手」
ぶっふぅ。
休憩がてらコーヒーを飲んでいた機動課の男が吹いた。
「博士~俺達一応警察官なんですから……」
「そ? それをネタに口封じ出来ると思ったんだけどなあ」
「ほんっと緩いな、うちの課は」
「緩すぎるぐらいにな」
それから機動課の十二人はトレーラーに乗り去っていく。後には何も残らなかった。御笠博士と志藤君を残して。
「シドーちゃん学校に入ったはいいけれど保護者とかどーするよ。よかったらうち来る? この近くだからさ」
「いいのか?」
「良いよー上には適当に言っとくって。うちならラボもあるしね」
「……ただ家事をさせようとしているわけじゃないだろうな」
言うと御笠博士はタイヤに乗り、メガネをキランとさせて。
「来るなら来い、嫌なら帰れ」
昔のアニメのセリフを言った。
おとなしく帰ろうとする志藤君に取りすがる御笠博士。
「ごめんごめん、マジで家事が大変なんだ……」
四月二日火曜日 某高校二年一組教室
「はぁ~」
「おう、どしたい朝からため息ついちゃって」
「彼氏が新しい女作った……」
よくある話だ。高二ともなると男女交際は結構盛んである。そういう多感な時期なんだろうと、私は適当に納得――しながら、にんまりとしていた。
「おめでとうございます。バツイチ?」
「二……」
「つはっ辛いなそれは。三人目行く?」
「行く……」
そういった話に私は今までは入れなかった。単純に男女交際の経験がなかったのだ。昨日まで。
「目には目をハニワ
「うん、そうだ、負けずに次を引っこ抜け」
「あっれー? 初めてじゃん、この手の話に悌子が入って来たの。まさかもしかして?」
男子に興味がないわけじゃなかった。ただ理想が高かった。ビームにロケットとか。それに世の中の男子は発情したオスでやったら満足して終わるんだとも思ってた。でも『アイツ』は違った。そういう雰囲気がまるでなかった。そして私は窓の方の席を見る。『アイツ』が座っているのが見える。
「何? まさか志藤君?」
「初日に告ったの? とうとう理想の男出現?」
ひやかしがどこか気持ちよく感じてしまったのは、まだ昨日の動悸が胸に残っているからだろう。
あっと言う間に昼休み。
気付くともう志藤君は席にいなかった。なんとなく勘で屋上に向かうと、貯水タンクに寄りかかって、人気のないそこに彼はいた。
もともと屋上は使われることがない。志藤君は人目を避けるためにここに来たのだろうか。ボーっとしていたところにちょっと大きなお弁当箱を持って見上げると、その目が動いて私を認識する。きょとん、とした顔に私は声を掛けた。
「志藤君ゴハン食べないのー?」
貯水タンクをよじ登るのにお弁当箱はちょっと邪魔だった。と、ある程度上ったところで手が滑ると、その手をがっしり掴んでくれる。ほ、っとしてそのまま数段駆けあがると、ふぁ、と志藤君はあくびをする。
「食物を摂る能力はあるが、基本的には充電で十分だ。日当たりの良い場所にいるだけでも間に合うなぐらいだな、通常時は」
「充電? ケータイみたいだねえ、味気ないよぉ……食べられるんだったら食べちゃえば良いのに」
「それにしてもお前のはすごい量だな」
「うん、志藤君と食べようと思ってね……」
苦笑いして見せると志藤君はちょっと驚いた顔を見せて、私が広げた重箱型のお弁当を受け取ってくれる。にへ、と笑うと。悪い気でもないのかちょっとそっぽを向いて卵焼きを食べてくれた。
ジャリっ
「……卵焼き、殻入ってるぞ」
「……割るの失敗しちゃった?」
てへっと誤魔化して、笑った。
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