第7章 Part 11 再会

【500.7】


 心のどこかで、ラザード島には彼女がいるかも知れないと、そう思っていた。

 だけど、会いたくなかった。


「来てしまいましたか。

 ……これが、貴方の選択。

 そういうことですね」


「ヴェーナ様、あなたが憎い訳ではないんです。

 でも、決めました。アークを破壊します。

 そこをどいて下さい」


 ヴェーナは悲しそうな顔をした。

「人に創られた偽りの神なれど、私の存在意義に偽りはありません。

 私は人を救う、その為に存在しています。

 どうか、役目を続けさせて下さい。

 お願いです」


 そんな風に言われると辛い。

 問答無用で攻撃して来た方が、ずっと楽なのに。

 ……でも、私の決意は揺るがない。

 決めたんだ。私は私の望みを果たす。




 私達は女神の言葉に耳を貸さず、一歩前へ足を踏み出す。

 アークを破壊する。

 女神と戦ってでも。


「……残念です」


 ヴェーナは静かに涙を流している。


 ごめんなさい。

 でも、一気に決めるわ。

 空間ごと、消し飛ばす。


 アークに照準を合わせ、ボイドを発動させる。


 ギュゥゥーーーン……。


 消えるまで、5……4……3……2……1……0。




 あれ……? おかしい。

 空間ごと消滅するはず。

 詠唱時間は終わっている。


「私に戦う気はありませんが……。

 空間干渉魔法、時間干渉魔法、どちらも発動させませんよ。

 私が全て相殺させます」


 相殺……?

 そんなことができるの?


「じゃあ、しょうがないよね。

 ヴェーナ、あんたを先に殺んなきゃ」


 ……メリールル?


「アタシはね。

 ハンナ姉さんの身体を弄ぶあんたの息の根を、ずっと止めたいと思ってたんだよ」


 そう言い終えるなり、メリールルが腕を龍化させてヴェーナに向かって飛びかかった。


 ヴェーナは素手でメリールルの爪を受け止める。


「疲れたでしょう? 苦しいでしょう?

 眠らせてあげるよ……ハンナ!!」


 メリールルはそのままヴェーナを冷気で覆い凍らせようとする。

 しかし、ヴェーナは凍らない。


「……チッ!!」


 もう片方の腕も龍化させ、今度はアークを貫こうと爪を伸ばす。

 すかさずヴェーナはメリールルの位置を部屋の真ん中まで転移させた。

 そして、アークとソフィア結晶をまとめてカバーする大きさの透明な壁を生成した。


 ボイドの相殺にエクスチェンジ、そしてアイソレート……。

 底なしのMPだ。

 そして、まだまだこんなものではないのだろう。




 今度はアーサー、ジャック、メリールルが3人がかりで攻撃する。

 それでも、ことごとく避けられ、防がれる。

 これだけの手数なのに。赤子同然だ。


 ひとしきり攻撃を継続するが、全くダメージを与えられない。

 いつの間にか、3人は肩で息をしている。

 全力だとMPの減りがこうも速いのか。


 だが、ヴェーナは反撃をしてこなかった。

 一撃たりとも。

 戦う気がないっていうのは、嘘じゃないみたいね。


 ジャックが私の隣に来て耳打ちする。


「次MPが溜まったら、またボイドを撃て。

 俺に考えがある」

「今ちょうど溜まったとこ」

「よし、やってくれ」


 再度ボイドを放つ。

 相変わらず、発動までは時間がかかる。


 ギュゥゥーーーン……。


「無駄です」


 ヴェーナには気付かれている。

 多分また相殺される。


 直後、ジャックは私とアークの丁度中間くらいの位置に両手を向け、掌を掲げた。

 水や空気を操作する時と同じように。




「……まさか!?」


 ヴェーナが突然慌てた。


「ヘッ……!! もう遅い!!

 フローコントロールで魔法発動のウィルが流れる方向を変えたんだよ!!

 お前の『相殺』は、上にずらした。

 つまり、空振りだ!!

 ドロシーのボイドは発動するぜ!」


 ヴェーナが一瞬でテレポートし、アークの前に転移する。

 そして、右手を前に伸ばした。


 ギュボッッ!!


 最終的にヴェーナが身を挺して封じ込めたのだろう。

 私のボイドは効果範囲を大幅に抑え込まれ、アークまでは届かなかった。


 その代わり、ヴェーナの右肩を消し飛ばしていた。

 胴体から離れた右腕が、ボトッと床に落ちる。




「う……」

 ヴェーナが苦痛に顔を歪める。

 初めて見る表情だ。

 彼女にも「痛み」は存在したのか。


 まだだ。迷うな。

 そんな時期はとっくに過ぎてる。

 このチャンスに畳みかけるんだ。


 4人がそう思い、攻撃に移ろうとしたその時、けたたましい警報音が鳴り響いた。


「ヴィーーーッ!

 ヴィーーーッ!

 ヴィーーーッ!


 肉体の損傷が許容レベルを超えました。

 緊急対処プログラムを実行します。


 ヴィーーーッ!

 ヴィーーーッ!

 ヴィーーーッ……」


 その音声は、ヴェーナの体内から聞こえてくるようだ。


 ヴェーナが呻き声を漏らしながら地面にうずくまった。


 何? 倒したの?




 純白の翼が、屈んだままのヴェーナを包み込み、姿を隠す。


 そして、再び翼が開かれた時、ヴェーナの美しかったブロンドの髪が、漆黒に染まっていた。


 ゆっくりと、ヴェーナが立ち上がる。

 変わったのは髪の色だけだ。


 ……いや、それだけじゃない。

 どことは言えないけれど、何かが変わっている。




「やっぱり、こうなると思ってた」


 確かに、喋ったのはヴェーナだ。

 声も変わってない。


 だけど、まるで別人のような話し方だ。


「久しぶりね、マリア。

 ……いや、違うわね。

 はじめまして、ドロシー」


「……あなた、誰?」


「私はシーナ・レオンヒル……その記憶と思考回路をコピーして作ったヴェーナのもう1つの人格」


「もう1つの、人格……?」

「そう。

 ヴェーナは人類の望みの中から相反するもの以外を叶える、ただそれだけの為に行動する。

 だから、あんた達みたいに敵対する人間に対して自衛の戦いを行うことができない。

 そういうプログラムだからね。

 だから、私がいる。

 自衛のための緊急対処プログラム。

 私は『願い』に縛られない。

 ……あなた達が来ると思ってたわよ」


「レオンヒルゥゥウウウッ!!!」


 メリールルが吠えた。


 身体全体を瞬時に龍化させ、ヴェーナに襲い掛かる。


「うるさいな。

 ……今、私が話してる」


 ヴェーナ、いや、レオンヒルは、残った左手を氷龍に向けた。




 ベキベキメキッ!!


 ゴキッ!!


 ブシャッ……。




 不穏な音。

 一体何が?


 状況が理解できないでいると、氷龍が地面に落下してきた。


 氷龍の身体中が、あらぬ方向にねじれ、折れ曲がっている。




 倒れたのは、氷龍だけではなかった。


 私の左右で、アーサーとジャックが同時に倒れる。

 氷龍と同様、首と胴、それに手足がねじ曲がっている。




 ……何、これ……。




 グチャッ……。




 今度は自分の体の中で音がした。


 胸に激痛が走る。

 体内からソフィアが抜け出ていくのを感じる。


 何が起きたの?

 ……訳が分からない。


「あなたの神臓を潰したのよ。

 これでしばらくは魔法を撃てないでしょ。

 ……理解できない顔してるわね。

 別に特殊魔法なんて使ってない。

 これは、ただの操作魔法」


 操作魔法……?

 他の3人にやったのも?

 おかしい。

 生身の肉体は操作魔法で動かすことなんてできないはず……。


「魔法自体が特殊なんじゃなくて、私が特殊なのよ。

 私は生物学者。

 人体の事は誰よりも詳しいの。

 骨格、筋繊維、内臓、神経、脳……。


 人体構造を熟知し、かつ操作魔法を極めるとね。

 人体も物体も関係なく操作できるようになるのよ。

 転がってるそいつらにやったように、折り曲げたり、捻じ切ったり……」


 こっちへ歩いて来る。

 その途中、氷龍の身体が地面に横たわっている。

 レオンヒルは、すれ違いざまに氷龍の頭部を指さし、地面に押し潰した。


「……擦り潰したり」


 氷龍の頭は、床の赤い染みへと変わっていた。


 何もできない。

 身体が動かない。


 手足の感覚がなくなり、私はその場に膝をついた。

 心を恐怖が支配する。


「怯えてるのね。

 勘違いしないでほしい。

 私だって、戦いに来たわけじゃないわ。

 ……あなたに用があるのよ」

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