第7章 Part 9 飛ぶだけの、楽な旅路

【500.7】


 翌日、私はみんなに頼んで時間を貰った。

 丸1日かけて、「私の望み」を考える。


 ベッドの端に腰掛け、1人思索にふける。


 私は何がしたい?

 私の望みは何?


 だが、浮かんでくるのは仲間の顔や、ビジョンの映像ばかり。


 私は……私の心はどこにある?




 …………。




「昼ご飯だよ! 食べよう?」


 メリールルに呼ばれるまで、あれこれ頭を悩ませたが、考えはまとまらなかった。


 食後、少し疲れたので、気分転換にと地上へ上がる。

 雪は降ってない。


 城壁に寄りかかって座りながら、一度頭を空っぽにして、しばらく空を見上げた。




 空には雲1つなく、淡い蒼色がどこまでも続いている。

 何故だろう、変わらない空の筈なのに、昨日よりもずっと美しく見える。


 何もない空だな……。

 そう言えば、私が拠点で目覚めてから、もう3ヶ月近く経ってるんだ。

 目覚めたときは何も分からず、この青空みたいに空っぽだった。


 拠点で目覚めて、空っぽの自分を知った。

 メリールルに出会い、他人を知った。

 ブルータウンに行き、世界を知った。

 アーサーやジャックと出会い、旅を知った。


 そして、これまでの旅路の中で、色んな人に出会い、喜びや悲しみ、楽しさや怒り、心地良さや痛みを知った。


 記憶が戻った訳じゃない。

 でも、今の私は空っぽじゃない。




 風は刺すように寒いけれど、何だか陽の光が気持ちよくて、そのまま少し眠った。


 目が覚めると、自然と私の望みは決まっていた。

 いや、決まっていたことに気付かされた。




 魔物が消滅したら、また人間同士の争いが始まる?


 ……そうじゃないよ。


 魔物が消滅したとして、その後の世界を作っていくのは、私達1人1人だ。

 どんな世界にだって変えていける。

 それを初めから諦め、以前と変わらないと決めつけるのは愚かなことだ。


 女神ヴェーナが人々の希望?


 女神の起こす奇跡は、結局のところ1つの魔法でしかない。

 誰もが、誰かの希望になれる。

 いや、もう既になっている。


 未来に絶望する必要なんてない。


 今、人々を苦しめているのは、間違いなく魔物だ。

 ならば、それを排除する。


 アークを破壊する。

 それが私の望み。


 ネットワークがなくたって、女神ヴェーナがいなくたって、私達は未来を紡いで行けるよ。


 楽観的すぎるかも知れない。

 ネットワークがなくなって困る人も大勢いるだろう。

 でも、不満が1つも生まれない選択なんてない。


 私は、みんなに認めて貰いたいんじゃない。

 赦して貰いたいんじゃない。

 私の望みを、叶えるだけ。




 立ち上がる。

 足の裏に地面を感じる。

 不思議と新鮮な気持ちになる。


 そうか。私は初めて自分の足で立ったんだ。


 スカートの埃を払い、私は地下に降りていった。






 7月6日、私達は初めて大洞穴、満ちる凶気に足を踏み入れた。


 満ちる凶気は、全部で4つの階層で成り立っているらしい。

 シェルター側から順に、原生林の階層、火山の階層、神殿の階層、そして夜の階層。

 聞いたときはどういう意味か分からなかったが、立ち入ってみてすぐ分かった。




 鍾乳洞の細い洞穴をある程度進むと、一気に視界が開ける。

 そこは、本当に原生林だった。

 見たこともないシダ植物が生い茂り、川が流れる。

 天には青空。太陽も出ている。


「地上に出たの!?」

「そんな訳ない……まだ地下にいるはず」

「濃すぎるウィルのせいだろ、多分。

 シェレニ村がずっと夜だったのと同じだ」

「じゃあ、太陽も幻ってこと?」

「そういうことだ。

 多分空や川もな」


 ジャックが真上に向けて水の刃を撃ってみる。

 天井にぶつかることなく、射程外まで飛んでいった。


「広い空間があること自体は本当らしい」

「これだけ開けていたら、空を飛んで行けるわね。

 お願いしても良い?」

「よっしゃ、任せな!!」


 翼の部分龍化を発動させたメリールルに、3人が掴まる。


「じゃ、行くよ~!」


 地面を蹴る。

 風を受けながら林の上空を突っ切る。

 ただ通過するだけなら、魔物に遭遇もせず、危険は無さそうだ。




 1時間ほど東に進んだところで、急に林が途切れた。


 火山の階層に入ったのだ。


「暑っつい!! ちょっと冷ますよ」


 メリールルがわずかに冷気を漲らせる。

 それをジャックが空気ごと固定する。

 雪山の逆だ。


 時折マグマがボコボコと音を立てている活火山がある。

 山頂の火口上空を通り過ぎる際、急にマグマが勢いよく噴き出した。


「うわっ!?」


 アイソレートで足下に壁を張る。

 もっと高いところを飛んだ方が良いな。

 上空の方が気温は高いだろうけど、私達にはさほど関係ない。




 次の神殿の階層は、これまでと違い人工的な石造りの建物が並ぶ空間だった。

 地面を見ると、ローブを羽織った女性達が道を歩いている。

 あれも幻だろうか。

 それとも魔物?


 何人かが私達に気付き、天に手をかざし始めた。

 何か飛んでくる。


 キィーーーーン……。


 アーサーが短剣で受け止める。

 飛んできたのはガラス片のようなものだった。


「危ねぇ!!」

「メリールル! スピード上げて!!」

「はいよ!!」


 次から次へとガラス片が飛んでくる。

 地面にいる女性達が操作しているんだ。


 相手にしている余裕はない。

 数が多すぎる。

 メリールル以外の3人で弾き返すものの、手数が足りない。


 空間が少しずつ狭くなる。前方に出口のような穴が見えた。


「このまま飛び込むよ!」




 穴の先は、真っ暗闇だった。

 最後のエリア、夜の階層だ。


 周囲に気配はない。

 いきなり襲われる心配は無さそうだ。


 アーサーが地面で火をおこし、灯りを確保する。

 私達の周囲だけがわずかに明るくなった。


「はぁっ……はぁっ……。

 ネクタルぅ~」


 メリールルにネクタルの小瓶を手渡す。

 見回すと、全員体中が傷だらけだ。

 肌がヒリヒリと痛む。


「一旦休憩しよう。

 1人ずつ治癒魔法をかけるよ」




 この階層はずっと闇が続いているのだろうか。

 光の届く限り、灰色の砂地が広がっているだけだ。

 どこまで広い空間なのかも分からない。

 灯りを点したら魔物が集まってくるかとも思ったが、辺りは静まりかえっている。




「そろそろ行くか」

「そうだね……。

 でも、周りの状況が分からない。

 飛ぶのは危険じゃないかな?」

「頭ぶつけんのは嫌だよ~?」

「分かった。

 スキャンでこの階層の状況を確認してみる。ちょっと待って」


 スキャン発動。

 継続時間よりも、探知範囲優先で。

 魔力の波紋が広がってゆく。

 だが、その波はどこにもはね返る様子がない。

 ……どこまでも広い空間?


「何にもなさそうだね」

「方角は?」

「現在の僕らの位置すら分からないからね……」

「ちょっと待って……はね返った!」


 かなり遠くでスキャンの波動が洞穴の終わりを捉えた。

 ここから10キロはある。


「方角は……あっちね。

 メリールル、出発しよう。

 時々スキャンをし直して、その都度方向を修正するわ」


 メリールルに掴まって出発したものの、周囲は完全な闇。

 方向感覚が無くなってくる。

 地面はどっちだ?


 2度目のスキャン。

 進行方向と高度を微修正。


 一応、出口には近付いてる。




 5回のスキャンを経て、ようやく光が見えてきた。

 洞穴の天井らしき場所に穴が開いており、そこから射している。


 しかし、最後のスキャンでは、出口の他にもう1つ、魔物の存在を探知した。

 出口のすぐ上だ。


「邪魔だな。戦闘になるぞ」

「一度手前で地面に降りましょう」




 弱い光が降り注ぐ地面の手前に着地する。

 洞穴は、出口に近付くに従って幅が狭く、天井が低くなっている。

 穴がある場所は行き止まりになっていて、天井から地面まで2メートルほどしかない。


「落ちてくるよ……!!

 気を付けて!」


 アーサーの言葉に顔を上げると、天井の穴から魔物らしき黒い塊が落ちてきた。


 ベチョン……。


 見覚えがある。

 拠点のすぐ近く、イブリス大森林の中にいたゲル状の魔物。

 あれにそっくりだ。


 色は濃い紫色をしている。


「毒々しい色してやがる……。

 不用意に近付くなよ」

「楔で攻撃してみるわ」


 十分に距離を取った状態で、楔を浮かせて射出する。


 スボシュッ!


 紫色の身体を貫通させた。

 すると、そこから煙のようなものを吐き出した。


「やっぱ毒だな。

 風を送ってアイツを風下にする。

 このまま遠距離でダメージを重ねてみるか」


 ジャックの水の刃がゲルを両断する。

 ゲルは左右に弾き飛ばされ、うねうねと動いている。


 急に左右のゲルが身体をブルッと震わせた。

 断面から数本の触手のようなものが飛び出す。


 こっちに来るか……?

 しかし、触手は分離した互いの断片同士に向かって伸び、空中でくっつき互いを引き寄せた。

 真ん中で再結合するゲル状の魔物。


「ねえ……最初より、大きくなってない?

 コイツ」


 確かに。

 さっきまでは私の膝くらいまでの大きさだったのに、今は腰の辺りの高さまで肥大化している。


 シューシューと、大量の煙を吐き始めた。


 雑魚かと思ってたけど、もしかしてこの魔物、ユニークターゲット「不定形の王」か……!


「物理攻撃はダメだ。

 属性魔法を試してみよう」

「そんじゃ、アタシから」


 メリールルが腕を龍化させ、冷気を放つ。

 ゲルはピシピシと音を立てて凍り、やがてヒビだらけになって崩れた。


 しかし、すぐに触手を伸ばし、元通りに集まってしまった。

 また少し大きくなっている。


「ダメか……」

 アーサーが掌に火の玉を浮かばせ、ゲルに撃ち込んだ。


 ……ドンッッ!!


 予想以上の爆発。

 内部のガスに火が付いた?


 周囲は煙で見えなくなってしまった。


「ゲホッ……ゴホッ……!!」


 吸ってしまった。

 見る見るうちに視界が回り出す。

 立ってられない。


「一旦座れ。

 治癒魔法がありゃ、そのうち落ち着く」




 次第に煙が晴れる。


 ゲルは爆発の衝撃でそこら中に散らばり、天井や壁に貼り付いていた。

 そして、そのどれもが1メートルくらいの大きさまで成長している。


「ごめん……。

 やっちゃった……」




 見上げると、天井の穴がゲルで塞がれてしまっていた。

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