第7章 Part 12 長い旅の終わり、そして

【500.7】


 レオンヒルは、ゆっくりと私の方へ歩きながら、瞬時に右手を修復した。


「この体なら時間干渉魔法だって自在に使える。

 ソフィア・キャパシティの制限もないしね。

 ……ふーん。

 特殊魔法を発動させるって、こんな感覚なんだ」




 ついに私の前まで来た。


 この女が何を考えているのか分からない。

 必死に声を絞り出す。


「……何が……望み、なの……?」


「女神ヴェーナを作り出し、人々の希望となること」


 なら、さっき何故私に用があると……?


「……ただ、それはあくまで手段でしかない。

 私の本当の『望み』は、過去を見たあなたなら、知ってるでしょ?」


 レオンヒルの本当の望み?


 神を創る以外の?


「あなたを蘇生することよ。マリア」


 潰された神臓に、少しずつだけどソフィアが溜まってきた。

 今のMPは100くらいだろうか。

 何とか隙を見て……。


 グチャッ……!


「がぁっ……!」


 また神臓を潰された。


「無駄よ。もう決着はついてる。

 ……まったく、ここまで長かった。

 ヴェーナが完成したら、すぐにマリアを蘇生させようと思っていたのに、ナターシャの邪魔が入った。

 お陰で5年も余計にかかったし、何より他人の魂がマリアの肉体を操る、そんな耐え難い状況になった。

 ……お前のことだよ、ドロシー……!!」


 レオンヒルの左腕が私の首を掴み、引き上げる。

 レオンヒルの顔が視界に近付いてくる。

 管理中枢の中の亡骸のように、彼女の瞳は赤く染まっていた。


 苦しい……。

 足が地面から離れている。




「シェレニ村の小娘、メリールルとか言ったっけ?

 あいつはハンナ・クラークの肉体にヴェーナや私が入り込んでいることに耐えられなかったろう?

 それと同じさ。


 マリアの身体に、お前は要らない……!」


 レオンヒルが右手を広げ、私の視界を塞ぐように、掌で私の顔を覆った。




「ライン鉱脈戦争でアークが発動した、あなたの魂が消えたあの日。

 16年の時を遡る。

 この時を、ずっと待ってた」




 キィィィイイイン……。




「もうすぐだよ、マリア。

 やっとあんたに、あの日のお礼を言えるね……」


 イニシャライズの詠唱時間が始まった。


 そうか……。

 私も、消えるんだ。


 指先1つ動かせない。

 ごめんね、みんな。


 もう、終わりみたい……。




 ブシュッ……。




「待っていたのは、私も同じ」


 レオンヒルの背後から声がした。


 何? 見えない。


 レオンヒルのイニシャライズが、発動前に解除された。


 首を掴む力が抜け、私は床に尻餅をついた。


 目の前のレオンヒルの胸元から、何かが突き出ている。

 それは、彼女の血で赤く染まった剣だった。

 レオンヒルの、ヴェーナの肉体を貫通している。


「がぁっ……はぁ……!?」


 あの位置は神臓があるはず。

 これは……致命傷?


 レオンヒルを突き刺す剣は、刀身が水晶でできていた。

 ジュエルで創られた巨大な剣。


 次の瞬間、剣はその形状を扇型に変え、左右に広がった。

 レオンヒルの肉体が上下に両断される。




 辺りは血の海になった。


 崩れ落ちるレオンヒルの肉体。

 純白の羽を、自身の鮮血が染め上げる。


 後ろに立っていたのは、ユノ・アルマートだった。

 ビジョンで見たのと同じ黒いローブで全身を覆った姿と、その手に持つ巨大な剣がいささか不釣り合いな印象を与える。




「立てる?」


 水晶剣を収めたアルマートが、私に手を差し出す。


「酷い怪我……ちょっと待って」


 アルマートは、掌を上に向け、何もない空間に水晶を生み出した。

 柔らかく形を変えながら、空中でジュエルへと成形されていく。


「使って。

 治癒促進とMP回復上昇のジュエル。

 あなたの傷が癒えたら、順番にみんなを蘇生すると良いわ」




 時間をかけて3人を蘇生した。

 3人とも自分に何が起こったのか、認識できていないようだ。


 無理もない。あの一瞬では。


 私が蘇生をしている間に、アルマートはアークを水晶剣で突き刺し、完全に破壊した。

 2つのソフィア結晶も無くなっていた。

 装置が破壊されたことで、大気中に還ったのだろう。




「改めて、はじめまして。

 私はユノ・アルマート」


「はじめまして、アルマートさん。

 先ほどは、どうもありがとうございました」

「礼を言うのは私の方。

 10年以上遡るイニシャライズの詠唱時間っていう隙を作ってくれたのは、貴方達だから」


「もしかして、その為にずっと活動を……?」

「そう。

 アークを破壊しようと考えていたのは、私もナターシャと同じだった。

 ナターシャがマリアの肉体に遺志を継がせようとしたのを知って、こうなることを予想したの」


 アルマートは、レオンヒルの本当の目的に気付いていたってことか。


「貴方達を囮に使うような真似して、ごめんね。

 でも、ああでもしない限り、ヴェーナは殺せなかった」




 アルマートと少し話をした後、彼女と別れた。

 アルマートは、もう少しこの建物の調査をしてから撤収するとのことだ。


 私達は、ハンナ・クラークの遺体を丁寧に布で包んだ。

 彼女の亡骸は、シェレニ村の墓地に埋葬する。

 私達に出来ることは、そのくらいだろう。


「色々あったけどさ……結局目的達成だよね」

「ええ、そうね」


 アークは破壊された。

 ソフィア回収が行われることは、もうない。


「疲れたぜ~! 早く戻るぞ!!」

「ドロシー、本当にお疲れさま。

 ありがとう」






 1階に到着する。


 パイプから吐き出されていた濃密なウィルは、もう止まっていた。


 扉を開けて塔の外に出る。




 目の前に広がる空は、さっきとは全く違う色をしていた。


「何だぁ? 暗いな……」


 日没はまだまだ先だ。

 なのに、空が夜のように暗い。


 何?

 どうしたの、これ?




 ドシュゥゥゥーーー……!!


 聞き慣れない轟音とともに、地面が急に揺れだした。


 地震!?


 激しい揺れに呼応するように、左手の海の先、ずっと遠い場所に巨大な光の柱が現れた。

 青白い光は、地面と垂直に天へ向かって伸びている。


 何だろう……見覚えがある。


「夢で見たやつだわ……!」

「夢?」




「残念だよドロシー。

 失敗してしまったね」


 私達の前に少年が立ってた。


 それは3ヶ月ぶりの再開。




 カイだった。


 ~第7章 旅の終着点 完~

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