第9章 Part 4 再び海路へ

【500.7】


 2日後。7月22日。


 私達は航海の準備を整え、世界の中心を目指す旅をはじめた。


 その前日、遂に予期していた事態が起こった。

 端末の物資流通機能が使えなくなった。

 アークを破壊し、ソフィア結晶を使用不能にしたため、端末内部のソフィアの供給が途絶えたのだ。


 ただ、情報交換だけは出来るようだ。


 これが意味するところは何か。

 端末の中に埋め込まれ、人工的な刺激により今なお脈打ち続ける神臓。

 その微かなソフィア吸収能力がまだ生きており、情報交換程度の負荷ならば耐えられるということだろう。

 今後ソフィア結晶による魔力供給は望めない。

 情報交換機能が失われなかったのは不幸中の幸いだが、物資流通機能が復活することはないだろう。




 世界は更に混乱する。

 ネットワークとヴェーナがなくなり、魔物の脅威は未だ去らない。

 この最悪な状況を招いたのは、私達の行動だ。

 出来るだけ早くアルマートとの決着をつける必要がある。

 そして、魔物発生の元凶であるソフィア結晶を大気中に還さなければ。






 ネステアの空渉石にテレポートし、そこから南西に下ってガラム大陸南西の端へ。


 そこには、2ヶ月前から放置していたセント・マクギリアン号が今も佇んでいた。


「すまん……。すまんなあ……。

 忘れてたわけじゃねえんだよ……」


 ジャックが船に話しかける。

 船体をなでなでしている。

 ちょっと気持ち悪い。


 しばらくすると、ジャックは私達の方に向き直った。

「おい、お前ら!

 掃除するぞ。来い!」

「はぁ~!? 掃除!?

 急ぐんじゃないの?」


 文句を言うメリールル。


「バカ野郎!

 見ろ、このフジツボとか小さな貝とか。

 こういうのが船底に沢山へばりついてんだ。

 これがあるとスピードが全然出ねえで、結局到着が遅くなる。

 分かったか?」




 そこから約2時間。

 私達3人は船内の、ジャックは船外の掃除を行った。


「よし、まあこんなもんだろ。

 そんじゃ、出発だ。

 目的地は3大陸の中心!」






 ジャックが魔動船を操作し、沖へと進んでいく。

 白い砂浜が遠くなる。


「飛ばしてくぜ。

 ここから結晶島まで、だいたい7日ってとこか」

「結構短いね。

 もっとかかるかと思ってた」

「前回よりも速度が出せるようになってるからな。

 これまでの戦闘経験のお陰ってヤツだ。

 アイツにも会いたくねえしな」


 あいつ。

 海の支配者、リヴァイアサン。


 一応出会った時の戦い方は考えてきたけど、出来ることなら遭遇せずに行きたい。




 海路は基本的に暇だ。


 私はバルチェと話をして過ごした。


「バルチェさん、あなたをイニシャライズで蘇生させたことによって、他の時渉石ってどうなったんでしょうね」

「んん?

 無くなったんじゃないか?

 お前さんの時間遡行はわしを魂の状態まで戻した。

 わしの魂から全ての時渉石が作られていたんじゃから、あの場所の時渉石にイニシャライズを使った瞬間、全ての時渉石があの場所に集まり、それらを材料にわしの魂を復元したんじゃろう。

 時渉石への時間遡行でわしが再生したというのは、多分そういうことじゃ」


 そうか。

 じゃあもう時渉石を見ることは出来ないんだ。

 まあ、バルチェさんがいるから良いけど。




「そうだ。

 ガージュという男について、教えて頂けませんか?」

「おお、そうじゃ。

 あの男のことを話していなかったな」


 バルチェは苦々しい表情を浮かべた。


「わしがまだ王立研究院の主任で、神との対話をなかなか実現できないでいた頃、ガージュという男がわしの元に現れた。


 奴ははじめに自分を考古学者・発掘家だと言った。

 あなたの研究を一歩前進させるような物を見つけたから使って欲しい、と。

 調査チームを向かわせて出てきたのがあの地下遺跡じゃった。


 わしは、遺跡の科学技術を取り入れることで実験装置を完成させ、ダイブを成功させた。

 ……いや、こうなってしまったから失敗か。

 じゃが神域の世界意志が何者なのかを理解することには繋がった。

 ここまではお前さんも知っておるじゃろ?」


「はい」


「クロニクルにアクセス出来るようになってから、わしもあの男について色々と調べてみた。

 まずグンツーフ地下の遺跡は元々別の場所、海底に泥とともに沈んでおった第3期生命の廃墟を転移させたものだと分かった。

 なら、なぜそんな場所に古代文明の廃墟があるのをあの男が知っていたのか。

 クロニクルの記録をさかのぼって調査したが、わしはその疑問に答えを見つけることができなかった。

 クロニクルから、何も情報が得られんかったのじゃ」

「クロニクルを参照したのに分からなかったんですか?」

「ああ。

 その理由がこの前やっと分かったよ。

 クロニクルは、星と生命とエネルギーの記録を蓄積するデータベース。

 ガージュは、人間ではない。

 そもそも、恐らく生命ですらないんじゃ。

 生命でないガージュの存在は、クロニクルのデータベースには載らん。

 人に化けている間は記録にも載るじゃろうが、データを見返したところで人と奴を区別することは困難じゃ」


 旧王都でのガージュの行動。

 黒い液体のような、謎の状態。


「確かに。

 あれは人間じゃありませんでしたね。

 そして、それは私達が行方を追っていた『写し身の悪魔』でもあった……」


 写し身の悪魔は魔物じゃない。だが人でもない……。

 レピアとクレイモアの主張、そのどちらも正しかったのだ。


「写し身の悪魔は、人を捕獲してその外見を真似るという能力があると言われてきました。

 でも、ガージュを見る限りそんな簡単なものではなかった……」

「人間を取り込み、吸収する能力。

 そして、自身の外見をも変化させる。恐らく、かつて吸収した人間達のものに。

 今までのやり取りから判断するに、多分外見だけではないじゃろう。

 レピアというハンターの身体能力、性格や記憶までも再現しているように見えた。

 そうじゃろ?」

「……はい。

 だから私達も騙されたんですね。

 帝都ディエバの貴族区で初めて写し身の悪魔と遭遇した後、レピアさんを吸収したであろうガージュの変装を見破れなかった」


 つまり、貴族区から帰る時にはレピアは既に……。




 私は昨日、ギルド本部のクレイモアの元を訪れ、旧王都でレピアと遭遇したことを報告した。

 同時にガージュという存在のことも。

 状況から見て、レピアが生存している可能性は限りなく低い。

 完全にガージュに吸収されたと見るべきだ。


 クレイモアはそれでも、まだ諦めてはいないようだった。

 全てが明らかになるまでは。






 海路4日目。


 暇だ。

 暇つぶしに荷物の中のジュエルを眺める。


 今回王国の職人ギルドで特注した「重複化」の効果を持つジュエル。

 ……高かった。

 サイファーがいなかったため、別の錬晶術師に依頼したが、これ1個で75ゴールドもするとは。

 だが、この重複化は魔法の威力を何重にも重ねて高める効果を生む。

 作戦会議でどうしても必要だと結論づけられたアイテムだ。


 キラキラして綺麗。


 自由に水晶を生み出せるアルマートが羨ましい。




「ねえ!

 あの遠くに見えるヤツさ~。

 あれ何だろ!?」


 メリールルが声を上げた。


 さっきまで、既に雑魚と化したシーハンターやウミクイを凍らして遊んでいたのだが、手を止めて進行方向の一点を見つめている。




「あれさ~……リヴァイアサンじゃない?」


 メリールルが指さす方向、2キロほど先に巨大なヒレが見える。

 ゆっくりとうねりながら泳いでいる。


 本当だ。

 出会ってしまった………。


 まだこちらに気付いていない?


「……静かに、素早く、逃げるぞ」


 ジャックはネクタルを飲み干し、音もなく船の向きを変えた。




 その1秒後。


 ボチャーーン……!


 シーハンターを凍らした氷の塊が、大きな音を立てて海面に落下した。


「やばっ……!」




 水面を割ってもたげるリヴァイアサンの頭部。

 その眼は私達を捉えている。


「見つかった……!

 しょうがねえ、おいお前ら! 戦うぞ!」

「ええ」




 前回と同じ手で逃げられるとは限らない。


 やってやる。

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