第7章 Part 7 手紙

【500.7】


 アーサーが私を抱えて壁際に退避する。


 頭が痛い。

 何とか意識は保てている。


 アーサーの治癒魔法の暖かさと、口の中の鉄の匂いだけを感じる。




 電狼がヨロヨロと起き上がった。

 かなりのダメージを負っている。

 右足だけで踏ん張り、ジャック目がけて飛びかかるが、ジャックは電狼の爪を躱して水の刃のカウンターを食らわす。


 もう周囲の光の球も出せなくなっている。


 再び起き上がる電狼を、赤黒い霞が包む。


「あんたが一番嫌なのは、これだろ?」


 メリールルの左手だけが具現化し、電狼の首を掴む。

 そこからメリールルはソフィアを吸い上げた。

 ドレインだ。




 グオオオッ……!!




 電狼は抵抗し、メリールルの手首に電撃を見舞うが、メリールルは意地でも手を離さない。

 電撃自体も最初より弱まっている。


「死ぃねぇぇえええ!!」


 電狼の降魔が解除される。

 MP切れだ。

 すかさずメリールルも霞化を解除する。

 同時に右腕を龍化させ、シャラの胴体を貫いた。


「うぐぅ……おぉ……!!」


 メリールルが右腕を引き抜く。

 シャラは地面に崩れるように倒れた。


 虫の息だ。


「オイ……最後に言い残すことは?」

 メリールルがシャラの胸ぐらを掴み、問いかける。

「ぐふっ……ハア、ハア……楽し……かった」


 そのままシャラは事切れた。






 ジャックの背中におぶられながら、空渉石の前まで移動する。

 メリールルはサリー・クラウスを、アーサーはエドワード・マーティンをそれぞれ抱えている。


「ドロシー、いけるか?」

「だい……じょうぶ。みんな、近付いて……」


 テレポートを発動する。

 まずはガラム支部、ジキリクの元へ。


 ジキリクの治療を受けるとともに、彼は本部の2人も診察した。




 ジキリクの検死の結果……死後約5日。


 つまり彼らが旧王都へ出発した6月29日のうちに、恐らく旧王都に到着してワイバーンの卵を割ったすぐあと、シャラによって殺されていたのだろう。


 私の体調が回復した後でイニシャライズを試みてみたが、発動させることは出来なかった。

 はじめから時間切れだったのだ。




 私の左手の痺れだが、以前より強くなっている気がする。

 指先の感覚も少し鈍くなったようだ。


 ジキリク達には言っていない。

 ただでさえみんな気遣ってくれるのに、余計な心配はかけたくないし。






 翌日、王国の本部に戻り、クレイモア達は2人の葬儀を行った。

 埋葬を終えた後、クレイモアは私達を呼んだ。

「これからシャラ・キソウの遺品を整理する。

 君たちも来るかい?」


 クレイモア達とともにシャラの執務室に入る。

 私物はほとんどなく、部屋はがらんとしている。




「何もないな……」


 机の引き出しを開けると、小さな手帳が入っていた。

 シャラの手記だろうか。


________________ _ _

 物心ついた頃、俺は王都の城にいた。


 父は知れず、母から疎まれ、周囲から蔑まれて生きてきた。


 7歳で城仕えの母が死に、城を追い出され、しばらくは乞食をやった。

 やっとの思いで入隊試験に合格し、王国軍に入ったが、体の弱い俺には務まらなかった。

 同期は俺を無視し、先輩は俺をストレス発散の捌け口にし、後輩からは馬鹿にされた。

 耐えられず軍を辞め職を転々としたが、全て上手くいかなかった。


 無償で俺を肯定する場所はなく、かといって俺には役に立つ力もない。

 俺はこの世界に必要とされていなかった。

 俺は、ゴミクズだ。




 ある日、俺は力を得た。


 理由は分からない。

 魔物に襲われた時、自分の中でスイッチが入るような感覚を覚え、魔物の力を操れるようになった。

 魔物の憎しみに俺の憎しみをシンクロさせると、力がみなぎるのだ。

 電狼の力があれば、俺は誰にも負けない。

 俺を拒絶した母に、顔も知らない父に、心ない仕打ちをしたあいつらに……全てに復讐してやろうか。




 アーヴィン・クーストに出会った。


 この男の魔物を憎む心には共感できる。

 しかし、俺と違って他人の役に立とうと行動している。

 どうせ別の動機を隠すための綺麗事だろうが、それでも少し興味が沸いた。


 ハンターギルドに入って1ヶ月が経った。

 ハンターは素晴らしい。

 心に溜まった怒りを、憎しみを、魔物に向けて吐き出せる。戦闘は楽しい。

 そして何より人々に感謝される。


 通行人を喰らい続けた森の大蜘蛛を殺して帰ると、俺達は称賛の歓声に出迎えられた。

 娘を亡くした老婆は涙を流して俺に礼を言った。

 俺は今、人生で初めて他人に必要とされている。

 この充実感の前には、復讐など塵の如く無意味だ。

 俺をこの場所に導き、しばらくして死んでしまったアーヴィンの思いも、今なら理解できる。




 魔物とは一体何なのか?

 魔物の力を操る俺には、それが大きな疑問だった。


 1人で調査をするうちに、満ちる凶気を越えた東の果てでシーナ・レオンヒルに出会った。

 こいつが元凶だ。

 魔物が人を襲うことに、何も感じないのか。




 彼女を殺せば世界は平和になるのだろうか?


 そんなことはない。

 魔物が出現する前から、世界は争いに満ちていた。

 かつての人と人とが争う世界と、現在の人と魔物が争う世界、何が違う?


 大して変わらない。

 いずれにしろ、世界は残酷だ。


 1つだけ変わるとすれば、魔物が消えればハンターは必要なくなるということ。

 俺は魔物の力を使い魔物を狩ることで他人に認められ、存在を必要とされている。

 魔物がいなくなれば、この力も消えるだろう。


 そうなれば、俺はまた無価値なゴミクズに戻るのか?

 それだけは耐えられない。

 誰かに必要とされなければ、俺は生きてゆけない。




 レオンヒルは世界を闇に沈めることで、光を際立たせようとしている。

 俺はその光のひとつだったのだ。

 彼女のお陰で俺の力は混沌とした世界の小さな希望となった。

 俺は自分の存在に価値を与えてくれた彼女に忠誠を誓う。


 誰も彼女の邪魔はさせない。




 これを誰かが読むのは、俺が死んだ後だろう。

 居場所を与えてくれたハンターギルドには感謝している。

 だがもし、レオンヒルの邪魔になるような者が現れれば、俺は俺の居場所を守るため戦うだろう。

 それが誰であってもだ。


 俺は、希望と絶望が等しく混ざり合うこの世界――魔物がのさばるこの世界を愛すよ、アーヴィン。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄




 手帳から、何かが滑り落ちた。

 それは、未開封の封筒だった。

 宛名はシャラ・キソウ。

 差出人の記載はない。


 拾ったアーサーが少し驚きながら呟く。

「これ、王室の関係機関が使う封筒だ」


 開封してみると、それはシャラの母親からの手紙だった。


________________ _ _

 我が子へ


 シャラ。貴方には苦労ばかりかけましたね。

 本当にごめんなさい。

 王宮での生活は、惨めな思いをしたことでしょう。

 貴方にさえ伝えることを禁じられていたので、ずっと貴方の父親のことを話すことができませんでした。


 私は病に冒され、もう長くありません。

 死ぬ前に、貴方自身のことを書き残します。




 私がアイリソニアの王宮女中として働き始めたのは、16歳の頃からでした。

 仕事の要領が悪く、叱られてばかりだった私に優しくしてくださったのは、王国の第1王子エドガー・エルシア様でした。

 エドガー様は身分の低い者にも分け隔てなく交流を持たれる方で、孤独だった私にひときわ目をかけてくださいました。


 いつしか私達は互いに愛し合う仲となりました。




 私があの方との子供、つまり貴方をこの身に授かったことが分かったのは、大きな戦争の最中、エドガー様が遠征に出られている間のことでした。


 遠征から戻られたエドガー様にお腹の子のことを告げると、結婚を約束した許嫁がいるから私とは結婚できない、その子の父親になってやれない、と言われるのです。


 私は王宮で貴方を産みましたが、商人の倅との子供と偽りました。

 それ以来、王家の方々はもちろんのこと、周囲の女中達も私たちに冷たくなり、私は1人で貴方を育てました。




 エドガー様はその後許嫁の女性と結婚され、その方はすぐに子を身籠りましたが、産まれる前に母子ともにお亡くなりになってしまいました。

 再び遠征に向かわれたエドガー様は戦場で亡くなり、翌年国王様もご病気で逝去されました。

 王位はエドガー様の弟君、第2王子のカーネル様がお継ぎになったのです。




 貴方には、今まで寂しい思いや苦しい経験をたくさんさせました。

 私は貴方を見るたびにエドガー様の顔、お腹の子を打ち明けた時の恐ろしいほど無感情な顔が脳裏に蘇り、いつしか貴方とどう接したら良いか分からなくなりました。


 貴方に正面から向き合うことができなくなりました。


 ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。


 愚かな母親です。

 それでも、私は貴方を愛しています。


 貴方は誇り高きエルシア王家の血を継ぐ、私の自慢の息子です。

 私のことは許してくれなくても構いません。

 父親を恨んでも構いません。


 でも、どうか自分自身だけは嫌いにならないでください。

 人生を悲観せず、正しい道を、誇れる道を、真っ直ぐ歩いてください。


 私はそれだけを願っています。


         母 セレーナ・キソウ

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄




 王都の客間に戻ってきた私達は、しばらく無言のままでベッドにもたれかかっていた。


 アーサーの継承順位は1番だと聞いていた。

 けれどもし、シャラ・キソウの存在が公に認められていれば、若しくはシャラ本人が自分の出自を知ることになっていたならば……継承順位は、そして彼の心は変わっていたのかも。


 アーサーは、あえて父親の元には行かなかった。


 今更どうすることも出来ないし、体調の優れない国王に心労をかけたくなかったのだろう。




 そして私は、再び思い悩んでいた。


 シャラの手記にあった一文。


――かつての人と人とが争う世界と、現在の人と魔物が争う世界、何が違う――




 その問いが、私の頭を捕らえて放さない。

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