第9章 人間
第9章 Part 1 新たなる目的地
【500.7】
私の左腕は、結局現在も動かないままだ。
操作魔法があるので日常生活は特に支障ないが、戦闘中は制御出来ないままぶら下がっている左腕がどうしても邪魔になる。
そこで首から革紐を下げ、お腹の前で左腕を吊して体に固定することにした。
よし、これで快適。
さて。
シーナ・レオンヒルの遺産、2つのソフィア結晶を破壊する。
そしてそれは、ユノ・アルマートのワールドダイブを阻止することにもつながる。
ラザード島以降、この新たな目標のために行動している私達は、バルチェ・ロワールを仲間に加え、具体的な方法を話し合っていた。
まずは、アルマートの元へと辿り着く。
そして、アルマートにワールドダイブを断念させなければならない。
その過程で恐らく戦闘になるだろう。
簡単なことではない。
だが、やらなければならない。
「まず、アルマートが現在いる場所だが……目算はついてる。
ここだ」
ジャックが世界地図をテーブルに広げながら説明する。
「俺達がラザード島にいる時、ワールドダイブの光が水平線の向こうに見えた。
方角は……丁度南西だった。
この線上でワールドダイブをやりそうな場所は……」
「そうか! 3つの大陸の中心!」
「そーゆーことだ。
どうせ全人類を巻き込むなら、世界の中心地から始めるのが一番効率が良い。
大まかだが、大体この辺りにワールドダイブの設備があるはずだ」
地図の中心を指さしながらジャックが私達を見回す。
「最悪~……。また船旅?」
正直言って、海路に良い思い出はない。
船酔い、そしてリヴァイアサン。
「しかも、出発地点は前回船を停泊させたネステアの南西の端からってことになるよね?
距離も2倍くらいあるよ」
「マジ無理なんだけど。
風呂も入れないじゃん」
「文句言うなよ。
他に方法ねえだろ!?」
あからさまに海路を嫌がる3人の反応に、ジャックは少し傷ついているようだ。
「本格的にリヴァイアサン対策を考えないとね……」
そして、もう1つの課題。
アルマートにワールドダイブを断念させる。
「そんなのブッ倒す、一択じゃん!」
「気持ちは分かるけど、色んな選択肢を検討しよう? メリールル」
「話し合いで解決出来ないのかな?
今はバルチェさんだっている」
アーサーがバルチェに意見を求める。
だが、バルチェは首を横に振った。
「無理じゃろうな。
ドロシーには言ったが、それで引き下がるようなタマじゃない」
「そんなら、ヤツがワールドダイブを開始するのに必要な物を奪うか使えなくするのはどうだ?
3大陸の中心にあるっていうワールドダイブの発生場所には、色んな装置があるんだろ?
それをぶっ壊せば?」
「確かに。
それが可能な場合は迷わず実行するべきだね。
ただ、アルマートの側も僕らが来ることは想定してるだろうから、攻撃させないような対策を講じているかも」
「私達がラザード島で押さえてる片方のソフィア結晶を破壊するのはどう?
現状ワールドダイブが起きていないのは、今アルマートの手元にあるソフィア結晶1つじゃ足りないってことでしょ?」
「そうだな。
アークはもう存在しねえんだから、必要なソフィアを集めさせなけりゃ阻止できる」
ということで、一度ラザード島に行ってみることになった。
残念なことに、ラザード島に空渉石はない。
旧王都から満ちる凶気を再度通過する必要がある。
結果から先に言うと、この私達の試みは片道2日も要したにもかかわらず成果を得られなかった。
ラザード島の地下までは来られた。
しかし、以前通った最後の縦穴が水晶で塞がれていたのだ。
「またボイドで穴開けるか?」
「ちょっと待って、一度スキャンする」
スキャンを放つ。
すると、地上部分の建造物は全て水晶漬けになっている。
更に水晶全体がジュエル化していることが分かった。
もしかしたらセンサーとして働いているのかも知れない。
取り除いたところで、私達の侵入を検知される恐れがある。
「サッと行ってすぐ戻れば何とかなるんじゃない?」
メリールルはそれでも行く気だ。
まあ彼女がこの道程の一番の功労者だから、成果を挙げたいのだろう。
移動経路の殆どをメリールルの翼に頼っており、このまま引き下がりたくない気持ちも分かる。
「ユノはすぐに来るぞ」
バルチェがそれを止めた。
「ファラブス魔導師会で現存の2人は、端末を使ってテレポートをする専用の裏コードを知っておる」
「それって……ディエバで皇帝暗殺に使われた手法じゃねえか!」
「設計した本人じゃからな。
設計者だけが使える裏技じゃよ。
無関係の人間が使ったのなら、ユノかダルク・サイファー、そのいずれかから裏コードが漏れたんじゃろう」
そうか。
だから一度目の戦闘の後、私達が塔を出る頃にはワールドダイブを開始できていたのか。
私達はテレポートできない。
アルマートはできる。
……流石にこの条件で強行するのは無謀だ。
私達は、来た道を帰ることにした。
ここからバルチェは私達とは別行動で、3大陸の中心に本当にアルマートの拠点があるかどうかを偵察しに行った。
彼女に物理的な障害物は関係ない。
何処へでも飛んで行ける。
その移動速度はメリールルよりもずっと速いようだ。
実体を持つ私達は、地道に旧王都へ。
4つの階層を抜ける。
遠くに光が見える。
あれは地下シェルターの灯りだ。
「やっと旧王都か……。
長かったな」
「空渉石がどれだけ旅の役に立ってるか、実感するよね」
「まだ気を抜いちゃダメ。
裁定者のテリトリーだってこと、忘れないで」
効果範囲重視でスキャンを発動し、地上の状況を確認。
……ん?
人がいる。
「何だろう?
誰かいる……」
スキャンに引っかかった人影は、隣の建物、王宮の地上階……そうだ、空渉石が置いてある辺りだ。
ホールの丁度中央に腰を下ろしている。
人影が動いた……!
このタイミングで?
私のスキャンに反応した?
一体何者……?
「立ったわ。
……注意して。敵かも」
全員が攻撃準備をし、臨戦態勢で王立研究院の正面玄関を出る。
周囲に敵や裁定者の姿はない。
「ドロシー、今そいつは何処にいる?」
「ちょっと待ってね」
再度スキャンを発動。
……さっきの場所にいない!
直後、お腹の辺りに熱を感じた。
「熱っ……?」
気付いた時には、目の眩む光線が私の脇腹を貫通していた。
後ろからの狙撃!?
振り返ると、視界をジャックの体が塞ぐ。
ジャックの胸元からも血が噴き出している。
倒れるジャックをアーサーとメリールルが受け止める。
この攻撃は……。
グンツーフの地下遺跡で戦ったアデュア・ビヤルクか……!
建物から出るところを狙って一度に2人を貫通させる攻撃を……?
「空渉石はすぐそこだ!
逃げ切ろう!!」
アーサーの声にメリールルが翼と腕の部分龍化を発動させ、私を掴む。
そのまま前方の王宮に突進した。
王宮の壁を爪で破壊し、破片とともに室内に転がり込む。
アーサーもジャックに肩を貸しながら建物内に退避した。
私よりもジャックの方が重傷だ。
ジャックの胸元にイニシャライズをかける。
くそ……お腹に力が入らない。
歩けない。
再びメリールルが私を抱える。
「早く!
空渉石へ!」
ホールに入ると、中央付近に佇む空渉石が淡く光を反射している。
4人で倒れ込むように空渉石の元へ駆け寄る。
カチッ……。
ドンッッッ!!!
何?
空渉石に触れる前、地面が爆発した?
もうもうと立ち込める砂煙。
床のタイルや瓦礫などがパラパラと降ってくる。
「痛ってえぇ!! 何だ!?」
「っああーーー……!?
目が……!」
ジャックとメリールルの呻き声が聞こえてくる。
煙が収まり、状況を確認する。
地面が50センチ程えぐれて、床の下、建物の基礎部分が見えている。
ホールのガラスはすべて吹き飛び、散乱している。
空渉石は跡形もなく消えてしまった。
破壊されたのだ。
幸い私は大きなダメージを受けなかった。
最初の攻撃で負った脇腹の傷口が痛む。
「みんな、怪我は!?」
「俺は……何とか」
「アタシも! でも、目が見えない!」
「アーサー!? どこ?」
メリールルの足元にアーサーが突っ伏している。
「アーサー! アーサー!?」
呼吸はあるが、意識がない。
咄嗟に私を庇ったんだ。
怪我の程度が分からない。
本日2回目のイニシャライズ。
「う……ゴメン、何が起きたの……?」
「爆破されたわ。テレポートは使えない」
バンッ……バンッ……!
ズズン……!!
再び地面が揺れた。
破裂音は天井付近から聞こえたが……。
今度は何!?
ミシッ……ベキベキ……!!
ホールの至る所から柱の石材が割れる音がする。
「天井が落ちるぞ!!」
地上3階くらいの高さまで吹き抜けになっている巨大な中央ホール。
その天井が、こちらに近付いてくる。
腕のインジケーターに目をやると、残りMPは27。
マズい……。
「ごめんみんな! アイソレートは使えない!!」
「アタシの足下に集まって!」
目の見えないメリールルが叫ぶ。
直後に全身を龍化させた。
氷龍の足にしがみつく。
氷龍は私達3人を覆うように体を丸めた。
ガガガガガ……!!
ゴン……ガリガリガリ!!
パリン……ガシャン……。
ズズズン……ベキベキッ……ゴゴン!!
パラパラパラ…………。
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