第9章 Part 8 決着
【500.7】
水晶の内側から見る外の景色は美しい。
世界が深い緑色に染まり、輝いている。
氷龍の女がどうやら私の「呼吸穴」を発見したようだけど、狙いが分かれば対処は容易だ。
赤黒い霞が空気の通り道を上ってくる。
この女、相当頭が悪いと見える。
動きがダイレクトすぎて、目論みがすぐに分かる。
彼らはわざわざ私の元まで海を渡ってきた。ということは、彼らなりに作戦を立てて勝算を見込んだ上で来ているはずだ。
だから、この龍女には「呼吸穴を見つけたら潜り込んでドレインを発動しろ」と事前に指示していたのだろう。
血霞の多彩な戦術を脅威と捉えていたが、仲間と作戦を立ててもこれでは私には届かない。
呼吸穴の根元から霞の漂う一帯までを水晶の膜で覆い密封、結晶島の地下へとパージする。
この速度なら、エクスチェンジによる救出も追い付くまい。
このまま圧縮し、地の底で幽閉してやる。
人間体に戻るにしても、龍化するにしても、そのスペースでは狭すぎるはずだ。
ジュエルの中で化石になれ。
さあ、今度は何だ?
龍女はともかく、お前達はもっと賢いはずだ。
私を確実に倒すための策をいくつも考えたのだろう?
地下の探索、ボイド、物理強化、ドレイン……。
私のジュエルの耐久力に勝る物理攻撃力を発揮した時は少し驚いたが、次は何を仕掛けてくる?
結晶島の根元を見ると、氷の「つらら」のようなものがジュエルの表面から埋め込まれている。
……氷のトラップ。
爪で切り裂いたときに挟み込んだのか。
同じように透き通っているとはいえ、私が気付かずにぶつかると考えたのだろうか。
色々試してみるのはいい。
だが、これは無駄だったようだな。
埋まったつららを外に押し出しつつ、ジュエルの防壁をさらに広げる。
操船師ははじめこそ水の刃で闘おうとしていたが、今はほとんど役に立っていないな。
諦めて物理攻撃手の支援に徹したか。
双剣使いがジュエル防壁を削りはじめた。
いいだろう。
私の生産力とお前の破壊力の勝負か。
ジュエル防壁を破壊する双剣使いを水晶剣で妨害しながら、崩れた結晶島の上に作られた球状のジュエル防壁を着実に巨大化させてゆく。
明らかに防壁が成長する速度の方が破壊よりも優っている。
あとは、ドロシーのボイドの警戒か。
ボイドは確かに一撃必殺の脅威だが、時間・空間干渉魔法に対するセンサーで察知できるため、確実に回避できる。
それに、私に対峙している彼ら全員の残りMPも全て数字で表示されている。もちろん私自身の残りMPも。
彼らが魔法を発動するタイミングは、MPの増減を追うことで全て把握できている。
龍女が地下でまだ生きていることも。
ドロシーのMPが連続して減ったな。
残りMP103。
だが、発動したのは時間干渉魔法。
なるほど。
ジュエルへの斬撃を繰り返すことで刃こぼれした双剣の切れ味と、双剣使いの体力を回復しているのか。
消費の大きいイニシャライズを使ったということは、ボイドは諦めたのか?
これ以上新たな策は無いか……。
残念です、バルチェさん。
そろそろ幕引きとしましょう。
まずは双剣使いから……。
パキィーーン……。
……?
何だ?
体が動かない……?
いや、水晶が動かせない。
操作魔法が発動しない?
そんな筈はない。
ソフィアは今も供給され続けている。
現にディスプレイに表示されている私のMPは最大MPに近い値を保っている。
ソフィア結晶からここまでのパイプも切断された形跡はない。
ならば何らかの手段で妨害されている?
操船師のフローコントロールか?
だがこの距離だぞ? 指先に触れているジュエルすらピクリとも動かない。
私の魔法発動のためのウィルがこの距離で妨害されるなんてあり得ない……!
双剣使いがジュエルを斬り進む。
待て……待て待て待て!!
水晶の生成すらできないぞ!
動けない。
防壁が破られる……!
バキンッ……!!
「遂に届きましたね。
ユノ・アルマート」
双剣使いにより私の周辺のジュエルごと斬り出された。
自在に動かせないとなると、周囲に纏っているジュエルなど拘束具のようなものだ。
何故だ?
あの局面で私に何か落ち度があったか?
ドロシーが龍女を救出したようだ。
赤黒い霞が私を襲う。
「クソッ……!」
ドレインにより更に抵抗力を奪われる。
表示されている私のMP残量が減って……減らない?
ずっと650前後の数値のままだ。
ドレインは発動し、私の体からソフィアを抜いているはず。
ということは……!
「気が付きましたか?」
私の前に立ったドロシーが問いかける。
「もしや……視覚偽装?」
「そうです。
あなたの周囲にインジケーターのような自作の表示領域があることはすぐに分かりましたし、元から想定していました。
メリールルの視覚妨害魔法であなたの視覚にごく小さな偽装を施し、実際のMP残量を誤認させたんです」
「実際のMP残量……」
「はい。
微量なソフィアの出入りは体感では気付きません。
だから我々はインジケーターなど、数値での表示に頼っている。
そして、あなたの実際のMP残量はあの時点でほぼ底をついていました。
ジャックのフローコントロールで、ソフィア結晶からのMP供給をせき止めていたんです」
だから体が動かないのか。
ジュエルに拘束されているだけでなく、MP切れの症状で力が入らなくなっている……。
「私達に残された最後のあがきが破壊力と生産力の勝負だと、あなたに思い込ませることが今までの戦闘の狙いです。
あなたがそう思い込み律儀に移動することをやめれば、時間をかけてジュエルの防壁を通過し、フローコントロールや視覚偽装をかけることができますからね」
全て計算ずくか……。
「……認めます。
私の負けですね」
「もういいよ、メリールル。
それ以上は死んでしまう」
「ダメなの?
アタシは殺されかけたけど」
バルチェが前に進み出た。
「ユノよ。
ワールドダイブの夢はここで終わりじゃ。
ソフィア結晶は破壊させて貰うぞ」
「バルチェさん。
貴方だって分かっているでしょ?
このままではいつまで経っても私達は……いえ、この議論は以前何度もしましたね」
「ああ。
そして、平行線じゃった」
「……世界は力を持つ者の意に沿って動かされてゆく。
私自身が吐いた言葉でした。
私は敗者。
主導権は貴方達にあります」
「一度負けるとしおらしいものだな。
ユノ・アルマート」
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