第8章 Part 5 鉱山町

【500.7】


 すぐにレーリア地下道へ向かう。


 隠れ家に到着したが、案の定資料はなくなっている。


「この近く、遺跡か何かないの?」

「遺跡……遺跡……。

 やっぱり特に思い当たるものはないな。

 僕も結構そういうの調べてて、詳しいはずなんだけど。

 近い町は、地上に上がって少し南西に行ったところにある鉱山町だね。

 グンツーフって町」

「んじゃ、そこに行って聞き込みしてみるか」




 いくつかある地上への通路の1つを通って出口へ。

 そこは鉱山町と呼ばれる町、グンツーフの近くだった。


 ブルータウンとは違い、寂れた町。

 レンガでできた建物はずいぶん古く、修繕が行き届いていない。

 市場で売られる食材は鮮度が落ちているものばかりだ。

 何より、人々の顔に元気がない。


 この町の周辺もブルータウンと同じく魔物はそんなに凶悪ではない。

 それなのに、この活気のなさは何だろう。


 ネステアと比べても、ずっと生活水準が低い。




「すみません。

 少し伺ってもよろしいですか?」


 鍬を持って町の外へと歩いて行く男に話しかける。

 近くに畑があるのだろう。


「何だ、あんたら。見ない顔だな」

「私、ドロシーといいます。

 旅をしている者ですが、この町の周辺に歴史的に価値のある遺跡のようなものってありませんか?」

「遺跡ぃ?

 そんなもんねえよ。

 鉱山以外、何もねえ町だ」

「ここの鉱山は、何が採れるんですか?」

「鉄だよ。

 ……もっとも、もう何十年も採掘なんてやってねえけどな」

「何故です?

 掘り尽くしてしまったんですか?」


 男はため息をつき、面倒くさそうに答える。


「……落盤事故だ。

 それから山に入れなくなった」

「落盤?

 あの、それって何年前のことですか?」


 疑問に思ったアーサーが尋ねる。


「知らねえ。俺が生まれるもっと前だ」

「落盤くらい何だよ。

 また掘れば良いじゃねーか」


 ジャックの指摘はもっともだ。

 そのようなことの連続で、操作魔法は発達したのでは?


「国のお達しなんだと。

 危ねーから採掘活動の再開は王家から禁止されてんだよ。

 ったく……余計なお世話だっての」


「王家……!?

 すみません、この町の昔のことに詳しい方はいらっしゃいますか?」


 男はこの町で一番年寄りの老人、「知恵袋のエニック爺様」と呼ばれている人が、事故の頃から生きている唯一の人間だと教えてくれた。




 町の人々から住まいを教えてもらい、エニック爺様を訪ねる。

 彼は小さな家に家族と暮らしていた。


 かなりの年寄りだ。

 1人玄関先で日向ぼっこをしている。


 挨拶をし、落盤事故について聞いてみた。


「珍しいのぉ、外の人が。

 あれは、忘れもしない432年9月28日。

 わしはまだその頃鉱夫見習いでな。

 大量に出る岩くずを、入り口近くで外に運び出す仕事をやっとった。

 操作魔法が苦手じゃったから殆ど人力よ。


 するとな。

 ズズーンって、急に地鳴りがしてな。

 命からがら逃げたのよ」


 エニックさんの話では、町の鉱夫が大勢犠牲になったそうだ。


「怪我人を運び出すのも、鉱山を復旧するのも、この町1つの力じゃどうにもならんで、援助を求めたわけな。

 すると、まず王都から1人の魔導師が派遣されてきた。

 要請したすぐ後だ。


 その男が崩れた鉱山の中で何か見つけたらしくてな。

 そしたら王都から発掘家やら研究者やら役人やら大勢来よって、騒ぎになった訳よ。


 お陰で救助も早くできたんじゃが、今度は役人が鉱山を封鎖すると言ってな。

 地盤が不安定じゃとか、事故がまた起きる危険性じゃとか、何か言っておったわ」


「その、鉱山で見つかったものっていうのは、一体何だったんですか?」

「さあ……。

 わしらには遂に教えてくれんかった。

 立入禁止じゃと言われ、それっきりじゃな。

 この町は鉱山で食ってくことができんようになった。

 じゃが、人間の生活はなかなか変えられん。

 未だにこの町は新しい生き方を見つけられずにいるんじゃよ」




 私達は、立入禁止の鉱山跡地に入ってみることに決めた。

 やるなら夜中が良いだろう。

 もう夕方だが、少し時間をおくことにする。


 町の入り口付近には、空渉石が設置してあった。


 町には必ずあるなあ。

 便利便利。






 その日の夜。

 鉱山跡地の入り口に再集合。


 木の板を打ち付けて閉鎖された入り口をエクスチェンジで通過する。

 用意したジュエル製のライトの明かりを頼りに闇の中を歩く。

 坑道をある程度進むと、落石で道が塞がれている。

 スキャンで調べてみると、この岩をどかせば奥にも道が続いていることが分かった。


「ボイドで消しちゃえば~?」

「いや、支えがなくなって落盤が再発するかもしれないよ。

 エクスチェンジで越えて行こう」


 確かに。

 生き埋めにはなりたくないもんね。


 岩を超えたあたりから、小さなネズミのような魔物がちらほら出てくるようになった。

 弱い。相手にならない。

 この辺りの魔物は、やはりこの程度か。




 進行方向を照らしていた光の中に、突然壁が浮かび上がった。

 また行き止まり?

 いや、道が大きく下っている。


「見て。

 この道、階段状になってる」


 明らかに今までの坑道とは作りが違う。

 そもそも壁面を形成する岩の種類が微妙に異なっている。

 よく見ると、本来の道は右にカーブを描き続いている。


「降りてみよう……ドロシー、気を付けて」




 階段は予想以上に長く続いている。

 もうかなりの深さまで下ったはずだ。


「長くない?」

「1回スキャン撃ってみるね」


 進行方向の空間に魔力を向ける。

 すると、もう少し下った場所が大きく開けている。


 ゴールは近い。


「階段の終わりだわ」


 開けた空間の先にあったのは、地下に沈んだ巨大な建造物だった。


「あったね……遺跡」


 アーサーも驚いている。


「ええ。

 これが見つかったことで鉱山は閉鎖されたのね……。

 一体何が眠っているのかしら」


 遺跡とは言ったものの、調べてみるとそんなに古いものではなさそうだ。

 土砂に埋まってはいるが、建物は崩れずに残っている。


 建物の材質も奇妙だ。

 石のような、レンガのような、見たことのないもので作られている。


 土砂と建物の間に、時渉石を見つけた。

 みんなが集まったところで起動させる。




【432.9.28】


 エニックさんが言っていた落盤の起きた日だ。

 映像が開始される。


 だが、そこには現在のような遺跡は影も形もなかった。


 人影が現れた。

 男だ。見たことがある気がする……誰だったか。


「誰だっけな、コイツ。

 初めて見る顔じゃねえ……」


「どこかで見たよ……。

 あっ! 神との対話実験!

 バルチェの存在が変質した、あの実験の時渉石に映っていた男だ。

 名前は確か、ガージュ……!」


 ガージュは、現在遺跡のある場所、映像ではまだ遺跡が入るスペースすらない岩の壁を見つめている。


「この辺りでいいか……」

 そう言って、手を壁にかざした。


 すると……。




 ゴゴゴンッ!!




 地面が急に揺れた。

 次の瞬間には、目の前に巨大な空間が、そして現在のような遺跡が現れた。


 ベキベキベキ……。


 岩が崩れるような音が響く。

 再び地面が大きく揺れた。


「ガージュってよ、確か古代文明の遺跡を見つけた人間じゃなかったか?」

「じゃあ、これは古代文明の建造物なの?」


「でも今の映像を見る限りでは元々ここに埋まっていたんじゃなく、ガージュという人がここに転移させたようだった……」

「鉱山の落盤は、それで起こったっつーことか?」

「うん。

 王家が動いて立ち入り禁止にしたのも、それだけ重要で極秘にしたかったからだ……!

 辻褄は合うよ。

 でも、そうすると、王立研究院が手にした古代文明の遺跡は、埋まっていたものを偶然発見したんじゃなく、ガージュって人がもたらしたものだってことになる。

 この人が偶然の発見を装って古代文明のテクノロジーの一部を王国に提供したんだ」


「一体何者なんだ? コイツ」

「さあ……」




 次の日付が浮かび上がった。


【487.10.11】


 10年と少し前。映像に映ったのはユノ・アルマートだった。

 私たちが見た姿よりもずっと若かった。

 今のメリールルくらいの年齢だろうか。


「今……何か聞こえた気がする」


 アルマートの独り言だ。

 だが、私達には見えている。

 彼女のすぐ隣、透過する身体で浮遊しているバルチェ・ロワールが。


 アルマートははっきりと認識できないまでも、バルチェの存在を感じ取っているようだ。

 しきりに周囲に目を凝らしている。


「お主、わしが見えるのか……?」


 バルチェがアルマートに問いかける。

 アルマートには、微かに聞こえているようだ。


「また聞こえた! 小さな声」


 アルマートは、自分の周囲に水晶を生成しはじめた。


「おい、何だあれ……!?」

「みんなは見るの、初めてよね。

 アルマートは水晶を自在に生み出すことができるみたい。

 そして、そのままジュエルへの加工も」


 そう言っている間にも、水晶はジュエルへと作り替えられた。

 彼女の周囲にいくつも浮いている。


「……見えた! あなた、誰?」


 アルマートの視線が、はっきりとバルチェを捉える。

 今は完全に見えて、聞こえているようだ。


「わしはバルチェ・ロワール。

 驚いたぞ。

 わしを認識できる人間が現れるとは……」

「ジュエルで五感を何倍にも鋭敏化させているの。

 私はユノ・アルマート。

 ……あなた何者なの?

 何で体が透けてるの?」


「ある実験の結果、こうなったんじゃ。

 元々は、普通の人間よ」

「実験……。

 ちょっと待って、あなたバルチェ・ロワールって言ったわよね?

 もしかして、王立研究院の主任だったって記録に書いてあった、その人?」


「わしのことを知っておるのか……!


 ……これは、運命なのかも知れん。

 今まで誰にも認識されなかったわしを、ここでお主が見つけたことは」




 光が満ちた。次の日付は同じ月のものだ。


【487.10.25】


 この日も、ユノ・アルマートとバルチェ・ロワールが話をしている。


「今日も来ました、バルチェさん」

「熱心じゃな」

「私達人間の歴史は、よく分かりました。

 今日はこの世界の正体について教えてもらう日です」


「本当に聞くのか?

 真実を知ることが、必ずしも幸せとは限らんぞ?」

「そんなことで壊れる幸せなんか必要ありません。

 私は知りたいんです。

 世界のすべてを。

 それを知るために今まで生きてきたんですから」


 バルチェは黙っている。


「どうか教えてください。

 この世界は一体何なのか。

 何のために存在するのか。

 そして何故、こんなにも残酷なのか……」


「……いいじゃろう。

 ユノ……」


 その時、意識の外から声がした。


「遂に見つけたぞ、魔女め……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る