第7章 Part 4 裁定者
【500.7】
「裁定者は……今はいないみたいだ……」
アーサーが安堵のため息をつく。
敷地内に入った私の目に真っ先に飛び込んできたのは、いくつも点在する巨大な瓦礫の造形物だった。
崩れた建物の一部や木の枝、中には錆びた甲冑や破れた衣類も……。
これらがごちゃ混ぜに積み重ねられ、直径5メートルほどの椀状を成している。
「ワイバーンの巣だよ。
中に卵があるはず……」
アーサーが瓦礫でできた巣に昇って中を確認する。
「いや、何も残ってないな」
周辺にあるワイバーンの巣の中を探してみたが、卵らしきものは1つも見当たらなかった。
「卵が全てなくなってる。
ワイバーンは年中繁殖をしているから、普通なら沢山見つかる筈なんだけど……」
「クレイモアさんが言ってたわ。
多分、ワイバーンが攻めてきたあの日の前日、魔物討伐に行ったっていうギルド本部の2人が割ってまわったんだろうって」
「それでワイバーン達が逆上して攻めてきたのか」
「つーかさ、魔物って卵で増えんの?
えーっと……確かウィルの結晶体だったよね?」
メリールルの疑問に、アーサーが考えながら答える。
「ストレイのレポートに書いてあった。
ウィルは人の空想や深層意識を反映しているって。
人のイメージを溜め込んだウィルが結晶化すると、そのイメージを反映した形や性質、生態になるんじゃないかな。
例えば、人が竜みたいな空想上の生き物を想像する。
それがウィルとなって大気中に拡散する。
最終的にウィルが結晶化するときに、そのイメージが具現化してワイバーンのような魔物になる。
イメージが具現化されるっていうのは魔法の発動メカニズムと似ているね」
「なるほどな……。
鳥やトカゲと同じように卵から産まれるっつー想像があれば、そういう生態として反映されるってことか」
「そう。
だから卵で増えることもあるだろうし、直接ウィルが結晶化して生まれることもある。
現状で卵は全て蒸発したようだから、大気中に還ったウィルが再び結晶化するまで、しばらくワイバーンの姿は見なくて済むかも」
そう考えると、「ウィル」って一体何なんだろう?
『魔法習得の手引き』には、ウィルは大気中で人の意志を失い、ソフィアに戻るって書いてあったけど……。
魔物が出てくるずっと前からエネルギーサイクルとしてウィルとソフィアは世界を巡ってた。
ウィルに込められていた人の意志って最終的にどこに行きつくんだろう?
「ところで、目的地は地下にあんだっけ?」
「うん。
王宮地下のシェルターが大洞穴に通じているっていう話だから、まずは王宮を目指して進もう」
話をしているうちに、空には重たそうな雨雲がせり出し、天に蓋をするように頭上を覆い尽くした。
ひび割れたタイルが敷き詰められた地面に、ポツポツと弱い雨が斑模様を描いてゆく。
ジャックが何かに気付いた。
「おい……お前らアレを見ろ……!」
静かに囁いたジャックが指さす先、王宮の中心にそびえる天楼の左奥に、蒼白い塊が不気味に空中を漂っている。
塊は2つの歪な球体をくっつけたような形状で、その間が少しくびれて見える。
「出た……裁定者だ……!」
「あれが……!」
辺りは怪しく静まりかえっており、私達の会話の他には、雨粒が地面に落ちる音しか聞こえない。
見つからないように、どこかに身を隠さなくては。
「……あっちだ。
建物の裏に隠れよう」
出来るだけ音を立てずに近くの廃墟の影に移動する。
大丈夫だ。気付かれてない。
「今僕たちがいるのは敷地の西の端っこ。
裁定者は天楼の奥、北地区の上空にいた。
目指すべきシェルターのある地下階へは中央付近にある王宮から入れる筈だから、このまま南側に迂回してから中央の王宮に近付こう。
南地区は背の高い建物も多いから、比較的隠れやすいと思う」
壁伝いに敷地を南下してゆく。
ワイバーンを殲滅したお陰で、裁定者以外の敵はいないようだ。
もし旧王都にワイバーンと飛龍がいたら……。
今になってジャックがこだわっていた運気の話を思い出す。
3日前に来なくて良かった。
菱形をしている旧王都の南の外れまで来た。一際巨大な建物の廃墟が存在感を放ってる。
「この建物はコロシアム。
昔、大衆娯楽の決闘が行われていた場所だよ。
コロシアムの中を通って行こう。
壁が高い」
コロシアムは円形のドーム状の造りで、摺り鉢状に並べられた観客席は中央に行くほど沈んでいる。
真ん中にある砂が敷かれた闘技フロアがとても小さく見える。
コロシアムに屋根はなく、弱い雨が身体を冷やしてゆく。
コロシアムの中心付近を横切った時だった。
ぞわっ……と、急に背筋が凍るような不吉な感覚に襲われ立ち止まる。
何かいる……。
カチカチカチカチ……。
「これ何の音……? 敵?」
闘技フロアの砂が風もないのに波打ちはじめる。
砂の中から現れたのは、錆びた短剣を持った無数の骸骨だった。
「もしかして……コロシアムの闘士(ウォリアー)?」
ウォリアー。
以前アーサーから聞いたことがある。
それは王国の歴史の闇。
永く平和が続くと、人は飢える。血に。そして闘争に。
人々の心に潜む残虐性は、乱世では戦によって、平和な世においては娯楽によって満たされる。
娯楽とは、血の滴る見世物。
三度にわたる東征の合間、戦間期において人の闘争心を癒やしたのは、見世物としての決闘だった。
かつて王国における身分制度の中で最下級に属していた奴隷達、その一部の者は闘士(ウォリアー)と呼ばれ、決闘により民の心の渇きを満たす為にのみ存在していた。
彼らはコロシアムの衆目の中、盾や防具を持たず短剣のみを用いていずれかが死ぬまで闘うのだ。
この血塗られた娯楽は、第3次東征の開始される8年前、つまりアーサーが産まれた年まで続けられていた。
今、再び彼らに魔物としての生を与えたのは、彼ら自身の怨念か、それとも決闘を渇望する人々の残虐な心か……。
「くそっ……!
早めに片を付けよう!
一体一体はそんなに強くない!」
砂から這い上がる亡者共を蹴散らしながらアーサーが双剣を振るう。
だが数が多い。
既に50体ほどの骸骨が闘技フロアから観客席になだれ込み、私達を囲んでいる。
ジャックの水の刃とメリールルの爪、そして私の楔が闘士達を薙ぎ払うが、まだ退路を確保するには至っていない。
「おいおい……やべーんじゃねえかこれ……!
戦闘が長引くとアイツが……」
「上に逃げよう!
みんな、アタシに掴まって! 飛ぶよ!!」
そう言ってメリールルが一度地面に屈んだ。
「見つからないように……。
腕だって出来たんだ……背中……背中……」
独り言を呟くメリールルの背中に光の輪が2つ浮かび上がる。
次の瞬間、彼女の背中から、氷龍の大きな翼が広がった。
翼の部分龍化だ。
「早く!!」
3人が一斉にメリールルの腕と足にしがみつく。
メリールルは力を溜めた後、一気に空へ上昇した。
闘士達から離れ、5メートルほど上空に浮かび上がった後、メリールルはコロシアムの壁越しに見える天楼に向けて飛んだ。
私達に向けて剣を振り続ける亡者達の絨毯を這うように低空飛行を続ける。
「このままコロシアムの外壁を越えて王宮に直行するよ!?」
「うん! おねがい!」
コロシアムの外壁が近付く。
メリールルは壁の高さまで上昇し、ついに外壁を越えた。
視界が開ける。
コロシアムの外壁の先。
そこで待っていたのは、醜い肉の塊――裁定者だった。
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