第8章 Part 7 バルチェ・ロワール

【500.7】


「え? どういうこと?

 私、時渉石を復元したはずなんだけど……」


 バルチェ・ロワールと目が合った。


「ん? 何じゃ?

 おい、お主。わしが見えるのか?」

「はい、見えます。

 バルチェ・ロワールさんで間違いないですよね?」

「間違いないぞ。

 お前もわしのことを知っておるのか。

 ……おい、すまんが教えてくれ。

 今日は何年の何月何日じゃ?」


「今日は500年の7月9日です」

「と言うことは……わしが消滅してから5年か」

「消滅って……?」


 ジャックが私の肩を叩いた。


「おい、ドロシー。

 何かそこにあんのか?

 俺達には何も見えねえぞ」

「あ……そうなの? 私だけ?

 じゃあ、スキャンで共有してみる」


 スキャンを発動する。

 対象をバルチェのみに絞って、その代わり出来るだけ長く効果が続くように。


「おっ! 見えたぜ。

 ビジョンの映像と同じだ!」

「ホントだ~」

「バルチェ・ロワールさん……お目にかかれて光栄です」


 アーサー達もバルチェのことが見えるようになったようだ。

 バルチェ本人は驚いている。


「おお? おお……。

 お主らも見えるのか……!」


「ドロシー、ここから離れられるかな?

 出来るなら拠点で話した方が良いよ。

 さっき大きな音が立ってるから」


 確かに。

 私が意識すれば、テレポートの同行者には入れられるはず。


「バルチェさん、場所を移動しても良いですか?

 すぐに着きます」

「いいじゃろう。

 連れてってくれ」




 再度MPが溜まるまで待ってから鉱山を出る。

 エクスチェンジはバルチェにも有効だった。


 町の灯りは消えているが、男が数人こちらに向かって歩いてくるのが見える。

 音に気付いて調べに来たのだろう。


 彼らに見つからないように、再度エクスチェンジで一気に空渉石の前まで飛ぶ。

 すぐに接続空間を経て拠点へ。


「ここがお主らの家か。

 ……っていうか、これ魔導師会の研究所ではないか!」


 バルチェはエントランスをきょろきょろ見回している。




 それから私達はまず、バルチェの要望に応えて今まで旅していた経緯を説明した。


「そうか。

 わしの想いを受け継いでくれたのは、他でもないお主らだったんじゃな。

 感謝する。ありがとう」


 私達の話が終わると、バルチェはまず私達に礼を言った。


「いえ、お礼なんて……。

 あの、最初に聞きたいんですけど、何故バルチェさんが生き返ったんですか?

 あれ? 生き返ったって表現して良いのかな……?

 私が復元したのは時渉石なんですけど」


「生きてる生きてないの話は面倒くさいから脇に置くとして、お主の『復元』というのは、どういった能力じゃ?」

「時間を遡行し、過去の状態に戻す時間干渉魔法です」

「え……マジ?

 お主、凄いんじゃな。

 わしなんかより全然凄い。

 ……い、いや。それもまあ良い。


 答えは簡単じゃ。

 神とのコンタクトにより魂だけになったわしが、時渉石を作ったのよ。

 わしの魂、それ自体を材料にしてな」


「魂が材料……!?」

「そうじゃ。

 わしはユノ・アルマートの暴走を止めようと思ったが、実験により精神体になってからは物質世界に干渉することができん存在になっておった。

 じゃから、何かを遺すなら、魂を犠牲にするほかない。

 わしの魂を材料にして生み出したのが、世界の記録を参照する触媒、時渉石じゃよ」


「なるほど……。

 だからドロシーが時渉石を復元したら、その元となるバルチェさん、あなたの魂が復元されたということですね」


「ああそうじゃ。

 ……ていうか、周りのお前さんらにも聞こえておるんじゃの。わしの声。

 何か、わし、嬉しい……」


 バルチェは感極まったのか、目を潤ませはじめた。


「おいおい、泣くなって。

 そんなに人と話すのが嬉しいのか?」

「うむ。嬉しい……。

 ユノ以外とは、60年くらい誰とも話せなかったからの……。

 こうやってワイワイ大人数で喋るの……メッチャ楽しい」




 少しして、バルチェも落ち着いたようだ。

 今度は最初よりも元気になっている。


「ていうか、お前さんら凄いのう!

 全員空間干渉魔法が使えるのか?」

「いや~、アタシらは出来ないけど、ドロシーがみんなに共有できんのよ」

「ドロシー!!

 お前さんマジで凄いんじゃな!

 尊敬する!

 もうわし、お前さんについて行くわ!!

 何もできんけど」


 ついて行く宣言をされた。


「バルチェさん、心強いです。

 私達の目的を達成するにあたり、あなたの持つ知識をお借りしたいと思っています。

 いくつか知りたい事があるんです。

 ユノ・アルマートのことで」


「ユノなぁ……」


「バルチェさん、あなたはアルマートの暴走を止めると、さっき仰いました。

 アルマートとは対立していたのですか?」


「最終的にはな。

 わしの再三の制止を聞かず、ユノはワールドダイブを起こそうとしておる。

 わしにはあやつを止める術を持たん。

 じゃから、事態を認識し、ユノを止めてくれる人間が現れることを願って手掛かりとなる時渉石を各地に置いたんじゃ。


 魂を削りながら時渉石をいくつか設置したあと、わしは存在を保てなくなって消滅した。

 わしの想いを継いでくれたと言ったのは、そういう意味じゃよ」


「そうだったんですね……」


「じゃあ、僕達がネステアや北限の物見櫓で過去を知ることが出来たのも、バルチェさん、あなたが命をかけて遺してくれたお陰だったってことですか」


「まあの。

 頑張ったんじゃよ、わし!

 ま、命をかけるって言っても、元から死んでるようなもんじゃし」


 バルチェはニコニコしながら宙に浮いている。


「バルチェさん、アルマートが起こそうとしているワールドダイブについて教えて下さい。

 一体彼女は何をしようとしているんですか?」


「何じゃお前さんら、知らんのか?

 わしの作った時渉石を見たんじゃろ?」

「遺跡の場所にあったものなら、邪魔が入ったので途中までしか見ていないんです」

「ああそうか……。

 うーむ……」


「……?」

「どしたの~?」


「迷っておるのじゃ。

 真実を聞いて、ユノと同じような考えになってしまわぬか」

「そんなこと無いと思いますけど……?

 私は、世界を滅ぼしたいなんて考えません。

 アルマートを止めたいんです」


「まあ、そうじゃな……。

 じゃが……いや、今更か。

 いいじゃろう。教えてやる。

 お前さんらがユノの動機を理解するには、はじめから話さねばならんのう。

 つまりユノが書き留め、のちに処分した『真話』の内容をじゃ」


 そう言ってバルチェは一度私達を見回した。




「まずは物質世界と精神世界の関係から話そう」

「物質世界って……今私達がいる世界ですか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える……。

 そうじゃの……実際に見せた方が、イメージが湧くか」

「実際に?」

「ドロシー、お前さんのビジョンの共有能力、ちょいと借りるぞ。

 わしが見てきたイメージを全員に共有する」


 そう言って、バルチェは私を手招きして呼び寄せた。

 バルチェの物質をすり抜ける身体が、私の身体と重なる。


「お前さん達、全員目を閉じろ」


 すると、そこには世界を俯瞰する空からの視点が現れた。

 あの時の夢のようだ。


 闇の中に青く巨大な球体が浮いている。

 それを遠くから見つめるように私達5人も闇の中を漂っている。




 何が映っているのか理解していないメリールルが早速質問。


「これ何? 飴玉?」

「この世界。地球じゃ」

「地球!? ウソ!?

 地球って、丸いの?」

「何だメリールル。

 お前、知らねーのか?

 丸くなきゃ水平線があるのおかしいだろ?」

「龍化して高い高度から見下ろしたりしてるから、分かってると思ってたよ」

「アーサー、アタシがそんなことに気付くほど賢い人間だと思う?

 飛んでる時なんて、気持ちーなー……くらいしか考えないよ!!

 で、南レーリア大陸はどこ?

 拠点は?」

「えーとね……ほら、ここ」


 アーサーが映像の1か所を指さす。


 地球表面の殆どは海で覆われており、その中で唯一、陸地が寄り添うように密集している場所がある。


「え? あ、これ世界地図の奴だ。

 3大陸集まってこれだけ?

 こんなに小さいの!?

 ほぼ点じゃん!」


 メリールルの言うとおり、私達がこの世界の全てだと思っているあの世界地図は、この星のほんの1部分でしかないようだ。


 正直、私も地球の殆どが海で、陸地がこれだけしかないことは知らなかった。

 今それを言うと何か恥ずかしいので黙っておくけど。


「お前さん達、そこは驚くところではない。

 話が進まんじゃろうが。

 今見えているのが、物質世界。

 人間界とも呼ぶ。

 物質的なエネルギーが支配する領域じゃ。


 いいか?

 今から精神体となったわしが精神世界から見ているイメージに切り替えるぞ。ほれ!」


 景色が変わった。

 今まで地球があった場所には、その中心に小さな赤く光る球体があるのみになった。

 そのほかは全て空と同じ闇で満たされている。

 そして、赤い球体から青い光の帯がゆらゆらとたなびき、地球の中心から地表へ、そのまま上空へと上がり別の場所からまた地表を通って赤い中心へ。

 幾本にもなる光のラインが赤い地球の中心と表面を巡っている。


 さっきまで3大陸があった場所も青く光っている。

 近付いてよく見ると、それは小さな青い光の点が集まったものだった。

 これは……人か。




「これが精神世界。

 神域とも呼ぶ。

 精神的なエネルギーが支配する領域。


 青い光はソフィアとウィル、そして生命の魂じゃ。

 地球の中心から青い光の帯が何本も出ているじゃろう?

 これがソフィア対流。ソフィアとウィルを乗せて世界を巡るエネルギーの流れじゃよ。

 3大陸のある辺りの丁度中央にも、一本通っておる。


 つまり、精神世界と物質世界は別々の場所に在るのではなく、重なり合って存在しておる。


 人間がいる世界が物質世界だという表現が部分的に間違っているというのは、肉体は物質世界、魂は精神世界に属するからじゃな。

 2つの領域は表裏一体の関係で、強い物理的エネルギーが精神世界に影響することも、強い精神的エネルギーが物質世界に影響することもある。

 魔法はその最たる例じゃ。

 生命そのものも、また然り」


「なるほどな。

 俺にもこうやって見えりゃ良いのによ。

 フローコントロールがやりやすくなる」


「さて、ここで問題じゃ。

 お前さん達、エネルギーサイクルは知っておるな?」


 突然だな……。


「大気中のソフィアを人間が吸収し、エネルギーと意志を交換してウィルに変え、ウィルが大気中でソフィアに戻るっていう、あれのことですよね?」

「そうじゃ。

 では、ウィルが大気中でソフィアに戻るのは、何故だと思う?」


「それは……え? 何でだろう……。

 時間が経つと、『意志』が薄れて無くなるから……?」

「いや。消えてなくなるわけではない。

 精神世界のエネルギーだって、一定の法則に支配されておる。

 人が込めた意志は勝手には無くならんし、失ったエネルギーだって、自然に戻りはせん」

「じゃあ、意志が何らかの反応を経て、エネルギーに変わっている……?」

「さっきよりも近づいたのう。

 その反応を起こしているモノが、ユノが知りたがったこの世界の正体じゃよ」

「モノ……?」

「この星。

 正確にはその中に存在する核じゃ。

 地球の中心に赤く光る部分があるじゃろ?

 それじゃ」

「地球そのものが、反応に関わっているのですか?」

「うむ。

 この世界の主要な構成要素は3つ。

 『星』『生命』そして『世界意志』じゃ」

「世界意志……。

 確か、アルマートが記録に書いていたような……」


「世界意志については後で話す。

 まず、この世界の中心はこの星。

 星はウィルを吸収し、ソフィアを排出する。

 つまり、エネルギーサイクルにおいてわしら生命の対極に位置する存在じゃ。

 星の核こそがこの世界の正体であり、同時にこの世界が存在する理由なんじゃよ」

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