第8章 Part 6 偶然による奇跡

【500.7】


 その声が時渉石による映像ではなく、実世界でかけられた声だと気付き、慌ててビジョンを解除する。


 そこには知らない男が立っていた。


 薄汚れた1枚の大きなボロ布で全身を覆っている。

 身の丈はジャックと同じくらいだろうか。


 唯一見えている顔から察するに、20代後半くらいの男だ。

 長く伸びた灰色の髪を垂らし、生気のない眼で私を見つめている。




「だ、誰ですか……?」


 恐る恐る問いかける。

 男は異様な殺気を放っている。


「俺の名はアデュア・ビヤルク。

 神託に従い、神の代行者として魔女を殺す」


 いきなり何を言い出すの、この人。


「魔女? 魔女って何ですか?」

「とぼけるな。

 お前のことだ、ドロシー」

「待って下さい。

 何のことか分かりません!

 あなた……」


 アデュア・ビヤルクと名乗った男は私の言葉を無視し、白い球状の物体を2つ、空中に浮かせた。

 操作魔法か。


「ドロシー。

 ちょっとヤバいよ、コイツ。

 ……戦える?」

「え、ええ……」


 男が急に地面を蹴った。

 地面すれすれを滑るかのように移動しながら、高速で間合いを詰めてくる。


 アーサーが双剣を抜き、私を守るように剣撃を繰り出した。


 ギィィーーーン……。


 甲高い金属音が地下空間に響く。

 男の手には白い槍のような武器が握られ、アーサーの剣を受け止めている。


 アーサーの剣でも斬れない……?


「魔女の手下め……。

 邪魔するのなら容赦はしない」


 ビヤルクの肩付近を漂っていた2つの球体から、突然まばゆい光線が発射された。

 ノーモーションの遠隔攻撃にアーサーの回避が間に合わない。

 光線はアーサーの左足首と、右太ももの辺りを貫いた。


「うぐ……!」

「アーサー!

 ……クソッ! 何だ今の!?

 光の魔法?」




 雷ではなく、光。

 光って照明だけじゃなくて攻撃にも使えるものなの?

 だとしたら、相当な出力のはず。

 かなり手練れの魔導師だ。

 しかも体術もアーサーと互角以上……?


 ビヤルクは攻撃の手を緩めない。

 槍の連撃が私を狙う。


 楔を横から当てて槍の軌道をずらす。

 ジャックがありったけの水を水筒から出して水の壁を作る。


「落ち着いて下さい!

 あなたと戦う理由がありません!!

 魔女って何ですか!?」


 ビヤルクは答えない。

 私達は彼の槍を止めるだけで精一杯だ。


 再び白い球から光線が射出される。

 正確にジャックの水の隙間を縫って来た。


ジャックの胴体を掠めるように射貫いた。


「痛え! 畜生やりやがったな!」


 ビヤルクの後方で、霞化したメリールルが白い球の片方に静かに近付く。

 間合いに入ったところで霞化を解除、腕部を龍化させ球を凍らせようとした。


 しかし、白い球はジグザグに機動して冷気をかわす。


 もう1つの球に向けてボイドを放つ。

 今ならメリールルの追っている球の方に意識が向いているはずだ。


 キュンッ!!


 そんな馬鹿な……。

 球はボイドの発動直前に、正確に効果範囲圏外に飛び退いた。


 私達の魔法が全て認識されている……。

 少なくとも私にはそのように見える。




「随分ソフィアを使う攻撃だな。

 連発できるのか?」


 ビヤルクが再び槍を構える。

 マズい。防ぎきれない。


「みんな私の後ろまで下がって!」


 ビヤルクの放った強烈な突きが私に到達する直前、アイソレートを発動する。

 私達とビヤルクのいる空間を完全に隔てるように張った。


 これで手出しはされない。


「こざかしい……」


 ビヤルクは槍を構え直した。

 身体に引きつけ、根元を右の胸元に密着させ、切っ先はこちらへ向けている。

 いつの間にか槍の形状が変わっている。

 長さは1メートルほどに縮まり、剣先には刃の代わりに筒状の穴が見える。


 先ほどまで浮いていた2つの白い球体が、それぞれ4つずつに分裂する。

 スイカくらいの大きさだったものが、リンゴくらいになった。

 合計8つの球がビヤルクの周囲を周回している。

 軌道は私が楔を周回させる時と似ている。


 彼が構える槍の先端から、ひときわ太い光線が射出された。

 同時に8つの球からも雨あられのように光線が放たれる。




 私を狙って光の雨が打ちつける。

 光線は全てアイソレートで弾かれ、反射した光線が岩の壁や天井を無秩序に穿つ。


 ドドドドド……!


 静かな夜に、岩の崩れる音が響いてゆく。

 地上まで音が聞こえているかも知れない。


 あまり長居はできないな……。


「アーサー、大丈夫?」

「何とか。

 でもMPが溜まったら、治療を頼みたい」


 アーサーは自分の足ではなく、ジャックの傷を治している。

「分かったわ」


「光って攻撃手段になんだね」

 メリールルが呟いた。

「いてて……。

 あれ、相当な出力が出てるぞ。

 フローコントロールで曲げようと思っても、重すぎて動かなかった。

 あの男のMP底なしかよ?」


「それに、私達の攻撃を手に取るように認識してた。

 視界の外の動きも」




「無駄か……。

 空間そのものを隔てているのか?

 そんなことが可能とは」


 ビヤルクはしばらく攻撃を続けたのち、諦めて光の一斉射撃を止めた。


「この地下空間で戦うには、限界があるか」


「ビヤルクさんと言いましたか?

 あなたは何か誤解しています!

 私は魔女なんかじゃありません!」


「その物言いは私の信ずる天使を侮辱するものだ。

 万死に値する」


「こいつ話が通じねえぞ……」


 ジャックは半ば呆れている。

 先ほどの光線による傷は大事には至らなかったようだ。

 既にアーサーの回復魔法で血が止まっている。


「今日は引き下がるとしよう。

 だが覚えておけ魔女よ。

 私は神の代行者。いつか必ずお前の心臓にこの槍を突き立て殺す」


 ビヤルクはそう言い残し去って行った。


 MPの回復を待って、傷の深かったアーサーをイニシャライズで治療する。


「強かったな~。

 何だったの、アイツ?」

「分かんない。

 私のこと魔女って呼んでたけど。

 そんなこと言われたのも初めて」

「やべー宗教の匂いがしたな。

 あの手合いは交渉が出来ねえ。

 もしかしたら1人じゃねえかもよ」

「厄介だね。

 しかも初めて見る攻撃ばかりだった。

 今後また出会ったら、迷わず逃げた方がいいかも」




 スキャンを発動し、近くに奴がいないか確認。


 ……大丈夫だ。

 探知に引っかからない。


 アイソレートを解除して一息つく。

 しかし、そこで初めて私達は重大な不運に気がついた。




 時渉石が壊れているのだ。


 ビヤルクの放った光線が当たったのだろう。

 さっきまで私達に過去を見せてくれていた時渉石は、その中心を光線に貫かれ、粉々の破片と化していた。




「マジかよ……。

 これから大事なとこだったろ。

 ビジョン使えるか?」


「やってみる……」


 欠片をいくつか拾い上げ、ビジョン発動を試みるが、何も起きない。

 完全に機能を喪失している。


「だめね。

 MPが溜まったらイニシャライズをかけてみるわ」




 その場でインジケーターとにらめっこをしながら10分ほど待機。


 よし。

 250溜まった。

 アーサー、もうちょっと待っててね。


 イニシャライズ発動!




 ……あれ、何だろうこれ。

 何かいつもと違う。


 この時渉石って結晶体……物質としての時間の概念が曖昧だ。

 変なの……。


 普通だったら遡る時間の結節点がいくつか存在していて、その中で現在から近くて1番良さそうな状態を選んで発動させるんだけど。時渉石にはその結節点が見当たらない。


 何となく、漠然と時間を戻すしかない?

 いいや、とりあえずやってみよう。


 閃光が時渉石の欠片を包む。


 やがて光が収束した。


 しかし、光の中に現れたのは、元通りになった時渉石ではなかった。




 バルチェ・ロワールが半透明の身体で浮いているのだ。




「な……何じゃ? これ。

 わしは確か、消滅したはず……!」

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