第9章 Part 3 天使と呼ばれしモノ

【500.7】


 ドクン……。


 男の体が波打つように、ゆらめいた。


 すると、一瞬にして男の全身が黒く染まる。

 形は人の輪郭を保ったまま、真っ黒の液体のようモノが渦まいている。


 そのまま男の黒い手がアデュアの胸元に触れた。


 次の瞬間、アデュアの肉体を黒い液体が覆ったかと思うと、男の掌に吸い込まれていき、やがて無くなってしまった。


 男は何事もなかったかのように立ち上がった。

 外見は元に戻っている。


「何……?

 あなた……何をしたの……?」


 男と目が合う。


 男はニヤリと笑みを浮かべた。


 視線を私の後ろに移し、男は口を開いた。


「やあ……。

 お久しぶりですね、バルチェ主任」


 バルチェが驚きの声を上げる。


「まさか……ガージュか? お前……」


 ガージュ。

 そうだ。

 何で思い出さなかったんだろう。

 ビジョンで何度か見た、ガージュと呼ばれている男。

 顔はあの映像のままだ。


 ただ……何というか、「人」に見えなかった。


「あなた……目的は何ですか?

 あなたがアデュアを私達にけしかけたんですか!?」


「そうだ。

 そろそろお前達には退場して貰いたくてなぁ。

 だが、アデュアの力じゃ不十分だったらしい。

 扱いやすいから、駒としてはお手頃なんだがなぁ。

 『天使様』らしく振る舞えば、こいつらは従順なんだ……」


「お前が元凶か……!」


 アーサーが目にも留まらぬ速度でガージュに斬りかかった。




 キィィーーーン……!




「元気がいいな……!!」


 ガージュはアーサーの剣撃を受け止めた。


 見ると、その姿は変わっていた。


 レピア・カヴォートに。


「レ……レピアさん!!」


 レピアはアーサーの剣をいなし、振り払った。

 弾き飛ばされたアーサーは膝をつき、驚きの表情でレピアを見上げている。


「アーサー!

 帝都の門前で戦ったときよりも、踏み込みが鋭くなっているぞ!!

 しばらく見ないうちに腕を上げたな!!」


 その声、その雰囲気、その生き生きとした笑顔。

 間違いない。

 レピアだ。


 ということは……。


「写し身の魔物……」


「ほう……?

 私はそういう呼び名がついているのか!!

 ふむ……的を射ている!!」


 頭が混乱する。

 だが、コイツは敵だ。

 それはハッキリしている。


「ガージュ……!!

 あなたは何者なんです!?」


「何者、なぁ。

 元々はお前達を応援していたんだが……。

 今は敵かな」


 レピアの格好をしたまま、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。


「頼むから、俺の邪魔をしないでくれよ。

 お前達の役目はヴェーナを殺した時点で終わってんだからさぁ。

 もうお役御免なんだよ、お前達は」


「お役御免だと……。

 ふざけやがって……!」


 ジャックとメリールルが合流した。


 どうする……?

 今、ここでレピアとやり合うの?


「4人……いや、5人か。

 今は引かせて貰うか。

 二度とお前達に会わないことを祈るぜ。

 面倒事は増やしたくないからなぁ」


 ガージュは空に溶けるように薄まり、消えた。


「おい! 待ちな!!」


 メリールルの叫びが廃墟の旧王都にこだました。






 旧王都の空渉石は破壊されたため、王都ラスミシアまで再び陸路を西へ。

 拠点に戻ったのは、翌日の夜になってからだった。




 更に翌日、改めて作戦会議。


「3大陸の中心に行ってみた。

 ジャック、お前さんの予想どおりじゃったよ。

 水晶とジュエルの島ができとった」


 3大陸の中心、そこに建設されたアルマートの拠点、結晶島。


 ラザード島にあるソフィア結晶の破壊が無理だと判明したので、私達には全面対決しか残されていない。


 ということで、議題は「アルマートとどうやって戦うか」。




「ユノの能力は、水晶限定の物質生成魔法。

 そしてそれに付随する水晶の操作と、ジュエルへの高速錬晶じゃ」


「加えて問題なのが、ソフィア結晶を1つ持っているってことだね」

「ソフィア結晶を持ってるのがヤバいってのは分かるんだけどさ~。

 水晶の生成とか錬晶ってのはどーなの?

 戦闘向きの能力じゃないよね?」


 メリールルの言いたいことは分かるが……。


「シーナ・レオンヒルだって、使えたのは一見地味な操作魔法だけだった。

 でも、それを極めることで、あんな恐ろしい効果を生んだのよ」


 今思い出すだけでも寒気がする。


「バルチェ、アルマートはどんな戦い方してたんだ?」

「分からん。

 わしはユノが戦っているのを一度も見たことがないんじゃ」


「ラザード島で使っていたのは、水晶で作られた剣だったわ。

 自在に形状を変形させてた」

「なるほど。

 それに、戦闘中もジュエルを生成し放題ってことだよね。

 魔力の利用の面ではこちらが圧倒的に不利じゃないかな」


「水晶を『自在に出現させ、形状の変更もできる素材』と考えると、俺の水操作なんかよりよっぽど危険だろ。

 例えば拘束具みてえに敵の動きを制限したりとか、刃を発生させて不意打ちしたりとかな」


「ああ~~……。

 ヤバいわ。確かに」


「一度私達が使えるスキルもリストアップしてみましょうよ。

 それで対抗できる戦術を可能な限り考えるの」




 全員がインジケーターを確認してみる。


 まず私。

 現在の最大MPは374。

 使えるのは、楔や魔動盾を使った操作魔法、アイソレートなどの空間干渉魔法、そしてイニシャライズなどの時間干渉魔法。


 私の能力は、アイソレートやスキャン、エクスチェンジなどの空間干渉魔法を仲間の支援に使うことが殆どだ。

 攻撃用の魔法はボイドのみ。

 そして、欠かせないのがイニシャライズによる回復。

 どれも消費MPが大きいから乱発はできない。


 あれ……? 知らない魔法が記録されてる。

「プレディクション MP0」

 これ何?

 プレディクション……「予知」……?


 ああそうか。予知夢のこと。

 自在に使えればいいんだけど、多分そうはいかないよね。




 次はメリールル。

 現在の最大MPは689(実質値はその半分)。

 使えるのは、【氷龍】と【血霞】の2種類の降魔。

 氷龍のスキルとしてアイスブレス、あとは格闘能力と飛行能力。

 血霞のスキルとして透過、ドレイン、視覚妨害、弱化魔法。


 龍化して高い攻撃力で敵を圧倒するのが彼女の戦闘スタイルだ。

 前衛を張るのが基本。

 霞化はトリッキーな魔法がいくつか使えるようになるけど、メリールルは得意じゃないので効果は小さい。

 どちらにしても難点は、降魔発動中は時間経過によりMPを消費し続けることだ。

 持久戦向きの能力じゃない。




 次はアーサー。

 現在の最大MPは263。

 使えるのは、双剣を用いた物理スキルの炎舞、そして炎属性魔法と補助魔法。


 メリールルとともに前衛を張る、物理アタッカー。

 最近は焔纏いと炎属性魔法も使えるようになり、戦術に幅が広がった。

 4人の中で最大MPが最も低いが、アーサーの場合、鍛えられた剣技が持ち味なので、MP切れになることはほぼない。

 私のイニシャライズが間に合わないとき、彼の自然治癒強化の補助魔法が役に立つ。




 次にジャック。

 現在の最大MPは381。

 使えるのは、フローコントロール。

 水や空気などの流動体の流れを操作する能力で、操作魔法なのか特殊魔法なのか、分類が謎のままだ。


 流動体全般を操ることができるが、特に水の操作に長けており、普段は水を薄い刃状にして飛ばす技「水刃」を多用している。

 水が周囲にない状況では戦力が激減するが、大量の水を携行できるアイテム「無限の水筒」で補っている。

 水は攻撃にも防御にも支援にも活用でき、4人の中で最も攻守のバランスが良い。

 最近ではソフィアやウィルの流れも操作できるようになったが、その技術はまだ発展途上のようだ。

 何より彼自身はソフィアやウィルを視認することができないため、精密な動きは期待できないらしい。




 最後にバルチェ。

 現在の最大MPは0。

 物理世界に干渉できない。

 地下遺跡で1度スキャンを共有して以降、アーサー達3人にもスイッチが入ったようにずっとその存在が認識できている。

 無敵ではあるが、同時に何もできない。

 だが、情報の伝達などは可能。

 知恵袋的な存在か。




「やっぱドロシーのボイドは決定力になるよな」

「発動までに結構時間がかかるわよ?

 通用するかな……」

「単発で撃っても当たらない可能性は高いだろうね。

 何か工夫しないと。

 それか……アイソレートで閉じ込める。

 そうすればいくらジュエルが使えても脱出するのは無理だろうな」

「そうね。

 勝利条件の1つにはなるかも」


「メリールル。

 龍化したとして、どのくらいアルマートと渡り合えるかな?」

「もうボッコボコにしてあげるよ」

「いつもどおりだな……。

 何も考えてねえだろ?」

「うん!」

「でも、完全に龍化すればかなりの耐久力がある。

 アルマートの攻撃を耐えられるようなら、力で押し切る戦術も有りかも知れないね」


「アーサーは?

 近接攻撃を当てるだけヤツに近づけると思うか?」

「どうだろう……。

 アルマートの戦い方によるけど、厳しいかも知れない」

「戦い方はいくらでもあるじゃろ。

 ドロシーの空間干渉魔法と連携するとかな。

 息が合えば、正確な物理攻撃は致命傷を与えられる筈じゃ。

 連携と言えば、ジャックのフローコントロールは応用が利きそうじゃの」

「ああ。

 だけど他人の魔法を何でも相殺できるほど使い勝手がいいわけじゃねえからな」

「それも使い方次第ね」




 これらの能力を使ってアルマートと闘わなければならない。

 もしくは、装置を破壊するまでの時間稼ぎはしなければ。


 アルマートが使いそうな戦術もみんなで考え合った。


 アルマートがこんな戦い方をしたら、私達はこう立ち回る。

 こんな攻撃は、こうして対処する……。




 その日の話し合いは遅くまで続いた。

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