第8章 Part 10 闘争の呪縛

【500.7】


 闘争本能……「闘争の呪縛」。


 アルマートがノートに書いていた言葉を連想させる。


「生命が行うソフィアの吸収とウィルの放出は、生きる上で無意識的に行っている行為じゃ。

 しかし、その量は決して一定値ではなく状況により変化する。

 何を言っているか分かるか?」


 吸収と放出の量……?


「もしかして、バトラーズ・ハイのことですか?」


 アーサーが代わりに答える。


「そのとおり。

 バトラーズ・ハイとわしらが呼んでいる現象。

 これは、ソフィアからウィルへの変換効率が生命個々の心身の状態に左右されることを示しておる。

 簡単に言えば、平穏な状態より生命が危機に瀕している時の方が、圧倒的に交換効率が良い。

 これは何も特別なことではなく、ウィルが人の意志、心のゆらぎを糧に作られる以上は当然のことなんじゃ。

 そして最も人の精神が大きく揺さぶられ、強固な意志を生み出すのは……生命が戦いに身を投じているとき」


「バトラーズ・ハイで得られる快感は、世界意志に刻み込まれたもの、ってことか?」


「そういうことじゃ。

 あの快感の正体は、闘争本能に従うことによる本能的な欲求が満たされる快感じゃ。

 世界意志が強調したのは、まさにそこじゃよ。


 第3期生命が終焉を迎えたもう1つの原因を覚えておるか?

 社会成熟、つまり精神状態の鈍化をもたらす継続的な平和による、エネルギーサイクルの停滞。

 これを防止するため世界意志は、第4期生命の精神構造に変更を加えた。

 争いを好むように。

 危険に興奮するように。

 ……闘争を欲する精神構造を強化したんじゃよ」


「争うことで興奮が生まれる……?

 じゃあ、戦争がない期間に我が国で決闘が流行るのも……」


「闘争に対する無意識の欲求を満たしたい人間の発散手段じゃな」




「バルチェ先生!

 アタシにはちょっと意味が分かりません!」

「メリールル君。

 きみは戦うの好きかい?」

「超大好きです!!」

「そうじゃろ?

 その気持ちは、世界意志によって与えられた感情なんじゃ。

 戦った方が、沢山ウィルを出すからな」


「あ~~……、うん。

 うん? 別に良いじゃん?

 何か困んの?」


「困らん者もおる。

 じゃが、それが我慢ならん者もおるのよ」


 そうか……!


「ユノ・アルマートですね?」


「ああ。

 ユノが変えようとしておるのは、まさにこの増幅された闘争本能じゃ。

 あやつはそれを『闘争の呪縛』と呼んで忌み嫌っておった。

 じゃが、これは世界意志からすれば当然のこと。

 エネルギーサイクルの担い手として、戦いの中でウィルの放出を続けてくれた方がシステムとして優秀じゃからな。


 お陰で、と言ったらユノに怒られたが、第4期生命の世になってから、ウィルの供給は安定的に継続されておる。

 クロニクルの記録を覗いた結果分かったことじゃが、ここまでエネルギーサイクルが安定して回っているのは、世界が創られて以来初めてのことじゃよ」


「世界意志は、僕達の創造主ではあるけれど、救いを与える存在ではない……」


「そのとおりじゃな、アーサー。

 わしらを見守り助け、導いてくれる存在だと捉えれば確かに絶望的な話じゃが……。

 わしらを道具として創り出した創造主であり、世界意志もまたエネルギーサイクルの維持という与えられた役目をこなしていると考えれば、納得はできずとも理解はできる」


「与えられた役目って言いましたけど、世界意志は誰かに世界の管理を任されているんですか?」


「そういうことになる。

 わしもこれに関してはクロニクルに記載された情報ではないので明確なことは言えんが……。

 この世界よりも上位の存在が世界意志を生み出したと考えておる」


「上位……?」


 世界意志が頂点ではない?


 それよりも上がいるの?


「実はな、この世界以外にも世界はいくつか存在するんじゃ。

 そして上位と下位の概念がある。


 わしの認知できる範囲では、それらは1つの上位世界と、それ以外の下位世界で構成されておる。

 わしらが生きるこの世界は、数ある下位世界の中の1つ。

 下位世界は、上位世界を維持する為に存在しておるんじゃよ。

 見てみい」




 映像の視点は、どんどんと地球から引いていっている。

 遂に地球が見えないほど遠くに離れ、闇と星の光だけの世界になった。

 そして、更に視界は世界から離れる。


 すると、闇が途切れた。

 私が何処までも続く闇だと認識していたのは、1つの暗黒の球体だった。




「これが1つの世界じゃ。

 そして、世界は1つではない」


 視界は更に遠ざかる。

 夜空の闇を包んだような球体が、周囲にいくつもある。

 それらが光の糸のようなもので束ねられ、ぶら下がっている。


 そして、それらの糸を束ねる先には、一際大きな球体が。


「見えるか?

 いくつもあるのが下位世界たち。

 そして、それを束ねる大きな世界が、これらの上位世界じゃ。

 実際にこのような位置に存在するというわけではない。

 相互関係の概念的なイメージじゃな」


「スケールがデカすぎる……。

 理解が追いついていかねえよ」


「1個の生命体としては当然じゃろう。

 わしも精神体になり、世界意志と感覚を共有したからこそ、このイメージが認識できた。

 わしらがいる世界は下位世界の1つ。

 そしてその中心にある星の核は、元々上位世界の存在が生み出し、世界意志に与えたものなんじゃ。

 世界意志自体も、上位世界の存在が星の管理のために生み出した存在と言える。


 まあ、世界意志にとっての『神』じゃな」


「すみません。

 上位世界の存在は、一体何のために星の核を生み出したんですか?」


「それはわしにも分からんよ、アーサー。

 恐らくは星の核が、上位世界の何らかのシステムを維持する為に存在する装置なんじゃろうな。

 じゃから、エネルギーの供給が途絶えると、世界意志は困るんじゃ」




 …………。


 沈黙が流れる。


 余りにも規模の大きすぎる話に、何と反応すれば良いのか分からない。


 沈黙を破ったのは、ジャックだった。


「結局アルマートは何をしようとしてるんだ?

 ダイブってのが神域に潜ることなら、ワールドダイブってのは……?」


「この世界のあらゆる生命を、同時にダイブさせることじゃ。

 ソフィア結晶に凝縮されたエネルギーを一挙に解放し、この星を飲み込む。

 わしが実験でダイブした状況と酷似した環境を、世界全体で起こすんじゃな」


 青い光の柱。


 そのあと地球を覆うエネルギーの波。

 あれのことか。


「で?

 ……そうすると、どうなんのさ?」


「地球上の全ての生命が強制的にダイブする。

 すると、わしやキュリスと同じように存在の変質が起こるはずじゃ。

 ユノの望みはな。

 全人類に存在の変質を起こさせ、エネルギーサイクルから外れた存在へと変化させることじゃ。


 つまり、エネルギーサイクルの担い手としての役割を放棄し、肉体も捨ててしまうことで、世界意志の影響下から抜け出し、闘争の呪縛から人類を解放する。

 これがあやつの行動する目的じゃ。

 人がエネルギーサイクルを維持するためでなく、人間達自身のために生きる存在となる、とな」


 エネルギーサイクルを放棄?


 肉体を捨てる……?

 そんなことしたら……。


「そんなことを実行したら、人が人でなくなる!

 ……あ、すみません、バルチェさん」


「いいんじゃよ、アーサー。

 そのとおりじゃ。

 わしも自分のことを最早生命だとは思っておらんからのう。


 これは、闘争を前提に維持される世界を作り出した世界意志に対するユノの反逆であり……。

 闘争に翻弄されたユノの人類に対する制裁であり……。

 そして、争いのない世界を夢見るあの子の最後の望み、なんじゃよ」


 そう答えたバルチェの顔は、とても悲しそうだった。




「……じゃあさ、世界意志と交渉はできないの?

 バルチェ先生は神域にダイブしたんでしょ?」


 メリールルがバルチェに問いかける。


「確かに世界意志の存在を認識した。

 じゃが、あれに期待してはいけない。


 世界意志は、人間個人の喜怒哀楽になど興味を示さん。

 生命個々の意志や生死を見つめることなく、世界のシステムを維持する部品の1つとしてしか、生命を捉えておらんのじゃ。


 例えば……そうじゃな。

 自然界で生物の死骸は土の中の微生物によって分解されるじゃろ?

 そして草木に吸収されエネルギーに変わる。

 微生物がおるから生態系は成り立っておるし、人間も少なからずその恩恵を受け、利用もしておる。

 畑に蒔く肥料とかな。


 じゃからといって、微生物1匹1匹の喜怒哀楽に思いを馳せることがあるか?

 考えることすら無いじゃろ?

 それと同じようなもんじゃ。

 世界意志は、この世界を見る時わしら個人に焦点を当てるには存在が余りに大きすぎる。

 存在の次元が違うんじゃよ」


「だから、アルマートは自分で変えようと……?」

「ああ。

 それが、あやつの決断よ」






 その日の夜。


 私はアルマートの望みについて考えていた。


 ワールドダイブ……。

 現在の人々の生活を壊してまで行う必要のあることなのだろうか?


 私は思うのだ。

 確かに世界は争いと悲劇にまみれている。

 だが、それでも同じくらい喜びや楽しいことだってあるはずだ。


 それに、平和を望む気持ちが人々の心の中に存在するのも事実。


「ねえ、バルチェさん」

「ん? なんじゃ?」

「私は、エネルギーサイクルの担い手だってこと、嬉しく思うんですよ。

 素敵じゃないですか。

 自分の命に役割があるってこと」


「そうじゃな。

 そう感じてくれて、ホッとしとるよ。

 ユノにもその台詞、叩きつけてくれ。

 あやつに勝った後でな。

 それもお前さんの役目なんじゃろう」


「やっぱり、戦わないといけないんでしょうか?」

「話し合いで聞くような奴じゃないわ。

 それだったらわしが説得しとる。

 一途で頑固な子じゃからの……」


 確かにそうか……。


 私の役目……私の存在意義……。






 ユノ・アルマートを止める。

 彼女はネットワーク計画に参加するほどの魔法の熟練者であり、既にソフィア結晶を1つ手にしている。




 私達に、できるだろうか。


 いや、やらなければならない。


 それが、女神ヴェーナを殺し、ネットワークを停止させるという行為に及んだ私達の……そして、これまでの全てを知った私達の、責任だろう。


 ~第8章 真話 完~

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