『やせがまん』

 ある丘の上に一軒の家が建っていた。杉森君はそこの住人であった。その丘からは古代遺跡が見えた。トイレの便器を積み上げて築かれたその遺跡は約500年前に建造されたということを杉森君は丘のふもとに住む谷崎さんに聞いていた。谷崎さんはその古代遺跡の博士だった。谷崎さんが言うに、それらのトイレは当時、腰掛けるというスタイルで使用されていた。現在はそれに比べたら小型で、手に持って使用する。直接装着し吸い取ることで用を足すことができるのだ。一人一個持っていて自由にデザインを変えることができる。杉森君は緑色が好きなので彼が持つトイレは緑色をしていた。谷崎さんが何色を使っているかは全く興味がなかったので知らない。


 最初、それらがトイレであったことを知らなかった。なぜか杉森君は心惹かれたのだ。小さい頃、家族でピクニックに行くたびに、その丘の頂上から古代遺跡を眺めていた。いつかここに自分の家を建てるぞ。杉森君が決意したのは8歳の夏だった。それから7年が過ぎ、杉森君は念願の一軒家をその丘の頂上に建てた。もちろんすべて手作りだ。誰かに頼ることをものすごく嫌っていた杉森君はすべて一人でやろうと思っていたからだ。そんな杉森君だから10歳でもう独立していた。彼は親にもなるべく頼りたくなかった。だから彼は必死に栗拾いをした。しかし勉強も怠らなかった。勉強をしつつ毎日朝と夜に栗拾いをした。勉強の合間に彼は窓から丘を眺めた。栗拾いはお金になった。杉森君一生食いっぱぐれることはないだろうなと思った。


 なぜ栗がそんなにお金になるかというと、森の民たちが大変好んだからだ。森の民は世間から神のように崇められていた。杉森君は栗を拾ってリュックサックをパンパンにして森の民に会いに行く。すると森の民は札束をくれるのだ。その札束は森の民にとってはただの紙切れであり、便をした後におしりを拭く用の紙でしかなかった。森の民は小型のトイレを嫌っていた。なので札束を使うわけだが、杉森君はもったいないと前々から思っていた。だからある日交渉しに行ったのだ。栗と札束を交換してくれないだろうかと。森の民はあっさり承諾してくれた。杉森君は彼らの今後のトイレが心配になったが、森の民はそれを察して、一言、「それはなんとかする」と温かく言ってくれたのだった。


 夜になると、杉森君は屋根の上にあがる。彼はそこで熱いコーヒーを片手にブランケットにくるまりながら古代遺跡を観察する。午前2時を回るころ、それは突然始まる。所せましと並べられたり積み上げられたりしている便器。そこに何の前触れもなく人影が現れる。初めてそれを見たとき、杉森君はもちろん驚いた。しかしそれ以上にあまりにも幻想的で美しいものだから見入ってしまっていた。その人影は生きてはいないということはすぐに分かった。彼らは白く淡く光っているようで、彼らを通して向こう側がうっすら見えたのだ。その人影ははじめは3、4人ほどの少人数なのだが、次第に増えていく。まるで、夕方になり家々の明かりが徐々に点いていくかのように増えていく。杉森君は寒さに耐えながらそれらを見る。彼らはどうやら便座に腰掛けているようである。肘を太ももの上に置いて頭を抱えている人がいたり。背筋をぴんと伸ばしている人がいたり。片足を小刻みに揺すっている人がいたり。そのような光景に杉森君は見入る。腕時計を見ると2時58分。もうそろそろなんだと少し悲しくなる。月を見上げる。空には雲一つないから明日は晴れるだろう。溜まった洗濯物を洗濯しないといけない。そんなことを考えながら彼らを見る。すると突然ものすごい水音がする。川の流れとは違う、水がどこかに吸い込まれているようなそんな音が、突然世界を包む。その音が聞こえるといつも朝になっている。9時。目覚ましの音で目が覚める。杉森君はどうやってベッドに戻ってきたか覚えていない。いつもそうだ。


 杉森君はこのことを誰かに言いたかった。家族はきっと馬鹿にするだろうから言いたくない。しかし丘のふもとの谷崎さんなら何か知っているかもしれないと思った。僕は何日も迷っていたのだが、今日、とうとう我慢できず丘のふもとへ降りていった。谷崎さんの家に行く道中、古代遺跡の中を通る。自分の背丈をはるかに超える高さに積まれた白い建造物。谷崎さんは大昔の便器だと言ったが、杉森君にはそれが本当に便器だったとは正直信じ切れていなかった。それはあまりにも美しすぎたのだ。杉森君はその古代遺跡を眺めながら心の中で、今から谷崎さんのところに行きます。ずっと気になっていた夜の光景について聞いてみますと言った瞬間眼鏡が割れた。


 杉森君はなにもなかったかのように口笛を吹きながら家に帰った。


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