第8章 Part 8 ウンコ

【500.7】


「星がウィルを吸収……?

 さっき言っていた、反応を起こしているモノ?」

「そうじゃ。

 どれ、試しにソフィアとウィルを色分けしてみようかの。

 実際はこんな色がついている訳ではないが……」


 バルチェがそう言うと、地球の周囲を漂っていた青い光の帯が、青緑色の光に変わった。

 いや、正確に言えば、青が濃い部分と両方が混ざり合った部分が存在する。


「もっと近くに寄って見てみろ。

 何処が青く、何処が緑色をしておる?」


 目を凝らす。

 すると、確かに見えてきた。

 ソフィア対流の流れの向きが。


「対流に向きがある……。

 星の核から出てきてすぐの対流は青いわ。そして少しずつ緑色が多くなって、また核に戻る部分は一番緑色が濃い。

 あと……大陸の上の青い点も、青を取り込んで緑を放出してるわね」


「そのとおり。

 星が正常に稼働し続けるには、星にとってのエネルギーが要る。

 このエネルギーこそがウィルであり、その中に込められた生命の意志じゃ。

 星は、その核でウィルの中の意志をエネルギーとして消費し、星にとっての排出物であるソフィアを吐き出す」

「ソフィアが排出物だと?

 そんな言い方……」

「単に捉え方の違いじゃよ。

 ソフィアをエネルギーだと認識しておるのは、生命だけ。

 星にとってはただの体内で出たゴミでしかない。

 つまりあれじゃ、ウンコじゃな。

 そのウンコは逆にわしらにとっての栄養であり、わしらが排出するウィル――つまりわしらにとってのウンコ――が、星にとっては貴重なエネルギー源なんじゃ。

 これがわしらが普段エネルギーサイクルの循環と呼んでいるものの正体じゃな。

 緑のウィルを食い、青いソフィアを吐く。

 これが星なんじゃよ」


 ソフィアがウンコ……。


 この衝撃的な言葉に、全員が黙り込む。

 意識してしまう。

 今、私達ウンコを吸って、神臓に溜めてるの? ……とか。


 何か気持ち悪いなあ。




 沈黙を破り、メリールルがバルチェに質問した。


「アルマートは、ウンコを吸うのが耐えられなくなったの?」

「違う。

 ……そうだったら説得もできるんじゃがな」


 バルチェは続ける。


「エネルギーサイクルを巡る星と生命の関係を説明したが、そもそもの話をすれば、星の排出したウンコをエネルギーに作り替えるための存在、いわば生態系の底辺として世界意志に創り出されたのが、わしら生命なんじゃよ。

 エネルギーサイクルの中での『エネルギーを作り出すシステム』としてな」

「創り出された……?」

「そう。

 世界意志は、神域に住まうこの世界の管理者じゃ。

 世界意志の役目は、途切れることなく星を稼働させ続けること。

 それには星にとってのエネルギーであるウィルが必要じゃった。

 そこで、ウィルを生産するエネルギーサイクルの担い手として、不要物からエネルギーを生成する効率的なシステムである生命を創り、星の表面に住まわせた。

 そうして出来上がったのが、生命の社会なんじゃ。


 そういう意味で、世界意志はわしら生命の創造主。

 神と表現しても、まああながち間違いではあるまい。

 創造主たる世界意志にはわしらは逆らえんし、世界意志はわしらの存在に対して絶対的な影響力を行使できる」


「影響力?」


「星そのものは世界意志が創ったものではない。

 じゃから世界意志は星に干渉できん。

 エネルギーサイクルを適切に管理するには、ソフィアの生産量とウィルの生産量のバランスを取る必要がある。


 このバランスを保つためには、世界意志が干渉できる生命に対して影響力を行使し、流れるエネルギーの量を調節するしかない。

 そこで、世界意志は生命に対して時に病気や災害などの試練を与え、時に恵みの雨と光を降らせるんじゃ」


「すみません、バルチェさん。

 疑問なんですけど、世界意志は精神世界に存在するんですよね?

 今見ている精神世界の景色の中で、一体何処にいるんでしょう?」


 アーサーの質問にバルチェが答える。


「そこの闇。

 それが全部世界意志みたいなもんじゃよ」


「闇が全部?」


「世界意志は、精神世界のどこにでもおるし、奥底に潜んでおるとも言える。

 世界意志に姿はないんじゃよ。

 闇の中から星と、そこに住まう生命、そしてエネルギーサイクルの流れを見ておるのじゃ。

 丁度今のわしらが全体を俯瞰しているようにな。

 そして、生命がエネルギーサイクルの担い手としての役割を果たさなくなれば、全てを滅ぼして新たな生命を創るんじゃよ」


「新たな生命……?」


 バルチェは大きく伸びをした。


「ふあぁ~~ぁ。

 久しぶりに話し疲れたわ。

 続きは明日にせんか?」


 いつの間にか夜になっていた。






 翌朝。

 目が覚める。辺りを見回す。


「あれ……? バルチェさん?」


 いない。

 昨日の夜は、寝室で宙に浮きながら寝ていたのに。

 そして、結構いびきが大きかったのに。


 私に重なりながら寝言を言っていたのに。


 もしかして、肝心なことを言いたくなくて逃げた……?


 ウソでしょ?


 飛び起きてエントランスを見渡す。

 いない。

 じゃあアルマートの部屋か?




 5つの個室を見てみたが、いない。

 ネットワークの管理中枢の部屋、いない。

 調理場、いない。


 作業部屋……いた!


「何してるんですか?

 いなくなったのかと思いましたよ……」


 バルチェは端末をいじくっている。


「端末が動いておるな……」

「え、ええ……。

 それがどうかしたんですか?」


「いや、わしが見たのは全国に端末が設置される前じゃったからな。

 これが動いておるということは、まだソフィア回収は継続しておるのか?」


「いえ、アークは破壊しました。

 ソフィアの供給は止まっています。

 今は端末内部に残存するソフィアを消費しながら動いているのでしょう。

 そのうちシステムは停止するはずです」


 ネットワークシステムの停止。

 私達の生活も今後は苦しくなる。

 食料、消費アイテム、それらを全て自前で揃えなければ生きてゆけない。


 端末の表面を指でなぞる。

 勿体ない、という気持ちが無いわけではない。


「そうか……。

 ん? お前さんのその指輪、ちょっと見せてみろ」


 指輪?

 ああ、拠点で目覚めた初日に嵌めたやつだ。


「外れないんですよ、この指輪」

「これ、掌天の指輪じゃな。

 お前さんが持っておったのか」


「掌天の指輪?」


「わしが作ったアイテムじゃよ。

 それのお陰でテレポートが出来ておるじゃろ?」


「え? え?」


「接続空間と空渉石を作ったのはわしじゃ。

 それを起動するための補助装置として、掌天の指輪を作った。

 それをつけていればテレポートが楽じゃろ?

 MPも使わんし」


「あ……内側に彫ってあったイニシャルのB.R.って……。

 これバルチェさんのものだったんですね。

 何て言うか、何から何までお世話になってます……」


「よいよい!

 使ってくれて何よりじゃ。

 元々ユノにくれてやったんじゃが、あやつに空間干渉魔法の素質がなかったもんで、ナターシャ・ベルカに贈ったんじゃろ。

 それがお前さんまで渡ったということじゃな。

 超便利じゃろ?

 もっと尊敬してくれても良いんじゃぞ?」


 自分で言うかな……。


 まあでも凄く助かっている。






 朝食を終え、皆で再びバルチェの話を聞く。


「さて、昨日は星と生命、世界意志の話をしたな」

「質問したいんですけど、いいですか?」

「何だね? ドロシー君!」


 余程私達と話をするのが楽しいらしい。

 バルチェはノリノリだ。


 60年の孤独の反動は恐ろしい。


「世界意志は精神世界に潜んでいると、昨日仰いましたよね?

 そして、あなたはその世界意志とのコンタクトを計画した」


「そのとおりじゃ」


「なぜ、バルチェさんは今のような状態になったんですか?

 過去にソフィア対流との同調実験を行ったエディ・キュリスだって……」


「それなぁ。

 わしも原理を完全に理解したわけではないがな。

 まず、人間は物質世界にしか感覚器官がない。

 じゃから、例外はあるが基本的には精神世界を知覚することができんのじゃ。

 つまり、精神世界を高い精度で知覚するには、肉体的な感覚を精神世界へ投写する必要がある。

 この行為をダイブという。

 ダイブはある種の強硬手段であり、莫大なエネルギーを必要とするんじゃ。


 わしは当時、電力を発生させる科学文明の装置などを使って物理的なエネルギーを集め、それを魔法で精神的なエネルギーに変換し、それに乗って精神世界へとダイブした。

 正直言って、その瞬間はメッチャ気持ちよかった。

 もう脳汁ブシャァ~よ」


「は、はあ……」


「そんなあからさまに引かんでくれ。

 で、まあその後はお前さんらも知ってのとおり、肉体が無くなった訳じゃ。

 わしはダイブの副作用でそうなったと考えておる。


 世界意志はわしら人間にとって圧倒的に巨大なエネルギーの集合体じゃ。

 近付き過ぎると、あまりに強力なエネルギーの影響を受け、肉体と魂の性質が変化してしまうらしい。

 わしはこの副作用を『存在の変質』と呼んでおる。

 この現象は世界意志に接近すればするほど顕著に表れるはず。


 エディ・キュリスは生命としての機能に欠陥が生じ、ソフィアとウィルの循環であるエネルギーサイクルから取り残された孤独な存在となった。

 わしは肉体そのものを失い、魂のみの存在、逆に言えば魂だけになっても自己を維持できる存在となった。

 恐らくキュリスよりもわしの方がより神に接近したようじゃ。

 もっと近付けば存在そのものが消えてしまっていたじゃろう」


 怖いな……。

 存在そのものが変質。

 人でなくなる、ということか。


「バルチェさんよ。

 あんたは何でそんな危ねーことしたんだ?」

「何で?

 興味があったからじゃよ!

 他にあるか?

 それまで仮説でしかなかった領域、精神世界に行ってみたい。

 出来れば神と会話をしたい!!


 ロマンじゃろ。

 無理言って当時の国王様に了承してもらったんじゃ。

 楽しかった~」


「そんなんで行っちゃうもんなの?

 頭良い人の考えることって分かんないわ。

 あ~あ、アタシはバカで良かった」


 これに関しては、メリールルに同意。


「じゃが、そのお陰でクロニクルにアクセスすることが出来た。

 わしはあんまし後悔しておらん。

 ユノを止められなかったこと以外はな」


「その、クロニクルっていうのは何なんですか?」


 確かアルマートのノートには、「神域にある世界の記録」と書いてあった。


「世界意志が管理するデータバンクじゃよ。

 生命の活動、星の活動、ソフィアとウィルの変動、それらを全て記録・蓄積している、この世界が始まってから現在に至るまでの情報の集合体じゃ。


 世界意志はこの世の黎明から、生命の試行錯誤をずっと繰り返しておる。

 それをデータ化し、今後のエネルギーサイクルの管理に役立てるのが目的のようじゃな。

 それを参照することで、世界の歴史も、この世の構造も理解することが出来た。

 時渉石で見える過去の記録も、このクロニクルに限定的にアクセスしておるのじゃよ」


「生命の試行錯誤って……。

 昨日最後に言っていた、生命を滅ぼしてまた創るってことですか……!?」


「鋭いのぉ。

 そのとおりじゃ。


 この長い話の、核心じゃよ」

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