第9章 Part 9 ヒント

【500.7】


 背後からの声に振り返る。


 そこに立っていたのは、ダルク・サイファーだった。


 その登場は、私達だけでなく、アルマートさえも予期していなかったものらしい。

 自由のきかない体のまま、彼女も驚きの表情を浮かべている。


「サイファーさん……?」


 恐る恐る声をかけてみる。

 何だか得体の知れないモノのような感覚。


「そいつはサイファーじゃありません。

 人間ですらない」


 私の問いに反応したのは、サイファーでなくアルマートだった。

 サイファーさんじゃない?


「おいおい。

 『そいつ』とは失礼だな、アルマート。

 前にも言っただろう?

 俺のことはガージュと呼んでくれ。

 『主』より賜った大切な名だ」


 ガージュ……!?

 じゃあ、サイファーさんも!?


「……いつの時点ですか?

 いつからサイファーさんは、ガージュに吸収されたんです!?」


 私が悩みを打ち明けたとき。

 あの時よりも後ですよね……?


「勘違いしているようですね。

 そいつは最初から人じゃありません。

 ダルク・サイファーという人間は元から存在しないんですよ。

 かつてファラブス魔導師会を5人で立ち上げたときから、コイツは人の皮を被った『ノア』という化け物です」


 最初から……じゃあ、私はガージュに励まされてラザード島へ行ったわけ?


「何を驚いてるんだ?

 俺は別に師匠面した覚えはないぞ。

 愚かで不完全……それが人間だと言っただけだ。

 何よりお前にはラザード島へ行ってヴェーナと戦って貰わなければならなかったからなぁ。

 それがこの負け犬、ユノ・アルマートの描いた筋書きだったんだろ?」


 そう、ガージュは私達がヴェーナと戦うまで、アルマートの計画を支持、もしくは加担していた。


「結局アルマートの計画までこうしてダメにしてしまった……。

 つくづく俺も運がない。

 これでまた当分、下等な自我を垂れ流すクズ共が地上にのさばり続ける。

 こんなヤツらに世界のバランスを任せる『主』の気が知れないよ……」


「しゅ? 何のことですか……?」


「そんなことを言うためにわざわざ来たわけじゃないでしょう?

 ソフィア結晶を奪う気?

 それとも人を滅ぼしに来たんですか?」


「いやいや……。

 そんなことするわけないだろ。

 そうしたいけどなぁ。

 俺は種を蒔くだけ。

 俺がやってしまっては意味がないんだ。


 お前の、そして俺の大きな望み、ワールドダイブが幻に終わったとなりゃ、当分はやることもなくなるというものだよ。

 ……今日は純粋に、お前に嫌みを言いに来ただけだ、アルマート。

 それと助言もな」


「……助言?」


 不審がるアルマート。

 ガージュは続ける。


「アルマート。

 そんなに世界意志が憎いなら、一度直接ぶつけてみればいい」

「直接?

 そんなこと無意味です。

 神域にダイブしても、世界意志は私たち人間個人には興味がない。応えない」


「まぁそうだろう。

 精神世界で、主の意志の海の中で、小魚が一匹跳ねてもな。

 だが逆ならどうだろうなぁ。

 応えざるをえないんじゃないか?

 幸い材料は揃っているしな……」


「材料……?

 ……!!

 逆ってもしかして……!」


 ガージュはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。

 アルマートは更に問いを続けた。


「……何でこんなことを教えるんです?」


「別にこれで何か騙そうなんて考えちゃいないさ。

 俺はお前らに懲りたんだよ。

 もう俺に関わって欲しくないんだ。

 だから、この助言は言わば手切れ金だ。

 せいぜい満足するといい」


 2人は一体何の話をしているの?

 逆って?




「お前達が生きている間に何かすることも無いとは思うが、もう邪魔はするなよ。

 今度こそ、二度と会わないことを祈る」


 そう言い残し、旧王都の時と同じようにガージュは消えた。




「意味わかんないんだけど。

 どゆこと?」

「……俺達も何が何だかわからねえよ。

 それより、今はソフィア結晶の破壊が先だ。

 ガージュだの世界意志だのは、その後でいい」

「そうだね。

 ひとまず戦いは終わった。

 やれることから1つずつやろう」


「待って……。

 ソフィア結晶を壊す前に、頼みたいことがある」


 アルマートの弱々しい声。


「頼みたいこと?」


「ええ。

 ソフィア結晶を破壊する代わりに、別の使い方をしたい」

「別の使い方だあ?

 俺達は一度お前に騙されてる。

 隙を見てワールドダイブを起こす気だろ!?」

「まあ待つんじゃ、ジャック。

 ……ユノ、ワールドダイブは2度と計画しないと誓え。

 そして、お前さんの知っている情報を全て出せ。

 話はそれからじゃろ?」


 そう言ってバルチェは私に視線を移した。


 確かに。

 聞くだけ損はない。


 バルチェに頷き返す。




「……誓います。

 今後一切、ワールドダイブを企みません」


 アルマートは、引き続き水晶で拘束された体勢でありながらも、私に向かって頭を下げた。


「私がダルク・サイファーの本質に気付いたのは、ファラブスの一員としてネットワークシステムを開発している途中のことでした。

 サイファー……いえ、ガージュの側から話しを持ちかけられたんです。

 ワールドダイブに協力してやると。

 ガージュは誰にも話していない私の望みを知っていました。


 そして彼から、ソフィア回収の結果、膨大なエネルギーの塊であるソフィア結晶が完成しつつあることを知らされました。

 それを聞いた時、ワールドダイブ実行のための最後のピースが嵌ったと感じたんです」


「協力っていうのは?

 ガージュは何をしたんです?」


「私はガージュの協力の申し出を断りました。

 だから奴が何をしようとしていたのかは知りません。

 もし受け入れていたら、ワールドダイブの実現にもっと早く漕ぎ着けていたのかも……」


「断った……何故ですか?」

 アーサーが更に問いを投げかける。


「その時ガージュが私に話したのは、ソフィア回収を行っているのがアークという装置だという情報でした。

 奴はシーナよりも詳しくアークについて知っていた。


 おかしいと思ったんです。


 ファラブスに、ネットワークシステムにアークを持ち込んだのはシーナだったから。

 彼女はネステアで『天の光』の元凶であるアークを見つけたと言っていました。


 それで実際にネステアに行って色々と調べてみると、そもそもネステアにアークをもたらしたのがガージュだったと分かりました。

 ガージュが『自然神』を騙り、シーナの父、トーマス神父にアークを与えたんです。


 アークは誰が調べても作動原理を解明できなかった未知のテクノロジー。

 現在の我々の魔法文明では作ることのできない、恐らく第3期生命の失われた科学技術によって生み出された装置。

 だからそれを知って、私はガージュが人間、少なくとも第4期生命ではないと直感しました。


 そんな得体の知れない者の協力を受ける気にならなかったんです」


 それで協力を断ったわけか。


「ノアというのは、一体何なのですか?」

「『ノア』が何を意味するのか、ガージュが何者なのか、それは私にも分かりません。

 『ノア』とは奴が自分を表現するのに使った言葉で、詳しい説明はありませんでした。

 判明しているのは、ガージュが正体不明の化け物で、そして常に人類の滅亡を望んでいるということ。

 そんなガージュにとって私のワールドダイブの計画は持って来いだったんでしょう。


 ……これが私の知ってる全てです」




「なるほど。

 それで、私達に頼みたいことっていうのは、何ですか?」

「ちょっと!!

 ドロシー、あんた正気?

 こんな奴の頼みなんて聞くことないよ!」

「大丈夫。

 まずは話を聞くだけ。

 言うとおりにするかどうかは、それから決める。

 アルマートさん、話してください」


「……。

 世界意志と、対話をしたい……」


「さっき無意味だって……。

 一体、どういうことですか?」


「ガージュは言っていました。

 精神世界は世界意志の領域。

 その中に人がダイブしたところで、広い海で小魚が一匹跳ねるだけだと。

 つまり、存在のスケールがあまりにも違いすぎるということ。

 でも、その逆なら、スケールの差を帳消しにできるかも知れません」


「……逆?」


「世界意志の一部を、物質世界に顕現させる。

 そうすれば、対等に互いの存在を認識し合い、意思疎通が図れるはずです」




「世界意志の顕現じゃと……!?

 そんなこと、可能なのか?」


「可能だということに気付きました。

 ソフィア結晶とワールドダイブの装置、そして……ジャック・フラーレン。

 あなたのフローコントロールの能力があれば」

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