第9章 Part 7 水晶生成魔法

【500.7】


 ギィーーンッ……!!


 アーサーの繰り出した斬撃が、宙に浮いた水晶の盾に弾かれた。


 金属を易々と両断するアーサーの双剣を止めた……!

 あの盾、そんなに堅いの?

 魔法により耐久性を高めているのか。


 アーサーは追撃を続ける。

 だが、水晶の盾はこれをことごとく弾き返した。


 メリールルとジャックも結晶島へ降り立った。

 3人で連携攻撃を仕掛ければ、手数で優位に立てるか……?


 すると、アルマートは自身の周囲を水晶で球状に覆い、その中に完全に隠れてしまった。

 第2形態というわけか。

 水晶を操れるということは、ジュエルの回路術式による効果を除いても、超硬度の鎧と剣を自在に操れるということなのだ。


 やはり一筋縄ではいかない。


 戦闘力で圧倒できるのならば短期決戦が期待できたが……。

 長期戦の覚悟が必要か。


「わしは一旦『下』を見てくる。

 ドロシー、お前さんも探すじゃろ?」

「はい。

 スキャンをかけます」


 バルチェの言う「下」とは、この結晶島の地下のこと。


 長期戦の場合、目指すべきゴールは3通りある。


 1つ目はアルマートの虚を突き彼女を力で制圧すること。

 2つ目はワールドダイブのための装置を破壊すること。

 3つ目はソフィア結晶を無効化するか、アルマートから奪取すること。


 ワールドダイブの装置とソフィア結晶は、現在の状況を見るに結晶島の地下に埋まっているはず。


 アーサー、メリールル、ジャックが直接戦闘している間に、私とバルチェは地下の状況を探る。


 バルチェは精神体であることを活用して、そのまま結晶島の土台を形作っている水晶の中へと潜っていった。


 私はスキャンを発動。

 ワールドダイブの装置の場所さえわかれば、それをボイドで破壊するだけで決着がつく。


 しかし、その目論見はすぐに実現困難であると思い知らされた。


 水面下の状況をスキャンで探ったものの、その規模の大きさは想像をはるかに超えていたのだ。

 結晶島は直径500メートルほどだが、その「根っこ」……海中では水晶の土台が大きく広がっており、更に地面を穿ち、地下に食い込むように地盤を貫いている。


 もう一度だ。

 今度のスキャンは結晶島の真下に範囲を絞って、その代わり深さを極限まで追求。


 ……ダメだ。


 魔力の閃光が地下方向に向けて広がっていく。

 だが、ジュエルの中はソフィアとウィルの浸透速度が大幅に遅くなるため、スキャンが遅々として進まない。

 もしかして、地面の水晶地帯は全てジュエル化している……?

 そして、装置を隠してあるのは更にその奥深くか……。


 時間をかけて地下数キロまで探索したが、それでも探知範囲内に装置やソフィア結晶は発見できなかった。

 これ以上の探索はバルチェに託すしかない。




 私が必死に結晶島地下の状況を探っている間、アルマートは島の上で3人の猛攻を悠々と凌いでいた。

 体を水晶の中に――まるで拠点の管理中枢のように――埋め込み、その水晶ごと体を宙に浮かせている。

 水晶が複雑にジュエル化されている。

 彼女を覆う水晶だけでも、いくつものジュエル効果が発動しているのだろう。


 よく見ると、彼女の顔の周辺にいくつか光が浮かび上がっている。

 この短時間の間に、端末のディスプレイのようなデータの表示領域まで作り出したのか。

 彼女のジュエルはセンサーとしても機能する。

 自分自身や私達の状態についてデータを収集し、さらにそれらを可視化した上で戦っているのだ。


 ヴェーナを貫いた水晶剣と同じものが既に5つ、彼女の周辺に生成され、バラバラに周回している。

 ジュエル効果のいくつかは、これら水晶剣を動かすためのフローティングやオートガードなどだろう。

 3人がかりの攻撃が、全てこの水晶剣に阻まれ、アルマート本体を覆う水晶に届いていない。

 それだけ水晶剣は正確に機動し、絶対的とも言える防御圏を作り出している。


 それにしても、奴の最大MPは一体どれだけあるんだ?

 戦闘開始から今まで、かなりのMPを消費しているはずだ。

 ジュエルにMP回復速度上昇の効果などがあったとしても、無尽蔵ではないはず……。


「ドロシー!

 大量のソフィアじゃ!

 そっちへ上がってくるぞ!!」


 来たか……!?


 だが、地上に姿を現したのはソフィア結晶ではない。

 「細い穴」だった。


 地下のソフィア結晶から繋がっているのだろう。

 長く細いパイプのような空洞が、アルマートを覆う水晶に連結されたのだ。

 ソフィア結晶からは、微量ながらソフィアが気化し、漏れ出している。


 ソフィアがジュエルの内部を通りにくいという性質を利用し、空洞を伝って気化したソフィアを吸収している。


 私のエクスチェンジを警戒しての対応だろう。

 ソフィア結晶を私の魔法の射程外に置きつつMPを回復できる。


 これで彼女に「MP切れ」は存在しなくなった。


「厄介ですね」

「そうじゃな……」

「地下の様子はどうでした?」

「ダメじゃな。

 装置とソフィア結晶を見つけたが、海底よりもずっと下、地の底じゃ。

 干渉するのは難しいじゃろう」


「私がエクスチェンジを繰り返して強引に地下に潜っては?」

「やめておけ。

 地面の水晶は殆どジュエル化しとる。

 ラザード島と同じで何らかのトラップが仕込んであるんじゃろ。

 その中に囲まれたら、お前さん出てこられなくなるぞ」


 ダメか……。


 アルマートはMPを回復させると、水晶の地面に沈み込み、そのまま結晶島の土台自体と一体化してしまった。


 土台の内部でも自在に動けるのか。

 透き通る水晶の中、アーサー達が立つ地面のすぐ下を流れるように移動するアルマートが見える。


「クソッ!!

 土台に潜りやがった!!」

「でも動きは鈍くなるはず。

 ドロシーのボイドで狙えるチャンスだよ!」


 確かに宙に浮いているよりは狙いやすいかも知れない。

 しかし、ジュエルの中では発動までのタイムラグがいつもよりも更に長いはず。


 命中させるのは簡単ではない。

 だが、現状他にできることもない。

 ……ボイドを撃ってみるか。


 ボイドの発動準備に入ったところで、アルマートは空中に水晶剣を追加で生成しはじめた。

 数が多い……10……20……どれだけ作るんだ!?


 30近い本数の水晶剣がそれぞれバラバラの軌跡を描き襲いかかる。


「僕は一旦退くよ!

 ドロシーを援護する!!」

 結晶島の上のアーサーがこちらへ来ようとした。

「私は大丈夫!

 それよりアルマートへの攻撃に集中して!」

「……わかった!!」


 アーサーは双剣に炎を纏わせ、加えて物理攻撃強化の補助魔法を自身とメリールルにかけた。


 アーサーの申し出を断った私はアイソレートを発動、小さな通気孔を残して私自身を球状の壁で覆った。

 迫り来る無数の水晶剣は、いずれも見えない壁に跳ね返され落ちてゆく。


 アーサー達は土台の水晶の切り崩しにかかった。

 アルマートの猛攻を止めるには、彼女にプレッシャーを与え続け、彼女自身の防御に力を使わせる必要がある。




 その時、水晶に沈むアルマートが、僅かに笑った気がした。




 ブシュッ……!!




 私の腹部を激痛が襲う。


 壁の内部で再成形された水晶剣が私の胴を貫いている。

 アイソレートの内側に入られた……!?

 私自身のウィルを通すために開けた通気孔の存在が、見破られている……!


「うっぐ……!!」


 すぐに逃れなくては……!

 咄嗟にエクスチェンジを放ち、海面に漂う船の残骸の上に移動、すぐにイニシャライズで回復。


 これで私のMPは底をついた。




 ギュボッッ!!




 そして、今更ボイドが発動。

 アルマートは既に、水晶の地面の中を別の場所へ移動している。

 空振りだ。


 手数と適応力、どちらも私達より上手か。


 そうなると、アルマートに有利なこの場を一度崩さなければ勝機はない。

 状況を変える一撃を打ち込み、アルマートを追いつめる。

 さっきの「私は大丈夫」はそういう意味だ。




「どんだけやれるか知らないけど、かき乱すから後はよろしく!!」


 そう言ってメリールルは全身を龍化させた。


 氷龍は大きく右手を振り上げ、咆吼とともに地面に向けて振り下ろした。




 バリバリバリッ……!!


 氷龍の巨大な爪が結晶島の地面を砕き割ってゆく。




 ここまでは、一応想定の範囲内だ。


 ボイドを含め真っ当に攻撃を仕掛けて勝てないと判断した場合の対処法は、事前にいくつか考えた。

 その1つが氷龍による結晶島の破壊。


 アーサー、メリールル、ジャックによる連携攻撃の結果、アルマートが地面の水晶内に潜ることは予想できていた。

 その場合、アルマート自身とソフィア結晶の接続を断つことが重要だ。


 私やジャックの魔法はジュエルの防壁相手では有効に機能しない。

 物理攻撃強化により威力を上昇させたアーサーとメリールルの物理攻撃によって強引に結晶島を破壊する。




 直前にアーサーがメリールルにかけた物理攻撃強化は「重複化」のジュエルを通して発動している。


 効果は4倍。物理攻撃強化が四重で上乗せされる。

 その結果、ジュエルの耐久力を氷龍の攻撃力が上回ったのだ。


 強引に砕かれたジュエルが周囲に弾け飛ぶ。


 アルマートには直撃こそしなかったものの、彼女の行動範囲を制限することには成功したようだ。


 アルマートはジュエルの中を自由に移動できるはずだが、私達の攻撃が届かない深さまでは降下せず、結晶島の表面近くの位置取りを維持している。


 そうか。

 彼女の魔法の有効射程だ。


 アルマートの水晶生成と水晶操作の魔法の射程距離は、目算で50~60メートルくらいか。


 ジュエル内に深く潜り過ぎると彼女も私達に攻撃出来なくなる。


「いいぞ!

 そのままユノを追い詰めるんじゃ!!」


 バルチェの叫びとともにアーサーが炎を纏った双剣でジュエルを切り刻む。

 アルマートの移動先を予測してそれを牽制するように、砕けて顕わになったジュエルの断面をえぐった。




 まだアルマートの顔から余裕の表情は消えない。


 彼女は移動をやめ、自分の周辺にジュエルの防壁を新たに生成しはじめた。

 見る見るうちにジュエルの層が厚くなり、また地下のソフィア結晶と彼女を繋ぐパイプ周辺の防御も強化されていく。


「見っけた……!!」


 一撃のあと龍化を解除したメリールルが、今度は霞状に体を変化させアルマートに接近した。


 もう1つの対抗手段「ドレイン」だ。


 アルマートはパイプで地下のソフィア結晶とは繋がっているものの、完全に水晶で周囲を覆っているため、これとは別に呼吸のための通気孔も必要なはず。


 その通気孔を見つけ出したようだ。

 霞化により球状のジュエル防壁内部への侵入を試みる。


 メリールルがアルマートに直接触れることができれば、ドレインにより戦いに決着が付くはず。




 しかし……アルマートにはそれも見透かされていたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る