第8章 Part 9 生命
【500.7】
バルチェは話を続ける。
「単刀直入に言おう。
現在の人類を含めた生命は、創っては滅ぼし、試行錯誤を繰り返しながら世界意志が生み出した、4番目の生命。
『第4期生命』や『フォース』と呼ばれている者達じゃ」
「4番目……。
私達の前にも、生命がいたんですか。
……もしかして、それって……!」
「そう。
わしらが『古代文明』と呼んでいる者達は、わしらの1つ前に地上で栄えた生命、『第3期生命』じゃよ。
第3期生命は、わしらの魔法文明とは違い、科学文明を築き発展したんじゃ」
「古代文明が、僕達とは異なる1つ前の生命体……。
だから科学文明は僕達に受け継がれなかったのか……」
「ああ。
そうとも言える。
じゃが、わしらが当然のように使っている知識の大部分は、データ上では古代文明から継承されたもののようじゃ。
例えばわしらが話す言語、十進法の概念、衣食住や生活様式、距離や時間の単位。
これらはかつて第3期生命が発明したものの一部じゃ。
彼らは凄いぞ。
言語だって何千種類も生み出した。
わしらが今喋っている共通語は、彼らの世では『英語』と呼ばれていたものらしい」
「言葉がいくつもあったって、何のためだ?
言語が違ったら意思疎通できねえだろ?」
「さあ、そこまでは知らん。
1つ言えるのは、第3期生命の生活範囲がわしらに比べて遙かに広大だったということじゃ。
現在の第4期生命の生息地域は、当然3つの大陸周辺のみじゃ。
それしか陸地がないからな。
じゃが、第3期生命の時代には、地球上の至る所に大陸があった。
それも比較にならないほど巨大な大陸がな。
最盛期の人口は約100億。
じゃから、近くに住まう者同士で共通の言語を喋っていたんじゃろ」
「へぇ~~……!」
本当に「へぇ~~」だ。
全く知らない古代文明の世界。
スケールの大きな世界。
私達よりも発展していたのも当然か。
「そんなに栄えた文明が、何故滅びたんですか?」
アーサーは古代文明に興味があるようだ。
「順を追って話そう。
またイメージを見せながらな」
「まずこの世界が生まれ、世界意志は自らの役目を理解したのち最初の生命を創った。
これが『第1期生命』。
第1期生命は、ソフィアを吸収しウィルを排出するという最低限の機能のみを備えた、現在の生命より遥かに原始的で単純なものじゃった」
バルチェの作った映像を全員で共有する。
原始地球の映像が映し出された。
昨日と同じように、私達は闇に漂っている。
そこからどんどんと地球に近付き、そのまま視界が海の中に入った。
「うわッ!」
あまりにもリアルな映像に、メリールルが声を上げる。
「ほれ、見てみろ。
これが第1期生命じゃ」
バルチェが指さす先には、海の中でフワフワと漂う泡のようなものがあった。
「何だこれ? 泡じゃねーか!」
「この泡が1つの生命なんじゃ。
今は拡大して見ているが、実際の大きさは1ミリにも満たない」
「そんな小さなものが……。
何だか弱々しいですね」
アーサーの言うとおり、波に流されて頼りなさそうに揺れている。
最低限の機能とは言っても……自分で動くことすら出来ないのか。
「そうじゃろ?
案の定、第1期生命は創られてしばらくすると死んでしまった。
多様性を持たなかったため、環境の変化に耐えられなかったんじゃ」
映像の泡達が次々に消えてゆく。
こんな単純な生命にも、魂はあるんだな。
精神世界も同時に見えている私達には、彼らの魂がちぎれて分解されるのも同時に観察できる。
「反省を活かして次に創られたのが、『第2期生命』。
彼らは進化の可能性と生存本能が与えられ、以後の生命のベースとなった。
進化により多様性を獲得して多くの種類に分派し、環境に適応していった」
泡達が消え去った後、海には一挙に様々な生物が現れた。
さっきよりもずっと複雑だ。
虫のようなもの、貝のようなもの……。
不気味な見た目の生物が海の中を埋め尽くす。
魚のようなものもいくつか見られる。
「陸に上がってみよう」
視点が上昇し、陸地に移る。
そこには植物が生い茂る緑の大地があった。
「草木がある……。
もしかして僕らの知ってる植物って、第2期生命がずっと生きてるものなんですか?」
「そういうわけではない。
これが第2期生命の進化の1つの形なんじゃ。
第3期以降は、第2期生命を参考に創られておる。
形状や生態が似ているものがあるのは、第2期生命が元になっておるからじゃ」
しばらくして、地上にも植物以外の生き物が現れた。
トカゲのような動物だ。
進化を続け、どんどん大きくなる。
「何コイツら! 気持ちわり~。
でも順調に繁栄してるじゃん。
何か問題あったの?」
「進化とは、環境への適応能力じゃ。
その方向性は、世界意志も操作できん。
あるときいくつかの種族が生まれた。
環境に適応し凶暴、雑食で貪欲な種がな。
彼らは陸や海で爆発的に増えた。
生態系のトップが大量に発生したんじゃ。
奴らは異種族を食い合い滅ぼし、餌がなくなれば同族食いも始めた」
地上では巨大なトカゲや獣たちが互いに食い合っている。
先ほどまでの楽園はなくなり、不毛な大地に変ってしまった。
「第2期生命も失敗作じゃった。
生命全体としてのまとまりやバランス能力を持たなかったからじゃ。
タガの外れた進化という能力が、やがて生命全体を破滅させていった。
最終的には欠陥品として、世界意志によって消滅させられた」
「消滅、ね……」
「世界意志の立場からすれば仕方がないんだろうね。
大事な星を傷つけさせる訳にはいかないから。
危険性が認められれば、深刻な悪影響が出る前に排除するわけだ」
「そういうことじゃ。
そして、これまでの反省を踏まえ、世界意志は第3期生命を生み出した」
映像の時間がすっ飛び、再び生命が生まれた。
今度は私達の知っている生き物も多くいる。
草木のほかに鳥類、動物までも。
「彼らは第2期の全盛期のように、はじめから様々な種類が創られた。
加えてその代表として、より高度な知能を持つ種族である人類が創られた」
人だ。
……でも見た目は猿と私達の中間のような見た目をしている。
木の棒を持って動物を追いかけ回している。
「これが第3期生命の人類?
ブハハハ!!
超頭悪そうじゃん!
ていうか猿じゃん!!」
「今はな。
この人類という種は、生命の代表としての自覚をもつ生物で、星と生命の未来を考えて行動することができるという画期的な性質を与えられた。
言うなれば、生命全体としてのバランス感覚じゃな。
これが、第2期生命の失敗を元に世界意志が生命に与えた安全装置じゃった。
人類という種に地球上の生命を管理させ、繁栄を続けるようにとな。
種の代表である人類は、少しずつ技術を進歩させていった」
さっきまで裸で木の棒を持っていたのに、今は麻の衣服を身にまとい、石を研いで創った弓矢や槍を作り出している。
彼らは他の生命を育てることを学んだらしい。
農業や畜産だ。
世界はどんどん拓けてゆく。
いつの間にか見た目は私達と全く変らなくなった。
これが第3期の生命?
私達とは別種だということが信じられないくらいだ。
「上手くいきそうじゃねえか。
でも、コイツらも結局滅びたんだろ?
何でだ?」
「第3期までの生命は、エネルギーサイクルの担い手ではあるものの、ソフィアに込められたエネルギーを魂の維持のため消費するのみじゃった。
生命の外に向けて作用させる能力を持っておらんのじゃ。
つまり、物質的なエネルギーのみに依存して社会を発達させたのじゃよ」
「それが、何か問題なわけ?」
「第2期生命までは大きな問題にはならんかった。
じゃが、第3期生命は知能を急激に発達させ、初めて文明と呼ぶべきもの、科学文明を発展させた。
見ろ。彼らの時代の産業革命というやつじゃ」
歯車が複雑に組み合わさった機械で大規模な作業が行われている。
何の装置なのか、もう私達には分からない。
黒い煙を吐きながら、トロッコの化け物のような巨大な鉄の塊がレールを走る。
やがて人々は数人単位で鉄の箱に乗って高速移動するようになった。
道路は見たことのない素材で綺麗に舗装されている。
「科学文明が進歩した結果、深刻な環境破壊が起きた。
彼らは技術力を発達させていったが、ソフィアのエネルギーを利用する文明が作れない。
どうやってエネルギーを得ていたと思う?
生物が死んで化石化したものを燃やして熱を得ていたんじゃよ。
想像できるか?」
生命の死骸を燃やす?
それでエネルギーを得るの?
じゃあ、あの高速移動する箱にも、生物の死骸が積まれている?
どういう考え方をすればそんな気持ち悪い方法が思いつくのか……。
「更に時間が進むと、社会成熟の過程でウィルの放出効率が低下し、本来の役目を果たさなくなった。
見てみろ。
彼らの進みきった文明を」
巨大な建物が地面から生えている。
鉱山町の遺跡で埋まってたものと同じだ!
人間は殆ど見えない。
……いや、全部建物の中にいるのか。
小さな部屋の中に閉じこもって出ようとしない。
そして、他の種族もいつの間にかいなくなっている。
草木が一本も生えていない……。
「あれ……?
精神世界側から見てみると、彼ら殆どウィルを放出していないですよ?」
「そのとおりじゃ、アーサー。
ウィルの放出は減っていき、エネルギーサイクルは停滞した。
世界意志は第3期生命をエネルギーサイクルの担い手として失格だと判断し、星を維持するために彼らの社会を終わらせた。
皮肉にも、人類以外の多くの種が科学文明の環境破壊や乱獲に耐えられず絶滅し、生態系をいびつなものに変えてしまっていた。
世界意志の試みは、またしても失敗に終わったんじゃよ」
人類が創った無機質な都市を、巨大な津波やハリケーンが飲み込んでゆく。
荒波は大地を削り、世界の殆どが海に没した。
地殻変動が起こり、かつて大陸だった場所も、全てが海の底へ。
嵐が止むと、地球上に残された陸地はわずか3つの小さな島のみとなった。
この島の形には見覚えがある。
私達が現在「3大陸」と呼んでいるものだ。
第3期生命の時代は、終わった。
「これからアタシらの第4期生命が生まれるの!?」
メリールルも興味津々だ。
いつもは難しい話は途中で寝てしまうのに。
映像の力は偉大だなぁ。
「うむ。
肉体のベースは第3期生命の後期タイプとほとんど変わらなかった。
じゃが、大きく異なることが2つある。
先の失敗を克服するため、世界意志が生命の設計に変更を加えたんじゃ。
1つは、ソフィアの貯蔵器官を体内に有するようになったこと」
「それが神臓だな?
神臓を得ることで魔法を使えるようになった。
物理的なエネルギーに依存しすぎないように、か」
「ああ、そうじゃ。
第3期生命では魂の維持に利用されるのみだったソフィアを体内に溜め込むことが出来るようになった。
そして、余剰のソフィアを物質世界のエネルギーに変換する技術『魔法』が発明された。
じゃから第4期生命の世界では科学技術はそれほど洗練されず、代わりに魔法文明がここまで発展することになったんじゃ。
お陰で深刻な環境破壊は起こらず、ここまで人類は歩みを進めておる」
「なるほど……。
で? もう1つは?」
「…………」
「どうしたんですか?」
私の質問に、なぜかバルチェが言い淀む。
「もう1つは……闘争本能をより強化させたんじゃよ」
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