第7章 Part 2 飛龍襲来

【500.6】


「おいっ! 見ろ!!」

「アレ、飛龍じゃないか!?」

「飛龍だ!! 飛龍が来やがった!!」


 兵士達がざわついている。

 それはまだ遠くの空に見える小さな影だったが、それでもはっきりと区別できるほど他のワイバーンとはシルエットが違っていた。


 体長は、さっきの大型ワイバーンの3倍ほどはあるだろうか。

 白銀の鎧のような鱗で身を固め、ゆっくりと翼をはためかせている。

 飛龍の姿を捉えたのは我々人間だけではなかった。

 ワイバーン達も口々に鳴き声を上げ、主人の到着を歓迎している。




「近寄らせるな!!

 何としても城壁の遠方で応戦するんだ!!」


 軍の指揮官らしき男が兵士たちに命令する。

 ギルド本部のクレイモアが動いた。


「ガルフォード将軍、軍の皆さんはワイバーンの相手を頼みます。

 数が多くて我々では対処しきれません。

 飛龍は我々ギルドが食い止めます」

「死ぬ気か?

 いかに腕利き揃いと言っても、飛龍は止まらんぞ?」

「覚悟の上です。

 外の魔物を狩るのが我々の務めですから」


 確かに巨大な魔物を相手するのは、軍隊よりもハンターの方が慣れている。

 それに軍の大多数の一般兵は、ハンターでいうとビギナーからエルダー程度の強さのようだ。

 彼らを飛龍との戦闘に参加させれば無駄な犠牲が出るだろう。


「私たちも本部を手伝いましょう」

「いいけど、どうやって連携するんだ?

 互いの能力をそんなに知らねーからな……」

「作戦を立てるような時間はないわ。

 出来ることをやりましょう。

 アーサー?

 飛龍ってどんな特徴があるの?」


「そうだな……。

 飛龍の強さは、何と言ってもその基礎能力の高さにあるね。

 体力、攻撃力、防御力、そして魔力がその辺の魔物とは桁違いだ。

 まずは城壁から遠い位置で戦いを始めないと、王都が大変なことになる」




「フォートレス!

 出番だぞ!!」

「ん~~……」

 クレイモアが呼んだのは、本部で見たあの酔っ払いだった。

 ワイバーンとの戦闘には参加せず、地下街への階段の入り口付近で寝ていたようだ。


 呼ばれて起き上がったフォートレスは、やはり酒に酔っているようで、ふらふらと危なっかしい足取りでこちらに歩いて来た。


「相手は飛龍だ。デカいぞ。

 巨大な沼を作ってくれ」

「ヒック!

 時間かかるぞぉ~」

「……通電性を最高に上げろ」

 シャラ・キソウも何か注文をしたようだ。

「了解~~」


「あとは何とかして地面に引きずり降ろさないとな」


 それなら、さっきワイバーンに使った方法がある。

 アーサーもクレイモアの言葉に同じことを思ったようだ。


「ジャック、風で飛龍を落とせるかい?」

「無茶言うな。

 俺の魔力じゃあんなデカブツどうにもなんねーよ」

「だったら私がエクスチェンジで飛龍を地面に移動させるわ」

「ドロシー君、できるかい?」

「はい。

 でも、そのあとはどうするんですか?」

「フォートレスの魔法は地面限定の性質変換魔法。

 つまり地面の堅さや粘性、弾性などを自由に変更できるトラップの専門家だ。

 今から東側の平地一帯を柔らかくて粘り気のある性質に変える。

 その直上に奴を落下させてくれ」

「分かりました」


 飛龍は依然としてゆっくりと王都に近づいて来ている。

 やがてフォートレスの「沼」が完成した。

 見た目上は、特に変化は見られない。

 大丈夫だろうか。


「いいぞ、ドロシー君。やってくれ」

「はい!」




 丁度飛龍が私の魔法の射程範囲内に入った。

 エクスチェンジを発動し、沼直上の空気と飛龍の位置を交換する。

 同時に飛龍が出現する向きも下方向に変更。

 飛龍が突然沼の真上に移動し、そのまま沼に向けて突っ込んだ。

 地面はグニャリとへこみ、飛龍を取り込む。


 ギャアアッ!!


 飛龍が叫び声を上げながらジタバタともがく。

 凄い……本当に地面の性質が変わってる。

 粘性の高くなった土は、もがけばもがくほど飛龍に絡みついてく。


 シャラ、クレイモア、メリールル、アーサーが拘束された飛龍に向けて走り出した。


「フォートレスさん、沼の効果はずっと続くんですか?」

「いやぁ~~。

 10分が限度だなぁ~。

 弱い相手なら岩石に閉じ込めて解除ヒック! ……する方法もあるんだがよ~。

 飛龍には効かねぇ~だろ~~」


 確かに、飛龍なら閉じ込めても楽に脱出できてしまいそう。


「こんなデカい沼は初めてだぁ~~。

 ヒック! 俺はスッカラカンだからよぉ~~。

 あとは頼むぜぇ~~」


 フォートレスは階段近くまで歩いていき、そこに寝転んだ。




「お前ら一度離れろ」


 シャラの一声に、近接攻撃をしていたクレイモア達が離脱する。

 直後にシャラの雷属性魔法が沼全体に駆け巡った。


 バチバチと電流の爆ぜる音と青白い閃光。


 飛龍にダメージは与えているはずだが、体力の底が見えない。

 感電し、動きの鈍くなった飛龍に近接攻撃を畳みかける。


 しかし、しばらくすると飛龍は活動を再開した。

 そして突然大きく息を吸い込み、耳をつんざくような咆吼を発した。


「グオォォオオオアアッ!!」


 空気がビリビリと震える。

 何て強烈な振動だろう。

 その咆吼は衝撃波となり、進行方向、東側に面した城壁を吹き飛ばしてしまった。


 飛龍は立て続けに数発の衝撃波を発した。


 地下街への階段を死守していた兵士達が血塗れになりながら飛ばされていく。


「くそっ!

 攻撃の手を緩めるな!!」

「んな事言ったって、止まんねーぞコイツ!!」




 ズズズン……。




 東側の階段が完全に崩壊する音が聞こえる。

 階段があった場所に地下街への大穴が空き、そこに十数匹のワイバーンがなだれ込む姿が見えた。


 まずい。

 このままだと民間人に犠牲者が出る。

 だけど、今は目の前の敵に集中しなければ。


 私やジャックなどの遠隔攻撃手も沼の外から攻撃を続けるものの、飛龍の動きは衰える気配がない。

 本当に効果があるのか怪しくなってくる。


「時間だぁ~~! 解けるぞ~~!」

「ええ? もう!?」


 フォートレスの「沼」が解除される。

 一瞬にして飛龍に纏わり付いている地面が元の土と岩に戻って固まった。

 固まった地面はしばらく飛龍を封じていたが、飛龍が一度大きく身震いをすると、拘束は容易く解かれてしまった。


「もう1度エクスチェンジを撃ちます!

 出来るだけ遠くに移動させる!!」


 閃光とともに飛龍が1キロほど遠方に転移した。

 だが、これは単なる時間稼ぎでしかない。


 どうする……?




 その時、眼前に白い翼が姿を現した。


 女神ヴェーナだ……!


 ヴェーナは私達の前に降り立ち、飛龍と対峙した。

 飛龍は怒りの形相でこちらに向かって来ている。

 周囲の皆は、時が止まったかのようにヴェーナの一挙手一投足を見つめる。


 飛龍とヴェーナの距離が縮まる。

 あと300メートル。

 ヴェーナが右手を伸ばし、飛龍に向ける。


 あと200メートル。

 飛龍が大地を揺らして走りながら、息を吸い込む仕草を見せた。

 このままだとまた衝撃波が来る!


 100メートルまで近づいたところで、ヴェーナは小さく呟いた。


「ボイド……!」


 ギュボッッ!!


 飛龍の肉体が制御を失い、突進する勢いのままで倒れ込み止まった。

 巨体が地面を叩き、もうもうと砂煙を上げる。


 一体何が起こったの?


 砂煙がおさまると同時に、飛龍どうなったのか、その状況が明らかになった。


 首の先から頭部にかけて、まるまる切断されて無くなっている。

 途切れた首元からホースのように血が噴き出し、大きな赤い池を作っていた。


「倒した……? 一撃で?」


「時間がありません。

 地下街へ行きなさい」


 ヴェーナがクレイモアに指示を出す。


「あ、ああ……」


 私達は蒸発する飛龍の死骸を背に、急いで大穴から地下街へと向かった。




 地下街でのワイバーン討伐は、私たちが到着した頃にはほぼ決着がついていた。

 生き残った兵士たちが負傷者を運び出している。

 しかし、ワイバーンによる被害は南側の居住区にまで及んでいた。


 奴らは多くの民を屠り、食い漁っていた。


 泣き声と呻き声が地下街を埋めている。


「たかがワイバーンにここまで蹂躙されるとはな……」


 そこに、女神ヴェーナが到着した。


「死者の遺体と負傷者をこちらへ。

 身体の一部分でも残っていれば蘇生できます」

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