第7章 Part 6 番人
【500.7】
シャラは、仲間が倒れているのにずいぶんと落ち着いている。
「ここで、何をしているんです?」
「……番だ」
「ばん?」
「誰もこの先の『満ちる凶気』へと進まぬよう、番をしている」
……?
「そこで寝てんのは、本部の仲間だろ?
大丈夫なのか?」
「コイツらは、既に死んでいる。
心配は無用だ」
「……は?」
その時、やっと感じた。
シャラから私達へと向けられた殺気を。
どういうこと……?
「あなた、少しおかしいですよ。
何があったんです?
状況を説明してください」
「お前達が逃げないように、はじめに1つ言っておく。
お前、女神ヴェーナと同じ能力が発現しているんだよな?
だったら蘇生も出来るのか?」
何故知っている?
「……ええ」
「いいだろう。
今のお前達に、この2人がいつ死んだかは分からない。
今さっきなのか、それとも死後数日経過してるのか。
お前のMPがどれだけあるのかは知らんが、時間を遡る能力ならば、放っておけばそれだけ救える可能性が減る」
この男、さっきから何を?
「だから、ここで逃げずに俺と戦え。
俺を殺す以外に、2人を救う方法はない」
「あなた……あなたが、殺したんですか?」
「そうだ」
「……!!
何故!?」
「満ちる凶気へ進もうとしたからだ。
ワイバーンの卵を割ってまわるだけで満足していれば良かったものを。
分かったか?
俺を殺す以外に道はない」
狂っているのか?
何のために「番」を?
「人の世は矛盾だらけだ。
己より劣る者を虐げ、己より優れる者を呪う。
無個性は埋もれ、異端は排斥される。
だが、俺はこの世界を愛することができた。
シーナ・レオンヒルのお陰でな。
あいつの望みを妨げる者は、俺が全て消す」
シーナ・レオンヒルですって?
その言葉に意識を奪われる。
だが同時に、メリールルはシャラに飛びかかっていた。
「テメーもアイツの仲間かァァアア!!!」
メリールルは全身を龍化させ、前足を振り上げた。
シャラがダガーを抜き氷龍の爪をガードする。
しかし爪はダガーを粉砕し、そのまま地面へと振り下ろされた。
ズズン……。
シャラは身体をいなして横っ飛びに間合いを取っていた。
「そうか……。
それがお前の能力か。
俺の他にもいたとはな」
シャラは使い物にならなくなったダガーを無造作に放り投げ、低い声で呟いた。
「降魔…………電狼!」
光とともに現れたのは、黄金の毛並みを逆立てた巨大な狼だった。
パリパリと空気が震え、その身体には雷光が走っている。
「さあ……かかってこい!」
その姿のまま、シャラは唸るように言葉を発した。
氷龍が再度電狼に飛びかかる。
しかし、電狼はテレポートと見間違うほどの速さで氷龍の側方に回り込み、氷龍に強烈な電撃を浴びせた。
速すぎる。
目で追うことすらできない。
「グガァッ!!」
氷龍が弾けるように吹っ飛ぶ。
前足で踏ん張り立ち上がるも、全身を痙攣させ動きがぎこちない。
アーサーが双剣を構えて突進する。
私の楔とジャックの水の刃が多方向から同時に電狼を襲う。
電狼はギリギリでまた急加速し、斬撃の包囲網を抜けた。
いつの間にかアーサーの背後に回っている。
電狼の着地の瞬間、強烈な突風が巻き起こり、電狼の身体がよろける。
ジャックの風操作だ。
振り返り様にアーサーが電狼の左後足に一太刀浴びせた。
アーサーはトンッと後方に飛び、電狼と間合いを取った。
その横で被雷による痺れから復帰した氷龍が再び敵意を露わにする。
「メリールル、視界を奪おう」
アーサーが氷龍に耳打ちする。
氷龍はバサバサと双翼をはためかせた。
すると、周囲に雪が舞い、風が渦を巻き始める。
吹雪を発生させたのだ。
すぐにシェルター内は、数十センチ先も見えないほどの吹雪が舞う空間となった。
そういうことね。
この状況なら、私達が電狼よりも優れている能力がある。状況掌握だ。
すぐさま用意していたネクタルを2本消費し、神臓を活性化させる。
そして、スキャンを発動。
精密さよりも、出来るだけ効果時間を長く。
キュイイイン……。
私の魔力が空間を満たす。
視えた!
電狼は洞穴と反対側の壁の近くで様子を窺っている。
空間掌握が他の3人にも共有される。
すぐにアーサーとジャックが電狼の元へ攻撃を開始した。
対応する暇を与えぬ奇襲で、電狼に2人の斬撃がヒットする。
機動力を少しでも下げようと、アーサーは電狼の後足を狙い攻撃を仕掛け、すぐに吹雪の白い闇に紛れる。
電狼は位置を移動した。
だが私達には全て見えている。
尚もジャックの水の刃が追撃を続ける。
ヒット。2発の水の刃は、電狼の前足と胴に傷を刻んだ。
問題はこの後だ。
電狼はどう対応してくる?
1度目のスキャンの効果時間が終了し、解除される。
ネクタルとバトラーズ・ハイの助けもあり、このくらいの間隔ならMPには余裕がある。
再度スキャンを発動し、位置を確認。
電狼は動いていない。
アーサーが再度奇襲をかけた。
電狼の側方から接近する。
しかしアーサーを待っていたのは、電狼の周囲を巡る青白い光の球だった。
光球がアーサーに接触し、爆ぜる。
バリバリバリ……!!
閃光とともにアーサーが感電する。
「ぐあっ!?」
すかさず電狼が前足でアーサーを踏みつけ、追加の電撃を直接浴びせる。
エクスチェンジ!!
アーサーを私の元へ転移させる。
酷い有様だ。踏みつけられた腹部はあまりの電流に焦げ付き、煙を上げている。
人体の焼ける匂いがする。
すぐにイニシャライズを発動。
「ありがとう……少し油断した」
アーサーが立ち上がる。
「アーサー、電狼はいずれ私を狙ってくる。
復活したあなたを見れば、次のターゲットを私に決めるかも知れない。
その時に……」
「ヤバい!! もう無理!!」
メリールルが龍化を解除してしまった。
次第に吹雪が治まっていく。
やがて、帯電した光球をいくつも飛ばし、身体の周囲に巡らせる電狼が姿を現した。
強い。
流石は副本部長。
彼はこれまでも、満ちる凶気の探索を試みた人間を、片っ端から殺してきたんだ。
恐らくシャラは、レオンヒルの協力者。
ラザード島の番人。
早く戦闘を終わらせないと、2人が助からない。
隙を見て2人の所に行くことは出来るかも知れないけど、この場所で蘇生するのも、全員で退却するのも、リスクが大きすぎる。
電狼が身体をかがめ、力を溜める。
来る……!
電狼の姿が一瞬消える――そして次の瞬間には、巨大な口が眼前に迫っていた。
やっぱり狙いは私か。
回避が追いつかない。
今の残りMPは……ギリギリ200はある。
鋭い牙が私の右肩にめり込む。
突進の勢いに押され、私も電狼と一緒に後方へ吹っ飛んでいく。
ブチブチとちぎれるような音が身体の中で反響する。
同時に身体に電流が走った。
アーサーが、電狼が私につかみかかった場所を目がけて双剣を振り上げる。
さっきの会話だけで通じたようだ。
電狼に魔法を当てるには、攻撃を食らうしかなかった。
待ってね。今、そこに戻すから。
電狼の身体に触れながら、途切れそうな意識の中でイニシャライズを発動する。
イニシャライズは範囲を選べる。
傷口のみを対象にすればそこだけが。
私と電狼のいた空間そのものを対象にすれば、電狼の攻撃直前まで、私達の時間は巻き戻される。
私と電狼が逆再生されるように戻っていく。
牙が私の身体を離れ、後方に吹き飛んだ私と電狼が、元の場所まで移動する。
イニシャライズが完了した瞬間、私はその場に全力で屈んだ。
電狼の牙が空振りする。
同時にアーサーの渾身の斬撃が、電狼の後足を捉えた。
噴き出す鮮血。
電狼の左足首が斬り落されたのだ。
電狼は突進の勢いを殺せず、転がりながらシェルターの壁面に衝突し、倒れた。
アーサーも攻撃の途中で光の球に触れ感電したが、こちらは致命傷ではない。
ふらふらと、再び立ち上がる。
屈んだ私を、覚えのある嫌な感覚が襲った。
嘘……またやっちゃった?
うずくまりながら口から大量の血を吐く。
MPがオーバーしたみたい。
200は残ってたんだけど、多分規模を広げすぎたんだ。
戻る時間だけじゃなく、効果範囲も消費MPに影響するらしい。
ちょっと休むから、後はみんな……頼むね。
「ドロシー? 食らったのか!?」
「いや、多分さっきのイニシャライズがMP残量を超えたんだ。
早く戻ってジキリクさんに診せないとまずい!!」
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