第52話 まるでもっと奪いたいと訴えているかのようだ
「いやー、コージ、六さん、流華、傑作だったな、水谷皇樹と河波琉璃の泣き顔」
「まったくでありやすね、真壁兄貴」
「おいどんも同感っす。まっこと無様でありもうした」
「あの様子だと、いくら元英雄とはいえもう立ち直れないわね。これも、あたしが密かに潜入してたおかげだからね、真壁庸人っ」
「はいはい」
「ちょっとー! その言い方はないでしょー、真壁庸人!」
「だったら流華、フルネーム呼びもいい加減やめろって……」
唯一残念なのは、あの場に白崎丈瑠がいなかったことだが、おそらくテレビで英雄仲間の惨劇を確認してるだろうし、今はそれを想像するだけで満足するとしよう。
失態続きで、最早やつも英雄の座から陥落したも同然だしな。それに、あとのお楽しみにもなるからモチベーションを保てる。
俺たちは駄弁りながらいつもの駄菓子屋の二階まで戻ってきた。理沙が主役で、気を失っている彼女を囲むように俺たちが立つというなんとも奇妙な光景だが、これもみんなで彼女を守るためだ。目立った外傷もないし、いずれ近いうちに目を覚ますだろう。
「――ぅ……」
「おっ、理沙……?」
「くー、くー……」
「……」
早速理沙が目覚めたのかと思ったが、そうじゃなくて呻いただけだった。でも人質にされてた割りに安らかな顔をしてるし問題なさそうだな。時折照れたような笑みを覗かせてて、どんな夢を見てるのか気になるところだ。
「真壁さん……そんなことしたら、ダメですよ……?」
「うっ……」
何を言い出すかと思えば……理沙の思わぬ一声で、俺に冷水のような視線が浴びせられた。主に流華のいる方向から。
「うんうん、理沙ちゃん、よかった、よかったよ。必ず真壁君に責任を取らせて結婚させるからね……」
「……お、俺は何もしてな――」
「――だまらっしゃい! 仕込んだからには、男は黙って覚悟を決めるもんだよ!」
「年貢の納め時でやんすね、兄貴?」
「真壁どん、そろそろ覚悟ば決めるべきっす」
「お、おいおい、コージと六さんまで……」
「あたしを散々弄んだくせに……! 真壁庸人のバカッ! 浮気者っ!」
「ちょっ……」
流華が颯爽と窓から飛び出していったことでなんともいえない修羅場が作り出されてしまった。あいつ、しかも俺にだけわかるようにあっかんべーしていったんだが……。
「ま……か……べ君……」
「う、うわああぁぁっ!」
すぐ背後に箒を振り上げた鬼婆が立っていて、俺は全力でその場から逃げるしかなかった。結局こうなる運命なのか……。
「――ふう。もういいかな……」
防魔術の《加速》に加え、抜群の身体能力のおかげであっという間にアーケード街を駆け抜け、しつこく追ってきた鬼婆も撒くことに成功した。
ちょっとそこら辺散歩してから戻るかな。その頃には鬼婆の頭も冷えてるだろうし――ん、あれは……。
なんか人だかりができていて、彼らが指差す方向には高層ビルに映し出された大画面があり、そこには中指を立てながら不敵に笑う美形の男がアップで映し出されていた。
あいつは確か、遺跡管理委員会の会長の息子で、次期会長とも目される
「宵山陽炎死ね!」
「宵山陽炎殺す!」
「宵山陽炎くたばれ!」
見てるやつらはみんな殺気立ってるな。一部じゃ黄色い声も上がってるが、大体は不穏な空気といってよかった。
「……」
しかし妙だな。あの男を見てると誰かの面影が重なる。誰だっけ? その上、手袋自体が熱を持ったかのようにそこだけ異常に熱くなるのを感じた。まるでもっと奪いたいと訴えているかのようだ。
そういえば、コージや六さんによれば英雄たちには遺跡管理委員会が背後についてるらしいし、いずれはやり合うことになるのかもしれない。
コージの息子の仇の可能性がある般木道真、それに英雄の白崎丈瑠、遺跡管理委員会……敵が強大すぎて今後がどうなるかまったくわからないが、誰が来ようと逆に奪ってやるだけだ。今の俺にはそれだけの力があるし、心強い仲間たちもいる。
そこでふと、脳裏に理沙の笑顔が浮かんだ。あいつが本来の記憶を取り戻し、インヴィジブルデビルになってしまう可能性だけは考えたくないが、そのときは……同じように奪うだけだ、この手で……。
やつはとんでもないものを盗んでいきました。それは相手の一番大事なものです。 名無し @nanasi774
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