機動彼士シドー君 第一部

ぜろ

第一話 奈落

(殺される……)

(殺される)

(殺される!)


 これは今からそう遠くない未来の話だ。科学の進歩は生活な様々な進化を促した。それは医学だったり、宇宙開発だったりの良い面もあるけれど、両面性があるのが進歩と言うもので。

「そっちに行ったぞ!」

「くそ、なんて速さだ……ペグか!? あの足!」

 ペグは義体の事を言う。この時代ではそんなに珍しくないものだ。まあ、それで悪いことをすると一発でばれるからそうそう使われるものじゃないし――そいつが付けていたのもペグではなかった。

『任務終了、コレヨリ帰――』

 ぐしゃんっ、と音がする。犯人が丁字路の主道を走り抜けようとした瞬間、副道から何かが出て来て犯人をぶっとばした音だ。犯『人』ではないけれど。

「後始末終了、これより帰投する……」

 無感情な声がすうっと闇に溶けて、後から追いついてきた警察がぽかんと崩れた『それ』を見下ろしていた。

 アンドロイド。最近多発している宝石強盗事件によく使われている機種だった。

「こいつ……アンドロイドだったのか。だからあんな走りを」

「しかし誰がこんな。顔面一撃でぶっ飛ばしてるぞ、これ」

「最近多いんだよな、アンドロイド犯行。四回目だっけ?」

「まあ、こりゃ人間業じゃないわなあ……ペグかアンドロイドの仕業だろ」


 そしてその深夜の宝石強盗事件は、翌日の新聞に載ることになる。その隅に、最年少刑事誕生の記事を載せて。


四月一日月曜日 某高校二年一組教室


「ねーねー新聞見たあ? 宝石強盗の一人がアンドロイドだったんだって」

「見た見た。でも誰かがやっつけて宝石は無事だったんでしょ?」

「そーそー、誰がやっつけたんだろう……きっと『正義と愛のアンドロイド』って奴よ」

「あんた漫画の読みすぎ……」

悌子のりこはどう思う?」

 すぅ……すぅ……。

「新学期早々朝一から寝んなあ!」

「ほが!?」

 言われて目を覚ましたのは私だ。桂橋悌子かつらばし・のりこ。それが私の名前。

「えっと、今朝のごはんはフレンチトーストだよ」

「ごはんじゃねーし聞いてもいないよ……ほら例の宝石強盗事件。やっつけたのは何者なのかって話」

「あー私の推理では政府が極秘に開発していた対アンドロイド犯罪用の」

「ごめんあんたら漫研だったね」

 漫研の何が悪い。未完の名作の多さに泣いて何が悪い。火の鳥。サイボーグ009。超人ロック。泣いて何が悪い。

「はーい着席ィ!」

 元気な声が響いて私は今度こそちゃんと目を覚ます。教卓についてペンタブで黒板に自分の名前を書くのは今年の担任――今年も担任の、藤本美咲先生だった。身体は高二の私たちと比べても小柄で、眼鏡がチャームポイント。男子にも女子にもそこそこ人気のある先生だった。そして漫研顧問でもある。研究会と言っても部になるだけの人は集まっているのだ。やっぱ良いよね漫画は、うんうん。

「今日からてめぇらの担任になる藤本だ、文句あるこらぁ!」

 啖呵を切った後で、

「いやー今年もこのクラス受け持つことになっちゃったよ、たはは」

 と頭を掻いて見せる。この二面性が良いのだと、その筋の人は言う。どの筋かは黙秘するけれど漫研部員だ。

 ひゅーっと囃されている美咲ちゃん――私たちはこう呼ぶ事が多い――が、そうだ、と顔を上げる。教卓に上ってもその姿は小さいから、ちょっと背伸びして欲しいぐらいなのは秘密だ。二十四歳教師三年目、その視線はまだ私達と近い。

「新学期早々だからなんだけど、実はこのクラスに転校生が来ました」

「マジ!? 女の子!?」

「残念ですが男の子です」

 凹む男子と華やぐ女子。この年だもの、異性に興味はあってしかるべきなんだろう。私はその意味ではちょっとアウトローかもしれない。だって足からロケット出したりマシンガンの弾掴めるような男なんていないもん。現実には。と言うとこっちに帰って来なさいと言われるのがオチだから言わないけれど。

「大概転校生って秘密持ちだよね……」

 同じ漫研の女子に耳打ちされて、ちょっと期待で胸が高鳴る。それ以外の友達は、あっそ、とそっけない様子だ。ひどいなー乙女の夢を砕く態度。乙女と言うのかオタクと言うのか。

志藤しどう君です!」

 美咲ちゃんが言うと同時に自動ドアになっている教室の前方引き戸が開き、『彼』は入ってくる。

志藤信二しどう・しんじです、よろしく……」

 恥ずかしいのかそっぽを向いている。でもなんだかちょっと冷たい感じだな、と思った。声にも温度がないと言うか。でもそう感じたのは私だけらしくて、さっきまで冷めてた周りの女子はきゃあっと歓声を上げた。

「ちょっとクール系でよくない?」

「まじでー。ちょっと好みかも」

「頭良さそうだな、宿題見てくれっかも」

 意外とクラスでは人気があるようだった。

(なんか……変なの)


 放課後の漫研部室(部室がある程度には活動してるのよっ)


「ね、志藤君何部に入るかなあ?」

「少なくともここには来ないでしょ」

 ちょっとは現実の見えている友達との会話も上の空。

「むっ、くせ者の部外者がいるぞっ」

「って言うか悌子、あんたどーしたの朝からぼっとして」

「へ?」

 上の空に気付かれていたのにぎょっとして、私は肩を竦める。肩のあたりまでの髪がさらっと揺れた。電波塔もといアホ毛も。

「ははーんさては志藤君の事だな? 惚れたか? うりうり」

「うりうり」

 両サイドから肘で突かれてちょっと狭いし痛い。違うよ、なんて言うけれど、本当は当たりだった。そうただ――変わった奴だと思っただけで。なんていうか独特のオーラがあるのだ。私のこの勘は良く当たるから、ちょっとそれが怖いだけ。本当に変な奴だったら避けなきゃな。楽して暮らそう一度きりの人生だ。私のモットーは。

 と、そこでドアが開いてピピッとセンサー音がする。教師はどこの教室にでも入れるようにセンサーを持たされているのだ。案の定開けたのは美咲ちゃんだった。今日は職員会議でほとんど出られないと言っていた。

「あれえ? まだ残ってたの、あんた達。もう遅いからさっさと帰りなさい」

「もうそんな時間? だったわ……じゃあ帰りますか」

「うん……」

 この時ぼんやりしていた私は、相当に間抜けだった。

 昨日の宝石泥棒がまだ町にいるとは思わない程度に、間抜けだった。

 そして『彼』――志藤信二のことを考えている、程度には。


 それは学校から出て少しした所だった。

「あっ」

 まるっと鞄を部室に忘れていることに気付いたのは。

 鍵とか入ってるからさっさと取ってこなきゃ、と小走りになって部室に急ぐ。幸いまだロックされていなかった自動ドアが開いて、私は自分の鞄を見つけた。危ない危ない、こんな漫画みたいなボケをやらかすなんて。幸い探られた様子はないみたいだからとっとと帰ろう。今日の夕ご飯は何かな、シチューが食べたいなあ……と考えると大概私の勘は当たるので、それが楽しみだった。さっさと玄関を出た瞬間――


が ぎん


 校舎の裏から鈍い音がした。悩んだのは二、三秒。踵を返して私は向かってみることにした。こっそり覗き込むと――大男と学生服姿の少年がいた。学生服は結構珍しい方だ、今の時代は個性の尊重とかで一日中サッカーのユニフォームや野球部の服で過ごす生徒も少なくない。私もセーラー服だけど、これは単に横着しているだけだ。朝から服選びなんて面倒くさい。そしてそう言えばあの転校生も学生服だったと気づくのは、もっと遅かった。

 学生服は、アイツだった。

「キサマイツモジャマダ、イツモジャマヲスル、ハカセノメイレイ、オマエコロス」

 大男の方は影になって良く見えないけれど、アンドロイドのようだった。

「その博士がボスと言うわけか。どこにいる?」

 アイツは淡々と問う。

「オマエニオシエルワケガナイダロウ」

「それもそうだな。お前からメモリーを出して調べるか」

「デキルカナ」

 大男は言い終えると同時に太く長い腕を振り上げた。するとそこから無数の棘が生えて来る。

 ――絞め殺すつもりだ。

 危ないと言いかけた声が喉に貼り付く。声が出ない、恐怖で。だってあの大男にばれたら、弱い方から始末していくのは自然だろう。少なくとも私はアイツより小柄だし、何の武器もない。さっきの金属音がアイツと何かやり合った音だとしたら、アイツも何か武器を持っているってことだろう。私はノーガード、ノーアーム。でもこのままじゃアイツが。志藤信二が。

 大男の腕がブンっと振られ、私は思わず目を閉じた。

(あれは死んだ、警察呼ばないと)

 頭のどこか冷静な部分で思いながら目を開けると、大男の足元には何か転がっていた。でもそれはアイツじゃない。アイツは変わらずそこに立っている。何かは二つに分かれていた。私は大男の陰の濃い身体を見やる。そこに太い丸太のような腕はなかった。

 何かは、大男の両腕だった。

(嘘っ)

 真っ赤なオイルが血のように噴き出していた。アイツは、志藤君は、両腕を引き千切った時に浴びたのだろう返り血に頬を汚していた。

(でもどうして? どうやって? どうなって?)

 疑問は尽きない、その中で志藤君は、大男の顔面に拳を突っ込んでいた。普通なら手の方が駄目になるだろう鉄の顔がめりめりと言って、チップを取り出したらしい志藤君の手が出て来る。メモリーチップのようだった。

「これがあれば博士とやらの居場所も解るな」

 そのどこか冷たい声は、教卓であいさつした時と何のトーンも変わらない。

「グギギ、キサママママママ」

 言語プログラムはいかれたようだったけれど、大男は口に光るエネルギーをためているようだった。ビーム!? テレビでしか見たことのない破壊光線!? ちょっとわくわくしてしまったのは内緒だけど、それが放たれることはなかった。

 志藤君は大男の首を掴んで、片手一本で持ち上げたからだ。

「バカナ……」

 こっちのセリフでもあった。アンドロイドってフレームとかですごく重いはずなのに、片腕一本。そんな人間って?

 人間じゃ、なくない?

「じゃあな……」

 志藤君の手から高圧電流が流れて、校舎裏が昼のように一瞬真っ白になった。

 ドサッ、と倒れる大男に、ふっと彼が振り向いたのは、笑う私の膝の音が聞こえたからかもしれない。否定できない。彼は人間じゃない、何かだ。

「! 桂橋、さん……?」

 私は蹴散らされた時代劇の小悪党のように逃げ出した。

「……鞄忘れてるぞ……」

 その呟きも聞こえないまま、がむしゃらに足を動かして私は家に向かっていた。

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