第9章 Part 10 神との対話

【500.7】


「……俺?」


「ええ。

 あなたのフローコントロールの能力は、エネルギーそのものの流れに干渉し、手を加えることができますね。

 ラザード島でヴェーナの魔法発動を逸らしたように」


「あ、ああ……」


「ダイブを行う時は、物質世界から精神世界へのエネルギーの流れを作り、それに術者の意識を乗せて送るんです。

 反対に、ソフィア結晶の魔力でダイブと逆のエネルギーの流れを作れば、精神世界の世界意志を物質世界へと浮上させられます。

 世界意志が物質世界に顕現したら、今度はエネルギーの流れを停滞させ、その場に固定する。

 フローコントロールの技術なら、これらの操作ができるはずです」


「おい、ちょっと待てよ!

 そんなのやったことねえ。

 失敗したらやべえことになるんじゃ……」

「大丈夫。

 ダイブ用の装置を使って私が補助します。

 精神世界の世界意志を捕捉するのも、装置がやってくれるわ」


「……。ドロシー、どうする?」

「どうするって言われても……。

 話が飛躍しすぎていて……。

 バルチェさん、どう思います?」


「う……うーむ。

 ……顕現させて、どうするんじゃ?」

「話をします。

 意思疎通が可能になれば、私の申し出を聞いてくれるかも知れません。

 『闘争の呪縛』を解消してくれるよう交渉します。

 聞き入れられなければ、それで諦めます」


「…………。

 世界意志を顕現し、その場に固定すると簡単に言うが、危険じゃないのか?

 大人しく固定されてくれるとは思えんが」


「それは、固定できる部分だけを顕現させます。

 バルチェさん、昔言ってましたよね。

 世界意志は大きなエネルギーの塊だったと。

 顕現させるのは、そのごく一部です」


 バルチェはしばらく目を閉じて頭を悩ませていた。

 この場にいる全員が彼女に注目する。




 やがてバルチェは顔を上げた。


「やってみるか」






 世界意志の顕現にはワールドダイブに使おうとアルマートが準備していたダイブの装置とソフィア結晶が必要だ。

 これらを結晶島の地下深くから引き上げなければならない。

 それにはアルマートのMPを戻し、魔法を使わせなければならない。


「私をまだ信用してはいないでしょ?

 ドロシー、あなたはまずソフィア結晶を取り出し、私が使えないように自分で確保して下さい」

「……私はソフィア結晶を取り出した瞬間、破壊するかも知れませんよ?」


「そうなったら、全てを諦めます。

 私にはあなたに託す他ありませんから」




 ……そこまで言うなら、信じてみるか。




 私は時間をかけてエクスチェンジを繰り返し、ソフィア結晶を地上に転移させた。

 そして、アイソレートで完全に覆う。


 拘束を解かれMPを回復させたアルマートは、水晶を操作して地下深くのダイブ装置を引き上げた。

 恐らく王都の研究施設でバルチェがかつて使ったものを持ち出したのだろう。

 ビジョンで見覚えのある形状の機械だった。

 そしてもう1つ地底に埋めてあったのは、端末だった。


「私はネットワークの制作者の1人ですから端末の裏コードを使うことができます。

 ラザード島まで飛んで、もう1つのソフィア結晶も回収しましょう」




 アルマートの設定した裏コードを使い、私はラザード島の端末まで転移した。

 テレポートの発動自体は、機能しない管理中枢の代わりに私の魔法を使った。

 この方法なら、空渉石がなくても端末間でテレポートを発動できる。






 ラザード島との間を一瞬で往復。

 これで全ての準備は完了した。


 ダイブの装置と2つのソフィア結晶。


 アルマートは装置を起動し、即席でジュエルを作ってプログラムを書き換えている。


 ジャックも準備ができたようだ。




「じゃあ……やるか。

 お前ら、失敗しても恨むなよ」


 ジャックがソフィア結晶に手をかざす。

 青白い光を放ちながら、片方のソフィア結晶が霧状に形を変えた。


「準備は良いですね?

 精神世界に接続します」

「ああ。やってくれ」


 何が起きているのか、私にはよく分からない。

 だが、その光景は美しかった。


 ジャックが光の霧を操作し、目の前の地面に巨大な円を描く。

 まだ日中なのに、空は暗くなっていった。


「捉えました!

 引きずり出して!!」

「……おお!」


 円の中から、徐々に紫色の影のようなものが現れた。

 それは光の円の上を、渦を巻きながらクルクルと廻っている。


 ジャックが両手をかざす。


 ゆっくりと紫の影は中央に集まっていく。

 やがて影は凝縮し、固形物のように固まりはじめた。


 そして、最終的に大きな正三角錐のような形状に落ち着いた。

 紫色をした幾何学的な形状の塊が光の円の上に浮いている。


「端末の水晶が目に入ったからよ……何となく似たような形に固定した。

 どうだ? 意思疎通はできそうか?

 ……ていうか、これ本当に世界意志なのかよ?」

「間違いなく、世界意志じゃよ。

 ダイブして近付いた時の感覚と同じじゃ……」




――人の子よ 何のつもりだ


 声にならない声。

 低い地鳴りのような音が、頭に響いた。


 どうやら成功していたようだ。


「うおッ!? マジか……。

 おい、コイツ固定すんの、結構キツいぞ。

 思ったよりソフィアを食う。

 留めておけるのは……数分ってとこか」


 見ると、2つ目のソフィア結晶が、少しずつ削れて光に変わっている。

 結界を維持するのにエネルギーを使っているのだ。


「ありがとう。

 手短に済ませます」


 アルマートは世界意志の正面に立った。


「初めまして。

 手荒な真似をして申し訳ありません。

 私は第4期生命の人間、ユノ・アルマートと申します」




――ユノ・アルマートとやら


――長く生きているが 物質世界まで引き上げられたのは初めてだ


――お前達がやったのか


――よかろう 人の子よ


――お前達に興味が湧いた 話せ




 会話が通じた……!


 隣でバルチェが感慨深げにアルマートを見つめている。


「時間がありませんので、単刀直入に言います。

 『闘争の呪縛』から、私達第4期生命を解放してください。

 私達は争いを望んでいません。

 それに、闘争の呪縛がなくても私達はエネルギーサイクルを維持できます。

 魔法を使える私達は、第3期生命よりもはるかに効率よくウィルを放出できますから。

 それを誰より認識しているのは、クロニクルを管理し、エネルギーの流れを掌握しているあなたでしょう?」




――…………。


――なるほど 私を呼び出した理由はそれか


――確かにお前たち『フォース』によるエネルギー生産効率は 『サード』に比べ飛躍的に高まった


「……だったら!」




――だが お前は物事の一面しか視ていない


――お前たちは闘争心を『悪』であるかのように 『サード』の末期……闘争がゼロに限りなく近づいた世界を理想郷のように捉えているようだが


――それは大きな誤りだ


――争いのない時代が続くと 人は『生』に対して貪欲でなくなる


――目的もなく変化のない日常をただ繰り返す


――人の精神と肉体は虚弱になり 戦乱で失われる命が激減すると共に自殺者が急増しはじめた


――社会の営みは停滞し 第3期生命の終焉は決定的となったのだ


――彼らを諦めて全てを白紙に戻した後は ただ汚れた星だけが残った


「おい……!

 もう残りのソフィア結晶は4分の1くらいだ!

 時間ねえぞ……!」




――私は 新たな生命の精神構造に細工をした


――『生命としての欲望』を強調させたのだ


――闘争本能のみではない 欲望こそが 生きる意志こそがウィルの源なのだから


――お前達は欲望に従いたくましく生きる


――当然争いも多発する だがそれでよいのだ 欲望無き虚無に呑まれるよりは


「……闘争の呪縛は、ウィルの放出だけでなく、人の営みを続けさせるために不可欠だと言うのですか?」




――そうだ


――私の目的はエネルギーサイクルの維持だ


――生命の消滅による一時的な停滞も望まない


「時間切れだ!

 流れを反転させる!

 精神世界へ戻すぞ!!」


 光の円は収縮していき、世界意志は形を失って最初のように渦を巻き始めた。


 紫色の影が、光の中に帰ってゆく……。




 最後に声が聞こえた。




――お前たちには役目を全うさせる


――せいぜい失敗作の烙印を押されぬよう


――あがけ……




 光の円が閉じた。


 立ちつくすアルマート。

 肩で息をするジャック。

 その脇にあったソフィア結晶は全て気化し、無くなっている。




 暗くなっていた空に光が戻った。


 何事もなかったかのように、雲が流れる。


 ~第9章 真話 完~

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