第16話 努力なんかしなくてもすぐできるようになるのが才能


 さあ次は剣術を盗みに行くか。


 体術は防御と攻撃の両方を兼ね備えている上、身体的な向上にも影響するが剣術の爆発力には及ばない。


「――……?」


 まただ。あの突き刺さるような視線を感じて振り返ったが誰もいなかった。もしかしたら本当に刺客でもいるのかもしれないな。元イケメンの不良か、それともブサイク師範の関係者か。あるいはこの手袋を狙っているやつか……。


 なあに、俺には究極の体術浮雲もあるんだ。そこまで警戒する必要もないだろう。容易に奪えると思ったら大間違いだ。勝手についてくればいい。襲ってきたら逆にお宝を奪ってやる。


 しばらく歩くと剣術の道場が見えてきた。外観はこじんまりとしてるがすぐにそれとわかる屋敷風の造りだ。


 中に入るとやはり嫌なものが目に入ってきた。白崎同様に水谷の写真が誇らしげに飾られてある。ここでも看板扱いらしい。英雄だから当然なんだが俺としては不快感ばかりで、それに加えて違和感もあった。


 確かにあいつらはそこそこ強かったが、英雄になれるほどだったのかは疑問なんだ。嫉妬とかじゃない。この5年で一体何があったのか……。俺にはどうしても、あいつらの背後に何か強大なものがいるようにしか思えなかった。敵は強いはず。だからこそ俺はもっと貪欲にいかないと。食わず嫌いせずになんでも盗んでいかねば。


「おお……君が新入りの子かね」


 白髪頭の男が出迎えてきた。小柄な老人だが、すぐに達人だとわかる。物腰が穏やかなのに隙がまったく見られないんだ。


「はい、真壁といいます」


「そうか、わしがここの師範だ」


「よろしくお願いします」


「うむ。よろしく」


 笑顔で握手を交わしたが、もちろん最初は様子見で左手だ。周囲にいる門下生たちも一様に歓迎ムードだった。なんか、みんないい人っぽいな。これじゃ盗みにくい。あの顔も性格もブサイクな体術師範のようなやつなら躊躇しないんだが……。ただ、これで退くつもりはない。盗む価値があるなら盗むだけの話。恨むなら水谷を恨んでくれ。


「まずは体験からお願いします」


「うむ。でも君ならわしの道場でやっていけると確信しとるぞ。体格もさることながら、まず目が違う。ギラギラしとる。あの水谷皇樹君以来だ」


「は、はあ……。光栄です」


 笑顔が引き攣りそうになった。急に汚物の名前を出すから。


 道場内に熱気が籠もり始めるが、尋常じゃない空気だ。おいおい……練習から真剣を使うのか。そのせいか誰もが緊張した面持ちになっている。


「手を抜けば死ぬ! 練習からそれを意識せい!」


 師範の怒号が重く響いてきた。一歩間違えれば死ぬから門下生たちも必死になるだろう。


「そこ、剣で斬るな、体で斬れ! 躊躇せずに踏み込むのだ!」


 片腕だけのやつとかも普通にいる。なんていうか、壮絶だな。みんな手を抜いてない。これじゃ練習でも普通に死人が出るはず。確かに色々鍛えられそうだ。でもこんなところでちょっとしたミスで命を捨てるなんてことになったら馬鹿らしい。この手袋を使えばいいだけのこと。


 師範と門下生の打ち合いに目が向かう。師範だけは真剣じゃなかったんだが、相手をしている門下生の目は尋常じゃなかった。汗ダラダラで目が逝ってしまってる。


「さあ、遠慮なく斬り込め。さもなくばお前が大怪我するぞ」


「――やああああああっ!」


 自分の目を疑ってしまう光景だった。門下生が斬り込んでいったと思ったら倒れていた。師範は何もしてないようにすら見えた。


「あれこそ《枯葉》……。美しい」


 そんな感嘆の声が門下生から漏れる。


「あの、海田先輩、すみません、ちょっといいですか」


 道着の名札に海田と記してある男に思い切って聞いていることにした。額に切り傷があるいかにも強そうな男だ。


「お、新参か。どうした?」


「《枯葉》って、どんな剣術なんですか?」


「あの水谷先輩でさえ習得できなかった究極の剣術だよ」


「な、なるほど……」


「師範は何もしてないように見えるけどね……ああ見えて色々やってるんだ」


「え?」


 何もしてなかったように見えたが……。


「相手と接近したタイミングで膝を上下させると同時に手首を素早く何度も返すんだ。それによってまるで刀が硬度を持たない枯葉のような動きをする。だから見えない。強靭な足腰とリストがないとできないけど、それ以上に相手との間合いを読む経験と器用さが求められる」


「へえ……」


 それだけ凄い剣術なら師範の一番大事なお宝であってもおかしくはないな。よし、盗ませてもらおう。


「欲しいですね」


「ははっ。そりゃ僕も欲しいさ。でも、あれだけは何年かかっても厳しいよ。君に才能がいくらあったとしてもね」


「……」


 努力なんかしなくてもすぐできるようになるのが才能っていうものなんだよ。


「ちょっといいですか!」


 この言葉を発したのは俺じゃなかった。なんだ? 女の子がいるのか。ポニーテールで気が強そうな子だ。さっきまではいなかったようだが……。


「おお、よく来た!」


 師範が喜んで出迎えてる。なんだ、娘か? なんか師範に耳打ちしてるな。何故か二人ともこっちを見てる。


「真壁君! 来なさい!」


「え……」


「うちの一番弟子の廻神流華えがみるかだ。君を鍛えたいと言ってる」


「な、なんで俺が……」


「君を気に入ってるそうだよ。憎いな!」


「は、はあ……」


 今はマスクしてるが、どこかで顔を見られたんだろうか。面倒くさいな……。この子、あんまり強そうには見えないが一番弟子なら強いんだろう。適当に相手して終わらせるか。


「当然攻魔術は禁止だが、それ以外は使っていい。存分に力を発揮してみなさい」


「……わかりました」


 攻魔術を使うなっていうのは、こういうところだと暗黙のルールだからな。俺はまだ覚えてないから使いたくても使えないが。


 正直、俺としてはそこまでやる気はないんだが、周りは盛り上がってる様子だし仕方ない。


 とはいえ、いきなりは酷ということで真剣ではなかった。師範が離れ、俺は中央で少女と向かい合ったわけだが笑顔で会釈された。俺がイケメンだからって、いきなり愛の告白でもする気か?


……」


「……え……?」


 ど、どういうことだ……?

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