不思議な物語の短編集
公大
第1話 「少女の小指」
――指が落ちていた。
コンビニの前に。
そこにあるべくして――いや、当然にあるかのようにポンと置いてあった。
落ちてるはずがないと思ったけれど、たぶん小指だろう。
そんな言葉があるかはわからないけど、小指まるまる一本分。
僕は、しゃがんでそれを拾い上げる。
――ぷにっ。と音が聞こえるほど、柔らかかった。
透き通るほど白いが、細すぎもしない。
先端には桜色をした爪が、ちょこんとついていた。断面部分はつるりとしていて、血がついているわけでもない。
――だれか落したのかもしれない。
そう思って、周りを見渡してみる。
冷凍食品の棚に、レジカゴを持った主婦がいる。
「あの、すみません。小指落してますよ」
女性はこちらに振り返ると、不審者でも見たかのように顔をしかめた。
「違います」
主婦は怒った口調でそういうと、急ぎ足でコンビニを出て行ってしまった。
当然の反応だ――。
そりゃ僕だってこんなことはしたくない。だけど、ないと困るだろうし、拾ってしまったからには仕方がない。
手の中の小指を見る。
その小さな落し物は、僕を試すかのようにせせら笑っていた。
店員さんに届けようか。いや、でも拾ったのはコンビニの前で厳密にはお店ではない。
ならば、交番か?
でも、またあの主婦のように怪訝な顔をされるのがオチだろう。下手したら、事件性があるなんていって、取調べになってしまうかもしれないな。
そんなことを考えていたら、目の前に少女が立っていた。
「ねぇ。その指、あたしの」
まっすぐな瞳で、僕の手の中の指をみている。
「あ――。君のだったんだ。落してたよ」
「捨てたの」
こともなげに、少女はさらりと言った。
「こんなにきれいなのに?」
そういうことじゃないと思ったが、思わず口に出る。
「だって、いらないもの。」
いらないとはどういう意味だろう。文字を書くときだって支えてるし、スマホを持つときだって小指は使う。
どの指だって、なければ不便だ。
「小指って運命の赤い糸が繋がってるっていうじゃない?あたし、そういうの切りたいの。運命とか、人とのつながりとか全部」
「だから、小指を捨てたの?」
少女はこくりとうなずく。
「親も、先生も、友達も全部いらない」
「君が決めたことなのだから、きっとそうなんだろうね」
僕もうなずく。
「そういうことだから。その小指、欲しければあげるわ」
少女は、くるりと背を向けると、立ち去った。
その姿が、徐々に遠くなる。
指を切るのは、きっとすごく痛かっただろうな。
少女の背中を見ながら、僕は思った。
だってなにかを捨てるとき、そこには痛みを伴うんだから。
でも、その先に、何があるんだろう。
捨ててもこの小指は、少女の小指。
僕の手の中で、小さな落とし物はコロコロと笑った。
不思議な物語の短編集 公大 @koudaisoph
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。不思議な物語の短編集の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます