第5話 ずっと逃げ続けていたような気がする
「才能って……あんたは自殺しようとしてたこの惨めな姿を見てもそう思うのか?」
「そうだけど?」
「……冗談はやめてくれ。俺にそんな才能があったら、ホームレスにならずにとっくに芽が出てるさ」
「それでも結果的にこうして私と会った。その時点で才能だと思うわ」
「運も実力の内ってか……? あんた神様かなんか?」
「違うけど、近いかもしれないわね。あなたにとっては……」
「……う……?」
妙だ。今、心臓を握られるかのような感覚がした。この女、絶対ただものじゃない……。幾重にも裏がありそうなそんな怪しい女だ。
「そんなに緊張しないで。私ね、あなたの家族と知り合いなのよ」
「え……」
「話が長くなるから簡略化するけど……あなたの父がかつてダンジョンで手に入れたアイテムはそりゃもう凄いものでね。S級アイテムよ」
「え、えすきゅう……?」
S級アイテムって……う、嘘だろ……。不老不死の薬クラスのものじゃないか、それって……。というか、初めからそんなものは存在するはずもなく、伝説上のアイテムとばかり思っていた。
なんせ、S級アイテムはダンジョンの300階層以降のボスが極稀にドロップするものらしく、一般的な探求者からしたら100年に一度ゲットできるかどうかのレベルみたいだしな……。
「災厄の元だからってあなたの父から預かってる。ここまで言えばわかるかしら」
「まさか、それを俺に……?」
「もちろんよ」
「何故、このタイミングで……」
まさかそんな凄いものを持っていたなんて思わなかった。どうして早く言ってくれなかったんだよ。
「最後の手段だったのよ」
「最後の手段?」
「ええ。こんなアイテムをできれば使ってほしくないと言ってたわ。平穏な人生を歩んでほしいって。でも、もし路頭に迷うようであれば息子に渡してほしいって頼まれてたの」
「……」
そういえば、俺がホームレスになったのはつい最近、一月ほど前のことだ。ってことは、監視されていたのか……。
「あなたさえ死ねばこれは私のものになったのに……残念ね」
「……」
「あはは、冗談よ、冗談」
「悪いが俺、冗談は嫌いなんだ」
本当に欲しいならわざわざ持ってくる必要もないし冗談なのはわかるが、どうしても冗談と聞くと水谷のやつを思い出して胸糞悪い。
「そんな顔してるわ。冗談が通じそうにない、生真面目そうな雰囲気だもの。好きよ、純粋な子は」
「……」
「だから睨まないでよ。今のは冗談じゃないのよ。例のものを渡すわね。これ……」
女が渡してきたのはボロボロの手袋だった。こ、これがS級アイテムだと……? いかにもゴミ箱に捨ててありそうなガラクタに見えるが……。
「その手袋の効果、教えてあげるわね」
「う……?」
顔を近付けてきた女の息吹が耳朶に当たる。
「対象にとって最も大切なお宝を盗むことができるのよ」
「え……?」
最も大切なお宝……?
「そうよ。しかも、物だけに限らないわ。現時点で一番のお宝なら、お金、恋人、命、能力、名誉、美貌、若さ……あらゆるものがノーリスクで手に入るわ。その手袋をつけて相手に触れるだけで……」
「ば、バカな……」
そんな都合のいいことなんて……。
「ふふふ……疑うならここで試せばいいじゃない? まず私から奪ってみる?」
「い、いや、それは……」
「あらあら。怯んじゃった? まあそう言うと思ってたわ」
この女の一番大事なお宝ってなんだろう。気になるけど……さすがに怖い。というか、盗むなんてそんな大それたこと……。
「俺、盗みとかはちょっと……」
「あら。どうして? これで人生逆転できるかもしれないのよ?」
「なんか……卑怯だ……」
「プッ……卑怯? 何が?」
失笑されてしまった。俺がずれてるのか、それともこの女がずれてるのか……。
「だって……こんなの泥棒と一緒だろ……。俺、ズルは嫌いだから……」
「なるほど、盗むのが嫌なのね。でもちょっと考えてみて」
「え?」
「あなたは誰かに大切なものを盗まれたことがないの?」
「……」
「あなたは電車に飛び込もうとしていた。それは何かを盗られたからじゃないのかなあ?」
「――っ!」
電撃が走るとはこのことか。少しの間、頭が真っ白になった感覚があった。
「きっと色々と辛い思いをしてきたんでしょ。あなたが味わうはずだった幸福を誰かに盗られちゃったんじゃないの? 結局、人生なんて椅子取りゲームなのよ」
「……ち、違う。俺は逃げたんだ。確かにあいつらも悪いけど、俺も悪い……」
「何か悪いことしたの?」
「逃げた、から……」
「逃げることは悪いことなの? あなたは辛いから逃げたんでしょ。その辛さの原因はどこにあるの? 誰があなたをそこまで傷つけたの……?」
「……」
反論できなかった。そうだ、俺は盗まれたに等しいんだ。やつらに、人生を……。熱いものがこみあげてくるのがわかる。これほど心を衝き動かされたのは何年振りだろう。
今思えば……あの日から俺はずっと逃げ続けていたような気がする。あれ以上傷つきたくないからとずっと心を奥のほうに閉じ込めてきた。戦うことから目を背けてきた卑怯な自分が盗むことにはためらうなんて都合がよすぎるかもしれない。
落ちるところまで落ちたんだ。汚れた体にこの手袋はよく馴染むような気がする。毒を食らわば皿までっていうしな。卑劣な人間らしく、貪欲に生きてやろうじゃないか。
「覚えがあるはずよ。悔しいならそれで奪い返しなさい。あなたの得るはずだった一番大切な宝物を……」
一番大切な宝物……。お、俺は、俺は……。
「――あ……」
いつの間にか、女はいなくなっていた。まるで夢のようだと思ったが、あのボロボロの手袋は確かに俺の手元に残っていた。まだ、温かい……。
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