第7章 Part 3 出発

【500.6】


 女神ヴェーナが行う蘇生を、クレイモアはじっと見つめている。

 その眼差しは、驚きと戸惑いに満ちている。


「女神ヴェーナ、あなたは『あなたを信ずる者』の味方ではないのか?」

「私は救いを望む人々の願いを叶えるだけ。

 信じるも信じないも関係ありません」

「…………そうか。感謝する」


 かつてブルータウンのマスターは言っていた。

 エルゼ王国王都では、皆が国教である火神教を拝んでいると。

 火神教の信徒が、火神アイリス以外の神を崇めることはない。


 しかし、今この瞬間は、彼らに宗教の垣根は存在しなかった。

 同時に、女神ヴェーナの正体を知る私にとっては、あまり見たくない光景だった。


 決心が揺らいでしまいそうになる。




「私が蘇生できる者は、これで全てです。

 それでは……貴方達の明日に、幸多からんことを……」


 女神は消えた。




 結局、怪我人全員と死者の約半数がヴェーナによって治療・蘇生された。

 しかし、ワイバーンに飲み込まれ一緒に蒸発した者など、死体の残らなかった死者はヴェーナの蘇生を発動させることができない。


 63名が帰らぬ人となった。






 その日の夜。

 地下街は悲しみに包まれていた。

 だが、私を支配していたのは、別の感情だった。


 本当にアークを破壊して良いのか?


 魔物のいない世界を取り戻すこと、それ自体は誰にも異論はないだろう。

 だが、女神ヴェーナとネットワークも共になくなると知って、人はそれを本当に望むのだろうか。


 蘇生された人々、肉親をヴェーナに助けられた人々……。


 彼らの目には、間違いなく希望の灯が点っていたのだから。






 翌日。

 1日かけて旅の支度をし直した。

 王都防衛とその後の救護活動で消費してしまったアイテムなども多かったためだ。


 ハンターギルド本部を訪ねると、険しい顔をしたクレイモアが1人で座っている。

 扉を開け入ってきた私に期待の眼差しを向けたが、私と分かってすぐに目を伏せた。


「ああ、君か」

「クレイモアさん、どうしたんですか?」


「討伐に行ったエドワードとサリーが帰ってこないんだ」

 エドワード・マーティンとサリー・クラウス。

 初めて本部に行った時にいた2人だ。


「そういえば、昨日の戦闘のときも姿を見かけませんでしたね」

「2人は一昨日狩りに出かけたんだ。

 旧王都にね。

 君たちには話していなかったんだが、あの2人がワイバーン達を刺激したことが、昨日のワイバーンの襲撃に繋がった可能性がある」

「刺激……?

 討伐されてワイバーン達が怒った、ということですか?」


「ワイバーンは、社会性の強い魔物だ。

 ワイバーンか飛龍の巣で卵を破壊したり、大勢のワイバーンを殺傷したりといった行動が、今回の侵攻のトリガーとなった可能性はある」

「なるほど。

 ……で、その2人がまだ帰ってきていないと?」

「そうなんだ。

 シャラが彼らを探しに行っているんだが……。

 もうしばらくはかかるだろう」


 ゴォォオオオーーー!!


 静かな室内で、突然騒音が鳴り響いた。


「この音……ギルドマスターさんですか?」

「いや……。

 奥で寝ているフォートレスのいびきだ」


 明日王都を出発し、旧王都の探索に行くことを伝え、ハンターギルドを後にした。

 クレイモアからは、もし2人を見つけたら保護してくれと頼まれた。


「そうだ。

 職人ギルドでは、私の弟が鍛冶職人をやっている。

 一度訪ねてみてはどうだろう」




 クレイモアの言葉に従い、隣の職人ギルドに入ってみる。

 昼間だからだろうか、前回来た時よりも多くの職人がおり、それぞれが作業をしている。


 そして、とても暑い。


「すみません。

 カヴォートさんはいますか?」

 入り口近くにいた中年の男に声をかける。

 前回来たときにダルク・サイファーと一緒にいた人だ。

「ああ、あんたはこの前の。

 バゼなら今休憩中だな……オ~イ! バゼ!」


 バゼ?

 そういう名前なの?


 しばらくして、奥から若者が出てきた。

 背が低くて痩せており、人懐っこそうな大きな目をしている。

 どことなくネズミなどの小動物を思わせるその外見は、クレイモアやレピアとは似ても似つかない。


「何だい? おっ! 女の子じゃん! やったラッキー!!」

「初めまして、ドロシーです」

「ドロシー? あ! 兄貴が言ってた人か! 姉ちゃんがお世話になったんだって? ありがとうな! あ、俺は末っ子のバゼラルド! みんなからはバゼって呼ばれてる。

 そうだ! 立ち話もなんだから、俺の工房に来なよ!!」


 すっごい早口だな……。


 バゼラルドに案内されて彼の工房に入る。

 中には巨大な金床と金属を溶かす炉があり、メラメラと火が燃えている。


 暑さの原因はたぶんこれだろう。


「渡したいものがあったんだよ! あれ? どこ行った? えーとえーと……。ゴメンちょっと待ってね探すから! あ、適当に座っといて!」


「バゼラルドさんは、鍛冶屋さんですってね」

「ああ、そうだよ!

 俺は兄貴や姉ちゃんみたいに強くないからさ。でも、うちは元々鍛冶職人の家系なんだ。

 死んだ親父や爺ちゃんも刀鍛冶でね!

 親父は剣が好きで好きで、俺たちに剣の名前をつけるくらいさ!

 ……あった! はい、これ! あげる!

 あ、重いから気を付けて!」


 バゼラルドは箱のようなものを私に差し出した。


「これは……?」

「双剣!

 『ラピリエ』っていう名前の、すっごい価値のある祭儀剣さ! 錆びたりして傷んでたんだけど、偶然手に入れて鍛え直したんだ! 君の仲間に使う人がいるんでしょ? ぜひ使ってもらってよ! 姉ちゃんがお世話になったお礼さ!」

「そうですか!

 アーサーも喜ぶと思います」

「アーサー……?

 え、ひょっとして、君の仲間ってもしかして……この前お戻りになった……」

「はい。

 アーサー王子と一緒に旅をしています」


 バゼラルドは驚き、急に青ざめた。

「ヒェェッ!?

 やっぱやめようかな……恐れ多いよ俺なんかがさ! 怒られるよ!」

「そんな事ありません!

 喜んでくれますよ」

「ホント?

 失礼じゃないかな?

 ……じゃあ渡してくれよ。

 君、やさしいね。へへへ」

「ありがとうございます。

 お姉さん、必ず助けますから」






 バゼラルドから双剣を受け取り、客間へと戻った。

 アーサーに贈り物を渡すと、彼は久しぶりに子供のようにはしゃいで喜んでいだ。


「凄い!

 これ、今使ってるギア・ストリームよりも切れ味が段違いだよ!」


 白銀の刀身は美しく、芸術品のようだ。

 柄の部分にはジュエルで精巧な装飾が施されており、いかにも儀礼用の剣という見た目をしているが、注目すべきはその切れ味だという。


 アーサーが鉄くずを拾ってきて試し切りしてみると、音もなく刃が鉄の内部を通過していき、そのまま両断してしまった。

 恐ろしい程に研ぎ澄まされた刃先には、吸い込まれるような魅力があった。


 その日の夜遅くまで、アーサーは双剣ラピリエに見入っていた。






 一夜が明けた。

 7月2日。

 出発を延期してからもいろいろあったが、ついに今日は出発の日だ。


 2日前の王都防衛戦を含め、これまで私達はかなりの戦闘経験を積んできた。

 現在の最大MPは、私が302、メリールルが669、アーサーが241、ジャックが370。

 以前に比べても大きく成長しているが、それでも安心は出来ない。

 これから私達が足を踏み入れるのは、最も魔物が強力な北レーリア大陸東部。

 裁定者が全てを滅ぼしてしまった旧王都と、その先の領域「満ちる凶気」。

 そして……その先に待つアーク。




「行きましょう。

 レオンヒルの陰謀と決着をつけに」


 私達は王都の城門を後にした。






 当初戦闘を予想していた北レーリア街道は、魔物の気配がなかった。

 恐らく殆どのワイバーンをこの前討伐してしまったのだろう。

 旧王都との中間地点で一泊野宿をしたが、夜中も魔物に襲われることはなかった。


 東へ進むほど周囲の気温は少しずつ上昇し、王都ラスミシアを離れてしばらくすると雪を見ることもなくなった。

 降雪地帯は大陸の西部だけなのだそうだ。




 ところどころメリールルの飛行能力のお世話になりながら移動を続ける。


 そして、翌日の昼過ぎ、遂に旧王都の崩れた城壁が見えてきた。

 残置され、住む者も修繕する者もいなくなった廃都ではあるが、その巨大さと荘厳さは未だに健在だ。


 帝都ディエバにも引けを取らない広大な敷地を、堅牢な城壁が取り囲んでいる。


「ああ……懐かしい。

 9年ぶりだよ」


 アーサーが感慨深げに色褪せた城門を見上げる。


「ここから先は、裁定者のテリトリー。

 気を引き締めて行こう」


 城門を開けた。


 いざ、旧王都の中へ。

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