第7章 Part 10 受肉の間で待つ者

【500.7】


「エクスチェンジで出られないか?」

「どうだろう……。

 出口の外を確かめてみる」


 スキャンで出口の外側がどうなっているかを確認する。


「ダメ。かなり狭いわ。

 それに、外にも既にゲルが張り付いてる」




 プシューーー……。


 そこら中に貼り付いたゲルが、一斉に煙を吐き出した。

 ジャックの風操作にも限界がある。

 このままじゃマズい。


 どうする?

 不定形の王を通り道から剥がさない限り、通れない。

 それこそ、壁ごと削り取るくらいでないと……。


 そういえば、女神ヴェーナが飛龍を倒したとき、知らない魔法を使っていたような……。


 そうだ、「ボイド」。

 飛龍の頭部を丸々切り取って消滅させてたやつ。

 この辺りに散っているゲル状の魔物を、全て消し去るように……。


 ヴェーナに出来るなら、以前の私にだって出来たはずなんだ。

 イメージが段々と具体的になる。

 ウィルへと伝わってゆく。


 ギュゥゥーーーン……。


「今度は何の音!?」

「みんな地面に伏せて!

 コイツらまとめて削り取るから!!」




 魔力が高まり、ウィルが弾けた……!

 光が辺りを包む。

 ヴェーナが発動させたときよりも、ずいぶんゆっくりだ。熟練度の違いだろう。


 ギュボッッ!!


 目の眩むような光が収まると、えぐれた空間が顕わになった。


 さっきまで天井があった場所一帯が、巨大なサイコロ状に削り取られている。

 不定形の王の肉体はどこにもない。

 それどころか、ジャックが必死に拡散を防いでいた毒の煙まで消滅している。


 インジケーターを見ると、確かにボイドを習得している。

 消費MPは265。

 現状一度撃ったらすぐに2発目は撃てない。


 それにあれだけ時間がかかる。

 もっと発動までの時間を短縮できれば、かなり使える魔法なんだけど……。




「うおぉぉ……。

 でけぇ穴が開いたな……」


 サイコロ状の空間の上に、本来の洞穴の続きが見える。

 直径1メートルくらいの穴が垂直に伸びている。


「アレを登り切れば、地上に通じているのかな」

「確かに、穴の奥に光が見えてるぜ」

「でもさ、どうやって登んの?

 アタシの翼はぶつかるし」

「先に僕が登るよ。

 出口に付いたら、ロープを垂らす」

「おっ! 流石肉体派!!」


 穴の直前までメリールルに押し上げてもらい、そこから両手足で壁に突っ張って身体を固定しながら、アーサーはするすると登ってゆく。

 すぐに姿が見えなくなった。


 あの登り方は、私には絶対無理。




 しばらくすると天井からロープが垂れてきた。

 1人ずつ順番にロープに掴まりながら登る。

 最後に私の番が来た。

 ロープに掴まるまではいいけど、この後どうするの?

 腕と足の力だけでロープをたぐっていくわけ?

 無理無理……。


「いいよ! そのまま掴まってて!

 今、引き上げるから」


 最後の最後で、こんな原始的な進み方をするとは……。






 何とか登り切った。

 かなり広い円柱形の部屋だ。

 塔のような建造物の中の一室にいるようだ。


 穴の中にいる時から感じていたが、かなりのウィルの濃さだ。

 ガラム支部のグレゴリオ・マイルズのように特別な人間でない限りウィルを感じることは出来ないのだが、これだけ大気中で濃くなると私にも分かる。


 むせるような、人の感情が肌にチクチクと刺さるような、そんな感じ。




 高い天井から巨大なパイプが垂れており、そこからウィルが排出されている。


 間違いない。

 この建物の上でソフィア回収が行われている。


 部屋には天井のパイプの他に、外への扉と上階への階段がある。

 人の気配はない。




「一度外の状況を確認しましょう」


 扉に鍵はかかっておらず、簡単に開いた。


 眼前には、岩場と海が広がっていた。

 ついに辿り着いたんだ。

 シーナ・レオンヒルの研究拠点。


 潮風を感じる。

 カモメが飛んでいる。

 そしてそのずっと上空には、巨大なイカのような生き物が、何匹も空を優雅に漂っている……。

 あれは、多分見つかっちゃいけないヤツだ。




 塔の内部に戻り、階段を登る。


 2階は薄暗い。

 手術台のような設備や沢山のベッドと拘束具が大量に設置された部屋だった。

 研究区画なのだろう。


 壁際には、上から下までパイプがフロアを貫通している。

 ……血の匂いが部屋全体に染み付いている。


 器材の中に、机が設置されているのが目に止まる。

 引き出しを開けると、1冊のノートが出てきた。


「メリールル、これ……」


 『検体実験記録』

 そう表紙に書いてある。


________________ _ _

 488年11月15日

 遂に検体達が手に入った。

 と言っても生身の人間ではないが。

 憎しみを抑えて帝国の貴族共に協力していた意味はあったな。

 研究には幾ら検体があっても足りない。

 貴重なシェレニ村の検体を無駄に消費するわけには行かないから。


 クランとかいう男が作る肉人形は、命こそ宿っていないものの臓器は新鮮だ。

 これでやっとソフィア・キャパシティに関する研究を開始できる。




 488年12月20日

 ソフィア・キャパシティの大小は、名前の付いていない心臓の横にある小さな臓器が関係しているようだ。

 擬似的にこの臓器に血液を流すと、内部にソフィアを溜める性質がある。




 489年1月17日

 間違いなくこの臓器がソフィアの貯蔵に関係している。

 以後、この臓器を神臓と名付けよう。

 キャパシティの大きさは、どのような要素により決定するのだろうか。




 489年5月6日

 ソフィア・キャパシティを決定づける要因が遂に分かった。

 物質を透過するソフィアを体内に吸収したのち、それを留める為に神臓自体も臓器の内側に向けソフィアを放出し、内圧を高めていることが分かった。

 この機能の強い神臓はキャパシティ値が高いのだ。




 489年9月11日

 予想はしていたことだが、ソフィア・キャパシティを人工的に拡張することは出来ないようだ。

 魔法の修練やバトラーズ・ハイの繰り返しなどによってある程度は増加しても、いずれ個人の上限値で成長が止まる。

 潜在的なキャパシティの上限値は、生まれたときに既に決定している。

 これまでの研究成果は、一般に公表すれば魔法技術の発展に役立つかも知れない。




 489年11月10日

 残念だ。

 貴重な時間干渉魔法を発現したと知ってナターシャに会いに行ったが、彼女のソフィア・キャパシティは845。

 奇跡を起こすには足りない。

 やはり当初の計画どおり神を創るしかない。




 489年11月15日

 明日からシェレニ村の検体を使った実験に入る。

 まず、潜在的なソフィア・キャパシティの測定から。




 489年11月24日

 あれから測定を続けているが、目標値をクリアできる検体がまだ現れない。

 この村の人間でクリア出来ないのならば、計画の実現は難しい。




 489年12月1日

 遂に見つけた。

 偶然なのか、必然なのか、族長の娘ハンナ・クラークだった。

 族長の血筋は伊達ではないということか。

 キャパシティは測定限界を超えている。

 これを神の器としよう。


 残りの検体は、他の用途があれば使えるか。

 スペースをとって邪魔なので神臓だけを取り出し、身体は海へ捨てる。

 これだけの数の死体を処理するのは本当に骨が折れる。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄


 …………外道が!

 他人の命を何だと……。


 そこから先は、以降の研究の記録と、端末作成のためにシェレニ村の人達の神臓が使われたことなどが記されていた。

 吐き気をもよおす。




「行こう。上にはアークがあるはず」


 ウィルを排出していたパイプはまだ上の階に通じている。

 パイプを辿っていけば、アークに行き着くはずだ。


 階段を上る。

 大きな扉がある。

 「受肉の間」と書かれている。




 ギィィーー……。


 扉を開け、中に入った。

 またフロア全体が1つの部屋だ。

 塔の頂上まで吹き抜けになっており、かなり天井が高い。


 すぐに壁側の大きな結晶が目に入る。

 真っ青な立方体状の結晶が2つ浮いている。

 大きさは、人の頭より少し大きいくらいだ。


 それぞれガラスケースに入っており、そこから細いチューブが伸びて真ん中の装置につながれている。

 2つのチューブの先の装置は、異様な形をしていた。


 ドクン・ドクンと、脈打つ裸の神臓が1つ。

 その真上に、黒い円柱形の塊が浮いている。

 塊には、綺麗な青色の筋が入っており、ゆっくりと回転している。

 装置の背後から太いパイプが床の下まで伸びている。


 その存在感から、真ん中で回転している黒い塊がアーク、2つの青い塊がソフィア結晶であると、直感した。




 そして、アークを守るように、彼女は立っていた。




 女神、ヴェーナ。

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